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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百五十四章 デスウォーリアー その7

百五十四章 デスウォーリアー その7


 デスウォーリアーはとどめを刺すため、斧を大きくテイクバックした。

 …金色の閃光がヒラリーのすぐ横を走った。「飛毛脚」で飛び込んできたオリヴィアだった。オリヴィアは復活していた。

「うりゃあああぁ〜〜〜っ、ゲーモンを喰らえっ‼︎」

 オリヴィアは「迎門三不顧」の一発目をデスウォーリアーの腹めがけて放ち、それは命中した。

ドォ〜〜ンッ!

 無数の金貨が宙に舞い…オリヴィアは弓歩(前屈の型)のまま、ズルッと五歩分後ろに後退した。「迎門三不顧」は踏み込んだ足で縦揺れの地震を起こすと同時に、発動者の体重を三倍にして拳撃の威力を増加させるスキルだ。しかし、それでもデスウォーリアーの体重には及ばず…反作用で後方に弾き返された形になったのだ。

 だが、オリヴィアのこの攻撃で、デスウォーリアーの「パワークラッシュ」はキャンセルされ不発に終わった。

 それでも構わず…オリヴィアは続けて「迎門三不顧」の二発目を放った。

ドォ〜〜ンッ!

 デスウォーリアーはタワーシールドで防いだ。デスウォーリアーの体重に比べれば、はるかに軽いタワーシールドは大きく後ろに弾かれた。

 そして…すかさず三発目!

ドキャッ…!

 再びタワーシールドに炸裂した。すると…オリヴィアの三発目が着弾した直後…デスウォーリアーはタワーシールドを地面に落とした。いや…落としたのではなく、左手首が脱落したのだった。

 アンネリが左手首の関節部に突き刺したナイフがくさびの役割をして、「迎門三不顧」の衝撃で関節を破壊したのだ。手首が無くなったことで、デスウォーリアーの左腕の鎧は肩当てから全てがガラガラと音を立てて抜け落ち、白骨の左腕が露わになった。

「チャンスだっ!」

 サリーは叫んで、銀矢をつがえデスウォーリアーの左腕に向けて「マグナム」三連射を放った。すぐにジェニもサリーに続いて銀矢を放った。

カカカカカカンッ…

 なんと、銀矢の矢尻は全て潰れてデスウォーリアーの骨を突き通すことができなかった。それでも、デスウォーリアーは苦しむ様子を見せ、サリーとジェニに背中を向けて、左腕を庇った。

「あああ…せっかくの好機だったのに…。」

 落胆するジェニに、サリーは叫んだ。

「ジェニさん、とにかく射ち続けてっ!…みんなはヒラリーさんの回収を…早くっ!」

 その言葉を聞いて、ダフネとアナは慌ててヒラリーに駆け寄った。アナはすぐに手拭いを出して左肩に強く押し付け止血を試みた。そのそばで、オリヴィアはボーッと突っ立っていた。

 アナが言った。

「オリヴィアさん、手を貸してくださいっ!」

「…任せたぁ…。」

「…?」

 オリヴィアはひとりでさっさと地下通路へ引き上げていった。

 ダフネがひとりでヒラリーを抱え上げたので、アナは地面に転がっているヒラリーの左腕を拾って階段通路に避難した。…左腕は必要だった。

 その時、朦朧とした意識の中でヒラリーがつぶやいた。

「…デス…ウォーリアーの盾…手首…くっつかないうちに…」

 そう言って…ヒラリーは意識を失った。

 それを聞いたダフネは大声で叫んだ。

「誰かっ…デスウォーリアーの盾と手首も回収してくれっ!」

 サムがデスウォーリアーのタワーシールドに駆け寄り持ち上げようとした。だが、魔道士の力では難しかった。それを見たデイブがタワーシールドを背中に背負って運んでくれたので、サムはデスウォーリアーの左手首を拾って一緒に逃げた。

 デスウォーリアーはサリーとジェニの弓攻撃を背中で受け続けていた。ふと、その攻撃が途切れたので、デスウォーリアーは振り向きざまに「ウォークライ」を放った。しかし…そこには誰もいなかった。

 みんなは地上に戻った。午後二時頃だった。

 アナが甲高い声を張り上げた。

「ヒラリーさんをそこに寝かせてっ!サムさん、水をどんどん作ってくださいっ!アンネリ、馬車をここまで持ってきてっ!ベンジャミンさん、『ヒール』お願いしますっ!」

 ベンジャミンはヒラリーに何度も「ヒール」を掛けた。

 そこにカールがやって来て言った。

「か…肩が…何とかしてくれぇ〜〜…。」

「肩の脱臼ぐらいでぎゃあぎゃあ騒ぐなっ!」

 ベンジャミンは怒ってカールをその場に組み伏して、片膝でカールを抑えると、力任せに両手でカールの腕を引っ張った。

ゴキッ…

 ベンジャミンは脱臼したカールの関節を入れた。

「うぎゃあっ…!」

「これで、後は放っときゃ治る!」

 アナはウエストポーチから常備している貴重な魔力回復ポーションを一本取り出すと一気に飲み干し、サムが『ウォーター』で作った皮袋の中の水に呪文を掛けて聖水にし、ぐしゃぐしゃになったヒラリーの左肩に振りかけて消毒をし、引き続き触診を行った。

「神の言葉を聞け、神の言葉を聞け…」

 次にアナはポーチから小型ナイフとピンセットを取り出すと、皮袋の聖水をばちゃばちゃと掛け、それを使ってヒラリーの患部を慎重に突ついた。

 ダフネが覗き込んで、心配そうに尋ねた。

「…どうなんだ?」

「粉砕骨折です…。骨の破片を取り除かないと…。『神の回帰の息吹き』は万能じゃないわ…最初の処置が肝心なの。できるだけ早く、そして、邪魔な物は取り除いておく…でないと、変形治癒してしまって、取り返しがつかなくなる…。」

 アナは小型ナイフで肉を抉り、ピンセットで小さな骨の破片を摘み出した。ひとしきり破片を取り出すと、再び触診を始めた。アナの両手もヒラリーの血で血まみれになっていた。

 アンネリが馬車を持ってきた。

「いくつか水を張った手桶を用意してっ…。それと私の鞄を…。」

 アナの指示通りに、アンネリはアナの鞄を肩に掛け、ダフネと共に手桶に飲み水を入れて、アナに差し出した。アナはすぐに手桶の水に呪文を掛け、聖水にすると、自分の鞄から針、糸、予備の小型ナイフ、ピンセットなどを取り出し、手桶の中に放り込んだ。そして、もうひとつの手桶の水も聖水にすると、自分の両手を突っ込んで洗った。

「手桶の水を替えてくださいっ!」

 アナの言葉に、アンネリはすぐに手桶の水を捨てて、水の補給に馬車に向かった。すると、オリヴィアが馬車の荷台にぴょんと飛び乗るのが見えた。アナが馬車の水樽から水を手桶に移していると、荷台から微かにオリヴィアのうめく声が聞こえた。

「…ううぅ〜〜…うぅ〜ん…。」

(…?)

 だが…それどころではない。アンネリは手桶をアナのところに急ぎ足で持っていった。

 アナは手桶を受け取ると、すぐに呪文を掛けて聖水にして、ヒラリーの左腕をその水で洗った。

 三時間かけて、左肩の骨の破片を取り除いた。そして、左腕を持ってくるとアナはつぶやいた。

「…運がいいわ。左肩はかなり酷かったけど、左腕は破損が少なくてきれいに取れてる…。これなら、くっついても後遺症はないかも…。あ、誰か…魔法陣を描いてくれないかしら?」

 みんな一斉に顔を背けた。ただひとり、サリーだけはキョトンとしていたので…

「じゃ、サリーにお任せするわ。」

「え?…あ…はい、分かりました。」

 アナの要求は以前書いた魔法陣と同じものを、四倍の大きさに描き直すというものだった。ヒラリーを治療するアナの横で、サリーは注意深く魔法陣を模写した。時々、分からない部分をアナに尋ねながら…魔法陣は完成した。

「アナ様、できました!」

 アナは一見して…一箇所の誤りを指摘した。

「ここをちょこっと直して…もう一度書き直してください。」

「…はい。」

 内心、アナは驚いていた。

(こんな複雑な魔法陣をほぼ完全に書き写すなんて…この子、凄く目先が利く子ね…。)

「…できました!」

「ありがとう。」

 アナは破損の大きい靭帯と神経を小型ナイフで少し削り取り、針と糸で繋ぎ合わせ、最後にできるだけ左肩と左腕をくっつくように包帯で縛って固定した。そして、サリーが作ってくれた魔法陣を左肩の下に敷いて…呪文を唱えた。

「魔法陣よ、起動せよ…アヴァル オド!」

 魔法陣が光った。そして…

「美徳と祝福の神ベネトネリスよ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者。恵みの大地、安らぎの風、命もたらす水、養いの火、これ全て神の理にして神の御業…ウラネリスよ、願わくばこの者に慈悲の手を、恩寵の手を、祝福の手を垂れよ。この者をあるべき姿に回帰せしめよ。…降臨せよ、神の回帰の息吹き!」

 ヒラリーの左肩がぼーっと光った。アナは包帯を少しめくって…安心した。

「ふぅ…何とかくっついたみたいね…後は、後遺症があるかどうか…」

 アナは魔力を使い切り…安心したせいか気が抜けて、その場にばたりと倒れ込んだ。…五時間にも及ぶ大手術はこうして終わった。

 夜七時を回っていた。みんなは遅い夕食を摂りひと息ついたが、ヒラリーを見守る人たちはそうもいかなかった。なぜなら、夜半からヒラリーが高熱を出したからだ。

 サムは一時間ごとにヒラリーに「ヒール」を施し、他の者は、気づいた人が手拭いを水で絞ってヒラリーの額に乗せた。

 深夜の三時頃、やっとアナが目を覚まし、すぐにヒラリーを気遣った。

「ヒラリーさんは、どお?」

 ダフネが額の上の手拭いをひっくり返しながら言った。

「…高熱が出てね…。」

「あら、大変…。」

 感冒や感染症で熱が出たのであれば、神聖魔法で病気を治せば熱は下がる。しかし、ヒラリーの熱は激痛と失血によるもので、患部はすでに治っている。アナにはどうしようもなかった。あとはサムの「ヒール」とヒラリーの体力が頼りだ。

 アンネリがお粥を持ってきた。

「起きたね…ご飯食べなよ。」

「…ありがとう。これ、カエルは入ってないよね…?」

 アナはスプーンで丹念にお粥の中を調べながら言った。

「入ってない、入ってない…!少しレンコンは入ってるけど。」

「そう…良かった。」

 アナは少し微笑んで、パクパクと食べた。

「他の人はどうしてる?具合の悪い人はいない?」

「ジェニとサリーは寝ちゃったかな…。傭兵は知らない。…そういえば、オリヴィアさんが夕飯食べに起きてこないな…。」

「ん…オリヴィアさんがご飯をたべないって変ね。そういえば、ゲーモンの後、なんかおかしくなかった?」

「わかんない…でも、馬車の中で何かうめいてたよ…。」

 それを聞いたアナはお粥を口に掻き込んで、すぐに馬車に向かった。

 アナはサムからもらった「ライト」をロッドの先に宿して、馬車に乗り込んだ。そこには油汗を額に滲ませているオリヴィアが大の字になって寝ていた。「ライト」で照らしてよくよく見てみると…オリヴィアの右の拳と左腕が紫色になって腫れ上がっていた。

 驚いたアナは大声で叫んだ。

「オ…オリヴィアさん、こ…これは…⁉︎」

「ああ…アナかぁ…。そろそろそっちに行こうかと思ってたのよ…いやね、あの時、慌てたから…「鉄砂掌」と「鉄線拳」を発動させるの忘れちゃってぇ…魔力は回復したぁ?…ちょちょっと治してくれるぅ〜〜…?」

 アナはすぐに触診した。

「うわ…右の拳と左腕、亀裂骨折してるわ…痛かったでしょう…⁉︎」

「うん…今も痛ぁ〜〜い…。でも、ヒラリーの方が先だしぃ〜〜…。」

 アナの目をほろりと涙がこぼれた。オリヴィアははちゃめちゃだけど、しっかり仲間のことを思いやることができる人なんだ…。

「よく我慢してくれたわね…頑張ったね…。」

 アナはオリヴィアの右拳と左腕に「神の回帰の息吹き」を掛けた。

「うひゃあぁぁ〜〜〜〜っ!…気色ええぇ〜〜〜〜っ‼︎」

 オリヴィアは絶叫した。

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