百六十一章 デュリテ村
百六十一章 デュリテ村(70日目10月16日 71日目10月17日
ヒラリーたちは、夕方にはデュリテ村に到着した。すると、ワンコは生のウシガエルを捕獲すべく、ダッシュで森の中に消えて行った。
サリーはすぐに村長さんの家に飛び込んだ。
「村長さん、また来たよぉ〜〜っ!」
「やぁ〜〜…サリーさん、いらっしゃい。」
「あのね、あのね…アンデッドのラスボスと戦ってたんだけどね、仲間が大怪我しちゃったの。それでね、しばらくデュリテ村で休養を取りたいんだけど…いいかな⁉︎…あとね、武器もみんなボロボロでさ、新調したいんだよね。」
「それはそれは…大変でしたな…。よろしいですよ、みなさんは何人ですか?」
「十二人。」
「はぁぁ…四、五人なら私の家でお世話できるのですが…」
「大丈夫、大丈夫っ!女は七人…何とかなるよ。…野郎どもは納屋でも軒先でもOKだからっ!」
村長と話をつけたサリーは仲間たちを手招きして呼び寄せた。
まず、オリヴィアが巨乳を揺らしながらやって来た。
「あらぁ〜〜、あなたが村長さん?サリーから話は聞いてますぅ〜〜、ありがとうございますぅ〜〜っ!」
「は…はぁ…。」
「村長さんってば…どことなく、わたしのお師匠に似てますねぇ、しわくちゃなところとかっ!よろしくぅ〜〜っ‼︎」
オリヴィアは自分より少し背の低い村長を抱擁した。村長はオリヴィアの豊かすぎる胸に顔をうずめて、ぷぅ〜〜んと脂肪酸の匂いがして…年甲斐もなく顔を赤らめた。…悪くはないようだ。
「ささ…みなさん、どうぞこちらへ…。」
村長はニコニコしてみんなを家に招き入れた。ダフネとアナはヒラリーを支えて、村長の家の中に入っていった。アンネリは馬を馬屋に連れていき、水と飼葉を与えた。他の者は毛布などの荷物を運び込んだ。
初老の女…村長の奥方がみんなにお茶を振る舞ってくれた。
ヒラリーはお茶を飲み干すと、体が温まったせいか、睡魔に襲われ体を前に倒しそうになった。
横に座っていたアナがすぐにヒラリーの体を支えた。
「ヒラリーさん、大丈夫⁉︎」
「あ…大丈夫、大丈夫…。」
「村長さん、ゆっくり休める寝台はありませんか?」
「ふむぅ…二階の息子夫婦の寝台を使うといいよ。」
アナとダフネはヒラリーに肩を貸して、二階に登っていった。
息子夫婦の部屋には、大きめの寝台が置いてあった。毎晩夫婦二人で寝ているのであろう。アナはちょっと気が引けたが…そこにヒラリーを寝かせた。ヒラリーは手を横に振って「悪いよ悪いよ」と言いながら、いざ床に就くとすぐに寝てしまった。今のヒラリーには短い馬車旅も堪えるようだ。…絶対的に血が足りないのだ。
アナは一階に降りると、村長に尋ねた。
「この村に薬師はいませんか?」
「おらんねぇ…。」
仕方がないので、アナは自分のメモノートを取り出し一生懸命読んで、みんなに指示を始めた。
「村長さん、ロバはいますか?」
「うん…ロバはおりますよ。…荷物を運ばせてますよ。」
「一頭、売ってください。皮を剥いでニカワにします。これが増血剤になるんです。」
「…ほよよよ…。」
ロバの皮を煮詰めてニカワにして乾燥させたものは、東の世界では阿膠と呼ばれている。
「…ここはレンコンの産地だそうですね。蓮の実…ありますよね⁉︎」
「…あるじゃろうねぇ…。」
阿膠と蓮の実を混ぜてお粥にすると体力増強薬になる。
「それから…みんな、朝になったらカンゾウ、ヨモギ、シャクヤク、ジオウを探してきて!」
これらも阿膠と混ぜて、貧血防止の薬となる。
しばらくして、息子夫婦が野良仕事から帰ってきて、みんなで慎ましやかな夕食を摂った。
息子夫婦は村長夫妻の部屋で寝て、アナとダフネはヒラリーの部屋の床の上で寝た。アンネリ、サリー、ジェニは物置き部屋を整理して使い、男たちは納屋を使った。もちろん、オリヴィアは馬車の荷台に隔離だ。
朝になると、みんなは狩りに出た。アナから指示された薬草を探しつつ、シカやイノシシなどの滋養のあるものを確保するためだ。
ダフネ、サム、デイブ、ベンジャミンは村でたったひとつの鍛冶屋を訪れた。
「大将、ここに武器は置いているかい?」
「そんなもん、ねぇ…。蹄鉄ならあるぞ。」
「じゃさ…斧ならあるだろ?…木を切るヤツ。」
「ああ、それならあるよ。…ほれ、そこらに三本ぐらい作ったのがあるはず…」
「三本じゃ足りないかな…。十本ぐらい欲しいな。」
「…え⁉︎」
これもベンジャミンの提案だった。多分、デスウォーリアーには剣やナイフなどの刃物よりも、斧や槌といった鈍器の方が有効だろうということだ。
「それとね…このタワーシールドにいくつか把手を増やしてくれない?」
デイブが背中に背負っていたデスウォーリアーのタワーシールドを放り出すと、大きな音を立てて地面に転がった。
「何じゃ、このデカい盾はあぁ〜〜っ⁉︎…これ、本当に人間の盾か…?」
「デス…いや、オーガが使ってた盾だよ。こいつの裏側に把手を付けて欲しいんだよ。こんなふうに…」
ダフネはタワーシールドをひっくり返し裏の部分を指差して、「この辺とこの辺」…と、鍛冶屋の大将に具体的な指示をした。
それから、ベンジャミンが言った。
「…これを弓矢の矢尻に造り直してくれないか?」
ベンジャミンは…二枚のミスリルコインを出して見せた。
もしこれを矢尻にできれば…サリーの腕ならデスウォーリアーのプレートアーマーをも貫通させて、なおかつミスリルの持つ「銀特効」でデスウォーリアーを倒すことができるかもしれない…そう思っていた。
青白い表面の不思議な金属に鍛冶屋の大将は目を丸くして言った。
「初めて見る金属だなぁ…熱を加えて柔らかくして、成形…でいいか?」
「ああ…。」
鍛冶屋の大将は鉄のやっとこでミスリルコイン一枚を掴むと、赤々と燃える炉の中に突っ込んだ。そして、しばらくしてそれを引き抜いた。
「な…何じゃ、こりゃあぁ〜〜…?これが噂の…プラチナ…か?」
「…違うな。」
「全く熱が通ってないぞ…。これは…金属じゃなくて、瀬戸物じゃないのか?」
大将は真っ赤になったやっとこの先のミスリルコインを、石綿の手袋でちょんちょんと突つきながら驚いていた。ベンジャミンも指で触ってみたが…人肌ぐらいの暖かさしかなかった。
ベンジャミンは思った。ミスリルは硬い上に…高熱でも溶解できない加工の難しい金属なのか。しかし、ユグリウシアなるエルフはこれを合金にしてアミュレットを作ったらしい。つまり…エルフの持つ錬金技術なら加工はできるが、人間の通常の技術では加工はおろか溶かすことも不可能な金属ということか…。
「うぅ〜〜ん…ダメなのかぁ…。この手しかないと思ったんだが、八方塞がりだ…。」
ベンジャミンはミスリルコインを受け取ると、肩を落として、さっさと村長の家に戻って行った。
サリーとジェニは二人で森の傾斜地を登っていた。真面目な二人は、ヒラリーのために薬草を本気で探していた。ふぅふぅ言いながら傾斜地を登るジェニにサリーは言った。
「良い薬草は、だいたい高山植物なんですよ。山の高い場所に行かないと手に入りません…あ、キジだ。」
サリーは素早く弓に矢をつがえ、一発でキジを仕留めた。
「ワンコを連れてきたら良かったですねぇ…。いちいち拾いに走るのも面倒ですねぇ…あ、ヤマバト。」
キジを拾いに行く途中で、ヤマバトも仕留めた。
「あ〜〜…反射的に射っちゃったけど、痩せっぽちで美味しそうじゃないですねぇ。ジェニさんは鳥は何が好きですか?」
ジェニに答える余裕はなくて、とにかく…足場の悪い山道を置いてけぼりを食わないように、ひたすら前だけを見てサリーの後をついて登っていた。
何もすることがないカールとガスは、オリヴィアに「村長さんの役に立て!」と言われ、村人にくっついて麦刈りの手伝いをした。秋の収穫期…農家の最も忙しい時期だ。薬草を探すにも、二人には薬草の知識など全くなく、雑草と薬草の区別がつかない…仕方がないので村人のお手伝いだ。
アンネリはヨモギを採集しつつ、弓を持って少しひらけた林の川の近くで大物狙いをしていた。水を飲みにくるシカ、イノシシ、キツネなどを狙っていた。特に、シカの角は滋養強壮、筋力増強、寒気改善などの薬となるので狙い目だ。
だが、アンネリはいらいらしていた。なぜなら…またオリヴィアがくっついてきていたからだ…。
「…暇ねえぇ〜〜…。」
オリヴィアはお弁当に持ってきたウシガエルの燻製肉をかじっていた。
「オリヴィアさん、なんであたしにばっかり着いてくるんだよぉ〜〜、もおぉ…。」
「薬草なんか分からないし…わたしひとりじゃ、狩りできないしさぁ〜〜…わたしに突っ込んでくる命知らずのクマとかなら殴り倒せるんだけどねぇ…。」
「イェルマの座学で薬草は習ったじゃん…。」
「…そうだっけぇ〜〜?」
「ジェニとサリーにくっついて行けば良かったのに…。」
「いやあぁ…あの二人って真面目じゃない?多分、サリーあたりは本気モードで、今頃山を登ってると思うのよ。…疲れるの、嫌だわぁ〜〜…。」
う…オリヴィアさんなりに考えているんだ…。
「クマでも出たら教えてぇ〜〜…。確か、クマの胆嚢も良いお薬になるんでしょ?」
「…出た。」
「なぬっ…!」
オリヴィアは食べかけのウシガエルの燻製肉を放り出して、川の水を飲みに来た2m近いヒグマに向かって突進していった。




