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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百九十四章 懲罰房 その1

百九十四章 懲罰房 その1


 アナはダメもとでマーゴットに食い下がった。

「マーゴットさん、オリヴィアさんを…オリヴィアさんを許してあげてください。オリヴィアさんは…今が一番幸せな時なんです。どうか、オリヴィアさんをコッペリ村に戻してあげてくださいませんか?」

 マーゴットはしばらく黙り込んで、それから言った。

「さすがはクレリック様…大変に慈悲深いお言葉ですね。ですが、慈悲だけでは国は成り立っていかないのですよ。オリヴィアがイェルマを捨てると言うのなら、それはそれで良いのです。ですが…イェルマは抜けない、かと言って男も捨てられない…それは困るのです。それを許すと、とめどもなくそれに倣う者が出てくるのです。女は弱い…男を愛すると、なりふり構わずにそちらになびいてしまう傾向があります。それで、イェルメイドのイェルマ出入り自由を許してしまうと…イェルマがイェルマでなくなってしまいます…」

「…イェルマがイェルマでなくなる?」

「イェルマの強さは『一枚岩』であること…。それが愚かな男たちに感化された女たちがイェルマに戻って来ると、イェルマの中で様々な習慣や思想文化を撒き散らすことでしょう。特権、差別、民族至上主義、資本主義、反戦主義…イェルマはバラバラになってしまいます。そうなると、国防どころか…国家としてのていを保てなくなってしまいます。…今回は少し乱暴ではありましたが、オリヴィアには懲罰房で頭を冷やしてもらいます…。」

「マ…マーゴットさんは、そこまで考えて…。」

 アナは恐縮した。


 ここはイェルマの地下に作られた懲罰房。懲罰房は十室あって、頑丈な石ブロックで囲われていた。

 数人の魔道士と、念のためにベレッタ、ルカ、タマラ、ペトラが縄で拘束されたオリヴィアを懲罰房に連れてやって来た。

「ははは、オリヴィア、お前はこれで何度目の懲罰房だぁ?」

 ニタニタと笑うベレッタの質問にオリヴィアは不満そうに答えた。

「…十回から先は数えてなあぁ〜〜い!」

「凄いなっ!イェルマの最高記録を更新中か、レコードホルダーだなっ!」

「ああ、そうよっ!わたしはここの常連よ、だから懲罰房なんか…屁でもないわっ!」

 オリヴィアは十室ある右奥の懲罰房に入れられた。オリヴィアの他に懲罰房の囚人はいなかった。

 右奥の懲罰房はオリヴィア専用の特別仕様で…扉は10cmの厚さで、おまけに金属製の枠で補強されていた。以前、オリヴィアが鉄山靠(背中で体当たりする技)で扉を破壊して脱走を図ったことがあるからだ。

「ふんっ!どおってことはないわ、ここはわたしにとっては別荘みたいなもんよっ‼︎」 

 オリヴィアは作り笑いをして負け惜しみを言った。

「死ぬまで言ってろ…二週間したら、また会おうぜ!」

 ベレッタたちは懲罰房の地下から出ていった。そして、入れ替わるように、ひとりの若い番兵が階段を降りてきた。

 懲罰房は三畳ほどの狭さで、寝台と便器兼用の椅子が一脚あるだけで、ひとつの窓もなかった。扉には高さ10cm、長さ40cmほどの覗き窓があり、それには蓋があって外側からのみ開閉できるようになっていた。また、この覗き窓には縦60cmの一枚板がはめ込まれていて、その台を使って番兵は囚人に食事などのお盆の受け渡しをする。

 オリヴィアは狭い寝台の上に体を放り出し、仰向けになって…すぐに寝た。明かりもなく真っ暗な懲罰房で、囚人がまずやることと言ったら寝ることだ。


 しこたま飲んだお酒のせいか、オリヴィアは十二時間ぐらい…泥のように眠り込んだ。そして、オリヴィアは空腹と喉の渇きで目が覚めた。

 オリヴィアは手探りで扉の場所を探り当てると…思いっきり蹴飛ばした。

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…

「おぉ〜〜い、番兵っ!お腹が空いたあぁ〜〜っ、飯ちょおぉ〜〜だぁ〜〜いっ‼︎」

 若い番兵はちょうど食堂から朝食を持って来たところだった。

「はいは〜〜い…今、持っていくから…扉を蹴らないでくださいよ…。」

 番兵は扉の覗き窓の蓋を開けて、パンとスープが乗ったお盆をそこから懲罰房の内側に差し込んだ。

「真っ暗だと食べられないから、蝋燭もちょ〜〜だいっ!」

 懲罰房常連のオリヴィアは、懲罰房のルールをよく知っていて…蝋燭一本の灯りは許されていることも知っていた。

 オリヴィアは差し入れられた火のついた蝋燭を燭台に立て…とりあえずガツガツとパンとスープを腹の中に納めた。

「おかわりぃ〜〜っ!」

「お…おかわりは、ありませんよ…。」

 空腹も懲罰のうちだ。囚人におかわりは…ない。

「ちぇ…ちぇっ、ちぇっ、ちぇぇ〜〜っ!」

 オリヴィアは再び扉を蹴り始めた。

 ああ…うるさい…。番兵は辟易していた。すると、交代の若い番兵がやって来た。

「た…助かったよぉ〜〜。」

「懲罰房にいるのは誰ぇ?」

「…オリヴィア…さん。」

「うう…よりにもよって、オリヴィアさんかぁ〜〜…最悪。」

 本来、懲罰房の番は非常に楽な仕事だが、囚人がオリヴィアだと話は別だ。イェルメイドはみな、オリヴィアの癖の悪さをよく知っていた。

「ねぇねぇ、番兵…ボタンちゃんを連れて来てくんないぃ〜〜?」

「そんなこと…出来る訳ないでしょっ!」

「くらあぁ〜〜っ、『四獣』呼んでこぉ〜〜いっ!誰でもいいから…わたしをここから出せる人…連れてこおぉ〜〜いっ‼︎」

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…

(ああぁ〜〜…うるさいっ!)

「ちょっと…聞いてんのか、こらあぁぁ〜〜っ!」

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…

 オリヴィアが扉を蹴飛ばす音は昼過ぎまで続いた。

 しばらくして…音が止んだ。

「…ねぇねぇ、番兵、番兵…。」

 あれだけ強かった口調が柔らかくなった。それで…おや?っと思った番兵がオリヴィアの懲罰房に近づいていった。

「…どうしました?」

「…これ、お願い。」

 番兵が覗き窓の蓋を持ち上げると、懲罰房の内側から、番兵に向かってお盆が差し出された。中はたくさんの麦藁が敷き詰められていて…焦茶色の物が乗っておりぷ〜〜んと嫌な臭いを出していた。

(…ウンコしてたのか…。)

 仕方ない…これも番兵の仕事だ。番兵は便器用のお盆を受け取ると、麦藁の入った新しいお盆を懲罰房の中に差し入れた。オリヴィアはそれを受け取ると…

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…

「話の分かるヤツ、連れて来おいぃ〜〜っ!出せえぇ〜〜っ、こっから出せえぇ〜〜っ‼︎」

(うわっ…また始まった…!)

 番兵は耳を塞いだ。それでも騒動はずっと続いた。

「腹減ったあぁ〜〜っ…番兵、晩ご飯持ってこおぉ〜〜い、大盛りで持ってこおぉ〜〜い、蝋燭消えたあぁ〜〜、一緒に持ってこおぉ〜〜いっ!」

「ま…まだ三時ですよ。四時になったら、晩ご飯は交代の夜番が持って来ますから…とりあえず蝋燭を…。」

 火の点いた新しい蝋燭を覗き窓越しに受け取ったオリヴィアは、潤んだ目をして…番兵を見つめた。

「お腹すいたあぁ…早く…早く、お願いね。…大盛りで…。」

(…そりゃあ、あれだけ暴れたらお腹もすくでしょう…。)

 しばらくして、夜番が晩ご飯を持ってやって来た。オリヴィアは晩ご飯のお盆を受け取ると…しばらく大人しくなった。

 交代の夜番は昼番に尋ねた。

「…誰なの?」

「…オリヴィアさん。」

「わっ…それでかぁ〜〜っ!」

「ん?」

「…夜番を先輩に押し付けられた…。」

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…

「大盛りじゃないじゃないかあぁ〜〜っ、舐めとんのかボケエェ〜〜ッ!」

 昼番はさっさと地下の登り階段を駆け上がって逃げていった。

 オリヴィアは番兵が夜番に交代したことを察すると、食べ終わった晩ご飯のお盆を覗き窓から外に差し出した。番兵はそれを手に取って引っ張り出そうとすると…オリヴィアはお盆を両手で握って離さなかった。

「…オリヴィアさん、離してくださいよ!」

「ねぇねぇ…あなた、名前なんて言うの?」

 覗き窓と金属製のドンブリの隙間から…オリヴィアの小狡こずるそうな笑顔が見えた。

 番兵はドキッとして、お盆を引っこ抜こうとした。が、オリヴィアは「鉄砂掌」を発動させ、強靭な両手の五本指でお盆を万力のように固定した。

「あなた、どこの所属?…剣士房かしら?」

「違いますよ…戦士房です…。」

「ああ、それはちょうど良かったわ。これは天の采配ね、わたしはライヤとは仲が良いのよ。悪いんだけど…ライヤを呼んできてくれる?」

「む…無理です。そんな事…オリヴィアさんも判ってるでしょう?」

「濡れ衣なのよ、これは冤罪っ!ライヤならきっと分かってくれるわ…だから、ね?…ライヤを連れて来て…お願いよ…しくしく。」

「オ…オリヴィアさん…嘘泣きしてるでしょう…。」

 番兵がそう言った瞬間、お盆がバキッという音を立てて、真っ二つに割れた。

「おんどりゃあぁぁ〜〜っ!連れて来いやあぁぁ〜〜っ‼︎」

ドンッ、ドンッ、ガンッ、ドンッ、ガンッ、ドンッ、ドンッ、ガンッ…

「ひいぃぃ〜〜っ‼︎」

 「鉄砂掌」を発動させたためか、音の中には拳で扉を殴る音も混じり始めた。

 番兵は覗き窓の蓋のかんぬきをスライドさせて鍵を掛け、両手で耳を塞いでうずくまった。前の晩に十二時間も寝たせいか、オリヴィアが扉を蹴る音は深夜まで続いた。そして、午前一時を回る頃にやっと静かになった。

 いつもの事なのだが…こんな感じで、オリヴィアの騒々しい懲罰房生活は四日ほど続いた。…先は長い。



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