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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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十八章 オリヴィア無双 その1

十八章 オリヴィア無双 その1


 メイドがオリヴィアの部屋の扉をノックした。

「ちょっと待って…あ、いいや。どうぞ。」

「オリヴィア様、晩餐の支度ができました。食堂までお越しください。」

「わかったわ、すぐ行きます。」

 メイドが部屋を出ると、ベッドの下からアンネリが這い出してきた。

「あー、びっくりした。」

「で、何かわかった?」

「先に知りたいことを話すね。ガキ…セドリックは昼間のうちに帰って行ったよ…」

「ああん、お話したかったのに…。後はつけた?お家は?」

「いや、待って。尾行するわけないだろ!」

「なんで尾行しないのよ!あんた、斥候でしょ!あと一個スキル習得したら『探索者』でしょ⁉︎なんでセドリックを探索しないのぉぉ〜〜‼︎」

「いやいやいやっ!その必要はないでしょっ‼︎」

「あるわよっ‼︎」

「ないっ‼︎」

「あるっ‼︎」

 ああ…あたしが引かないとこの不毛な言い争いは永遠に終わらない、アンネリはそう思った。

「はいはい、ごめん。あたしが悪かったよ。」

「分かればいいのよ!」

「…で、次にいっていい?」

「いいわよ。」

「召使いのひとりが厨房で話をしてるのを聞いた。ガルディン公爵って人にロットマイヤーの伝言を持っていったらしい。伝言の内容は分からない。それと、執事がメイドたちに念押ししてるのを聞いた…。」

「なんて?」

「絶対にオリヴィア様の機嫌を損ねないように。あと四日のあいだ、何としてもオリヴィア様をこの屋敷に留め置くように!…だって。」

「ふぅーん。」

 オリヴィアは頭を右にかしげて、それから左にかしげた。そして言った。

「あ…そろそろ食堂に行かなくちゃ。」

「ちょっと待て。オリヴィアさん、何も考えてないだろっ!これはすっごく重要な事だぞっ‼︎」

「分からないことをいくら考えたって仕方ないじゃない!そもそも考えるのはアンネリの仕事でしょ⁉︎あんたはそういう風に訓練されてるじゃん!わたしたち武道家はそんな訓練受けてないも〜〜ん!」

「くっ…まあ、いいや…。これは推測だけど、なんかの理由があってロットマイヤーはオリヴィアさんをあと四日引き止めて、ガルディンって奴に会わせたいんじゃないのかな?」

「なんでだろ?」

「知らん。」

「もしかして…わたしの生き別れのお父さん?」

「絶対違う。」

「んん〜〜〜…とりあえず、食堂に行きましょうか。」

「もう、不気味だから早く帰ろうよ。ヴィオレッタさんも心配してるし…帰ろ?」

「そうね…晩御飯ご馳走になってから帰ろっか。」

「すぐに帰ろうよ。この窓から簡単に抜け出せるって。」

「わかった!シルクのドレスの件もあるし、ご飯の時に直談判してみるわ!」

「ああ、もうっ!…好きにして!」


 オリヴィアが食堂に入ると肉料理のいい匂いがした。

(ふふふ、今日もお肉ね!)

 すでにロットマイヤーは椅子に座っており、オリヴィアがテーブルに着くと執事がキャスターで料理を運んできた。やはり牛肉のステーキだった。

「オリヴィアさんのご注文通り、今日もステーキですよ。ささっ、遠慮なくお召し上がりください。」

「いただきまーす。」

 オリヴィアは銀のフォークをステーキの真ん中に突き刺すとそのままかぶりつき、半分をかじり取った。口の中をもぐもぐさせながら言った。

「あら?昨日食べたお肉とは違うわね…。」

「今日はサーロインですよ。」

「アレで良かったのにぃ…。昨日のお肉の方が美味しかったわ。」

「いやいや、オリヴィアさん。同じ牛肉でも部位によって好き嫌いがあります。色んな部位を食べ比べて…」

「わたしはアレ…フィレのど真ん中?あれが一番美味しいと思うのぉ…あれれ?」

「…まだ何か?」

「これ、胡椒が効いてないわね?今日は胡椒、使ってないのぉ?」

 ロットマイヤーはフォークを握りしめて、一瞬黙り込んだ。頭の悪い田舎女のくせして舌だけは肥えてやがる…なんて面倒くさい女だ!

「…ちょうど、切らしてまして…。」

「ふぅ〜〜ん。」

 オリヴィアはもう半分を口に放り込んでワインのグラスをあおった。

「おやおやおやぁ?ワインもですかぁ…なんか喉に引っかかりますねぇ。ランクを下げましたぁ?」

「…年代物はもうあなたが昨日全部飲んでしまいましたよ…。」

「そうなの。出し渋ってるのかと思ったぁ…ステーキおかわり!」

 文句があるなら食うな!…ロットマイヤーは爆発寸前だった。

 だが、オリヴィアの追い討ちは続く。

「ロットマイヤーさん、シルクのドレスはどうなりましたでしょうか?確か、わたしにプレゼントしてくれる約束じゃなかったかしら?」

「や…約束などしておらんっ…考えると言ったのだ!」

「わざわざお屋敷に泊まってあげてるのにぃ…思わせぶりもほどほどにしてもらわないと、こちらとしても…迷惑?」

「と、と、と…泊まってあげてるだと⁉︎…思わせぶりだと⁉︎…迷惑だとおぉ~~~⁉このアバズレめ、下手に出ておればいい気になりおって…‼︎」

「ありゃりゃん、怒っちゃいましたぁ?」

 ロットマイヤーは椅子を倒して立ち上がり、大きな声で叫んだ。

「もう客扱いはやめだ!バカ女め、お前はうちの台所を食い潰す気か?誰か、この女を捕まえてどこかに閉じ込めてしまえ‼︎」

 厨房から五人の男の召使いが飛び出してきて、オリヴィアを取り囲んだ。

「こいつは公爵への献上品だ、傷はつけるんじゃないぞっ!」

「あぁ〜〜ん、ステーキのおかわりがまだなのに…」

「おかわりなど…来んっ!」

 仕方がないので、オリヴィアはキャスターの上のワインボトルを手に取るとそれをラッパ飲みした。

 それを制止するかのように召使いのひとりがオリヴィアの右手首を捕まえた。オリヴィアはその召使いの胸を左手で掌打した。召使いは胸を抑えて崩れ落ちた。それを見た二人の召使いが今度は左右からオリヴィアの腕を押さえ込もうと迫った。オリヴィアはひとりの膝頭を左足で蹴り、その足でもうひとりも腹を後ろ蹴りした。二人とも呻き声を上げてうずくまってしまった。戦闘経験のない召使い達はオリヴィアの思うがままに蹂躙された。

 オリヴィアはワインを飲みながら食堂を出た。残った二人の召使いは手出しするのが怖くて、ただただ彼女の後に続いて歩くだけだった。

「何をしている!早く取り押さえんかっ‼︎」

 ロットマイヤーに叱咤されて、召使いがオリヴィアを後ろから羽交締めにした。しかし、その男は強烈な肘鉄を腹にくらった上、さらに側頭部にも肘打ちをもらって即失神した。

 オリヴィアは赤い絨毯が敷いてある正面玄関口まで歩いてくると、飲み干したワインボトルをオブジェの上に立てて置いた。

 アンネリは階段上の二階手すりの陰でそれを見ていた。

(うへっ…結局こうなったか、最悪を呼ぶ女だな…。)

 玄関から出て行こうとするオリヴィアを見て、ロットマイヤーは叫んだ。

「ガートナー…早くガートナー達を呼んで来いっ‼︎」

 玄関前で立ちはだかったロットマイヤーを見とめると、オリヴィアは彼に向かって歩を進めた。ロットマイヤーは後退りした。が、オリヴィアは突然くるっと向きを変え、二階に続く階段を登り始めた。

「なんだ?」

 ロットマイヤーは呆気に取られた。

(どうした⁉︎)

 アンネリも呆気に取られた。

 なんと、オリヴィアは扉を開けて自分の部屋に入ってしまった。それを見たひとり残った召使いは、すぐに扉を閉めて鍵をかけてしまった。

「おお、よくやった!」

 二階に上がってきたロットマイヤーの労いの言葉に召使はしてやったりとニヤッと笑った。しかし、その男に不幸が襲いかかった。

 マホガニー製の扉が大きな音を立てて、扉枠と蝶番もろとも内側から吹っ飛んで男を直撃した。

「あたたた…なんて頑丈な扉なの!こんな硬い扉は初めてだわ…。スキル使えばよかったぁ…。」

 召使いを下敷きにした扉の上で、オリヴィアがゆっくりと体を起こした。オリヴィアは背中で扉に強烈な体当たりを敢行したのだった。

 オリヴィアは右手に持ったモスリンの衣装と冒険者メンバー票を腰帯に挟み込んだ。そう…置き忘れたお気に入りの衣装をわざわざ取りに自分の部屋に戻ったのだ。メンバー票はついでだ。

 オリヴィアがひりひりする背中を右手でさすってみると、サテンのワンピースがびりびりに破れ、肌着のキャミソールが剥き出しになっていた。

「ああ〜〜ん、せっかくもらったワンピースだったのにぃ…。」

 ロットマイヤーは壁に架けられていた高価そうな剣を手に持つとオリヴィアに迫った。

「多少の傷はやむを得ん!後でクレリックを呼んでやるっ‼︎」

 ロットマイヤーはオリヴィアめがけて剣を振り下ろした。オリヴィアは慌てることなく軽く足払いをした。ロットマイヤーはよろめいた。そして、太って体重のある彼はバランスを失って数歩後退し、そのまま派手に階段から転げ落ちて伸びてしまった。それを横目に見ながら、オリヴィアは階段を降りていった。

 しかし、まだ終わりではなかった。いつの間にか皮鎧を身につけた八人の屈強な男達が玄関前に立っており、オリヴィアの行く手を遮った。それはリーダーのガートナー率いるロットマイヤーの私兵達だった。執事の呼集に応じて庭園の離れから駆けつけて来たのだ。

 ロットマイヤーの執事が命令を下した。

「捕えなさい。ただし殺してはいけません!」

 そう言い放つと、執事はすぐさまロットマイヤーのところに駆けていった。

 ロングソードを持っている者が三人いた。バトルアックスが二人、槍がひとり、杖を持っているのは魔道士だろう。残るひとりは小さな弓を持っていた。

「女、痛い目に遭いたくなければ降参しろっ!」

「ふんっ、痛い目に遭うのはどっちかしら?」

「俺たちは元傭兵だぞ!」

「傭兵?知らん知らん。」

 オリヴィアはロットマイヤーが持っていた剣、ロングソードを拾って構えた。

 ガートナーが口笛を吹いた。すると、さらにロングボウを持った二人の男が二階に現れ、オリヴィアに狙いを定めた。

「これは…手加減できないわねぇ。痛い目じゃ済まないかもよ。」

 オリヴィアは薄ら笑いをした。

 槍を持った男が一歩前に出た瞬間、二階で悲鳴が聞こえた。

「ぎゃあぁっ!」

 アーチャーのひとりが脇腹を抑えて倒れ込んだ。アンネリだった。アンネリはもうひとりのアーチャーにクナイを投げた。一本はかわされたがもう一本が弓の弦を切った。そして、相手がショートソードを抜くよりも早くナイフで喉を切り裂いた。

 アンネリの奇襲に呼応して、オリヴィアは床を踏みつけスキル「大震脚」を発動させた。大理石の床なら十分に効果を発揮する。男達は足元が揺らぎふらついた。すぐさまオリヴィアはスキル「飛毛脚」を発動させた。これは一定時間、高速移動ができるスキルである。そして一番前にいた男の槍をすり抜け、首にロングソードを叩き込んだ。頭を飛ばす必要はない、頸動脈さえ切れば十分。首から血飛沫をあげている男から槍を奪うとオリヴィアはロングソードを捨て、槍をぶんぶん旋回させた。

 アンネリは杖持ちの男にクナイを投げつけた。魔道士は厄介だ、真っ先に潰さねば。クナイは命中したが、事前にマジックシールドを自分に展開していたのか、致命傷にはならなかった。マジックシールドは物理ダメージを半減させる魔法である。

 アンネリが魔道士を狙っていることに気づいた小さな弓の男がアンネリに矢を射掛けてきた。しかし矢は当たらなかった。この男は弓の専門職アーチャーではなかったのだろう。

 アンネリがもう一度魔道士を狙ってクナイを投げつけようとした時、スキルの発動を感じ、それと同時に小さな弓の男が暗闇の中に消えた。

(あいつも斥候か!)

 多分あの男はあたしを狙ってくる。アンネリも「シャドウハイド」を発動させ、暗闇の中に消えた。


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