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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百八十三章 マックスとアナ

百八十三章 マックスとアナ


 ヒラリーたちが帰ってしまって、宿代を払ってくれる人がいなくなってしまった吟遊詩人のマックスは自活の方法を考えていた。

 マックスはコッペリ村に未練があった。コッペリ村のすぐ近くには城塞都市イェルマがある。この世界のどこかにあると言われた女たちの「駆け込み寺」であり、ログレシアスの娘ユグリウシアがリーンから移住していったもうひとつのエルフの里でもあることをマックスは知っていた。機会があれば、入国して是非この目でイェルマを見てみたい…!そう思って、もうしばらくコッペリ村に滞在しようと思っていた。

 マックスは宿屋の主人と交渉して、夜に一階ホールで興行を催す許可をもらった。…とにかく、日銭を稼がねば!

 その日の夕方、アナは宿屋を訪れて、診察がてらサリーを見舞った。

 サリーの部屋に入ると、ジェニとサリーが寝台に座って仲良く会話をしていた。

「あら、ジェニもいたのね。サリー、具合はどお、どこか痛いところはない?」

「大丈夫です、アナ様。…ご心配をおかけします。」

「そう、それなら良かった。で、二人で何の話をしてたの?」

「ああ…イェルマの話ですよ。」

「あ、それは私も聞きたいな。教えて、教えて!」

 三人はサリーの部屋で、これから移住するイェルマの話で盛り上がった。

 夜六時、マックスはバンジョーを携えて宿屋の一階ロビーに入っていった。一階ロビーはお酒を楽しんでいる客で溢れかえっていた。

 まずは小手調べ…マックスは静かにゆっくりとバンジョーの弦を弾いて語り始めた。

「…名もなき神ははじめに四つの精霊を造りその力を借りて空を創り、海を創り、大地を創り、山を創り、川を創った…。名もなき神はその箱庭を眺めて良しとされた…。名もなき神はお気に入りの箱庭に色彩を求めた…。草が生まれた、花が生まれた、木が生まれた、森が生まれた…」

 お客の反応はなかった。…予想通りだ。

 バンジョーは軽快な調べに変わった。

「北に死者の街あり。いにしえのネクロマンサー、グンターの落とし胤にして…今もなお人に仇をなすなり。この呪いに立ち向かう者は何処いずこにあらんや…?我こそがと、名乗りを上げたるは金色のオリヴィア率いる十一人の女英傑。万難辛苦よ何するものぞ、辿り着いたるはグンターの眠りし地下墓所…そして見よ、山吹色の金銀財宝の山を…そして見よ、グンターの墓守り、オーガの巨人を…!」

 少しずつ…客がマックスの方に顔を向けて、お酒のコップを右手に持ったまま耳を傾け始めた。

「…金色のオリヴィアは神のことわりに抗う不死のオーガに天誅を加えんと正義の刃をオーガの腹に突き立てるも、神の身ならざる人の身に…その堅き鎧はびくりともせず。オリヴィアに助太刀せんとする同胞たち…されど、不死のオーガは堅牢にして難攻不落…同胞たちはその巨大な戦斧で散らされること塵芥の如し…」

 客は笑顔で合いの手を打ち、「よっ、いいぞ!」「それからどうした⁉︎」と口々に叫んだ。セコイア教の経典と違って、即興英雄詩はどこにいっても、そこそこに高評価だ。

「…不死のオーガの地獄の戦斧は情けを知らず、女英傑たちに襲いかかる。オリヴィアは我が身をも顧みず、戦友を守らんとしてその戦斧の前にその身を晒した。巨大な銀色の斧を金色のオリヴィアは、そのか細い腕に神の加護を纏いてがちりと受け止めたりぃ〜〜…」

「おおっ、いいぞ、オリヴィアッ!」

「…オーガから斧をもぎ取ったオリヴィアは、瀕死の傷を受けつつも…最後の力で仲間にオーガの斧を託して、その場に倒れ伏す。オリヴィアの意志を託されし女英傑は神がかり、オーガの斧をもてオーガのこうべをしたたかに打ち据え…黄泉の地から来たる者を黄泉の地へと追い返したり。…金色のオリヴィアユニテ村編、これにて幕切れ。」

 拍手が起こった。マックスは鍔広帽子をとってお辞儀をし、その帽子を逆さまにして前に捧げると、客がその中に銅貨を投げ入れた。マックスは再びお辞儀をして宿屋を出ていった。

 宿屋の戸口の前で、マックスは銅貨を数えた。二十八枚入っていた。これで何とか今晩の宿代と明日の朝食代は賄える…。客の入れ替わりの様子を見計らって、あと二回やる予定だ。柱に繋がれているワンコと目が合ったので頭を撫でようと近づくと、ワンコが唸り声をあげたのでやめた。

 すると、突然ワンコが尻尾を振って、そわそわとしてその場を行ったり来たりし始めた。

 マックスの背中で声がした。

「マックスさん。」

「は…はい?…あ、あなたはアナさんでしたっけ?」

「はい…マックスさんは吟遊詩人ですよね。失礼とは思いましたが、二階の部屋であなたの詩を興味深く拝聴させていただきました。」

「ああ、僕の詩を聞いてくれてたんですか。拙い詩で…恥ずかしい限りです。」

「…あの詩は、どこで覚えたのですか?」

「どこって…アナさんもあの現場にいたじゃないですか。不死のオーガをみんなで倒しましたよね、それを即興詩にしたんですよ。…まぁ、多少の脚色はありますが…。」

「それじゃなくて…一番最初の叙事詩ですよ。」

「えっ!…あんな、クソ面白くもない…失礼、お堅い経典に興味があると…?」

「私は神官ですからね…神話や他の宗教の教義には興味があるんです。」

「なるほど…実は僕もセコイア教の僧侶見習いなんですよ。五年の間、吟遊詩人としてセコイア教の教義を広めつつ、放浪生活をするのが習わしなんです。」

 セコイア教と聞いて、アナの目の色が変わった。セコイア教という名前を、以前イェルマのマーゴットから聞かされていた。

「私たちクレリックにも三年の修行期間があります。…似てますね。すると、あの叙事詩はセコイア教の教義なんですね?」

「その通りです。」

「是非、それを教えてください。」

「ええっ、詩…をですか?」

「違います。セコイア教の教義を…です。」

 アナはそう言うと、マックスの帽子の中に銀貨を一枚入れた。これが授業料だ。

「おおっ…お、教えます教えます!」


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