十九章 斥候VS斥候
十九章 斥候VS斥候
斥候同士の戦いは持久戦になる。互いに闇に潜み、敵が隙を見せるのを待つ。敵の気配を感じ、敵が潜伏している場所を特定できれば断然有利だ。
アンネリは「キャットアイ」の並行スキル「ウルフノーズ」を習得していれば、犬並みの嗅覚で敵を発見できるのにな…と思った。アンネリはまだそのスキルを持っていなかった。「ウルフノーズ」を習得するためには、それより先に「セカンドラッシュ」を覚えなくてはいけない。スキル習得にはルールがあるのだ。
相手が先に動いた。敵の斥候が一階のオブジェの影から階段踊り場の手すりの影に飛び込んだ。すかさずアンネリは手すりの影にクナイを打ち込んだ。相手は予想していたのか、すぐに別の手すりの影に移動した。そうやって敵の斥候は二階にまで登ってきた。
(実戦経験は相手の方が上か…。)
アンネリが潜伏している影に投げナイフが打ち込まれた。敵の射程内に入ってしまったのだ。アンネリは影から飛び出して近くの影に飛び込んだ。そこにも敵の投げナイフが追いかけてきた。アンネリは三段跳びのように次から次へと影を移動した。
影から外へ出ると二人の姿は見える。「シャドウハイド」を発動させた斥候同士の戦闘は二人の人間が消えたり現れたりして、周りの人間からは摩訶不思議な光景に見えるのかもしれない。
(広い影に入り込まないと、敵の投げナイフをかわせない…)
狭い影の中だと回避行動をとるだけで、体が影の外に出てしまう。
アンネリは二階の廊下の燭台をクナイで撃ち落とし、廊下全体を真っ暗にした。アンネリがその影に飛び込むと、よほど腕に自信があるのか敵の斥候も続いて飛び込んできた。
アンネリはすぐに敵の斥候にくっつき、接近戦を仕掛けた。「シャドウハイド」は一種の幻影スキルなので「キャットアイ」でも相手を視認することはできない。お互いに視野ゼロでの戦いだ。
アンネリは相手のショートソードの攻撃を気配だけで左のナイフで巧みに弾き、右のダガーナイフで素早く攻撃した。当たりはしなかったものの、相手はアンネリを見くびっていたのか、そのナイフ捌きに驚いて慌てて影から飛び出していった。戦闘技術はアンネリが上だった。
アンネリは機を逃すまいと敵を追撃しようとした。だが、突然左の足の裏に激痛が走った。声が出るのを必死に堪え、皮ブーツの底を手で探った。何かが突き刺さっていた。それは四本の釘のような鋭い突起が放射状になった物体だった。撒菱だ。去り際に敵がばら撒いて逃げたのだ。
(床にばら撒くと突起一本が必ず上を向く暗器か…。)
アンネリは廊下の影の中から動くことができなくなった。敵は廊下の端の壁から顔半分を出してこちらの様子をうかがっている。アンネリの「シャドウハイド」の制限時間が来れば姿が現れてしまい、投げナイフの餌食になる。どうする⁉︎
斥候の男が喋った。
「ふふふ、お嬢ちゃん、血の匂いがするぜ。」
まずいっ‼︎相手はあたしが足を負傷していることに気づいた!微かに油の匂いがしてきた。何かしら火を点けた光源を投げ込んで影自体を消してしまうつもりだ。
アンネリは暗闇の廊下を片足でできるだけ男の近くまで移動し、そして、一か八かスキルを発動させた!
男は布の切れ端に油を染み込ませていた時にアンネリのスキルの発動を感じた。きっと制限時間が来ている「シャドウハイド」を娘が再発動させたのだ、悪あがきだ。そう思った瞬間、どこからか、男の太い声が聞こえた。
「危ない、後ろだ!」
斥候の男は反射的に後ろを振り返った。そこにはダガーナイフを構えたアンネリが立っていた。驚いた男はショートソードで斬りつけつつ、後ろに飛び退いた。ショートソードに手応えはなかった。飛び退いた後ろには…本物のアンネリがいた!アンネリはためらうことなく斥候の背中にダガーナイフを突き刺した。ダガーナイフは鎖帷子を貫通して肝臓に達した。致命傷だ。
アンネリは「デコイ」で幻の鏡像を斥候の男の背後に作ると同時に、男の声色を使って罠にはめたのだった。
(危なかった…こいつ、デコイを見るのが初めてで助かった…。)
デコイは鏡像なので、当然左右逆だ。デコイのアンネリは左手にダガーナイフを持っている。




