百九十章 ダフネとライヤ
百九十章 ダフネとライヤ
ダフネが「北の四段目」を進むと、多くのイェルメイドたちが訓練をしていた。
「お、ダフネだ…ダフネが帰ってきたぞ!」
「ダフネ、お帰りぃ〜〜!」
「ただいまぁ〜〜。」
「戦士房」の仲間がダフネを取り囲んで、口々に挨拶してきた。
「あれ…なんで髪、切ったの?…なんか、弱々しく見えるじゃん。」
「…色々とあったんだよ。」
「なになにぃ〜〜、このバカでかい斧はぁ〜〜⁉︎」
「ああ、これは戦利品だ。…オーガとやり合ってね。」
「おおおぉ〜〜っ…‼︎」
オーガはイェルメイドと言えども手を焼く相手だ。
そこに、ケイトがやって来た。ケイトは「戦士房」の先輩で、ダフネたちがイェルマから旅立つ時に見送ってくれた。
「やぁ〜〜、ダフネ。帰って来たんだね。無事で良かった!」
「ケイトさん、ご無沙汰です。」
「…で、どうだったんだい?」
「…何が?」
「旅行の成果に決まってるじゃないか!」
「オークを十数匹…それに、アンデッドとか紫スライムとかオーガとか…。」
「それは凄いね…じゃなくてぇ…これだよ、これっ!」
ケイトは右手の親指を立てて、ダフネの前に突き出した。その途端、ダフネは両耳を真っ赤にして言った。
「お、お、お…男、男の話ぃっ⁉︎…まぁ…ぼちぼち…かな。」
ケイトは大笑いした。
「あはははは、ぼちぼちって、何だよ。…あんたは分かり易いねぇ。手応えはあったって訳だ、安心した。」
それを聞いて、仲間のイェルメイドがダフネを総攻撃した。
「信じられない!ダフネ、相手はどんな人だよ、ハンサムだった⁉︎」
「ダフネは…初めてじゃなかったっけ?…ちゃんとできたのぉ?」
「タネは着床いてるんだろうな?」
ダフネは耳だけでなく…顔も紅潮させて、しつこい仲間たちに「鬼殺し」を振り上げて威嚇した。みんなはピョンとその場から三歩ほど飛び退いた。
「えぇ〜〜い、うるさいうるさいっ!あっち行けっ‼︎」
みんなも大笑いした。
「それより…ケイトさん、房主はいる?帰還の挨拶をしたいんだけど…。」
「ライヤ房主は『四獣会議』からまだ戻って来てないよ。」
「そうか…。」
戦士房は現在、師範、副師範の座が空位だ。五年前までは師範が二人いたので、特に副師範は置いていなかった。しかし、師範のひとり…オーレリィが男を追ってイェルマを抜け、その一年後に老いた房主が病で急逝したので、師範から繰り上がって房主になったのがライヤだった。
ケイトはダフネが持っている「鬼殺し」を睨みながら言った。
「その斧、強そうだな…房主が帰ってくるまで模擬戦やらないか?」
「やろうやろうっ!」
ダフネは「鬼殺し」の試し斬りをしたくて堪らなかった。無生物相手に何度か撃ち込んではみたものの物足りなかった。
ケイトはラウンドシールドと片手仕様のバトルアックスを持って、ダフネは「鬼殺し」を持って訓練場へ移動した。「戦士房」の仲間がぞろぞろと二人の後に着いて行った。
ダフネは言った。
「あたし、旅の間にスキルがふたつ増えたよ。」
「ほぉほぉ…お手並み拝見。」
二人はしばらく対峙した。そこから、ダフネが柄の長い「鬼殺し」の利点を活かして、柄の端を両手で持ってケイトに殴り掛かった。
ケイトはそれをラウンドシールドで受けた。
ピキィッ!
ケイトの盾に亀裂が入った。
「な…なんだ、この切れ味は⁉︎…ツーハンドソード並みだな。」
「ふふふ、『パワークラッシュ』を絡めたら、木製の盾なんか真っ二つだよ。」
ケイトは亀裂の入ったラウンドシールドを前に突き出して、ダフネと距離を取った。今度はダフネは「鬼殺し」を少し短く持って水平に構えた。
ケイトが大きく踏み込んで、右手のバトルアックスをダフネに撃ち込んだ。ダフネはそれを「鬼殺し」で弾くと、返す斧で袈裟斬りにケイトの肩口を狙った。…が、ケイトはさらに大きく踏み込み、「鬼殺し」の柄の部分をラウンドシールドで受け、至近距離でダフネの腹を前蹴りした。
ダフネはバランスを大きく崩して、後方によろめいた。そこをすかさず、ケイトは寄り足してダフネの顔面にバトルアックスの刃を突きつけ…寸前でピタリと止めた。
「…うわっ…参った!」
ダフネは降参して、ケイトに一礼した。
すると…拍手しながらダフネに向かって声を掛ける者がいた。
「ダフネ、お帰り。」
「あ…ライヤ房主!…ただいま、帰りました。」
ダフネはライヤにも一礼し、観戦していた戦士のイェルメイドたちもちょこっと頭を下げた。
「ダフネ、ケイト…房主堂においで。」
ライヤは二人を従えて、訓練場の前の房主堂に入っていった。
ライヤは房主堂の上座の麦藁で編んだ座布団に座ると、横に置いてある予備の座布団を二人に投げてよこした。二人はその上に正座した。
ライヤが言った。
「無事で何よりだった。これからは、『戦士房』に落ち着くのだね?」
少し含みのある言葉に…気づかないダフネは答えた。
「は…はい、そのつもりです。」
「うむ、精進しなさい。ところで…先ほどの大きな斧、あれはどうしたんだい?」
「はい、冒険者たちとダンジョン攻略をした際に、遭遇したオーガが使っていた斧です。あたしがとどめを刺したので、褒美としていただきました。」
「なるほど…それは凄いな。…で?…これからもその斧を使っていくつもりか?」
「もちろんです!あれは凄い斧です。魔法が掛かった斧なんです!」
「ほほぉ…エンチャントウェポンか。」
「房主様はご存じで…?」
「知っている。エンチャントウェポンは使用者の戦闘能力を高めるゆえ、戦士を目指す者ならば誰でも欲しがる武器だ。しかし…アレはオーガ用に造られた物だろう?人間のお前には大きすぎはしないかい?」
「そ…そんなことは…!」
「ケイト…?」
ライヤはケイトの顔を見て、発言を促した。
「は…。ダフネはあの斧に振り回されている感じで、隙が大きい…ですかね。」
ダフネは沈黙した。
ライヤは続けて言った。
「戦士に限ったことではないが…大きく分けて戦い方は三つだ。火力が利点の『攻撃型』、大きな盾で敵の攻撃を受け止める『防御型』、その中間の『バランス型』だ。ダフネ、お前はラウンドシールドと片手斧の『バランス型』だったじゃないか?」
「はい…でも、この斧に出会って、気が変わりました…『攻撃型』になりたいと思います!」
「ふむ…お前も知っての通り、戦士房でも剣士房でも多くが『バランス型』か『防御型』だ。…なぜか分かるかい?」
「はい…『バランス型』と『防御型』は安定している。それに比べて、『攻撃型』は…脆い。」
「…敵の攻撃を盾で受けて即座に反撃する。これは基本中の基本であり、戦い方の王道だ。これさえしっかり出来ていれば、負けることはない。だが、『攻撃型』は防御が疎かになる分、致命傷をもらい易い…『攻撃型』で大成した者は数えるほどしかいない。例えば…今で言えばボタン様、ひと昔前ならオーレリィさん…天賦の才の成せる業だ。」
もうひとり、付け加えるなら…貴族の間者だったシビルか…ダフネはそう思った。
「お前は自分に才があると思うかい?」
「…分かりません。でも…。」
ダフネの脳裏にふとヒラリーの顔がよぎった。ジョット邸の地下墓所でこの斧をあたしにくれた…コッペリ村での別れ際に、使いこなせよと言ってくれた。ヒラリーの期待に応えたい、いや、それ以上になぜかこの斧が好きなのだ。きっと…デスウォーリアーを倒したことであたしに自信をつけさせてくれたからだろう…。この斧さえあれば、どんな敵にも向かって行けそうな気がする、例えそれがドラゴンであっても…。
ケイトが身を乗り出して言った。
「房主…ダフネの好きなように…」
ライヤはケイトを右手で制して、なおも喋り続けた。
「だめだ!…と言っているのではない。お前の覚悟の程を確かめているのだ。」
「…?」
「才があるにしろ、ないにしろ…人並み以上の修練が必要になってくる。…お前たち、私の二つ名を知っているかい?」
ライヤが言った。
「…確か、『モーニングスターのライヤ』…?」
「そうだ、私の得物はモーニングスターだ。若い頃の私はガチガチの『防御型』だった。根っからの臆病者でな…タワーシールドの陰に隠れておったよ。そして、姑息に盾の陰から鎖のついた鉄球を相手にぶつけておったのだ。だが、オーレリィさんに諭された…それで私は必死に修業して、『自分の型』を編み出した…」
「自分の…型?」
「…まず、鉄球をひと回り小さくして、鎖の長さを三倍の3mにした。鎖の持ち方で、中距離、近距離を攻撃することができる。そこからだな、猛特訓をしたのは…」
ライヤは胴に巻いていた鎖をバラバラと解き、その先についた鉄球を二人目掛けて投げつけた。
「うわっ…」
ライヤがぐいっと鎖を戻すと、鉄球は二人の目の前で進行方向を変え、ライヤの顔面に向かって戻っていった。ライヤは首を傾げてそれを避けると、鉄球はライヤの頭のすぐ横を通過していった。ライヤはさらに鎖を手繰った。すると、鉄球は再び戻ってきて…ライヤの右手の手のひらに収まった。
「…!」
二人はライヤの芸当に肝を潰した。
「…鉄球を自在に操れるようになるまで、十年は掛かったよ…。これが『ライヤの型』だ。ダフネ、お前が本当にその斧を使いこなしたいなら…『ダフネの型』を探すのだ。…既成概念は全て捨てよ。」
一瞬、ダフネは目の前がパッと明るくなって…視界が開けたような気がした。
「ぼ…房主…!」
「その斧…『鬼殺し』と言ったか?…やたらと長いから、まずは『槍手房』に行ってみてはどうだろう?…房主のカレンさんには私から言っておく。…私のアドバイスはここまでだ…。」
ライヤは右手を縦に振って、二人に退出を命じた。
「ありがとうございます!」
ダフネは大きな声で礼を言った。




