百六十七章 ヒラリー再始動
百六十七章 ヒラリー再始動
一週間が経った。ヒラリーはだいぶ体調が回復して、今では村長の家の前でレイピアで突きの練習をするまでになっていた。
「うはぁ…体が鈍ってるなぁ…。」
その横で、アナが心配そうに見ていた。
「無理しないでくださいよ。どうですか、左腕は…?後遺症とか…ないですか?」
「ありがとう、大丈夫みたいだよ。」
そう言って、ヒラリーは左腕をぐるぐると回して見せた。
しかし、本当は…左肩関節の可動範囲にわずかながら支障があった。左腕を下に垂らした状態から上に持ち上げていくと、150度のあたりで痛みが走り直上まで上がらなかった。
ヒラリーはその事をアナには黙っていた。そもそも、欠落した左腕がくっついて、不具合なく動いているだけでも奇跡なのだ。
貴族ならば聖堂や神殿に行って法外な献金をして、欠落した指や手をクレリックにくっつけてもらう。だが、そんな大金を持っていない一般人は止血をしてもらうだけで精一杯だ。冒険者でもクエスト中に腕や足を失くす者は少なくない。パーティーにクレリックがいたとしても、ほとんどは中級資格のクレリックで…腕や足がくっついたとしても、神経や筋がつながらずに、動かない、指が曲がらない…などは当たり前の世界だ。
アナには感謝しても感謝し切れない…これ以上の文句はばちが当たると言うものだ。それに、盾を持たず受け太刀をしないヒラリーの戦闘スタイルからすれば、それほどの支障にはならないと思った。
ベンジャミンがやって来た。
「どうだい、ヒラリー…そろそろいけるか?」
「そうだな…いこうか…。」
アナが血相を変えて怒鳴った。
「ベンジャミンさん、何てことを言うんですかっ⁉︎…やっと、突きの練習を始めたばかりですよっ⁉︎ヒラリーさんに無理をさせないでくださいっ‼︎」
「いや…無理はさせないさ。ヒラリーには今まで通り指揮を執ってもらうだけだ。そもそもの話、デスウォーリアーとレイピアは相性が最悪なんだ。それはヒラリーが一番判っているはずで、だからこそ…今まで、ヒラリーは指揮に専念していたんだろ?…それを判っていて突っ込んで、左腕を飛ばされた…。自業自得だ…あの場合、アンネリは見捨てても良かったんだ…。」
「ななななななな…何ですってぇっ⁉︎」
激昂するアナをヒラリーがなだめた。
「アナ、落ち着いてくれ…ベンジャミンの言う通りだよ。…ただ、私を買い被りすぎてるな。…アンネリを助けたのは…私よりアンネリの方が価値があると思ったからだ。アンネリが生き残った方が、デスウォーリアーを攻略してくれると思ったからだよ…。」
ベンジャミンはしばらく沈黙した。そして…
「ゴーサインを出すのはあんただ。準備はできてる…。」
…と言って鍛冶屋の方に歩いていった。
鍛冶屋の前には、ダフネ、デイブ、カール、ガスそしてオリヴィアの五人がいた。デイブ、カール、ガスの三人はデスウォーリアーのタワーシールドに新しくつけた把手を握り、三人で大きな盾を横にして構えていた。その三人をダフネが後ろから背中で支えていた。
「おっしゃあぁ〜〜っ、準備はいいかあぁ〜〜っ?」
オリヴィアが「飛毛脚」「鉄砂掌」「鉄線拳」を発動させた。
「よしゃ、来ぉ〜〜いっ!」
オリヴィアは大きく踏み込んで、タワーシールドに右衝捶をぶち当てた。
ガアァ〜〜ンッ!
「…ぐっ!…大丈夫だ。もいっちょ、来ぉ〜〜いっ!」
「次ぃ〜〜っ、双掌打ぁ〜〜っ!」
オリヴィアは両の掌を打ち込んだ。
ゴォォ〜〜ンッ!
三人は把手を握り、肘と肩をタワーシールドに密着させてオリヴィアの繰り出す武闘家の技を受けた。
「端脚、いくぞぉ〜〜っ!」
ガコォォ〜〜ンッ!
デスウォーリアーのタワーシールドはびくともしなかった。
「…いいみたいだな。これでデスウォーリアーのバトルアックスも防げたら、イェルマの『対トロル想定訓練』が活かせるなっ!」
ダフネの言葉を聞いたか、聞かないか…
「ほいじゃぁ〜〜…ゲーモン、いっくよぉぉ〜〜っ‼︎」
「…それはやめろ。」
アンネリはサリーに言った。
「本当にやるつもり?」
「…はい。」
両手にナイフを持ったサリーが答えた。
サリーはデスウォーリアーのタゲ取り役を志願したのだ。現状はオリヴィアとアンネリの二人だけで、非常に過酷なローテーションになっている。小さな綻びが生じるだけでローテーションが崩壊し…そのせいで、指揮役のヒラリーが重傷を負ってしまったのだ。
タゲ取り役が三人いれば、作戦維持がだいぶ楽になるはずだ。いざという時のアーチャーは二人も必要ない…ジェニがいれば十分だ。
「回避には自信があります。私しか…いないでしょう…。」
「そっか。じゃ、行くよ…。」
アンネリはサリーにナイフで切り掛かった。アーチャーも補助武器としてナイフを使うので、ある程度のナイフの使い方は訓練で習得している。しかし、さすがはナイフ専門のアンネリ…変幻自在のナイフ捌きで、サリーは防戦一方だった。
ジェニはそれを横目で見ながら、サリーの期待に応えるべく、木を相手にピンホールショットの練習に励んでいた。




