表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
165/507

百六十五章 ワイン取扱い始めました その4

百六十五章 ワイン取扱い始めました その4


 朝の槍手房。

 宿舎で目を覚ましたランサーたちは、我先にと黄金川に走る。目的は黄金川の上を跨いで建てられた…かわやだ。槍手房のイェルメイドだけではなく、全てのイェルメイドがここで行列を作る。

 それを横目に見て、十歳のランサー見習いのテルマは宿舎の裏にある子供用の厠に向かった。単純に穴を掘っただけのもので、終わったら上から土を掛けて終わりだ。黄金川の厠は川面の1m上に作られていて、床板が三枚分はずされている。足の短い子供が跨いで用を足そうとすると、床板三枚分の穴から落ちてしまう可能性があるので危険だ。

「…あ。」

「…ちょっと待って…。」

 既に先客がいて、子供用の穴の上でお尻を出して踏ん張っていた。

 たまに…寝坊をしたり、お腹の調子が悪かったりして、間に合わないと判断したイェルメイドが子供用を使用したりする。

 そんな朝の喧騒をよそに、ベレッタとルカは房主堂で目を覚まし、房主堂専用の厠で用を済ませた。そして、服を着て、食堂で朝飯を食おうかなと思い立った時…気がついた。あっ、そうだ…ベレッタは朝イチで房主に急用があった事を思い出した。

「おい、ルカ…カレン房主はどこ行った?」

「…私は知らんぞ。ん…んん…あっ、そうか、房主に…」

 するとそこに、槍手房の房主…カレンが現れた。

「ベレッタ、ルカ、お早いお目覚めだな…。ワイン漬けの脳味噌から、やっとアルコールが抜けたのかな…?」

「はいいぃ〜〜〜っ⁉︎」

 …昨晩、しこたまワインを飲んで帰ってきたことがバレてる!ベレッタとルカは房主堂の床にひれ伏した。

「今…私はどこに行ってたと思う?蒼龍将軍のマーゴットから呼び出しを食らってな、魔道士房に行っていたんだ。何でも…昨日の夜、衛兵を脅して城門を抜けた不埒者がいたという報告が上がって来たんだとさ…。お前たち、心当たりはあるかい?」

 こりゃもう…全部バレてる!…二人は観念した。

「申し訳…ありまっせええぇ〜〜〜〜んっ‼︎」

 二人は、さらに低く低く…床にひれ伏した。

「…困ったもんだねぇ。お前たちは、腕は確かなのにまだまだ子供のままというか、自制が効かないというか…。英雄色を好むと言うが、お前たちは英雄酒を好む…だな。…そんなにワインが飲みたかったのかい?」

 ルカが平伏したまま言った。

「はいっ!…それはもう、美味しゅうございましたっ!房主様にも、是非ワインをお召し上がりになって頂きたく…つきましては、お願いが…」

 すると、ベレッタが口を挟んだ。

「…ルカ、まだ早い…もっと後だっ!」

 カレンが怪訝な顔をして言った。

「ん、何だ…。今、お願い…と言ったな?」

「…い、いえ…何も…!」

「全てを白状せよ。さもなくば…お前たち二人、食堂での飲酒を禁じてしまうぞっ!」

「ひいぃぃ〜〜っ!それだけはご勘弁をぉぉ〜〜っ!」

 イェルマの食堂では、朝の八時から夜の九時まで無料で食事ができる。それとは別にビールと地酒を飲むこともできる。但し…有料だ。有料にしないと…アルコール依存症患者が増え、なおかつ、あっという間に財政が破綻してしまうことが目に見えているからだ。

 二人はボソリボソリと…キャシィとの間で交わした約束についてカレン房主に話した。

「…で、ワインは何樽発注したんだい?」

「…あ…ありったけ…。」

「…それで、値段は⁉︎」

「…ええと…ルカ、いくらだっけ…?」

「私は知らんよ…私に振るなよぉ…。ベレッタひとりで喋ってたじゃないかぁ…。」

「うっ…お前、裏切るつもりかっ⁉︎…薄情者めっ‼︎」

「裏切ってない、裏切ってない…ワインをガブ飲みして、勝手に話を進めたのはベレッタだろう…」

 カレンは業を煮やして叫んだ。

「もう、よいっ!この酔っ払いどもめ‼︎…どうせ、カネには糸目はつけないような事を言ったのだろう。…で、察するにだ…この私にワインの購入に関して、チェルシーに口添えをして欲しいと…そういう事だな⁉︎」

 ベレッタとルカは無言で…ゴツンゴツンと床に頭を打ちつける叩頭礼を何度も何度も繰り返した。

 呆れ顔のカレンは、人払いをするかのように手を振って、二人に退出を命じた。ベレッタとルカは平伏したまま、しずしずと房主堂から出ていった。

 カレンはひと息ついて、重たい腰を浮かせた。あれでも可愛い愛弟子だ…弟子の不始末の尻拭いは房主である私がせねばならぬ…朝議にはまだ間に合うか…チェルシーの説得は無理だが、ライヤを訪ねてみよう…そう思った。

 

 城塞都市イェルマの北の斜面にある「北の五段目」。その絶壁に這うようにして建っている「鳳凰宮」では、朝と夕に一度「四獣会議」が開かれる。イェルマの四人の重鎮が集まり政策の決定を行うのだ。

 朝議も終わりに近づいて、赤鳳元帥のボタンが言った。

「うむ…軍備、食糧に関しては問題はないようだな…総論はこれまでとして、各論…何か意見がある者はいるか?」

 蒼龍将軍のマーゴットが言った。

「昨夜…衛兵を脅して城門を抜けた者がおります。あろうことか、その者は槍手房の師範で…今朝、房主に厳重注意をしておきました…。」

「あははは、ベレッタさんとルカさんか…。おおかた、今噂の『ワイン』なる酒を飲みに行ったんだろう。両師範に酒を飲むなと言うのは死ねと言うのと同じだからな、大目に見てやってくれ。…他には?」

 白虎将軍のライヤが言った。

「これは雑談のつもりでお聞きください。そのワインですが、戦士房でも騒いでおりましたよ。イェルマの食堂でもワインが飲めないだろうかと、私のところにたくさんの要望が来ております…。」

 ボタンが尋ねた。

「ほぉ…そんなに美味い酒なのか?」

「何でも、酸味のあるお酒ですが…強いお酒ではないようです。しかし、香りが良いそうで…私やボタン様のように好んでお酒を飲まない者でも、芳醇な香りだけで楽しめる…と、聞き及びました。」

「意義あり!」

 そう言ったのは、黒亀大臣のチェルシーだった。

「ボタン様、レイヤは明らかにボタン様を誘導しております。どんな目的があるのかは知りませんが…食堂でワインを取り扱うように仕向けているようです。…財政を管理するものとして、不要な出費はできるだけ差し控えたいと存じます。」

 チェルシーは下戸だ。

「チェルシーさんは飲めないから…飲む人の気持ちが分からないのでは?お酒や、お酒を飲む者に対する先入観を幾ばくか感じます…。過剰な飲酒は考えものですが、適度な飲酒は血行を良くしてストレス発散にも効果があります。酒は百薬の長と言うではありませんか…」

「…詭弁だ、論点をすり替えないで欲しい…。私はお酒の存在自体を否定しているんじゃない。すでにビールと地酒は食堂で売っているじゃないか。今更、ワインを購入してまで追加する必要はないと言ってるんだ。」

 ボタンがまだ発言していないマーゴットを促した。

「マーゴットはどう思う?」

「…怖れながら、実は私はワインを飲んだことがございます…。」

「ほほぉっ!…で?」

 マーゴットは強くはないが、嗜む程度に飲める人だ。マーゴットの発言にライヤとチェルシーは固唾を飲んだ。

「ビールのように苦くもなく、地酒のように口の中を焼くようでもない…。上品な味わいであった事を覚えておりますな…。個人的にはもう一度飲んでみたい気もいたしますが、私はもうババァですのでたくさんは頂けません…例えば、魔法書を読み込んで頭が疲れた時に、ひとりでゆっくりと静かに…。」

 ライヤが言った。

「…と言うと、マーゴットさんはワイン購入に賛成…?」

「…中立でございます。」

「…むぅ…。」

 ボタンはポンッと手を打った。

「じゃ、中を取ってこうしよう。そろそろ私の誕生日だ。それで、振る舞い酒をやろう…その時にワインも出す。但し、一度だけだ。…これでいいかな?」

「…御意。」

「仰せの通りに…。」

「…そのように致します。」

 首の皮一枚残った…自分ができるのはここまでだ…すまない、カレンさん…四獣会議ではボタンの次に若輩のライヤはそう思った。


 その日の夕方、キャシィズカフェにとんでもない面々が集まった。

「ワインの卸しをやっているのはここか?」

「はいぃ〜〜、そうですよぉ…うげげげっ…‼︎」

 キャシィはその面々を見て、我と我が目を疑った。

 目の前に…白虎将軍のライヤ、蒼龍将軍のマーゴット、黒亀大臣のチェルシーがいて、その後ろに数十人のイェルメイドと十数台の荷馬車を従えていた。

 マーゴットが言った。

「確か、お前はイェルメイドだよねぇ…?」

「キャッ、キャッ、キャッ…キャシィですっ…!」

「そうそう…キャシィ。武闘家房の子だったねぇ…じゃあ、話は早いねぇ…。」

 すると、チェルシーが言った。

「イェルマでワインを購入する事になった。今、どれだけある?…倉庫を見せてもらおうか?」

「は、は、は…はいっ…こちらでございますっ、どうぞっ…!」

 恐縮したキャシィが案内をして、三人はワイン倉庫に入っていった。

 ただならぬキャシィの様子に、グレイスが仕事の手を止めてやって来た。

「あら、マーゴットさん。お元気でしたかぁ〜〜?」

「これはこれは、グレイスさん。お噂は聞いておりますよ…ハーブティーとワインで大儲けをしてるとか…。」

「うふふふ、これもキャシィちゃんのお陰ですぅ〜〜。」

(あ…それ、言っちゃダメなのにぃ〜〜…!)

 そう思ったキャシィを…マーゴットは三白眼でちらりと見た。…うう、怖い!キャシィの全身に鳥肌が立った。

 ハーブティーはいかが?というグレイスの申し出を三人は丁重に断った。

 チェルシーがワインの樽を数えて、何やら計算していた。そして…

「ここにあるワイン樽…二十二樽、全部もらおう。現金現物渡しでこのまますぐに持って帰る…金貨110枚でいいな?」

 そう言って、チェルシーは金貨の詰まった皮袋をテーブルの上にドンッと乗せた。ううっ…凄くまずい!それはグラス一杯銅貨10枚での卸し値だ!

「はうあぁ〜〜…」

「どうした…不服か?」

 イェルメイドであるキャシィはまだ十五歳…イェルマの王宮にあたる「鳳凰宮」など見たことも入ったこともなく…そこにおわす天上人たる四獣のうちの三人に物申すなど…ましてや不服など言えようはずがなかった。

 金貨110枚はまずい、儲けが出ない…でも、この人たちに文句が言えない。二律背反で、キャシィの頭の中はぐるぐると回って短絡しかかっていた。

 すると…

「キャシィ、どうしたの?…気分でも悪い?」

 グレイスがキャシィに声を掛けた。チェルシーがさらに捲し立ててきた。

「…どうなんだ?この値段でいいだろっ⁉」

「こちらの方はワインをご所望?…グラス一杯で銅貨30枚ですよぉ〜〜。」

「…銅貨30枚?」

 チェルシーは計算をやり直した。

「金貨330枚が卸し値だと…高すぎる…!」

「ああ、卸しなんですね?…じゃぁ、銅貨15枚ですよ。」

「ん、金貨165枚か?…もっと安くしろ。」

「ダメです〜〜。」

「…ぬっ⁉︎」

 マーゴットが言った。

「チェルシー、いいじゃないか。女王の祝い事に使うんだ。ご祝儀だと思って…ねぇ、グレイスさん。」

「はいっ、その通りです!」

 キャシィはグレイスの突発的天然に助けられた。

「仕方がない。…足りない金貨は明日、遣いの者に持たせる。」

 そう言って、チェルシーは外で待機していた数十人のイェルメイドに合図をした。イェルメイドたちが倉庫に入ってきて、あっという間に全てのワイン樽を荷馬車に積み込んで持っていってしまった。ワイン倉庫はきれいさっぱり…空っぽになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ