百八十九章 神官見習いたち
百八十九章 神官見習いたち
神官房に戻ってきたアナは、講堂に移動して改めて八人の修道女…神官見習いを見た。八人の中で、ひとりだけ毅然とした十三歳の女の子にアナが質問した。
「えっと…あなた、お名前は?」
「メイです。」
「メイ、あなたは他の女の子とは違いますね。どこか、余裕があると言うか…予備知識をたくさん持ってるというか…。」
「よく、お判りで。実は私は『魔道士房』におりました。マーゴット様の命でこちらに転属して参りました。」
「…転属?」
「はい。ひとつは、イェルマの環境に不慣れなアナ様をお助けするようにと…もうひとつは、魔道士から神官への『コンバート』が可能なのかどうなのかを試してみたい…だそうです。」
「なるほど…分かりました。…さらにもうひとつは、『神官房』で起きた事を逐一マーゴットさんに報告する…と言う事ですか?」
「そ…それは違います。私はマーゴット様のスパイではありませんっ!ちゃんと修行をしてクレリックになります…アナ様の言う事に従いますっ‼︎」
「まぁ、いいでしょう。あなたはマーゴットさんではなく、私に属しているのですね?…その言葉、忘れませんよ。」
アナは残りの七人に自己紹介をさせた。四人は「魔道士房」で魔法の修行を始める前の十歳の少女たち、三人は「生産部」からで、十一歳の孤児と駆け込み女の娘…十二歳の少女が二人だ。
アナは講堂の奥にある黒板に、大きな文字で「神官」と板書して話し始めた。
「では…まずは、簡単な講義から始めます。『神官の資質』についてです。さて、皆さんに質問します…『神官』とは何でしょう?」
メイが手を挙げて答えた。
「神様…ベネトネリス様に仕える者のことです。そして、神聖魔法を使って、病気や怪我をした人を治します。」
「…他には?」
魔道士房から来た十歳のティナが言った。
「メイ先輩が言ったことが全部です!」
アナは孤児だった十一歳のソフィアを指差した。
「…分かりません。」
アナは続けた。
「では…メイが言った『神様に仕える』とは…具体的にどういうことでしょうか、メイ?」
メイは困惑した。
「…具体的には…ええと、神様の廟をお掃除するとか、聖書を読むとか…。」
「浅い…浅いですねぇ。『神様に仕える』ということは…神様のお眼鏡に適った人間になると言うことです。そのためには神様の教えを遵守し、神様が好ましいと思われる人格を獲得する…たったこの二つです。でも、この二つが大変難しいのです。神様の教えを守り通したため…結果として命を落とすこともよくあることです。己が命を神に捧げる覚悟はありますか?」
「死にたくないで〜〜す。」
「あたしも〜〜。」
生産部から来た十二歳のアビゲイルとネルがあっさりと言ってのけた。
(うはぁ〜〜…「神官房」大発展への道は遠いわねぇ…。)
アナは…めげずに続けた。
「こほん…その覚悟が持てるようになるために修行をするのです。…手始めに、神様が何をお考えなのかを理解するところから始めましょう。ここまでで、何か質問はありますか?」
「は〜〜い。」
孤児だったソフィアが手を挙げた。
「はい、ソフィア。」
「黒板の文字…何て書いてあるんですかぁ〜〜?」
「…げっ!」
生産部から来た三人の少女は字が読めなかった。
(…「神官房」大発展への道は…果てしなく遠そうねぇ…。)
文字の読み書きから教えるのかと、アナが途方に暮れていると、メイが言った。
「アナ様、そろそろ準備をいたしませんと…。」
「準備?」
「ボタン様の生誕祝賀会ですよ。」
「…あ、忘れてた!祝賀会に出席する前に湯浴みをしないと…。お湯を沸かしてください!」
「…すみません。薪がまだ来ておりません。」
「えええっ!」
アナは焦った。正式な式典や祭典に出席する前には身を清め、正装するのが礼儀だ。
「大丈夫ですよ、『湯殿』に行きましょう。」
「ああ…今回は時間もないので仕方ありませんね…。次からは、自分たちの事は自分でやりますよ…これも修行です。」
アナは八人の少女を連れて、同じ「北の三段目」にある「湯殿」に向かった。「湯殿」の前には長い行列ができていた。
アナはその長い行列を見て戸惑った。
「ど…どうしましょう…。」
「湯殿では、これが普通です。一時間待ちなどざらですよ。私にお任せください。」
「…?」
メイが行列を前にして叫んだ。
「皆の者、聞きなさい。こちらはイェルマの食客にして神官房の房主、アナ様です。女王の生誕祝賀会出席のため、急いでおられます。譲りなさい!」
すると、長蛇の列がバラバラとほどけ始めた。
「アナ様、ささっ…こちらへ。」
メイの言葉に、アナは躊躇したが…時間がない。仕方なく…「すみません、ごめんなさいね」と言いつつ、湯殿に入っていった。
(あちゃぁ〜〜…神官として、絶対やっちゃいけない事だぁ〜〜っ!)
アナの気持ちとは裏腹に…メイはニコニコしていた。
「アナ様ぁ、お背中お流ししますぅ。」
「は…はぁ…。」




