百六十八章 収穫祭
百六十八章 収穫祭
ヒラリーは決断した。みんなを村長の家に集めて言った。
「みんな、心配をかけたね。私は十分に休養をとって回復することができた…明日、ユニテ村に出発しようと思う。今度こそ、デスウォーリアーを血祭りにあげようっ!」
「おおぉ〜〜っ!」
村長が言った。
「…血祭りで思い出しましたが、今晩から三日間、村の収穫祭が始まります。ささやかながら料理や地酒を振る舞いますので、皆さんも楽しんで行ってください。」
「ありがとう、村長さん。」
夜になると、村の目抜き通りには向かい合った建物の間に幾本もの縄が渡され、そこに幾つものランタンが吊るされた。村の真ん中の広場にはテーブルが並べられ、地酒の入った大甕、大皿に盛ったレンコンのごった煮やウシガエルの串焼き、そしてちょこっとニワトリやブタの丸焼きが乗っていた。
真っ先にブタの丸焼きに駆けつけたのはオリヴィアだった。物欲しそうに見つめる村の女の子を横に押しやって、前足一本をもぎ取るとひとりでガツガツと食べ始めた。アナがやって来て、目を潤ませている女の子のためにイノシシのスペアリブの辺りを切り分けてあげた。村人にとって、ニワトリやイノシシは年に一度のご馳走なのだ。
ダフネはサムのために地酒とニワトリの腿を持ってきた。しかし、サムは強い地酒を嫌がってニワトリだけを食べたので、地酒は代わりにダフネが飲んでいた。
カールとガスはひたすら地酒をあおって、肩を組んで笑っていた。
デイブがヒラリーに地酒を勧めたが、体調を理由に断られた。
サリーが、イェルマに住むなら避けては通れないハードルだと言ってジェニにウシガエルの串焼きを勧めていた。ジェニはひと口かじりついて…「うっ…」と言ってギブアップした。そして、その串焼きをすっと左に移すと、ワンコが涎を垂らして待っていて、すぐにジェニの食べかけを片付けた。さらにワンコは、ジェニが口の中のウシガエルの肉を吐き出すのを、今か今かと待っていた。
どこからか、バンジョーの軽快な調べが流れてきた。それをきっかけにして、村人たちが広場で輪になって踊り始めた。
ヒラリーが村長に尋ねた。
「へぇぇ…楽器を演奏できる村人がいるんだねぇ、凄いねぇ。」
「いえ、あれはセコイア教の吟遊詩人ですよぉ。いつも、この収穫祭の日に合わせてやってきてくれますのでぇ…。」
ヒラリー目を凝らしてみてみると、鍔広帽子に茶色のローブを着た若者が巧みにバンジョーを演奏しているのが見てとれた。
オリヴィアがやって来て、村長の腕を引っ張った。
「村長さん、踊ろっ!」
「ほひゃ…!」
もちろん、オリヴィアはダンスのステップなど知らない。オリヴィアは無理やり村長を広場の真ん中に連れていって、両腕で村長の両腕を抱えてその場でぐるぐると回るだけだった。そして…そのうちに自分の胸に村長の顔を押し付けて回り続けた。
「うほっ…うひょひょっ…!」
「うふふふ…楽しいぃ〜〜?」
「め…冥土の土産になりましたですじゃあぁぁ…‼︎」
「あはははは、お師匠さんとおんなじ事言ってるうぅぅ〜〜っ、村長さんもスケベなのねぇぇ〜〜っ!」
みんなは大笑いしながら、手拍子で調子を取っていた。
みんなが踊り疲れたのを察してか…バンジョーの音色が変わった…。
「…セコイアの森を育み、エルフの魔法いまだ健在なる遥かなる西の大地に…若きエルフ現れたり…」
鍔広帽子の吟遊詩人がここぞとばかり…英雄詩を歌い始めた。
「…太陽光を銀に染めるは、その長き御髪ゆえ。月光を青に染めるもその眼差しゆえ。地獄より来たる同盟の亡者どもに訃音を告げ、地獄へと追い返すは黒の喪章をつけたる者の成せる業なり。…ゆえに、その者『黒のセレスティシア』と呼ばれたり。セレスティシア…ああ、セレスティシア。リーンの守護者にして裁き人、最後の純血にして大魔道士ログレシアスの嫡子。小さき銀の刃を一閃すれば、風の神は怒り狂い…侵略者を地の果てまで吹き散らす…」
オリヴィアは地酒を持って、ヒラリーの隣に座った。そして、地酒を飲みながら二人で英雄詩を聞いていた。
ヒラリーが言った。
「へえぇ、リーン…リーン族長区連邦にとんでもない魔道士が現れて、同盟の軍隊を敗走させてるんだな…。」
「ねぇねぇ…あれって、銀色の髪で青い目のエルフって事だよねぇ。ヴィオレッタのことじゃない?」
「でも…セレスティシアって言ってるし、ヴィオレッタって魔法使えたっけ…?」
「あ…じゃ、違うかぁ〜〜…。」
吟遊詩人の帽子に、村人たちが銅貨を一枚、二枚と入れていた。そして、村長が行って、銀貨一枚を入れた。それを見たオリヴィアが…
「おっ!村長さん、羽振りが良いですねぇ〜〜っ!」
「…この前頂いた首飾りを都でお金に換えましたぁ…。」
気を良くした吟遊詩人はとっておきの英雄詩を披露した…これがいけなかった。
「…人の世に降臨せしめたるは、勇者か英雄か…その装いは金色の髪と銀色の胸当て…それは女神の化身、黄金のオリヴィアなり…」
「むっ…‼︎」
それを聞いていたオリヴィアはあからさまに不機嫌な顔になって、踵でぐりぐりと地面に穴をこさえ始めた。それを横で見ていたヒラリーは…英雄詩がオリヴィアの逆鱗に触れた事に勘づいて、一生懸命ダフネとアナに手招きをした。
「…神が遣わした美貌の戦士…獅子の如き黄金の立て髪は疾風になびいて光を放ち、女神の如きかんばせは千の玉石をも色褪せる…。ひとたび立ちて東に征かば、悪辣たる伯爵とその下僕どもを一蹴し、己が血の海に沈めたり…。顧みて南に征かば、邪悪なるオークの将軍を三度叩いて眼下に敷く…」
ダフネとアナがヒラリーの手招きに応じてやって来て…オリヴィアのそばにくっついて、いつでもオリヴィアを抑え込めるよう準備をした。
「…ああ、黄金のオリヴィア…麗しき戦乙女よ…」
オリヴィアがダッシュした。あまりの素早さにダフネもアナもオリヴィアを捕まえ損ねた。
オリヴィアは鍔広帽子の吟遊詩人の胸ぐらを掴むと、上下左右に振り回した。
「おぉ〜〜まぁ〜〜えぇ〜〜っ!わたしに…何の恨みがあんのよぉ〜〜っ…!」
「え…ええっ…?」
「だぁ〜〜れぇ〜〜の…差し金だぁ〜〜っ、ああぁ〜〜ん?」
「い…いや、これはグラント…他の吟遊詩人から教えてもらった鉄板ネタでして…オリヴィアって言う最強の女冒険者を讃える詩でして…」
「わぁ〜〜たぁ〜〜しがぁ…オリヴィアだぁ〜〜っ!黄金ゆぅなあぁぁ〜〜っ‼︎」
「すみません…すみませんっ!…もう言いませんっ‼︎」
憤懣やるかたないオリヴィアをダフネとアナが止めに入った。
「オリヴィアさん、意味が…意味が違うってぇ〜〜っ…!」
「そ…そうよ、オリヴィアさんの勇姿を美しく讃えた詩だからっ…!」
「いやあぁぁ〜〜〜っ!…グラントを…連れてこおおぉ〜〜〜いっ‼︎」
収穫祭は大騒ぎとなった。




