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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百六十四章 ワイン取扱い始めました その3

百六十四章 ワイン取扱い始めました その3


 つまるところ…公証人はいなかった。

 そこで、この方面に明るいセドリックが公証人の代わりに二枚の契約書を作成して、一枚をユーレンベルグ男爵に、もう一枚をキャシィに手渡した。

 手渡された契約書に、キャシィは愛おしそうに頬擦りをした。

「キャシィ、ついでと言っては何だが…もう一枚、契約書を作ろうじゃないか。」

「…え?」

 ユーレンベルグ男爵の言葉にキャシィは呆気にとられた。

「エルフのハーブティー…アレのレシピを買い取りたい。金貨十枚でどうかね?」

 キャシィは考えた。金貨十枚は銅貨で一万枚…ハーブティーを銅貨七枚で売って、1,428杯分か…。昨日、息子のリヒャルドが「貴族の間で流行る、銅貨五十枚でも買う」と言っていたのを思い出し…都会で売れば200杯で元が取れてしまうじゃないか、と思った。それに、レシピを売り渡すとキャシィズカフェでの販売ができなくなる。実際には、フランチャイズ契約を結べば、出来なくはないのだが。…少なくとも、金貨十枚は…ない!

 キャシィは言った。

「これも歩合制で行きませんか?ユーレンベルグさんにエルフのハーブティーの独占使用権を認めますので!」

 キャシィの反応はユーレンベルグ男爵の想定内だった。

「ふむ…では、キャシィの取り分は売り上げの10%で…。」

「20%…私に10%で、グレイスさんに10%…。」

「はははは…まぁ、よかろう。その代わり、私のワインをコッペリ村とイェルマでどんどん売ってくれよ!」

「ありゃあぁ〜〜っす!」

 それを隣の席で聞いていたグレイスは驚いて言った。

「ええ、良いのかい?…私は何もしていないのに…。」

「そんなことはないですよ。グレイスさんがお金を出してくれなかったら『販売』までこぎつけませんでした…。そしたら、エルフのハーブティーは『個人が趣味で飲むお茶』で終わっていましたよ。立派な共同開発者ですよぉ〜〜!」

「…あらあら…あらあらあらっ!…キャシィ、何て良い子なのぉ〜〜っ!」

 グレイスはキャシィをその豊かすぎる胸で、ひしと抱きしめた。

 改めて…セドリックはもう二枚の契約書を作成した。

 ユーレンベルグ男爵は息子のリヒャルドと共に自分の部屋に引き上げた。

 リヒャルドが言った。

「お父さん、あの契約は甘すぎではないですか?あれじゃ、相手の言いなりじゃないですか…。」

「…そう言うな。これからジェニファーがコッペリ村でお世話になるんだし、この村は東の世界への最初の拠点だ。地元の人間にはしっかり恩を売っておかないとな…。」

「…なるほど。」

「それに、あのキャシィという娘とは良好な関係を築いておいて損はないと思う。何年先になるかは分からんが…私たちのワインが城塞都市イェルマを越えていく際に、しっかり役に立ってくれるだろう。」


 キャシィズカフェでは、野良仕事に出かける農夫や暇を持て余した商人がハーブティーを啜っていた。

 キャシィは、開店以来、毎日のように足を運んでくれる老夫婦のテーブルにやって来た。

「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよっ!」

「おお、キャシィちゃん。居たんだね…姿が見えないから風邪でも引き込んだんじゃないかって心配したよ。今日の付け合わせの焼き菓子は美味しいねぇ、上にちょんと乗っかっている木苺のジャムが絶品だねぇ…。」

「うんうん、子供たちにいっぱい採ってきてもらったからねぇ…しばらくはコレだよ。それでねぇ…」

 キャシィは老夫婦の前に二つコップを置いた。

「今度、コレも扱うことになったんだよ。ちょっと飲んでみてくれるぅ?…感想が聞きたいの。」

 老夫婦はコップを手に取って…匂いを嗅いだ。

「お…これはワインだね?…懐かしいねぇ。」

「えっ!おじいちゃん、ワインを知ってるの⁉︎」

「こう見えても…若い頃はコッペリ村とエステリック城下町を行ったり来たりしてたもんさぁ。城下町でよく飲んだねぇ。今はもう、お酒は晩酌程度になったけどねぇ…。」

 そう言って、老夫婦はワインをちびちびと飲んで、「美味い」と言った。

 午前十一時をすぎると、キャシィズカフェの最初の掻き入れ時だ。イェルマ渓谷の方向から休憩に入った数人のイェルメイドたちがやって来た。

「キャシィ、セット五人分ねぇ〜〜。」

「はいはぁ〜〜い、すぐ持っていくねぇ〜〜っ!」

 イェルメイドたちは付け合わせが木苺ジャムを乗せた焼き菓子だと分かって興奮した。

「やたぁ〜〜っ!木苺のジャム来たぁ〜〜、私、割と好きっ!」

「あたしも大好きぃ〜〜。イェルマの食堂でも、たまにしか出てこないもんね。」

 イェルメイドたちはエルフのハーブティーを飲んで、ハァ〜〜ッと大きな溜息をついて良い心持ちになり、焼き菓子を口に放り込むと、ハーブティーを飲み干した。

「キャシィ、おかわりちょうだい。」

 すると、キャシィが待ちきれなくなって…一杯のコップを持ってきた。

「ねね、今度、新しいお酒を売ることになったのよ。ただでいいから、ちょっと感想聞かせてよ。」

「お酒かっ⁉︎…お酒はまずいよぉ〜〜。イェルマ橋の警備中だし、バレたら隊長にこっ酷く怒られるっ!」

 …ここまでは、建前である。

「ひと口だけなら、大丈夫でしょ。」

「そうかぁ…?」

 イェルメイドはキャシィが持ってきたコップを受け取りひと口飲んだ。

「…酸っぱいな。まぁ、でも口当たりは悪くない。…アルコール度数は、ビールより上で…地酒よりは下な感じか?」

 もうひと口飲んだ。

「慣れてくると…この酸っぱさも気にならなくなるな。これ、何を使ってるの?」

「ブドウだよ。」

「ブドウ…アレか。山の中に自生してるのを見たことがある。アレを潰して寝かせると、コレになるんだな。…おつまみが欲しいな。何かない?」

 そう言って、さらに飲んだ。

「試飲してるのに、ある訳ないでしょ。」

「そうかぁ…。」

 イェルメイドはコップのワインを飲み干してしまった。

「キャシィ、おかわり。」

「おいっ!…二杯目からはカネ払えよっ!」

 それを見ていた他のイェルメイドも…

「キャシィ、あたしにも試飲、試飲!」

「私もっ!」

「こらこらっ!みんながお酒の匂いさせて帰ったら、さすがに隊長にバレるでしょ〜〜っ!」

「大丈夫だってぇ〜〜っ!…今日のイェルマ駐屯地の隊長は槍手房のベレッタ師範だからっ!」

 …ここからが本音だ。

「…お。」

 キャシィは…思わず納得してしまった。あの人は酒飲みにはすごく寛容だ…自分が無類の酒好きだから…。

 ベレッタ師範なら大丈夫だ。キャシィは来るイェルメイド、来るイェルメイドにワインを無料で試飲させた。中には、お金を払って五杯飲んでいった強者もいた。みんな、良い気分でふらふらしながらイェルマ橋駐屯地へ戻っていった。

 それだけでなく、キャシィはキャシィズカフェにやって来たお客みんなにワインを試飲させた。…大物を釣り上げるには、まずは餌巻きだ。

 夜になった。午後六時を回っても、なぜかキャシィズカフェは客足が絶えず…むしろ客足が増えていった。

「キャシィ、どうせだったら…もう、宿屋とか酒場とかにワインを卸しちゃったらどうなんだい?手間が省けるだろう。…あんまり忙しいと、ハーブティーの仕込みにも影響してくるし…子供たちに酔っ払いの相手をさせたくないしねぇ…。」

「ふふふ…もうちょっと我慢して、待ちましょうよ。」

「…何を待つって…?」

「…大物が餌に食いつくのをっ!」


 コッペリ村のたったひとつの宿屋。

 宿屋の一階ロビーでは、二十数人の客が食事とお酒を楽しんでいた。この中の二十人はティアークから来た冒険者たちだ。

 冒険者のひとりがビールを飲みながら、隣に座っているホーキンズに尋ねた。

「ギルマス、俺たちはいつまでこの村にいるんですかね?」

 ホーキンズが答えた。

「うぅ〜〜ん…ヒラリーたちの消息もわかった…。だが、彼女たちのオーク討伐の報奨金を預かってきてるしなぁ…どうしたものだろう…?」

「まぁ、俺たちは何日でも良いけどな。なんせ、今回の護衛の依頼人はユーレンベルグ男爵だ、あの人は金払いはいいからな。」

 そう言って、冒険者の男はジョッキのビールを飲み干した。そして…大声で叫んだ。

「亭主、おかわり…次はワインがいいな、ワインをくれ!」

 宿屋の亭主は言った。

「コッペリ村じゃ、ワインは作ってないよ…。」

「お、そうなのか?…じゃ、仕方ないなぁ…。」

 すると、客のひとりが言った。

「キャシィズカフェに行ったら、ワインが飲めるぞ。俺もちょっと飲ませてもらったが、なかなかだったぜ。亭主…ここでもワインを出せよ。」

「…んん。」

 ホーキンズがテーブルから立ち上がって、冒険者たちに言った。

「俺もワインが飲みたくなった…ワインが飲みたい奴はついて来い。奢ってやるぞ。」

「おおぉ〜〜、さすがギルマス!」

 ホーキンズと二十人の冒険者たちは、ぞろぞろと宿屋を出ていった。宿屋の亭主はそれを見て唖然とした。


 夜の八時を回った頃。キャシィズカフェは何十人もの客を抱えて、てんてこ舞いの忙しさだった。お店の中も外もいっぱいで、立ち飲みをする客も少なくなかった。何の娯楽もない僻地の村では、「新しい物」はすぐに流行る。

「お〜〜い、こっちまだ来ないぞ〜〜っ!」

「はい、ただいまぁ〜〜…!」

「ここは料理は出さないのかぁ?何か、酒のつまみを出せよ〜〜っ!」

「料理もつまみもないよ〜〜っ!嫌なら他に行っとくれっ‼︎」

 あまりの忙しさに…さすがにグレイスも切れかかっていた。

 そこに…二人の大柄の女がやって来た。

「キャシィはいるか?キャシィを呼んでくれ…。」

 呼ばれてキャシィが二人のところに来ると…キャシィはギクッとして後退りした。

「はうぁっ…!」

 それは、槍手房の師範…ベレッタとルカだった。いつかは来るだろうとは思ってはいたが…イェルメイドにワインを試飲させたのがお昼…そして今は午後八時。…はやっ!三番目かなと思っていた大物が真っ先にやって来たのだ。

 ベレッタはテーブルにお金の入った皮袋をドンッと置いて…言った。

「美味い酒があるそうだな?…飲ませろ。」

「べ…ベレッタ師範…今日は非番…じゃないですよね?お昼は駐屯地の隊長…やってましたよね?…それに夜って…。」

 イェルメイドは午後六時を過ぎると、よほどの理由でもない限りイェルマの城門をくぐることはできない…はずだ。

「そんな細かいことはどうでもいいんだよ…早く、ワインを持って来いっ、ボトルで持って来いっ!」

「は…はひっ!」

 ワインは樽だけでボトルがなかったので、キャシィは水差し用のピッチに入れて、ベレッタとルカの前に置いた。

 ベレッタはそのピッチの把手を握って、すすっと…自分のそばまで引き寄せた。

「おいっ、ベレッタ!独り占めするつもりかっ⁉︎」

「ルカッ、勘違いすんなっ!…ほら、注いでやるから…。」

 二人はピッチのワインをコップに注ぎ、グイグイと一気飲みしていった。

「…酸っぱい。だが、これはこれで…。連中が言ってた通りだな…。どうだ、ルカ?」

「…これは、イェルマにも欲しいな…。イェルマの地酒は強いが…これなら勤務中に飲むのに…ちょうどいいかもな…。」

(…勤務中に飲むのかよっ!)

 キャシィはそう思ったが、口には出さなかった。

「私は常々思っていたんだ…ビール、地酒だけでは間が持たないとな…やはり酒にも『味変』が必要であると。そして…ここに待望の第三の酒が現れた…おいっ、キャシィ!ピッチが空になったぞっ、どんどん持って来いっ‼︎」

「はやっ…!」

 キャシィが再びピッチにワインを入れて二人のテーブルに持って行くと…

「なぁ、キャシィ…こいつをありったけ…イェルマに卸せよぉ…。」

「はぁ…卸したいのは山々なんですが…でも、チェルシーさんの許可を取らないと…ねぇ…。」

「黒亀か…あいつは私らで何とかするから…。」

「な…何とかなるんですかねっ…⁉︎」

「…何とかするって言ってるだろおぉぉ〜〜…⁉︎」

「…でも、色んなところから引き合いが来ててですねぇ…。」

「…カネか、カネだなっ⁉︎いくらでも構わん…とにかく、お前の方でイェルマで落札できるようにしてくれ。」

「わ…分かりました…善処します!」

 頼んだぞ!…と言い残して、ベレッタとルカの両師範はピッチのワインを四本空にして…千鳥足で帰っていった。

(ど…どうやってイェルマ城門を抜けて来たんだろ…?)


 次の日の早朝、キャシィとグレイスがハーブティーの仕込みをしていると、お店に宿屋の亭主が現れた。二番目の大物だ。

「やぁ…繁盛してるかい?」

「はい、おかげさまでぇ〜〜。ハーブティーセットですかぁ、それともワイン?」

「いやいや、客じゃないんだ。ワイン…良いみたいじゃないか。グラス一杯、いくらで売ってるんだね?」

 グレイスは商談はキャシィに任せて、ハーブティーの仕込みを続けた。

「初物ですからねぇ…一杯、銅貨三十枚で売ってますよぉ〜〜。」

「ふむふむ…うちでも試しにワインを扱ってみようかなと思ってるんだが…ひと樽、卸してくれんかね?…グラス換算で、銅貨十枚ぐらいで…。」

「あははは、おじさん、冗談がうまぁ〜〜い!今、コッペリ村で『旬』のワインを十枚って…。」

「んん…ははは…こりゃすまん。お互い、儲けたいよな。よし…十二枚で

…。」

「…二十枚。」

「いや、それはあんまりだ…十二枚…。」

「この辺じゃぁ、ワインの卸しをやるのはここだけだよ、エステリックまで買いに行く?…十八枚。」

「むむ…足元を見やがって…十五枚でどうだっ!」

「まぁ、そんなもんか。うちも新規だから、周りのお店とは仲良くしなきゃね。…じゃ、それで。これからもご贔屓にお願いしやぁ〜〜す!」

 待った甲斐があった…ほぼ、こちらの言い値で売れた。

 ユーレンベルグ男爵からは、ワインの原価はもろもろ含めてグラス換算で銅貨10枚なので、必ずそれ以上で売ってくれと言われていた。手売りだと利益が一杯につき銅貨20枚…歩合なのでキャシィの取り分は10%の銅貨2枚。これが卸しとなると、一杯につき利益が銅貨5枚でキャシィの取り分は銅貨0.5枚となる。それでも、ひと樽卸し売りすれば銅貨250枚…銀貨5枚がキャシィの懐に入ってくる。人件費が掛かっていない分、まずまずの儲けと言えよう。…四樽卸したら金貨一枚、これでもう毎月イェルマに支払うキャシィの護衛料が賄えるのだ。

 キャシィは売り上げ帳簿に記入して、にんまりと笑いながらグレイスに言った。

「今日からワインは売らなくて良くなりましたよぉ〜〜。」

「ホントかい?そりゃ、嬉しいねぇっ!」

「大物が二匹…釣れたので…ぐふふっ。」

 すると、お店の前にお客がやって来て、注文を断って…言った。

「キャシィはいるかい?…俺は斜向かいの三つ隣で酒場をやってる者だが…。」

「私がキャシィですけどぉ?」

(ぐふふふふっ…三匹目がやって来たあぁぁ〜〜〜〜っ‼︎)

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