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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百七十六章 古代エルフ語

百七十六章 古代エルフ語


 シーラはウ○コ座りをして、新築の家の庭の囲いの中で放し飼いにされているニワトリたちをじっと見ていた。ニワトリたちは真新しい鶏舎を出たり入ったり、そして煤だらけの黒い土を足でほじくって餌を探していた。

 洗濯物を干している母親のナンシーが声を掛けた。

「シーラ…もう一回言うけどね…。そのニワトリは晩御飯じゃないからね⁉︎勝手に殺しちゃダメなんだからね…分かってる?」

「分かったあぁ〜〜。」

「分かったんなら…その右手の棒を置きなさい。」

 鶏舎で卵を集めている身重のルルブが笑っていた。

 三日前、ヴィオレッタからオス五羽、メス二十五羽のニワトリが届けられた。とりあえずこれを繁殖させて、肉と卵を売って生活の足しにとのヴィオレッタの配慮だった。

 川から水を運んできたティモシーとペレスは天秤棒の水桶から厨房の水瓶に水を移した。

「ティモシー、ありがとね。ペレスさんも…。朝ご飯にしましょうか。」

 そう言ってルルブは卵を見せながら、厨房に入っていった。

「わっ…たっまご、たっまご、たっまご…!」

 シーラが右手の棒を放り投げて、ルルブの後に着いていった。

 ルルブは雌鶏が産んだ卵の十一個のうち、五個を持ってきてそのうちの二個を割ってフライパンでかき混ぜ、スクランブルエッグを作ってティモシー、シーラ、ペレスの前にお皿に分けて出した。残りの三個は売って、あとは繁殖用に雛にする。

 卵二個分のスクランブルエッグを三人で分けたものだから、一人前はひと口で食べてしまえるほどの量だ。

「シーラ、ほら…。」

「わっ!…きゃはぁ〜〜っ!」

 ティモシーは自分の分のスクランブルエッグをシーラのお皿に移して、固いパンをかじった。シーラは喜んで、真っ先にお皿のスクランブルエッグを平らげた。

 そこにクロエがやって来た。

「ティモシー、シーラ、行くよぉ〜〜。」

「あら、クロエちゃん。毎日迎えに来てくれてありがとうねぇ〜〜。」

「うん…ティモシーがいないとね、6対6で試合ができないから!」

 シーラはクロエの声を聞くと「あっ」と叫んで、パンを一個掴んで外に駆け出していった。

 クロエとシーラはニワトリの話をしながら急ぎ足で歩いた。ティモシーもその後を着いていった。

「…あの茶色と白のニワトリさんはねぇ、あたしんちにいたニワトリさんなのよぉ…。だから可愛がってあげてね、お肉にする時は最後にしてね。」

「うん。最後にするぅ〜〜!」


 ヴィオレッタはエヴェレットと共にリーン会堂で執務していた。

「エヴェレットさん、ドルイン港の状況はどうですか?」

「はい、生け簀の方は順調です。十基のうち五基はドルインで自由に使ってもらって、五基は我がリーンの管轄…これでよろしかったですよね?」

「ええ、五基の生け簀は義倉扱いにして、もしもの時に全ての民に魚を配給できたらと思ってます。…大型船建造の方はどうなってます?」

「着工いたしました。ですが、これから冬を挟みますので…完成は春になるかと…。」

「そうですか。…あと、レイモンドさんから何か連絡は?」

「…まだ何も。」

「そっかぁ〜〜…ガンスとかいうスパイ周旋人、なかなかのしたたか者みたいですねぇ…。」

 ヴィオレッタは椅子の上で大きな伸びをした。これで、とりあえず自分のすべきことは全てやった…あとは、時間の経過を待つだけだ。

 すると、エヴェレットが本を一冊持って来て、言った。

「時間が空いたのでしたら…エルフ語のお勉強をいたしましょうか。…視察やら何やらでしばらくお留守になっておりましたよね…?」

「エベレットさん…オーガだ…。」

「なんか、おっしゃいました?」

「いえ…でも、エルフ語はすでに…おおかたマスターしましたよ⁉︎」

「そうでしたっけ…?では、エルフ語でお喋りをしてみましょうか…。」

「むむ…!の…望むところです。」

 エヴェレットはエルフ語を喋り出した。

『今日は、朝から天気がよろしいですね。』

 ヴィオレッタが答えた。

『きょ…今日は晴れています。良い日です。雨は、多分、降りません…。』

『今日の夕食は何にいたしましょうか?何か、要望はございますか?』

『はい、夕食を食べます。毎日、ニワトリと卵が好きです…。』

「んん…?」

「ん…ちゃんと、喋れてるでしょ…?」

「…微妙ですねぇ。」

「むむぅ〜〜…。」

 仕方がないので、久しぶりにエヴェレットとエルフ語の勉強をした。

 決して、エルフ語が嫌いな訳ではない…ただ、難しいのだ。名詞だけでも、主格、呼格、属格、与格、対格、奪格、所格と…七つの語形変化があるのだ!

 エヴェレットが持っていたエルフ語の本を読み終えたので、エヴェレットはヴィオレッタに、ログレシアスの書斎から好きなエルフ語の本を持ってくるように言った。

 ヴィオレッタは久しぶりにセコイアの御神木にあるログレシアスの書斎を訪れた。この書斎はヴィオレッタがログレシアスから譲り受けたもので、所有権はヴィオレッタにある。人語の本はほぼ読破したが、読んでいないエルフ語の本が多く残っていた。

「エルフの系譜…薬草辞典…人体解剖図…必勝チェス…?お爺様の趣味か…ん、催眠術?…催眠術って何…おや?」

 ヴィオレッタは、ぎっしり並べた本の後ろにまるで隠すかのように数十冊の比較的新しい本を見つけた。

「…何だろう?」

 ヴィオレッタは一冊を手に取って開いてみた…読めなかった!

「な…何これ。エルフ語に似てる気もするけど…全然読めない…!」

 ヴィオレッタはすぐに、その本をエヴェレットのところに持っていった。

「エヴェレットさん、こんな本を見つけたんですけど…これ、何語で書いてあるんでしょう?…全然読めないんですけど…。」

 エヴェレットは本の表紙を見ただけで、すぐに答えた。

「これは…ログレシアス様の日記ですね。小さい頃に一度だけ見せてもらったことがあります。ログレシアス様は自分の日記を…古代エルフ語で書いておりました…これは古代エルフ語ですよ。」

「古代エルフ語…そんなものまであるんですかっ!」

「古代エルフ語…と言うのは不遜な言い方でして…実はこの言葉の正式な呼び方は…『神代語』もしくは『神代文字』と言います…」

「神代文字…?」

「はい…。名もなき神が最初に造りたもうた人類はエルフ…これはご存知ですよね?神代かみよの時代は皆…神もエルフも神の言葉で話をしていたんですよ。その後神がお隠れになり、時を経て…神代語は次第に簡略化していって…再編集されたのがエルフ語です。」

「か…簡略化って…それでも難しいんですけどぉ…。」

「ログレシアス様は、神代語を忘れないようにと…日記は神代文字で書かれていたのですねぇ…。」

 ヴィオレッタはログレシアスの日記をパラパラとめくって、さらにエヴェレットに質問した。

「…これ、本当に日記なのかしら。ほら、ところどころに図形やら紋様やら書き込んである…。」

「ログレシアス様はずっと魔法の研究をしておりましたから…アイディアや研究成果を日記にしるしていたのかもしれませんね…。」

「…するとこれは、お爺様の魔法研究ノート⁉︎」

 …俄然、興味が湧いた。ヴィオレッタは言った。

「エヴェレットさん、神代語…教えてください!」

 エヴェレットは答えた。

「私には無理です…。神代語を習熟しているのは…今となっては、セレスティシア様のひとつ上の世代までですねぇ…。」

「…ということは、お母様の世代まで…んん、すると…リーン一族で残っているのは…ユグリウシア伯母様…だけか…。」

 落胆しているヴィオレッタの肩に、エヴェレットが力強く手を添えて言った。

「…とりあえず、エルフ語を完璧にしましょう。…それからですよ!」

(…鬼。)

 ヴィオレッタはそう思ったが、口には出さなかった。

 だが、エルフ語を勉強することにも希望はある。神代語を簡略化したものがエルフ語ということは、エルフ語をマスターすればその後の神代語の習得も容易になるはずだ。

「セレスティシア様は魔法に興味がおありなのでしょう?でしたら、エルフ語の習熟はきっと役に立ちますよ。」

「…神代語を習得するには必要かもだけど…。」

「それだけじゃ、ありませんよ。」

「他に何かあるんですか?」

「セレスティシア様は、『ウィンドカッター』の呪文は覚えておいでですよね?」

「はい…覚えてますよ。」

 エヴェレットはリーン会堂から出て、ヴィオレッタにも出てくるように促した。ヴィオレッタが近くに来ると、エルフ語で「ウィンドカッター」の呪文を唱え始めた。

「ペル ノメン デイ ティビ イムペロ。シルフィ コリーゲ。トゥルビネ エスト エト アシヌス メウス エスト…パテファシオ アドゥラティオ ベンティ!」

 つむじ風が起こり、会堂のそばのひと塊の薮を刈っていった。呪文を使えばエヴェレットも精霊魔法を使える。

「どうですか?セレスティシア様。」

「ええと…何が違うのかな…?」

「人語だと三十八音節。…エルフ語だと二十九音節です。」

「…あっ!エルフ語だと呪文が短くて済むんだ⁉︎」

「その通りです。」

 例えば、「愛してる」は人語で「I love you」の三音節…エルフ語では「amor」の一音節だ。呪文は短い方が断然良い!これは…凄い!

 ヴィオレッタは言った。

「エルフ語…頑張ります。」


 夕方になって、「セコイアの懐」に移動したヴィオレッタは円筒形のダイニングで夕食が出てくるのを待っていた。覚えのある良い匂いがヴィオレッタの鼻をくすぐった。

「あ…この匂いは…!」

 エヴェレットが持ってきたのは、鮭のムニエルだった。

「やったぁ!この辺りでも鮭…獲れるんですね⁉︎」

 部屋の端っこにいたグラントがやれやれといった風に言った。

「僕が言ったじゃないですかぁ、この時期は鮭は産卵のために川を登って来るって。」

「グラントの言葉はねぇ…ちょっと半信半疑で…。」

「…酷い。」

 みんなして笑った。

 すると、クロエがシーラを従えてやって来た。クロエはダイニングに入って来ると、ティモシーの伝言を伝えた。

「セレスティシア様ぁ〜〜、ティモシーが今日はもう用事はありませんかって。」

「うん、今日はもうないってティモシーに伝えて。クロエ、ありがとね、ご苦労さま。」

 闇の精霊を従えているティモシーとヴィオレッタが直接接触するのをエヴェレットが凄く嫌がるので…こうしてクロエを挟んでいる。

「それじゃ、セレスティシア様ぁ…おやすみなさぁ〜〜い。」

 クロエがダイニングから出ようとすると…シーラが動かなかった。シーラはしきりに鼻をひくひくさせて何かを探していて、しまいにはヴィオレッタの前に置いてある鮭のムニエルに辿り着いた。そして、それをじぃ〜〜っと見つめていた。

 ヴィオレッタは言わなきゃいいのに…言っちゃった。

「シーラも食べる?」

「…うん。」

「エヴェレットさん、鮭の余分はありますか?」

 エヴェレットは一瞬嫌な顔をして…「ありますよ」と答えて、厨房の方に行った。シーラは闇の精霊が見えないダークエルフのクォーターだ。一応、エヴェレットもそれは知っている。知っているけれども…嫌なものは嫌らしい。

 クロエが急かした。

「シーラァ〜〜、帰るよぉ〜〜。ティモシーが待ってるんだからぁ〜〜。」

 シーラが答えなかったので、クロエは先に帰ってしまった。シーラの顔には必ずこのご馳走を食べて帰るぞという決意が見て取れた。

 エヴェレットが鮭のムニエルが乗ったお皿をテーブルに置くと、シーラは勝手にその前の椅子に座り…ヴィオレッタの顔を無言でずっと見ていた。

「どうしたの、食べていいよ。」

 ヴィオレッタのその言葉を聞くや否や、シーラは鮭のムニエルを鷲掴みにして食らいついた。

「わっ…シーラッ!フォーク…フォーク使ってっ‼︎」

 それ以降…味をしめたシーラは夕方の決まった時間になると必ず「セコイアの懐」にやって来て、夕食を食べて帰るようになった…。

 

※この物語では、人語は英語、エルフ語はラテン語を参考にしております。

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