百八十二章 別れ
百八十二章 別れ
次の朝、ヒラリーたちは宿屋の前に大型馬車を停め、みんなで食料を積んでいた。
食料を積み終わると、ヒラリーとホーキンズは御者台に腰掛け、デイブ、ベンジャミン、カール、ガスは荷台に乗った。
これからこの六人はそれぞれのホームに帰る。ヒラリーたち冒険者はティアーク城下町へ、ベンジャミンたち傭兵は途中で降りてエステリック城下町へ向かう。
宿屋の前にはヒラリーと縁を持った人たちが集まり、その帰途の旅を見送っていた。
アナは一年以上、ヒラリーパーティーの固定メンバーだった。コッペリ村に残るメンバーの中ではヒラリーとの付き合いは一番長い。その次がサムだ。
ダフネ、オリヴィア、アンネリはオーク討伐クエストから約三ヶ月、ジェニも同時期にパーティーに参加した。
グレイス、キャシィはオリヴィアを介してヒラリーを知り、サリーはアナを介してヒラリーパーティーに参加した。
ヒラリーが言った。
「それじゃね、私は女々しいお別れはあんまり好きじゃないからさ…。」
アナが言った。
「ヒラリーさん、体には気をつけてくださいね。深酒はダメですよ。」
「あはは、分かっちゃいるけど止められない…ってね。」
ダフネが言った。
「ヒラリーさんには色々教えてもらった…ありがとう。」
「ああ、『鬼殺し』…使いこなせよ。」
アンネリが言った。
「またね…。」
「また…。」
オリヴィアはセドリックに半分しがみついて言った。
「ヒラリィ〜〜、あんたも早く良い人見つけなさいよぉ〜〜!」
「…放っとけっ‼︎」
ヒラリーは馬に鞭をくれて、馬車を出発させた。ステメント村からずっとパーティーを乗せて走らせてきた馬車…その馬車で今日はパーティーといったらデイブだけを乗せて…ティアーク城下町まで走らせる。
みんなは、馬車の後ろ姿が街道から見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
ただ、これは今生の別れとはならなかった。数ヶ月後、みんなはイェルマでヒラリーと再会することになる。
サリーがジェニに言った。
「ヒラリーさんは良いリーダーでしたね。戦闘時の正確な判断は、アルテミス師範と甲乙つけ難い…。」
「本当に…。指揮官なのに、いざとなったら自分が体を張って、パーティー全体を救おうとしてたよね。だから、あんなに人望があるんだね。」
「ジェニさんはヒラリーさんみたいな指揮官を目指さないといけませんよ。」
「え…私はアーチャーだから…前衛じゃないし…。」
「…逆ですよ。アーチャーなら…パーティーに指示を出しながら、中距離で敵に攻撃ができるんです。指揮と攻撃が両立できる職種はアーチャーだけですよ。」
「…中距離攻撃なら、魔道士でも…?」
「魔道士は呪文を唱えないといけません。これが最大のネックです。」
「あは…はは…私、ヒラリーさんみたいになれないよぉ…。」
「なってもらわないと…困ります!」
「…⁉︎」
ヒラリーたちを見送って、ダフネとサムは二人並んでコッペリ村の大通りを歩いていた。
「ヒラリーさん…帰っちゃったねぇ。」
「だな…。僕はヒラリーさんには良くしてもらった。まだ『ヒール』しか満足にできなかった三級の頃から面倒を見てもらったよ。色んな事を教えてもらった…攻撃魔法のタイミングとかね…。」
「初めて会った時は、ヒラリーさんのこと、凄く嫌な奴だと思っちゃった…。」
「ははははは…実際、切り掛かっていったよね、勝負しろぉ〜〜って!」
「やめてよぉ、もおぉ〜〜っ!でも、模擬戦から三ヶ月かぁ…。長いようで短かったなぁ…。」
「三ヶ月…。ダフネの髪、だいぶ伸びたね…。前髪、ちょっと切るかい?」
「ええぇ…どっしよっかなぁ〜〜…。」
「ちょっと前髪を揃えるだけでも…‼︎」
サムの真剣な顔を見て、「ああ…この人、散髪命だった」とダフネは思った。
「じゃ、やってもらうよ。…どこで切ってもらおうかな。」
「キャシィズカフェは?今ならまだお客は少ないし、ダフネがお茶を飲んでるうちに終わっちゃうよ。」
サムは宿屋の自分の部屋から散髪用のベルトとリネンのシーツを持ち出すと、ダフネと一緒にキャシィズカフェに行った。キャシィズカフェには常連の老夫婦と畑仕事に行く前の農夫がお茶を飲んでいた。
キャシィが元気に叫んだ。
「いらっしゃい〜〜!…お、ダフネさんかぁ。」
「キャシィ、ハーブティーセット二つね。それと、ちょっとここ借りるね。」
「はぁ〜〜い。」
サムはすぐにリネンのシーツをダフネの首に巻き付けると、手櫛で素早くダフネの髪をすいていった。そして、ベルトのフォルダーに収めていた櫛やすき鋏で手際よく後ろの髪を整えていった。
(…前髪だけって言ったのに…ふふふ。)
ダフネはキャシィが持ってきたハーブティーを飲みながら、サムの指を肌で感じて安心感を得ていた。
それを対面のテーブルで見ていた老夫婦はサムとダフネに声を掛けてきた。
「あんた、床屋さんかい?」
「ええ、まぁ…。」
照れながら答えたサムの代わりに…ダフネが得意げに言った。
「サムはねぇ、都会で修行した一流の床屋さんだよ。」
「おいこら…ダフネ…!」
「うふふふ、ウソは言ってないよぉ〜〜⁉︎」
サムは魔道士の学校に行く前は、ティアーク城下町の実家の床屋で十三歳まで手伝いをしていた。確かに…ウソではない。
老夫婦は二人でボソボソと内緒話をして、そして言った。
「その子の後…うちの家内をやってくれないかね?」
「…え?」
「…もう、この歳じゃろ?…長い髪が邪魔らしくてな、その子みたいに肩までの長さにしたいそうじゃ…。散髪料はおいくらかの?」
「ああ…お金はいりませんよ。」
「いやいや、そうはいかんよ。」
ダフネは以前、ご祝儀相場で散髪料は銀貨一枚と聞いていた。ここはコッペリ村だし…
「銅貨五十枚ですよ。」
「…おおい、ダフネ…。今、お金ならいっぱい持ってるし…。」
昨日の分配で、サムは金貨二十二枚を持っている。
「いいじゃないか、カネを取ってこそのプロだよ。」
よろしく…と言って、老夫婦はテーブルの上に銅貨五十枚を置いた。
ダフネから「プロ」と言われたのが嬉しかったのか…心なしか、サムの顔は晴れやかだった。
ダフネの髪が終わると、サムはおばあさんの後ろに移動し、散髪を始めた。
散髪をしているサムは幸せそうで…それを見ているダフネも幸せだった。
そこに、身なりの良い貿易商人がやって来た。この商人もキャシィズカフェの常連だ。
貿易商人は、おばあさんの髪を刈っているサムを見て…言った。
「おっ…キミは理髪師か⁉︎」
「はぁ…まぁ…。」
「ちょうど良かった!…明日、甥っ子の結婚式に行かなくちゃならんのだ…自分でやってみたんだが、うまく行かなくてな…キミはヒゲも整えられるか?」
「はい、できますよ。」
「いくらだね?」
「…銅貨五十枚…ですかね…?」
「安いな、是非頼むよ!」
キャシィはその様子を厨房から見ていた。
(こ、これは…商売の匂いがするっ!…ぐふふっ。)
夕方、宿屋の一階ホールではアンネリ、ダフネ、サム、サリー、ジェニが仲良く夕食を摂っていた。
そこに敷布で包んだ板状の物を小脇に抱えたキャシィが飛び込んできて、サムに向かって間髪入れずに言った。
「サムさぁ〜〜ん、出来ましたよぉ〜〜っ!」
サムは身に覚えがなかったので…キョトンとしていた。
「な…何が?」
「これですよ、これっ!」
キャシィは敷布をとって、その板をサムに見せた。
「何だ…これっ⁉︎」
それは…看板だった。そこには…「御髪整え処 サムズバーバー カット銅貨男性30枚、女性銅貨40枚 ひげ銅貨15枚 洗髪銅貨20枚」と書いてあった。
キャシィが叫んだ。
「キャシィズカフェが全面的にバックアップします!サムさん、コッペリ村で床屋さんを開店しましょうっ‼︎」
「えええぇ…⁉︎」
「うちの敷地を使ってください。雨の日は倉庫の中をお貸ししますよ。…賃貸料は月…たったの銀貨三枚ですっ‼︎」
サムがキャシィズカフェで床屋をやれば、場所代が入ってくる上に利用客が待ち時間でハーブティーを注文する。一石二鳥だ!…これがキャシィの目論見だ‼︎
ニタニタしているキャシィを横目に、サムはダフネの顔を見て…言った。
「どうしよう…?」
「良いんじゃない?…やってみたら?」




