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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百八十章 分配

百八十章 分配


 みんなは遅い朝食を摂った。グレイスとキャシィがハーブティーの仕込みに忙しくしていたので、ほぼセルフサービスでパンだけだった。

 ユーレンベルグ男爵が世間話を始めた。

「いやぁ〜〜、驚いた。オリヴィアがセドリックくんの細君だったとは…。不思議な縁だねぇ。」

「そうなんですよぉ〜〜…わたしとセドリックは赤い糸で結ばれているんですぅ〜〜。ねぇ、セドリック?」

 オリヴィアは顔を赤らめ、嬉々として言った。

「う…うん…。」

 オリヴィアの横で、セドリックは魂を抜かれたような顔をして気のない生返事を返した。

 ユーレンベルグ男爵はオリヴィアとセドリックに、ガルディン公爵がオリヴィアに執着する理由を告げようかと思った。しかし、オリヴィアがこのまま城塞都市イェルマに帰る、またはセドリックと一緒にコッペリ村に住むのであれば、幸福の絶頂にいる二人の間に必要以上に波風を立てることもあるまい…とも思って黙っていた。城塞都市イェルマ…その縄張りであるコッペリ村、いかにガルディン公爵といえど、容易には手は出せまい…。

 ベンジャミンたちは、自分たちのテーブルに貴族が同席している事に非常に驚いていた。そして、その貴族がヒラリーたちと親しく話をしている…。何が何だか訳が分からなかった。

 アナがハーブティーの仕込みで行ったり来たりしているグレイスに声を掛けた。

「グレイスさん、両親に部屋を貸していただいてありがとうございます。…朝食も済ませたので、何かお手伝いしましょうか?」

「ああ、いいよ、いいよ。ゆっくりしておいでな、化け物と戦って来たんだろ?…疲れてるだろ?」

「いえいえ…あ、この木苺のジャム…乗せていったらいいんですか?」

 アナは十一歳のリンと一緒に焼き菓子の上に鍋の中の木苺のジャムを載せ始めた。

「あらあらぁ…悪いわねぇ…。」

 すると、サリーも席を立って、アナの横でジャムの乗った焼き菓子をお皿の上に乗せた。それを見て、アナがびっくりして言った。

「サリー、安静にしてないとダメよ!…言ったでしょう⁉︎一週間ぐらいの術後観察が必要なのよ。」

「ですが…アナ様が働いてるのに、じっとしている訳には…」

「あなた、死に掛けたのよ⁉︎…いいから、座ってなさいっ!」

 サリーの内臓破裂の手術は成功したが、雑菌けがれがお腹の中に残っているかもしれない。もしそうなると、雑菌けがれが増殖して腹膜炎を起こすこともある。抗生物質など存在しないこの世界…もしそうなると再手術だ。

 ホーキンズはその会話を聞いて、サリーの身に何が起こったのか…興味津々な顔でヒラリーを見た。

「…報告書にちゃんと書くからぁ…!」

 …と、ヒラリーは言った。

 朝食が終わり、とりあえずヒラリーはホーキンズから受け取ったお金を仲間に分配した。

「まず、ダフネ…実働六日で銀貨六枚。それと、オーク三十二匹とチャンピオン三匹…その八分の一で銀貨三枚と銅貨十二枚…計銀貨九枚と銅貨十二枚だ。受け取りにサインお願い。」

 ダフネはお金を受け取ると、拙い字でサインをした。

「次、デイブ…同額で銀貨九枚と銅貨十二枚。…サイン。」

「うっし。」

「アンネリ…銀貨九枚と銅貨十二枚。…サイン。」

 ヒラリーはサム、アナ、ジェニにも同額の報奨金を渡した。

 ヒラリーパーティーでは、報奨金は仲間の頭数で均等割にするというルールがあるのでアナ、ジェニも同額だ。そうしないと、ヒーラーがバカを見る事になるからだ。

 但し、オリヴィアはヒラリーの要請を受けてオークジェネラルやオークアーチャー、オークウィザードに特攻してくれたので、その分はオリヴィアに上乗せされている。

 アナは喜んで報奨金を受け取ると、すぐにそれをフリードランド夫妻に渡した。

 ジェニはヒラリーから報奨金を受け取ると、関心無さそうにそれを皮袋にしまった。皮袋からチラッと十数枚の金貨が見えて…ヒラリーはちょっと引いた。

「オリヴィアは…銀貨九枚と銅貨十二枚に加えて、ジェネラルの銀貨五枚とアーチャー、ウィザード八匹分の銀貨八枚…計銀貨二十二枚と銅貨十二枚ね。」

 オリヴィアは報奨金を受け取ると…ぼそりとつぶやいた。

「…あれだけ頑張ったのにぃ…金貨一枚にもならないのぉ〜〜?」

「冒険者の稼ぎなんて、こんなもんだよ。でもね…後でジョット邸のお宝をコッペリ村で換金するから、そっちは期待してもらっていいよ。」

「おおっ…!」

 ベンジャミンがお茶を啜りながら言った。

「俺たちは…そっちの分け前はもらえるんだよな…?」

「今から売りに行くよ。それを十一等分するよ。」

 ダフネはデスウォーリアーの戦斧を貰ったので、分配の頭数から除外されている。

 ベンジャミンは少し嫌味を込めて言った。

「…買い叩かれるんじゃないぞ⁉︎」

「私にそんなこと言われてもなぁ…宝石や古物の鑑定は専門外だよ。」

 すると…

「…私が買い取ろうか?」

 そう言ったのはユーレンベルグ男爵だった。

「こんな田舎町で売ったら、二束三文だぞ…。私なら、ティアーク城下町を頻繁に行き来するから、その時に信用できる古物商に高く売ることができる。…目利きには少しばかり自信があるし、多少は色をつけて買ってやるが…どうするかね?」

「それはありがたい!今からお宝を持ってくるから査定してみてくれ!」

 ユーレンベルグ男爵は、度々冒険者ギルドのスポンサーになってくれていたので、ホーキンズだけでなくヒラリーも彼を信用していた。

 みんなは馬車に積んでいたジョット邸のお宝をキャシィズカフェのダイニングに運び込んだ。

ギシッ…。

 お宝はテーブルの上に積み上げられ…テーブルの脚が軋んだ。グレイス、キャシィそして子供たちは、初めて見る金銀財宝に仕込みをする手が止まり…口をぽかんと開けて固まっていた。ついでにマックスも固まっていた。

「ふむふむ…アクセサリー類はデザインは古いが、宝石は本物だな。この鷲のオブジェは…美術品としての価値はほぼない、金地金として買ってもいいかな?…シルクのドレスかぁ、こいつは弱ったな…最近、絹の相場が値下がり傾向だし、こうして仕立てをしてしまった商品は高く買えないなぁ…。」

 男爵の言葉に…オリヴィアが食いついた。

「…シルクのドレス…だいたいおいくら⁉︎」

「白のドレスは…金貨一枚。ピンクが金貨一枚と銀貨五十枚…。五着あるから、全部でだいたい…金貨六枚かな。」

「うぬぅ〜〜…お店で一着、金貨十八枚で売ってたのにぃ〜〜…!」

「新品なら最終小売でそのぐらいかもしれんが…一度人の垢がついた物は『古物』だ。貴族は『古物』を買わないからなぁ…。」

 ヒラリーが言った。

「じゃさ、オリヴィア。シルクのドレスはオリヴィアが買い取ったらいい。分配から金貨六枚引いとくからさ…。」

「おうっ…買うっ!…絶対買うぅ〜〜っ‼︎」

 即答だった。…しかし、シルク工場の資金が頭をよぎって…はっと思い直して、オリヴィアはセドリックの顔を見た。セドリックはニコニコ笑って、オリヴィアに手を振った。セドリックから了解を得られたようだ。

 最終的に、ユーレンベルグ男爵の査定は金貨二百四十一枚だったが、十一できっちり割れるようにと二百四十二枚を提示してくれた。ひとり金貨二十二枚だ。みんなに異存はなかった。

 男爵はすぐに三階の自分の部屋から金貨の詰まった皮袋を持ってきた。…現金即払いか、凄いな…みんなはそう思った。

 ヒラリーはみんなに金貨二十二枚を配って回った。

 アナは受け取ったお金を、右から左に両親であるフリードランド夫妻に渡した。

 サリーは受け取ったお金をアナに渡そうとしたが、アナは断じて受け取らなかった。

 カールとガスは予想外の巨額の臨時収入で、二人して手を取り合い小躍りした。

 ジェニとベンジャミンは無表情でそれを受け取った。裕福な貴族娘のジェニにとっては銀貨も金貨も、さほどの違いが感じられず…さっと皮袋にしまった。ベンジャミンにしてみれば…金貨百万枚の独り占めを目論んでいた訳で、それが思うように事が運ばず、儲けが五万分の一になってしまったのだ。

 デイブはたいそう喜んでいた。

(これで向こう十年ぐらいは、家族を食わせてやれるわい…!)

 サムはダフネのそばに行って小声で話した。

「…半分あげようか?」

「いいよ…自分のために使ってよ。あたしは『鬼殺し』だけで十分満足してるから。」

「分かった…じゃあ、このお金が無くなるまで…コッペリ村に居ることにするよ…。」

「…うん。」

 アンネリはお金を受け取ると…ニンマリとした。

(何に使おうか…そうだ!…アナに何かプレゼントをしよう!…首飾りがいいかな…いや、指輪がいい!お揃いのステディリングを買おう‼︎)

 妄想に突入しそうになったが、そこはオリヴィアと違って自制の効くアンネリだった。

 オリヴィアはドレス分を差し引いた金貨十六枚を受け取った。

「セドリックゥ〜〜ッ、稼いだわよっ!…少ないけれど、はい、これっ‼︎」

 セドリックは、以前母グレイスに言われた通り、素直に金貨十六枚を受け取った。

「オリヴィアさん…ありがとう、とても助かるよ!」

「ああぁ〜〜ん…これぐらい、妻のたしなみよおぉ〜〜っ!」

 セドリックはオリヴィアをもっと喜ばせたいと思った。そこで…

「さっきのピンクのシルクのドレス…オリヴィアさんに似合いそうだったよね。」

「えっ…分かる⁉︎そぉ〜〜なのよっ!」

「着たところを見てみたいな…。」

「…えっ、今ぁ?…今ぁっ⁉︎…ちょっと待ってて、着てくるからっ‼︎」

 オリヴィアはピンクのドレスを小脇に抱えると、満面の笑顔で全速力で二階への階段を駆け上がっていった。

 しばらくして、シルクのピンクのドレスで身を飾ったオリヴィアがしずしずと階段を降りてきた。

「…うっふん、どうかしらぁ?」

 胸周りがちょっときつそうだったが、何とか着こなしていた。

「わ、オリヴィアさん…凄く素敵だっ!」

 セドリックに褒められて、オリヴィアは有頂天だった。

 みんなは手を叩いて…笑っていた。オリヴィアは美人だし、シルクのドレスはとても似合っていた。しかし、オリヴィアの内面をよく知っているがゆえに…笑わざるを得ない。

「み…みんな、なぜ笑う…⁉︎」

 一番笑っていたヒラリーが言った。

「い…いや、似合ってるし、間違いなく綺麗だよ…ただね、なんて言うか…うまく化けたなぁ…みたいな?」

「な、な、なんてことを…!」

 それを受けて、言わなきゃいいのにマックスが無駄口を叩いた。

「そう言うのを、馬子にも衣裳って…」

ゴスンッ…!

「はうっっ…‼︎」

 頭の上に鉄拳制裁が落ちてきて…マックスは両手で頭を押さえて床の上で転げ回った。

 オリヴィアのドレス姿を見て、笑わない者がひとりだけいた。

 ユーレンベルグ男爵は思った。

(…本当に王妃様によく似ている。これで、もう少し痩せたら…髪型以外では見分けがつかないかもしれん…。)


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