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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百七十二章 デスウォーリアー再攻略! その3

百七十二章 デスウォーリアー再攻略! その3


 ヒラリーが心配してやって来た。

「…容体は?」

「重傷ですっ!」

「外傷はないみたいだけど…『神の回帰の息吹き』一発で治らないのか⁉︎」

「ダメです…内臓破裂はお腹の中を汚しちゃうんです。お腹の中の穢れを洗い流さないと…。」

「穢れ…?」

「人は怪我をすると、傷口を綺麗な水やお酒で洗うでしょう?なぜ、そうしないといけないのかご存じですか?」

「いや…みんながやってるから…。」

「…人間の体の外側、そして内側にも目に見えない穢れが存在してるんです。…私もよく分かりませんが、神官学校でそう教わりました。他のクレリックが内臓破裂の患者にずさんな処置をして死なせてしまったのを何人も見てきました。…とにかく、サリーは重傷ですっ!」

 マックスが水を満たした桶を持って急ぎ足でやって来た。アナはそれを受け取ると、呪文を唱えて聖水にして自分の手を洗い、水桶の中に医療器具を全て放り込んだ。

「マックスさん、桶はもうひとつあります…もう一回水を汲んで来てっ!」

 マックスはすぐにとって返し、地下二階への階段を登っていった。

 ヒラリーはその場をアナに任せて、自分の持ち場に戻った。

 皮袋の水を飲んでいたオリヴィアがヒラリーに尋ねた。

「サリーは大丈夫なのぉ…?」

「いや…重傷らしい…。」

 オリヴィアはそれを聞くと…すくっと立ち上がり、皮袋をヒラリーに返して…それから言った。

「デスの奴めぇ〜〜…わたしたちを舐めやがってぇぇ〜〜っ!」

 オリヴィアにとって…仲間、イェルメイドの屈辱は自分の屈辱だ。

 オリヴィアは三つのスキルを発動させ、デスウォーリアー目掛けて突進し、腹の金属プレートに短槍を何度も突き立てた。

 突然そばにオリヴィアが現れて、アンネリは驚いていた。

(あれ…スウィッチの指示があった?)

 その時…

ガキィッ…!

 デスウォーリアーの左膝の金属製のガードの止め金が外れて、デスウォーリアーの膝小僧が剥き出しになった。ダフネが叫んだ。

「ヒラリィ〜〜、ここ…ここっ!」

 ヒラリーの指示を待つまでもなく…アンネリがすぐにダフネの横に移動し、ナイフでデスウォーリアーの膝をナイフで切りつけた。ダフネも手斧で殴った。

 ヒラリーは叫んだ。

「ここが勝負どころだっ…デスウォーリアーの左膝に攻撃を集中っ!デイブ、カール、ガス…ダフネとアンネリを守れっ‼︎」

 デイブたちはデスウォーリアーに近づいて、タワーシールドを構えた。

 

 アナはサリーの皮鎧を外すと、ナイフでその下の麻のシャツを切り裂いて、サリーの下腹部を剥き出しにした。マックスが持ってきた桶の中の水に呪文をかけて聖水にすると、手で掬ってサリーの下腹部にバシャバシャと掛けた。

「サムさん、ジェニ、この水で手を清めて!マックスさん、この桶の水を捨てて、新しいのをお願いします…とにかく、どんどん水を運んできてください!」

 サムとジェニは言われた通りに、桶に両手を突っ込んで洗った。マックスはその桶を受け取ると、中の水を捨ててすぐに地下二階に駆け上がっていった。

「…い、今からサリーのお腹を切ります。サムさん、それと同時に『ヒール』をかけ続けてください…。」

 アナは呪文を唱え始めた。

「美徳と祝福の神ベネトネリスよ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者…願わくば、絶え間なき命の糸を繋ぐべく、我らに慈悲を持って、ひと時の安息と安寧を与え給え。しかして、幾ばくの苦痛と災禍の過ぎ越しを許し給え…降臨せよ!神の微睡まどろみ‼︎」

 アナはサリーの下腹部に手を当てた。サリーの下腹部が少し光った。「局所麻酔」である。

 アナは水桶から右手で小型ナイフを取り出すと、サリーの下腹部に当てた。…が、思い直したのか、ためらったのか、小型ナイフを持ち直した。そして再びサリーの下腹部に小型ナイフを当てようとしたが…その小型ナイフは小刻みに震え始めた。

「…アナ?…アナスタシア…?」

 ジェニの問い掛けに…アナは無言だった。…人間の体にナイフを入れるのは生まれて初めてだった。神官の上級学校では動物やヒトの死体の解剖演習はあった。しかし、アナはその授業を受ける前に除籍処分になっていたのだ。

 アナの右手の小型ナイフの震えは次第に大きくなっていった。

(うう…できない…。)

 アナの額に脂汗が流れた。サムとジェニには何が起こったのか、分からなかった。

 すると…アナの右手から小型ナイフを取り上げた者がいた。…ヒラリーだった。

「…あ。」

「どこを切るんだ?…私が切るから指示を頼む。」

「…ここから…ここまで…15cmぐらい…」

「…腹の皮一枚でいいんだな?」

「…うん。」

 ヒラリーは「研刃」を発動させ、サリーの下腹部に小型ナイフを当てた。最初に肉の弾力を感じたが、プツッ…という感触を得て、勘で刃を数mmほど沈ませると、そのまま一気に横に走らせた。

 サリーの腹に真一文字にか細い線が引かれ…その上に大小の赤い真珠のような血が現れた。

「これでいいか?」

「う…うん。」

 ヒラリーは余計な事は言わずに、小型ナイフを地面に置いてその場を去った。

(…ありがとう、ヒラリーさん…!)

 ヒラリーは今までにレイピアの切先で何人もの人間の腹を突いたり裂いたりしている。「腹の皮一枚」の感覚は誰よりも心得ていた。

 アナは水桶から鉗子二本を取り出すと、それを使って切開部を広げた。

「ジェニファー、この二本を持ってて。サムさん、『ヒール』を一旦止めてこっちでもう二本、鉗子を受け持ってください。」

 サムはアナの方に移動してきて、もう二本の鉗子を持った。

「いいですか⁉︎…これから腹膜を切ります。それと同時に切開部が丸くなるように開いてください。行きますよ…いち…にぃ…さんっ!」

 サムとジェニが力を入れて鉗子を引っ張り…アナは腹膜を切った。その途端、腹圧に押されて腸が飛び出し、腹部の切れた血管から小さな噴水のように血が飛び出てジェニの顔を直撃した。いきなりの事で…ジェニは驚いて顔を背けた。

「…きゃっ…!」

「ジェニファー…我慢してぇ…!」

「こ…怖いっ…。」

「わ…私だって怖いのよ…頑張ってっ!」

 アナは飛び出したサリーの腸に水桶の水を掛けて清めながら、必死で破裂した小腸を探した。

 

 デスウォーリアーは左膝に違和感を覚えたのか、左足をしきりに動かし始めた。

「オリヴィアァ〜〜ッ、もっと攻めろぉ〜〜っ‼︎」

 ヒラリーの声に…

「…喜んでえぇぇ〜〜っ‼︎」

 オリヴィアはデスウォーリアーの頭部を攻撃し始めた。短槍の先端がデスウォーリアーの顎、鼻、眼窩を捉え、その肉を抉った。

 デスウォーリアーはオリヴィアに向かってめちゃくちゃに戦斧を振り回した。それを全て紙一重で回避し、なおもデスウォーリアーの顔面を執拗に攻め立てた。

ボキッ…

 突然、短槍の柄が折れた。怪力のオリヴィアの激しい突きに耐え切れなかったのだ。それでもオリヴィアは、短槍を捨てて両拳に怒りを込め、デスウォーリアーの腹を連打した。

 しかし…デスウォーリアーの注意はダフネとアンネリに向かった。デスウォーリアーは二人を狙って、斧を水平に振った。

「…させるかあぁぁ〜〜っ‼︎」

 オリヴィアは咄嗟にデスウォーリアーの戦斧の柄に飛びつきしがみついた。…体全体に衝撃が走った。それでも…オリヴィアは離さなかった。

 デスウォーリアーの戦斧は慣性のままに、オリヴィアをくっつけたままダフネとアンネリを襲った。

「…あっ…!」

 ヒラリーが凍りついた。

 が…戦斧とダフネ、アンネリの間に、デイブ、カール、ガス三人のタワーシールドが割って入った。

ズガァ〜〜ンッ!

 三人とダフネ、アンネリはタワーシールドもろとも吹っ飛んで敷石の上を転がった。だが、五人はよろめきながらも…起き上がった。…無事だった。オリヴィアの体重のおかげで攻撃速度が減速し、ダメージがかなり減衰したのだ。

 ベンジャミンは必死になって、五人に「ヒール」を飛ばした。サムをサリーの治療に取られて、たったひとりで回復役を引き受けていた。ベンジャミンの魔力の限界も近づいていた。

 デスウォーリアーはオリヴィアを振り払おうと、斧をでたらめに振り回した。

「うぎゃあああぁ〜〜っ…ぜ…絶対、離さぬうぅ〜〜〜…‼︎」

 オリヴィアは絶叫した。

 その叫びに心を打たれて動いたのは…デイブだった。

「…何もできんが、俺だって…これぐらいぃぃ〜〜…‼︎」

 ありったけの勇気を振り絞って…デイブもオリヴィアの体にしがみついた。人間二人にしがみつかれて、デスウォーリアーの戦斧の動きは鈍くなった。


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