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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百九十二章 ジェニと十二歳班

百九十二章 ジェニと十二歳班


 一時間が経った。

 ジェニの腕は痺れて、もうぴくりとも動かなかった。腕を動かそうとしないジェニにクレアは叫んだ。

「ジェニ、働けぇ〜〜、動けぇ〜〜っ!」

「ああ…もうだめ、腕が…動かないぃ〜〜っ!」

「おっきい体して、へなちょこねぇ…じゃ、角材を荷車に運ぶの手伝ってあげて。ターニャ、こっち来て鋸引いて。」

 その時…少女たちが悲鳴を上げた。

「はぎゃあああぁ〜〜っ!」

「ど、どぉ〜〜した?」

「お、お、お、おっきな黒い犬が来たぁ〜〜っ‼︎」

 は…⁉︎ジェニが振り返ると、そこには尻尾を振ってワンコがお座りをしていた。

「あら、ワンコ…今までどこに行ってたのよぉ〜〜…また、ウシガエル?」

 ジェニはワンコのたるんだ頭の皮を両手でぐにゃぐにゃと握り引っ張り回した。ワンコは口の横から長くて大きな舌を垂らして、じっとしてジェニのなすがままになっていた。

 少女たちは、いつの間にかジェニの背中の後ろに集まっていた。

 クレアが言った。

「…それ…ジェニの犬?」

「うん、ワンコって言うの…一緒に来たの。」

 すると、クレアを含めた十二歳班がゲラゲラと笑い始めた。

「ぎゃはははは…ワンコだってぇ〜〜っ!犬にワンコって名前とか…」

「あはっあはっあはははは…ワンコにワンコって、おっかしいよねぇ〜〜…!」

 なるほど確かに「十二歳」班だ…笑いのツボがお子ちゃまだ。

「…ワンコ、噛まない?」

 ジェニは言った。

「意地悪しなければ、噛まないわよ。」

 ワンコを中心に少女の輪ができて、みんなじぃ〜〜っとワンコを見ていた。

 クレアが目を輝かせて言った。

「…触ってもいい?」

「いいわよ。」

 クレアは恐る恐る手を伸ばして…ワンコの背中をちょっと撫でた。クレアはその瞬間、満面の笑みでニコリと笑った。

 すると、あちらこちらから手が伸びてきて、ワンコの体じゅうを撫で回した。

(む…こいつら、俺の嫁候補か⁉︎…ちょっとちっちゃいな…。)←ワンコの気持ち

 ワンコは、あっという間に十二歳班のマスコットになってしまった。

 クレアが大声で言った。

「あ、そろそろお昼か。みんな、テッシュウゥ〜〜ッ!休憩、休憩!」

「…休憩?」

 十二歳班はみんなして集団寮に戻り、水を飲んだり、濡れた手巾で顔を拭いたり、各々の寝台の上に寝転んだりした。

 ジェニが不思議そうにクレアに尋ねた。

「こ…これは…?」

「一時間、お昼休憩よ。あたしたちはまだ体ができてないから、休憩を取らないと体が壊れてしまうのよ。」

 そうか、何にしろ…助かった。ジェニは自分の寝台の上に寝て体を休めた…疲れた、少し仮眠を取ろう…。元気いっぱいのクレアたちは部屋にまで入ってきたワンコを撫で回し、ワンコが時々顔を舐めるとその度に大声で笑った。…なので、うるさくて眠れなかった。

「よぉ〜〜し、休憩終わりっ!みんな、次行くよぉ〜〜っ!」

 クレアの号令で、みんなはパッと集団寮の外に出た。ジェニは中途半端な仮眠で、ぼぉ〜〜っとしていて出遅れた。慌てて寮の裏に行こうとすると、クレアの怒号が飛んできた。

「こらぁ〜〜っ!ジェニ、そっちじゃなぁ〜〜いっ‼︎」

「…へ?」

「午後からは、先輩たちのお世話するんだよぉ〜〜っ!」

 十二歳班は手に桶を持って訓練場に走っていった。ある者は手桶に水と柄杓を入れて、訓練場のあちこちに置いていった。射撃を終えた十五歳班、十八歳班の先輩たちがそれを飲む。また、ある者は桶に何枚もの手巾を入れて、訓練上がりの先輩たちに絞って配って回った。

 ジェニはクレアと共に十八歳班のそばで必死におしぼりを絞っていた。アーチャーたちは汗をかくと、おしぼりを受け取って顔や体を拭いぽいっと桶に投げ戻すので、次から次に手巾を絞らねばならなかった。

(ひぃぃ〜〜…握力が…握力がなくなるぅ〜〜っ…!)

 突然、声が掛かった。

「早く、おしぼりちょうだい。」

「は…はい、ただいま…!」

 ジェニは手巾を絞って、声の主に手渡した。声の主は言った。

「くくくっ…ジェニさん、頑張ってるみたいですね。」

「あ…サリー⁉︎…確かあなたは十五歳だよね。何で十八歳班に?」

「飛び級ってヤツですよ。」

「おお…さすがだ…。」

 すると、クレアが凄い剣幕で捲し立ててきた。

「こらこらこらこらっ!…サリー先輩と気安くお喋りすんなぁ〜〜、サリー先輩の担当はあたしって決まってるんだからねぇ〜〜っ‼︎」

 クレアはジェニとサリーの間に割って入ってきて、サリーに自分が絞った手巾を手渡した。気のせいか…クレアの頬はほんのり染まっていた。

「はい、どうぞ。…サリー先輩!」

「…ありがとね、クレア。」

 午後三時過ぎ、射手房の訓練はまだ終わっていなかったが…クレアが叫んだ。

「十二歳班、テッシュウゥ〜〜、テッシュウゥ〜〜ッ!次行くよぉ〜〜っ‼︎」

 みんなは手桶を持って、バタバタと走り出した。ジェニは訳も分からず…ひぃひぃ言いながら、クレアの後を追った。

 十二歳班は集団寮で手桶を置くと、「北の三段目」に駆け上がっていった。

(ひいぃ〜〜っ…今度はいったいどこへ…⁉︎)

 十二歳班は「湯殿」に到着すると建物の裏手に回り、五つある釜戸に火打石で火を点けていった。

「…クレア、何をしてるの?」

「今週はうちの当番なんだ。大釜でお湯を沸かすの…そいで、先輩たちが湯浴みをするんだよ。」

 クレアたちの後ろに別の少女たちがやって来て、たくさんの束ねた薪を置いていった。

 クレアがその少女たちに声を掛けた。

「ごくろ〜〜さん。」

 向こうが返してきた。

「ごくろ〜〜さん。」

 ジェニが尋ねた。

「今の女の子たちは…?」

「あれはね、槍手房の十二歳班だよ。槍手房は薪運びで、戦士房は水張り…うちらは釜戸の見張り…楽な方だよぉ〜〜。」

 一時間もするとお湯が沸いて、「湯殿」に人の気配がした。人の気配は次第に強くなって…がやがやと喋り声も聞こえ始めた。イェルメイドたちが湯浴みをしているようだ。

 夏場は「北の三段目」の泉で水浴びをして済ませる者も多いが、今はもう冬が間近に迫っている。「湯殿」には十基の大釜が備えられていて、水とお湯の大釜が交互に置かれている。イェルメイドたちは大タライに熱湯と水を入れて湯浴みをする。湯釜にお湯が足りなくなると…湯浴みが終わったイェルメイドが隣の水釜から水を足してくれる。

「おぉ〜〜い、ぬるくなってるぞぉ〜〜!」

 建物の中から声がして、クレアは必死で釜戸に薪をくべた。クレアたちは、とにかくガンガン薪をくべて火を燃やせば良い。

「ターニャ、水釜見てきてぇ〜〜。」

「うん、分かったぁ。」

 ターニャはクレアの指示を受けて、表に回り「湯殿」に入って五基の水釜の水量を確認した。

「一番目と四番目が空っぽぉ〜〜!」

 それを聞いたクレアは…

「みんな、行くよぉ〜〜!ジェニもおいでっ‼︎」

(うひぃぃ〜〜…た、助けてぇぇ〜〜…!)

 火番をひとり残して、クレアたちは岩清水が作った近くの水溜りに走っていった。そこにはたくさんの手桶が置いてあり、クレアたちはそれで水を汲んで「湯殿」の中に入っていった。ジェニも手桶で水を汲んで、「湯殿」の水釜に水を足した。

(あ…足が…腕が…死ぬぅ〜〜…‼︎)

 ちょうど湯浴みをしていたアナが走っていくジェニを見た。

「あら?…今の、ジェニじゃなかったかしら。どうして、子供たちと…?」

「アナ様、どうかなさいました?」

「いえ、何でもありません。」

(…ジェニはアーチャーの訓練をしているはず、こんな所で下働きをしている訳ないわね…きっと、見間違いだわね。)

 午後六時頃、戦士房の十二歳班が交代でやって来た。

「よぉ〜〜し、テッシュウゥ〜〜ッ!次行くよぉ〜〜っ‼︎」

 クレアたちは「北の一段目」に取って返し、射手房の集団寮で手拭いと着替えを揃えると、再び「湯殿」に走っていって…湯浴みの順番を待っている列に並んだ。

(お…終わったかも…しれない…。)

「クレア…今から…湯浴みをするんだね?」

「うん。あたしたちは今日は、これから湯浴みしてご飯食べて終わりだよ。十五歳班になったら、まだ夜番とか深夜番とかあって大変なんだよぉ〜〜。」

 ジェニは安堵した。そして、ようやく周りを見る余裕ができた。そして、自分たちが並んでいる列とは別の…おかしな列があることに気づいた。その列に並んでいる者は、みんな中腰かしゃがみ込んで手を動かして何かをしていた。

「あの列は何…?」

「あれはねぇ、下着を洗ってるんだよ。」

「…えっ⁉︎」

「あそこはねぇ、湯浴みの後のお湯が流れててねぇ…みんなが洗濯してるの。」

「へ…へぇ…。」

 要するに、湯浴みで排出されたお湯を洗濯で再利用しているということだ…。

 クレアたちの湯浴みの順番が来た。クレアたちはさっさと服を脱ぎ捨てると、キャーキャー叫んでお互いにお湯を掛け合っていた。その横でジェニは静かに服を脱いで…こっそりと体を洗っていた。すると…クレアがジェニの下半身を見て叫んだ。

「えええぇ〜〜、ジェニってば…大人じゃんかぁ〜〜っ!」

「はっ…⁉︎」

 みんなの注目がジェニの下半身に集まった。

「わっ…もじゃもじゃぁ〜〜。」

「なんで、なんでぇ〜〜?」

「ジェニ、あんた何食べてんのぉ〜〜?何食べたら、そんなにいっぱいになるのぉ〜〜?」

 多分…この子たちに悪意はない、純粋に大人への憧れなのだろう。だが…ジェニは猛烈に恥ずかしかった。

「あ…あんたたちもあと五年もしたら、こうなるよっ!」


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