百五十六章 尋問
百五十六章 尋問
ティモシーたちの新居に到着した。新居といっても…お世辞にも立派とは言えない荒屋である。それでも一応、1LDKだった。壁板が剥がれている部分が散見されたが棚やテーブルは埃が払われ、拭き掃除がされていて、すぐにでも住める状態にはなっていた。エヴェレットの配慮だろう。ダークエルフを毛嫌いしていても、公私混同しないあたりはさすがだ。ありがとう…エヴェレットさん!
レイモンドやスクルたちはすぐに荷車の荷物を家の中に運び込み、女たちは釜戸に火を入れた。何はともあれ、まずはお茶だ。
とりあえず、スパイのペレスは寝室であったであろう部屋に監禁された。
クロエが言った。
「ふぅ〜〜ん…ここだったら、走ったらセコイアの広場に二十分ぐらいだねぇ。朝十一時ぐらいにはみんなで蹴鞠してるから、ティモシーもおいでぇ〜〜。」
「んん…お仕事がない時には行くね。」
ティモシーもヴィオレッタに腕を買われてここにいる…いつも遊んでいる訳にはいかない。
「蹴鞠って何ぃ〜〜?」
シーラの質問にティモシーが答えた。
「糸をたくさん巻いて作った鞠を足で蹴って遊ぶんだよ。」
「ふぅ〜〜ん…あたし、ヘビが出てきてねぇ、蹴っ飛ばしたことがあるよぉ…。んで、棒で殴ってご飯にしたぁ…。」
怖い女の子だ!ダークエルフの幼女はみんなこんな感じなのだろうか⁉︎
クロエがその話題に食いついた。
「ヘビ…ヘビを蹴っ飛ばしたのぉ〜〜?あんた、凄いねぇっ!ヘビはまだ蹴っ飛ばしたことないねぇ…父ちゃんなら蹴っ飛ばしたことあるけどっ、キャハハハハハッ!」
「ギャヒヒヒヒヒッ!」
「あんた、面白い女の子ねぇっ!名前…聞いとこうか。あたしはクロエだよ!」
「シーラ!」
なぜか分からないが…意気投合したようだ。
お湯が沸いて、お腹が少し膨らんだダークエルフのハーフ、ルルブがお茶を運んできた。ヴィオレッタが気がついた。
「…妊娠してるんですね。ご予定はいつですか?」
シーラの母、人間のナンシーが答えた。
「あと半年ぐらいかねぇ、生まれるのは四月…春ね。」
「シーラのいとこになるんだよぉ〜〜!女の子がいいなぁ〜〜…チモシーは男だからつまらんっ!」
ティモシーは苦笑いをしていた。
お茶を飲んだグラントは、もうひと仕事…薪や石炭を積んだ荷車を引っ張ってくるため、早めに退席して家を出ていった。
湯呑みを空にしたヴィオレッタがスクルとレイモンドに目配せをした。
「さてと…皆さんはしばしご歓談しててください。ちょっと…ペレスさんの用を済ませてきます。」
ヴィオレッタ、スクル、レイモンドの三人はティモシーたちの護衛にタイレルを残して、ペレスを監禁している寝室に入っていった。両手を縛られたペレスが椅子に座らさられていた。
ヴィオレッタが言った。
「ペレスさん、とりあえずお茶はいかがですか?」
ヴィオレッタがひとり用のテーブルにお茶を置くと、レイモンドがペレスの縄を解いた。ペレスはすぐにお茶をゴクゴクと飲み干した。
「ペレスさん、なぜここに連れて来られたか…わかりますよね?」
「…。」
「…スパイ容疑ですよ。」
「な…何のことだか…」
レイモンドが言った。
「お前の家で鳩を見つけた。…飛ばしたら、ラクスマンに飛んで行くんじゃないのか…?」
「…。」
「ふんふん…スパイであることは間違いないみたいですね。いま、容疑者から被疑者になりました。ペレスさん、スパイの末路をご存知?…私は本で読みました。黙秘していても…爪剥ぎとか、焼きごてとか…喋るまでそれがずっと続いて、意志の強い人でも最後は発狂するそうですよ。ペレスさんは行商人ですよね…痛みには強い方ですか?」
「…うぐぐ…。」
ペレスは額に大量の汗を滲ませ、ダラダラと流し始めた。
「…できれば、手荒なことはしたくありません。私の質問に正直に答えてください。ラクスマンとの連絡方法は鳩だけですか?情報提供の見返りは何ですか?」
ペレスは目を閉じてしまった。
「あなたはここに連れて来られた時点で、私たちに下るしか生きる道がないことを理解してもらえませんかね…。仮に、何とかこの場を凌いだとしても、ラクスマンに助けを求めることはできませんよ。あなたはラクスマンの人間ではない…スパイとして役に立たなくなったあなたを保護してくれると思いますか?…その場で殺されるか、奴隷として売られるか…ですよ。」
「うむむぅ…。」
「…今のあなたには何の価値もありません。でも、あなたがこちらの二重スパイになってくれれば、私があなたを護り、命の保証をいたします…」
「…二重スパイ?」
「そうです…私たちに都合の良い嘘の情報をラクスマンに流してもらいます。それと、いま現在リーン連邦にいるスパイたちの『仕組み』を知り得る限り教えてください。」
「…へっ。お前のような小娘の言うことが信じられるかいっ!偉そうに…お前は何様なんだよっ⁉︎」
「ん…私の素性が知りたいと?ふふふ…いいでしょう…。スクルさん、私は誰ですか?」
ヴィオレッタの右に控えていた長身のスクルが頭を垂れて言った。
「はっ!…リーン族長区の族長、セレスティシア様でございます。」
ペレスは目を剥いた。
「う…嘘だっ!セレスティシアは仮面を被った…」
「レイモンドさん、私が誰か知っていますか?」
ヴィオレッタの左に控えていた強面のレイモンドが膝を折って言った。
「…俺たちの主人、セレスティシア様です。」
「…だそうですよ。」
ペレスは困惑した。そういえば、いつぞや…初めてセレスティシアの噂を耳にした時は確かに「セレスティシアは踊りの上手な少女」ということだった。セレスティシア帰還の祝賀会から帰ってきた連中からのまた聞きのまた聞きだ。しかし、その後、ラクスマンから「見たものだけをそのまま報告せよ」とのお達しがあったので、わざわざ教会堂や港まで足を運んだのだ。
「ほ…本当にお前…いや、あんた…じゃなくて、あなたがセレスティシア…さん…さま?」
「…ですです。だから、私にはあなたを護る力があります。」
「そ…それなら…俺はあなたの方に…」
その時、ダイニングで大きな音がした。




