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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百九十三章 生誕祝賀会

百九十三章 生誕祝賀会


 午後五時頃、一騎の騎馬がイェルマ城門にやって来た。

 騎手は馬から降りると、大声で叫びながら城門を蹴り始めた。

ドンッ、ドンッ、ドンッ…

「衛兵いぃ〜〜、城門開けろおぉ〜〜っ!オリヴィア推参あぁ〜〜んっ‼︎」

 衛兵はそれを聞いて…

「オリヴィアさんが来たら、城門を開けろとマーゴットさんが言ってたな…。」

 衛兵は城門を開けた。


 女王の生誕祝賀会は「南の一段目」の「祭事館」で催される。「祭事館」はイェルマで最も敷地面積の大きい建物だ。祭典や式典などはここで行われる。

 午後六時前、ヤギやニワトリ、ブタなどの肉料理とお酒の入った壺とコップを乗せた無数のテーブルにはすでに招待された各方面の主たる面々が席についていた。

 練兵部では房主、師範および副師範、中堅と呼ばれる十八歳班より上の兵士、生産部では管理職に就いている「長付き」たちが招待された。みんなは祭事館の最奥の高台の立派な席に女王ボタンが現れるのを待っていた。

 そこに…ばたばたと遅れて入ってきた者がいた。オリヴィアだ。

 オリヴィアは息せき切って、とりあえず近場のテーブルの椅子に座った。

「ふぃ〜〜…何とか間に合ったぁ〜〜っ!」

 すると、対面の隻眼の大柄の女がオリヴィアを睨みつけた。

「おい、オリヴィア。…ここはお前の席じゃないだろう!」

「ありゃ、ベレッタ…!」

 このテーブルは槍手房のテーブルだった。オリヴィアはすぐに椅子から立ち上がって、隣のテーブルの空いた席に座った。あんなのと同席だと…せっかくのただ酒が不味くなる…。

 オリヴィアが座ると…隣にアンネリがいた。

「オリヴィアさん、武闘家房のテーブルはあっちだよ?」

「ここは斥候房かぁ〜〜…ここでもいいけどなぁ〜〜…。」

「いやいや、あんた武闘家でしょ。」

「あそこは…ないなぁ…。」

 武闘家房のテーブルには…多分、師範のタマラとペトラがいる…お酒がもっと不味くなる。房主のジルと「オリヴィア愚連隊」のリューズ、ドーラ、ベラに会いたいのは山々だが…。

「ねね、アンネリ…戦士房のテーブルは?」

「多分、あっちの方かな?」

「あんがとっ!」

 オリヴィアはテーブルとテーブルの合間を縫って、中腰になって小走りで移動していって、戦士房のテーブルに座った。

「オリヴィア、久しぶりだね。元気だった?」

 そう言ったのは戦士房の中堅たちだった。

「あらぁ〜〜、ルビィ、ローズ、シンシア!懐かしいわねぇ〜〜!」

「懐かしいって…お前が戦士房に寄りつかないだけだろう。」

「あはははは、ごみん。」

 さらに…ケイトがオリヴィアの肩を叩いた。

「おひさ、オリヴィアさん。」

「ああぁ〜〜ん、ケイト。こんな時でないと、会えないわねぇ〜〜。」

「…だから、あんたが来ないだけだって。」

 みんなして笑った。

 オリヴィアは戦士房…特に中堅から上の年代の戦士たちと仲が良い。戦災孤児だった五歳のオリヴィアがオーレリィに連れられてイェルマに来た時、五年間、戦士房の集団寮で彼女たちと寝食を共にしたからだ。当時のオリヴィアはルビィたちに可愛がられた。ケイトとはほぼ同期だ。…残念ながら、ダフネはまだ中堅ではないので招待されていない。

 ルビィが尋ねた。

「そういえば、種付け旅行に行ってたんだよね?帰ってきたんだ、どうだった?」

「バッチリよ、バッチリ!…結婚しましたあぁ〜〜っ!」

「お…おいおい…結婚って…。オーレリィさんみたいにイェルマを捨てるつもりか?」

「ううん。コッペリ村とイェルマを往復するっ!」

「…そんなことができるのか?」

「やるっ‼︎」

「はははは、変わらないなぁ…。オリヴィアはどこまでいってもオリヴィアだなぁ。」

「そういえば、ライヤは?」

「ライヤさんは白虎将軍だから、別室だよ。」

「あ、そっか。ライヤはあそこの高台の席に座るのよね…後で行ってこよっと。あれ、椅子が五つ置いてある…四つじゃないの?」

「神官房が新設されて、そこの房主が『食客』として招聘されたらしいよ。今日の祝賀会はそのお披露目も兼ねているらしい。」

「へえぇ…『食客』かぁ、誰だろ?」

 オリヴィアは目の前の豚の丸焼きに手を出そうとして、ルビィに手を叩かれた。

パチィッ!

「まだだよ!」

「えええぇ〜〜、お腹が空いちゃったんだけどぉ〜〜…⁉︎」

「ホント…オリヴィアは五歳児のまんまだなぁ〜〜…。」

 すると、高台の袖から五人の女性が現れた。向かって左から、マーゴット、チェルシー、ボタン、アナ、ライヤが並んでいた。祝賀会が始まるようだ。

 ボタンが一歩前に出て、出席者に向かって言った。

「今日は私のために集まってくれてありがとう。今日で私は二十二歳になった…これからもイェルマの女王として、誠心誠意、イェルマのために働きたいと思う。さて、イェルマをより良い国にするために…『神官房』を新設することにした。私の隣にいるアナ殿は、ティアーク王国で長年に亘り冒険者として腕を振るった優秀なクレリックだ。アナ殿はイェルマからの招聘を快く受け入れてくれた。アナ殿の待遇は『食客』である…みんな、くれぐれも失礼のないように。…さぁ、アナ殿、言葉をいただけないだろうか…」

 アナが一歩前に出た。すると…

「おおぅっ、アナ殿っ!あんたの腕前は私がよく知ってるぜっ‼︎」

 そう叫んだのはベレッタだった。以前、アナは槍手房の少女テルマの骨折を治したことがある。

 そして、アナに拍手を送っていたのはサリーだった。サリーは自分の事のように誇らしく思っていた。

 椅子からひっくり返りそうになったのはオリヴィアだった。

「どひぇぇ〜〜っ!何でぇ、何でぇ〜〜?アナってば、いつの間に『食客』になっちゃったのぉぉ〜〜っ⁉︎」

「オリヴィアの知り合いか?」

 ルビィの質問に、オリヴィアは激しく首を縦に振った。

 アナが話し始めた。

「初めまして、イェルマのみなさん。私はアナスタシアと申します。みなさんとは早く仲良くなりたいので、アナと呼んでください。…私は女性ばかりの国、イェルマが大好きです。建国の祖イェルマの意志を引き継いで、みなさん、女なのに男たちに負けないくらいの矜持と自尊心をお持ちです。どんなことがあっても譲れない物…それを持っているみなさんを私は尊敬いたします。なぜなら、クレリックである私もまた、神に関して絶対に譲れない物を持っているからです。これよりは、私もイェルメイド…みなさんと同じ仲間です。私は戦えませんが、病気や怪我を治すことで…そして、『神官房』を大きくすることで、みなさんのお役に立ちたいと思います。…どうぞ、よろしくお願いします。」

 拍手喝采が起こった。しばらくして…ボタンが右手で拍手を制止した。

「…長々と話をするつもりはない。みんなはすでに今日の振る舞い酒にワインがあるのを知っているだろうからな…」

 笑いとどよめきが起こった。

「みんなへ朗報をひとつ…イェルマでも、食堂でワインが飲めるようにした…銅貨十五枚でワインが飲めるぞっ‼︎」

ウオオオォ〜〜〜〜ッ‼︎

 大歓声が起きて、みんなコップにそれぞれ好きな酒を注いだ。

 ボタンたちにもコップが回され…ボタンが音頭をとった。

「今日は無礼講だ…イェルマの繁栄と、『神官房』の発展を願って…かんぱぁ〜〜いっ‼︎」

「ボタン様の長寿を願って…乾杯っ‼︎」

 あちらこちらでコップをぶつけ合う音がして…宴会が始まった。

 オリヴィアは右手にワインの入った壺、左手にコップを持ってアナたちがいる高台を目指した。

「ボタンちゃあぁ〜〜ん、お誕生日おめでとおぉ〜〜っ!あら、コップ空っぽじゃなぁ〜〜い、ほら飲んで飲んでっ!」

「おっ、オリヴィア…ちゃん。来てたんだ?…ありがとう。よくマーゴットが許し…」

「アナァ〜〜ッ!あんた、何でイェルマにいるのぉ、何で『食客』やってるのぉ〜〜?」

「えええ…オリヴィアさん、知らなかった⁉︎…アンネリに誘われてね…。」

「ふぅ〜〜ん…また今度、『神官房』に遊びに行くぅ〜〜っ!」

「ええ、是非、来てちょ…」

「ライヤァ〜〜、お久しぶりぃ〜〜!」

「やぁ、オリヴィア。オーレリィさんは元気にしてた?」

「元気にしてたよぉ〜〜!一緒に飲も飲もっ‼︎」

 オリヴィアはボタン、アナ、ライヤのコップに左手の壺のワインを注ぎ、それ以上に自分のコップで自分の口にワインを注ぎ込んだ。

 祝賀会はワインのおかげで盛り上がり、午後八時を回っても終わらなかった。

 当然ながら、出席者のほとんどはビールや地酒には目もくれず、今流行はやりのワインばかりを飲んでいた。テーブルに置かれていたワインの壺はすぐに空になり、みんなはおかわりを求めて祭事館の隅に置かれていた三個のワイン樽に群がっていた。

 したたかに酔っているオリヴィアも壺が空っぽになったので、おかわりをもらいに行った。そこには先客…ベレッタとルカがいた。彼女たちはひとつのワイン樽に張り付いて、その樽を丸ごと飲み干しに掛かっていた。

「おい、オリヴィア、他に行きな…この樽は私とルカで飲む!」

「何ですとおぉ〜〜っ⁉︎」

 オリヴィアは辺りをキョロキョロ見回して、他のふたつの樽を探した。他のふたつの樽には人だかりができていて、あれはすぐには飲めないなとオリヴィアは思った。

「ベレッタァ〜〜、独り占めはずるいじゃないかぁ〜〜っ!」

「…独り占めじゃぁない。…二人占めだよ。」

「ふにゅうぅぅ〜〜〜っ、屁理屈言いおってえぇ…!」

 ベレッタとルカは樽の蛇口から壺にワインを注ぎ、オリヴィアに見せつけるかのようにそれを飲んだ。

 オリヴィアはどたまに来た。「軽身功」「鉄砂掌」「鉄指拳」を発動させた。祝賀会の出席者はみなスキル持ち…みんなの注意が一斉にオリヴィアに集まった。

 オリヴィアはベレッタの顔面めがけて右順歩捶を打ち込んだ。予想していたのか、ベレッタはそれを腕を交差させて十字受けでガッチリ受け止めた。すると、ルカがオリヴィアの背中に横蹴りを入れてきたので、オリヴィアは反転して左腕でいなした。

「おお、始まった、始まった!」

 出席者はオリヴィアたち三人を遠巻きにして、お酒を飲みながら笑って観戦していた。

 アナが驚いてボタンに言った。

「ボ…ボタン様、放置してていいんですか⁉︎」

 ボタンは笑っていた。

「はははは、問題ない、毎年のことです。無礼講だしな…これぐらいじゃないと、酒宴とは言えないじゃないか。大丈夫ですよ…祭事館は武器の携帯禁止で、素手の殴り合いだから死人は出ませんよ。」

 うわ…何て脳筋な発言…。アナが周りを窺うと、マーゴットとチェルシーだけは真剣な眼差しでオリヴィアを見ていた。

 オリヴィアはベレッタとルカ二人を相手に戦っていた。素手であれば、断然武闘家のオリヴィアにアドバンテージがある。二人相手でも、善戦していた。

 しかし、次の瞬間、戦況が変わった。なんと…タマラとペトラが参戦してきた。

「オリヴィアァ〜〜ッ!今日こそ引導を渡してやるぞぉ〜〜っ‼︎」

「うひゃっ…!」

 それを見て、リューズ、ドーラ、ベラが腰を上げた。

「オリヴィアの加勢に行くぞっ!」

「おうっ!」

 すると、タマラ、ペトラ派の武闘家房の中堅たちがオリヴィア愚連隊の前に立ちはだかった。

「ここは通さん!」

「何をぉ〜〜…推し通るっ!」

 ここでも小競り合いが始まった。

 タマラとペトラが矢継ぎ早の突きと蹴りを繰り出してきて、オリヴィアはそれを捌ききれず…二、三発がオリヴィアに命中した。

「ぐへぇっ!」

 たまらずにオリヴィアが後退すると、後ろにはベレッタとルカが待ち構えていた。

(まずいっ…囲まれた、フクロにされちゃうっ!)

 そう思ったオリヴィアは大きく跳躍して…タマラとペトラを飛び越した。

「おおおぉ〜〜っ!」

 観衆となっていた出席者が感嘆の声を上げた。

「オリヴィアめっ…『軽身功』を習得しやがったなっ⁉︎」

 そう言って、タマラはオリヴィアを追撃した。

 追走してくるタマラに気づいて、オリヴィアは迎撃した。

「各個撃破だあぁ〜〜っ‼︎」

 オリヴィアはタマラに向かって…「迎門三不顧」を撃った。酒が入っていたせいか…オリヴィアは判断を誤った。

バキィィッ!

「うあっ…しまったぁぁ〜〜っ!地面じゃなかったぁぁ〜〜っ‼︎」

 祭事館の床板が割れ、周りの十数枚の床材がめくれ上がって宙を舞った。

 オリヴィアひとりだけが、床板を破壊して床下の地面の上に立っていた。

「今じゃっ!」

 マーゴットの号令と共に、出席者の中から中堅の魔道士たちが前に出てきて…呪文を唱え始めた。

「法と秩序の神ウラネリスの名において命じる…地の精霊ノームよ、冥府より這い出でて敵をその虎バサミで拘束せよ…縛れ、アーストラップ!」

 オリヴィアの両足が沈み込んで、地面に固定されてしまった。

「むむむぅ…足が動かんっ‼︎」

 ここで、マーゴットが事態の収拾に出てきた。

「ボタン様…時刻はもう八時を回っております。そろそろお開きにいたしましょう。」

「そうだな、面白いものも見れたしな。」

 マーゴットは魔道士たちに命じて、オリヴィアを太い縄で縛り上げた。

「こらっ、魔道士!あんたらは関係ないでしょ、ほどきなさいよぉ〜〜っ‼︎」

 マーゴットはオリヴィアに言った。

「オリヴィアよ…。お前の故郷はコッペリ村ではなく、ここ…イェルマじゃ。旅も終えたことだし…そろそろ、戻ってきてはどうだい?」

「やだあぁ〜〜っ!わたしはセドリックのところに戻るのぉ〜〜っ‼︎」

「…しようのない子だ。それじゃぁ、仕方ない…。お前たち、オリヴィアを懲罰房に連れておいき、オリヴィアに懲罰房三週間を命じます。」

「うげげげぇぇ〜〜…!」

「マーゴット殿、少しお待ちください!」

 そう言って、マーゴットとオリヴィアの間に割って入ったのは…アナだった。

「確かに、オリヴィアさんはボタン様の祝いの席で狼藉を働きました。けれど、酒の席の上でのことです…情状酌量の余地があるのではないですか?ボタン様は仰っていました…毎年のことで、『無礼講』なのだと。ボタン様、そうですよね?」

 アナはボタンの顔を窺った。

「うむ、その通りだ。」

 ボタンの言葉を受けて、アナはさらに続けた。

「…であれば、今年だけオリヴィアさんを罰するのは間違っています。オリヴィアさんは冒険者パーティーで活躍してくれて…何度も私の命を助けてくれました。どうか、オリヴィアさんにご慈悲をいただけませんか?」

「ア…アナァ〜〜…!」

 オリヴィアは目を潤ませて…アナをじっと見つめた。

 その様子を見て…ボタンはマーゴットに言った。

「マーゴット、アナ殿の言う通りだ。『無礼講』で騒いだからと言って、懲罰房三週間は私も行き過ぎだと思う。今回は大目に見てやっては…?」

「ボ…ボタンちゃぁ〜〜ん…!」

 オリヴィアは潤んだままの目で…ボタンをじっと見つめた。

「…ようございます。では、祝いの席で暴れた件については不問にいたしましょう…」

 オリヴィアはほっと胸を撫で下ろした。が…

「しかし、オリヴィアには別件がございます…。旅に出発する際、兵站局のチーズ工房から大量のチーズを盗んでいったのでございます…」

「…なに⁉︎」

 ボタンが驚いた。

「…えええ‼︎」

 アナも驚いた。

「…ですので、罪一等を減じて、懲罰房二週間といたします。…連れて行きなさい。」

「アナァ〜〜ッ…ボタンちゃぁ〜〜んっ!」

 オリヴィアは絶叫したが…ボタンもアナも無言だった。

「んん…貴重な戦時携帯食のチーズを盗み出すとは…けしからんな…。」

「…オリヴィアさん…。盗みはダメでしょ…。」

 肩を落とすアナとボタンを尻目に、オリヴィアは魔道士たちに連行されていった。


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