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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百九十七章 両利き

百九十七章 両利き


 朝、ダフネは「北の一段目」の槍手房を訪問した。槍手房に到着すると、訓練をしていたランサーたちは、ダフネが肩に担いでいる大振りのバトルアックス「鬼殺し」を見て…訓練の手を止めた。

「あ…おはようございます。戦士房のダフネです。」

 槍手房の中堅…ジャネットが笑顔でダフネに近寄ってきた。

「聞いてます、聞いてます。すぐに房主堂に案内するっす。」

 ジャネットはダフネを槍手房の房主堂に案内した。房主堂には房主のジル、そして師範のベレッタとルカがいた。

 ダフネは三人に頭を下げて挨拶をした。すると、房主のジルが言った。

「よく来たね、ダフネ…ライヤから手紙をもらってるよ。…なるほど、それがオーガが使っていた大斧かい…確かに大きくて長いね。ここで修業すれば、得るものもあるだろう。房主堂に寝泊まりして良いから、納得がいくまで頑張ってみなさい。ベレッタ、ルカ…手助けしておやり。」

「分かりました。」

「ベレッタ師範、ルカ師範、よろしくお願いします。」

 ベレッタ、ルカ、ダフネの三人はすぐに訓練場に移動していった。

 ベレッタはダフネの斧を見て言った。

「『鬼殺し』って言うのか…その斧。ちょっと、貸してみな…。」

 ダフネはベレッタに「鬼殺し」を手渡した。

「むむ…重いな。私の青龍刀より重い…。これを使いこなすのは、かなり骨だぞ。」

 ダフネは答えた。

「戦士職には筋力強化のスキルがあるので、それほど重くは感じません…。」

「なるほどな…おい、ジャネット。ちょっと、ダフネの相手をしてやれ。」

「ほい。」

 槍手房の衆人環視の中、ジャネットが棍棒を持って、ダフネの前に立った。昨日、戦士房のケイトと模擬戦をやって…ダフネの攻撃が大振りになっていることを指摘された。ダフネはそこに留意して、「鬼殺し」の柄を短めに持った。

「はじめっ!」

 ベレッタの掛け声と共に、模擬戦が始まった。

 その途端、ジャネットが棍棒をどんどんと突いてきた。ダフネは右手と左手の間隔を広く取って、ジャネットの突きを上に横に柄の部分で弾いた。しかし、ランサーの突きは想像以上に伸びてきて、ダフネはジャネットの連続突きを弾くだけで精一杯だった。

「ダフネェッ、攻撃しろぉ〜〜っ!」

 ベレッタの叱責に、遠い間合いから突いてくるジャネットに合わせて、柄を長く持ち替えようとしたその瞬間…ジャネットの棍棒がダフネの腹にクリーンヒットした。

「ぐふっ…!」

 ダフネはあまりの衝撃でしゃがみ込んでしまった。

「…話にならんな。攻撃も防御もガタガタじゃないか。」

 ダフネは二の句を次ぐことができなかった…。

「ダフネ、お前、盾持ちだったろ。相手の攻撃が怖いか?」

「す…少し…。」

 ケイトと模擬戦をやった時は、それほど感じなかったのだが…ランサーの連続突きは早く鋭いので、あたかも自分が無防備になったような気がして怖かった。

 盾を持っていた時は、ヒラリーのレイピアの連続突きでさえ、守備面積の広い盾を前に突き出し、小さく動かすだけで難なく防ぐことができた。しかし、棍棒の突きを斧の柄でピンポイントに弾くのは非常に難しく、これはこれでまた別の感覚だった。

 ベレッタがダフネを連れて、少し離れた練習場に連れていった。そこでは槍手房の十五歳班…十三歳から十五歳の少女が二人一組になって、棍棒を使って練習をしていた。ひとりがひたすら棍棒を突き込み、棍棒の中央部分を両手で持ったもうひとりが、棍棒を巧みに回転させながら棍棒の両端で突き攻撃を弾き落としていた。

 ダフネははっとした。

「この動きは…!」

「うむ…この動きをいかに『鬼殺し』で再現できるかだな。…おぉ〜い、ジャネット、ダフネの相手をしてやれ。」

「ほい。」

 ジャネットがやって来ると、ベレッタはどこかに行ってしまった。

「あれ、ベレッタ師範は…?」

「ああぁ〜〜…水分補給ですね。」

「…水分…?」

 ジャネットは身振り手振りで、自分が棍棒で突くから弾き落とせ…と指示した。ジャネットはゆっくり、棍棒をダフネに向けて突き出した。それをダフネは十五歳班の少女たち同様、「鬼殺し」の中央辺りを両手で持って斧と柄の部分をくるくる回して、ジャネットの突きを弾いた。

カンッ…コンッ…カチンッ…コチンッ…

 ジャネットが言った。

「なんか…ぎこちないですね。」

「ううぅ〜〜ん…斧の部分が重くて…。」

「持ち方が間違ってるんじゃないっすか?」

 ジャネットはダフネから「鬼殺し」を受け取ると…中央辺りを右手の甲の上に乗せた。

「…違うなぁ、ここじゃあない…。」

 ジャネットは右手の甲の上で、「鬼殺し」が天秤のように均衡を保つまで、微調整していった。

 ジャネットの右手の甲の上で、「鬼殺し」が綺麗に水平になると…

「ここっすね!…ここがこの大斧の重心位置です。この辺を持ってください。」

 ジャネットが示した重心位置は、斧部分のすぐ下だった。言われた通りにダフネが右手で重心位置を握ると…

「おっ、楽だ!」

「でしょでしょ!ちょっとくるくる回してみて。」

 ダフネはバトントゥワリングのように、両手で「鬼殺し」を回してみた。

「おぉ〜〜、楽に回る!」

「棍棒でも槍でも、重心位置は重要っす。そこを持つと、武器を一番コントロールしやすくなりますよ。」

「ふむふむ…」

 二人は再び打ち合いの練習を始めた。ダフネはジャネットの突きを、先ほどよりも極端に短くなった斧の部分と極端に長くなった柄の部分で弾いた。

コンッ、カンッ、キンッ、カンッ…

「スムーズになりましたね。」

「うん、うんっ!」

「ただ…左手の動きが雑っす…ダフネさん、あんたガチガチの右利きでしょ?」

 ジャネットの指摘で…ひとつの課題が見えてきた。ランサーのような槍捌きを体得するためには、「両利き」であることが必須のようだ。

「とにかく反復練習っす、盾を持つだけだった左手に、無理やり武器の感覚を覚えさせるんですよ!」

 ダフネとジャネットは夕方までこの練習を続けた。


 午後七時を過ぎて、ダフネは食堂に出かけた。

 食堂には戦士房の仲間がいた。その中にはケイトもいて、ダフネを見るや否や…ダフネに駆け寄って言った。

「あんた、どうしたんだ、ソレ!…骨折かっ?」

 ダフネは右手を包帯で吊っていた。

「あ…ケイトさん。これ、違うんだ、両利きになるための特訓だよ。」

「両利き?…特訓?」

 ダフネはケイトと話をしつつ、カウンターで晩ご飯を受け取ると、仲間のテーブルで食事をした。

 ダフネは左手でスプーンを握って、ドンブリの雑炊を口に運んで…見事にこぼした。それを見た仲間はゲラゲラと笑った。

「こっちは必死なんだぞっ…笑うなっ!」

「いやあぁ〜〜、両利きとか…意味分からん、がははははっ!」

 ダフネは笑う仲間を無視して、ひとり黙々とおぼつかない手つきで必死にスプーンを口に運んだ。

 すると…突然、仲間たちが笑うのを止めた。…ダフネの肩に手が置かれた。

「ダフネ、いいところで会ったな、私は嬉しいぞっ!」

 ダフネが振り返ると…ベレッタとルカがニコニコして立っていた。

「ベレッタ師範、ルカ師範、これから夕食ですか?」

「うむ、これからだ!」

 戦士房の仲間たちは雑炊を口に掻き込むと、さっさとテーブルから離れていった。

 ケイトが言った。

「じゃ…ダフネ、またね。」

「ケイトさん、また…。」

 去り際のケイトの目は何かを訴えていた。しかし、鈍感なダフネにその理由を知る由もなかった。

 ベレッタとルカはニコニコして、ダフネの対面に座った。

 ベレッタはニコニコして言った。

「ダフネ…お前、お金持ってるか?」

「え、お金ですか?…まぁ、少しなら…。」

「…いくら持ってる?」

「銀貨二十枚くらい…?」

「………貸してくれ。」

「…え?」

「貸してくれ…って、言ってるんだよ、二度も言わすなよぉ〜〜。」

「いいですよ…でも、持ってきてないですよ。槍手房の房主堂に…」

「………取ってきてくれ。」

「えええっ⁉︎」

「取って来いよぉ〜〜っ…私たちに房主堂を家探しさせるつもりかぁ〜〜っ⁉︎」

(うわっ…なんて、自分勝手な人たちなんだ…!)

 ダフネはそう思ったが…口には出さなかった。

 後で仲間に聞いた話だが、ベレッタとルカはワインがたいそうお気に召したらしく、毎晩酒盛りをしているらしい。それで、酒代に困って槍手房にとどまらず食堂で会った人間からお金を借りまくっているようだ。


 夜、ダフネは房主カレンの言葉に甘え、副師範の部屋の寝台で寝た。

 蝋燭の薄明かりの中で、夜でも特訓は続いていた。ジャネットの提案で、部屋の天井から紐で小さな木製の球を吊るし、それを左手で握った棒で突いたり叩いたりした。力は必要ないが、これがなかなか当たらない。左手の繊細な感覚を養うための訓練だ。

 はじめは立って…そして、眠くなると寝台に寝そべって下から棒で球をつついた。そうしているうちに…ダフネは微睡まどろんでいった…。


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