百八十八章 四獣会議
百八十八章 四獣会議
アナとマックスはマーゴットに連れられて、「鳳凰宮」へと移動した。「鳳凰宮」は「北の五段目」のほぼ中央に位置していて、少し小高い場所にある。
マーゴットが「鳳凰宮」に近づくと、それを見てとった護衛のイェルメイド二人が「鳳凰宮」一階の扉を開けた。
「アナ様、ここからは私の後にしっかり着いて来てください。『鳳凰宮』にはたくさんのトラップがございます。間違っても、寄り道などせぬように…。」
マーゴット、アナ、マックスの三人は「鳳凰宮」の階段をまるで阿弥陀籤のようにして登っていった。
三階の中央の部屋の前には、弓手房の師範で女王ボタンの護衛のアルテミスがいた。アルテミスはマーゴットにお辞儀をして、それから言った。
「…皆様がお待ちです。」
三人が部屋に入ると、真ん中の紫檀のテーブルに三人の女性が座っていた。赤鳳元帥…つまり女王のボタン、白虎将軍のライヤ、黒亀大臣のチェルシーである。これに蒼龍将軍のマーゴットを加えると「四獣」となる。
女王ボタンがアナに言った。
「アナ殿…お久しぶりです。どうぞ、こちらの席へ…。」
ボタンは紫檀のテーブルの横に設けられた椅子を示した。ここが「四獣会議」の五番目の席…「食客」の席なのだ。
アナは「四獣」に対して深々とお辞儀をした。
「ボタン様、マーゴット様、チェルシー様そしてライヤ様…私はこの度「食客」としてイェルマに招かれたクレリックのアナ…アナスタシア=フリードランドと申します。これまでの特別のご配慮、大変感謝しております。そのご恩に報いるべく、粉骨砕身…全身全霊をもってイェルマのためにご奉公してまいる所存です。」
(…名前は女王のボタン様が当然一番先で…他の人は年齢の順でよかったかしら…?)
アナは表には出さなかったが、かなり緊張していた。
ボタンが笑顔で言った。
「素晴らしい…素晴らしい挨拶でしたよ。ささっ、どうぞ席へお座りください。」
「あ…ありがとうございます。…その前に、皆様に手土産を持参して参りました。」
「…手土産?」
「はい。…ただ、ユニテ村のクエストから真っ直ぐこちらに赴きましたので、コッペリ村で調達しました物でございます。もし、お気に召さなかったらお許しください。」
アナはマックスに合図を送った。マックスはリュックから四つの壺を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは…?」
ボタンの問いに、アナは答えた。
「ワインでございます。」
それを聞いて、ボタンは失笑し、チェルシーは顔を歪ませた。
「はははは…いや、失礼。今宵の私の生誕祝賀会でワインの振る舞い酒をやるつもりだったんですよ。なので、今晩、私もワインをたらふく…失礼、御相伴にあずかる予定でした。」
「ああ、そうでしたか。それはありがたい話です…イェルマでもワインが飲めると聞いて安心いたしました。恥ずかしながら、私はワインには目がなくて…それで、ワインを手土産として持参した次第です。」
「むむ…そうですか…。」
ボタンはチラリと…チェルシーの顔を見た。チェルシーは憮然としていた。
引き続き、アナが言った。
「どうでしょうか…女王の誕生日を祝し、これからのイェルマの繁栄を祈って、このワインで乾杯をしたいと存じます。」
「…今から…ですか?」
「はい、今からです!」
マーゴットがアルテミスを呼んで、コップを五つ用意させた。そして、アナが持ってきたワインの壺のひとつを開けて、それぞれのコップに注いだ。
ボタンは笑いながら言った。
「…酒を飲みながら『四獣会議』とは…前代未聞だな。」
チェルシーが険しい表情で言った。
「…私は飲めないので。」
すると、マーゴットが言った。
「まぁまぁ、乾杯ですから…口をつけるだけでも。」
みんなはワインで乾杯をした。
「ん…これがワインか…。確かに酸っぱいが、まろやかだな…。」
ボタンの感想にマーゴットが言葉を添えた。
「はて…?昔、飲んだワインはもっときつい印象だったが…これは香りもよく豊潤な味わいだ。とても飲みやすい…。」
ライヤもひと口飲んで感嘆の声を上げた。
「…美味しいお酒ですね!」
チェルシーだけが無言だった。
アナが言った。
「本当に美味しいですね…このワインはコッペリ村で入手できる最高級のワインだそうです。このワインがイェルマでも飲めるなんて…ボタン様、感謝いたします!」
「む…そ、そうか⁉︎」
このワインはキャシィがアナに持たせたもので…普段に売っている五等級ではなく、三等級のワインだった。
ボタンの様子を見て、マーゴットが慌てて話を逸らした。
「アナ殿、今朝の『四獣会議』はアナ様の待遇についての話し合いが主な議題となっております。すでに私が『念話』で他のお三方にも話は通しておりますが…具体的な条件を仰ってください。」
「はい。まずは私のご奉仕の対価について…年に金貨三枚をいただきとうございます。」
「…金貨三枚でいいのか?」
「はい。コッペリ村にいる両親を養うには十分かと…。」
「ふむ…無欲だな。…他には?」
「ここにおりますマックスを私のそば付きとして、イェルマに置いていただきたく存じます。彼は西の国、リーン族長区連邦の出身でセコイア教の僧侶見習い…セコイア教の教義を知る者です。いつかはリーンに帰る者ですので、期間限定で結構です。その間に…私はマックスと、ウラネリス教とベネトネリス教そしてセコイア教の教義のすり合わせをしたいのです。」
マーゴットが言った。
「それについてはこちらからも条件を出します。イェルマは男子禁制の国…マックスとやらの行動制限をさせてもらいたい。例えば、行動範囲は神官房とベネトネリス廟付近のみ、それ以外に出る場合は…アナ様の同伴を必須条件としたい。…よろしいですか?」
「もちろん、その条件で結構です。」
マックスはマーゴットの言葉を聞いて愕然としていた。
(…何ぃ〜〜っ⁉︎…男子禁制の国だってぇ〜〜っ‼︎…どおりで男がいないわけだ…。)
ボタンが続けた。
「…他には?」
「ありません。」
「…そうか。それではアナ殿、『神官房』をよろしく頼みます。」
「御意。」
「アナ殿、悪いがこれから四人で討議したい案件ができた。アナ殿には先に戻ってもらいたい…いいかな?」
「分かりました、女王陛下。」
アナは一礼してマックスを連れて部屋から下がった。一階までアルテミスが案内をして、戸口の護衛のひとりに、アナをベネトネリス廟までお連れするように指示した。アナとマックスは護衛のイェルメイドと共に「鳳凰宮」を後にした。
さて、「鳳凰宮」では突然降って沸いた難問に苦慮していた。
「…ワインかぁ。どうする?」
ボタンの問い掛けに、マーゴットはコップの中のワインをひと口含んで言った。
「これだけの高級なワイン…一体、いくらいたしますやら…。」
「しかし、ここでアナ殿にヘソを曲げられたら…困ったな。」
そう言って、ボタンは飲みかけの自分のワインを少し飲んだ。
「もう…いいんじゃないか?イェルマでもワインを扱っても…確かにうまいし…。」
ボタンの言葉にチェルシーが猛然と反発した。
「女王、いけません!できるだけ歳費は抑えなくては…」
ライヤが言った。
「要はアナ殿がイェルマでワインを飲むことができれば良いのでしょう?…高いワインでなくても…なんとか、安いワインで我慢してもらうようにマーゴット殿から説得してもらえないだろうか…?それで…その安いワインを買ってそのまま仕入れ値でイェルメイドたちに売れば出費は皆無だろう。」
チェルシーは黙り込んだ。それを見て、ボタンが言った。
「決を取ろう…ライヤの案に同意の者?」
ボタン、マーゴット、ライヤが挙手した。
「よし、決まったな…イェルマの食堂でもワインを扱うことにする。マーゴットはアナ殿を説得してくれ。」
「承知いたしました…。」
「これで、朝の『四獣会議』はお開きだ…」
そう言って、ボタンは自分のコップのワインを飲み干した。
「…やっぱりうまいな、これ…。」




