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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百五十一章 ミスリルコイン

百五十一章 ミスリルコイン


 ベースキャンプに戻ったヒラリーたちは、自分たちが見たものを口々に語った。

 思ったほどの戦果が得られなかったので、ヒラリーの口は重かったが…

「なんだったんだ、あれは…。デスウォーリアーの斧でカーズドスライムが簡単に死んでたぞ。…あいつの斧は銀製なのか⁉︎アンデッドが銀武器持ってるなんておかしいだろっ⁉︎」

 ダフネが言った。

「銀じゃないと思う…銀特有の鈍いてかりはなかったよ。」

「…じゃ、何なんだろ。さっぱり判らん…。」

 サリーが言った。

「デスウォーリアーに殴られていないのに死んでたスライムもいましたね…。」

「あ、いたいたぁ〜〜。財宝の上でジュ〜〜って…。銀貨が混ざってたのかしらぁ…?」

「いや、見た感じ…全部金貨だったけど…。銀を使った宝飾品でもあったのかな?」

 すると、ベンジャミンが言った。

「俺も変だなと思った。それで、ちょっと拝借してきたんだが…見てくれ。」

 ベンジャミンは手巾で包んだ物をポケットから取り出し、みんなの前で開いて見せた。四枚の金貨が入っていた。

「おおいっ…呪いが掛かってるって自分で言っといて…!」

 慌てるヒラリーを左手で制止してベンジャミンが言った。

「それは大丈夫だ。この手巾は銀糸で織ってある。この金貨を調べる方法はないかな…例えば、クレリックの女の子…アナ、これを解呪、鑑定できないか?」

 アナがそばにきて、じっと金貨を見つめた。

「一気に四枚はアレだけど、時間を掛けて一枚ずつなら…なんとかやれそう…な気がする…。」

 ベンジャミンは銀糸の手巾から金貨一枚だけを地面に落とした。

 アナは金貨の前で跪き、僧侶のロッドを左右に振りながら呪文を唱え始めた。

「美徳と祝福の神ベネトネリスよ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者…願わくば、我が道に光の道標を示して我を導きたまえ。我の天上に悪しき叢雲あらばその息吹でかき散らし、我の眼前に漆黒の闇のとばりあらばその威光で照らし消し、我の足元に死へといざなう罠あらばその手で警鐘を鳴らし地獄の業火へ投げ落とし給え。神と共にある我の道程から常闇の力を退け給え…降臨せよ!神の清浄なる左手‼︎」

 …ほのかに青白く光ったロッドの先を金貨に触れさせた。

カァーーン…!

 アナは意識が飛んで…白目を剥いて、跪いたまま後ろにのけ反った。ハッとして、アンネリは右から、サリーは左から素早く走り寄ってアンネリの体を支えた。あまりにも同時のタイミングだったので、アンネリとサリーの二人はお互いの顔を見合った。

「アナ、大丈夫っ?」

 アンネリの呼び掛けに我に返ったアナは頭を抱えて言った。

「ううぅ〜〜ん…頭の中を棍棒で殴られたような衝撃を受けたわ…レジストされちゃった…。」

「無理するなよぉ〜〜…。」

「…あと、もうちょっと…もうちょっとな気がする。…よしっ!」

 アナはアンネリの腕の中から起き上がると、冒険者の馬車に向かって行き、荷台から自分の肩掛け鞄を取り出した。

「何をするの…?」

「まぁ、見てて。私の本気を見せます!あんな金貨一枚ごときに遅れを取ってなるものですかっ!」

 アナは鞄から、四角に裁断された羊皮紙を何枚も束ねて糸で綴じた手作りのノートを開いて、それを真剣な眼差しで見ていた。

「…何それ?」

 アンネリの質問に…

「私が上級神官学校にいた時に、暗記しづらい言葉や呪文をメモしたノートよ…。」

 ノートには細かい文字や幾何学図形がびっしりと書き込まれていた。

 アナは大きめの羊皮紙を取り出すと、ノートを見ながらそれに図形と文字をペンとインクで書き込み始めた。ヒラリーは不思議そうにそれを見ていて、言った。

「…その文字は何て書いてあるんだい?」

「私にも判らないわ。」

「…へ?」

「これは神代文字って言って…古代の文字なの。意味が判るのは魔法学者くらいかしら…。これはね、魔法陣…闇魔法を遮断して、なおかつ光魔法を補強する…そんな結界をはる魔法陣よ。」

 普段、みんなが腰掛けに使っている木箱を持ってきて、その上に魔法陣が描かれた羊皮紙を乗せ、さらにその魔法陣の中心に金貨を乗せた。

 アナは柄杓で掬った飲み水に呪文を掛けて聖水を作ると…ひと言、神代語を唱えて、クレリックのロッドで魔法陣に触れた。

「魔法陣よ、起動せよ…アヴァル オド!」

 魔法陣はほのかに光って、小さなフィールドを形成した。アナはフィールドの周りを聖水で清め、そして光のフィールドの中の金貨にも聖水を振り掛けた。金貨は「チリチリ…」という音をたて、僅かに煙を上げた。そして…

「…神と共にある我の道程から常闇の力を退け給え…降臨せよ!神の清浄なる左手‼︎」

 アナはロッドを光のフィールドに突き込むと、その先で金貨を突いた。金貨は青白く光った。

「…終わりました。浄化に成功しました。」

「おおっ!」

 ベンジャミンが金貨を手に取ろうとした。しかし、それをアナは止めて…さらに…

「美徳と祝福の神ベネトネリスよ…。我は汝の子にして、汝に忠実なる者…願わくば、見えざる者のベールを取り払い、偽る者を神の光で照らしたまえ…顕現せよ、神の審眼。」

 アナは金貨を鑑定した。

「…純度99.99%の金。これは…金貨です…。」

「…本当にそれだけかっ⁉︎」

 ベンジャミンが恐ろしい形相で迫ったので…アナはもう一度よく確認した。

「…重さ55g…やっぱり金貨です…ね。」

「…そうかぁ。この金貨には何か特別な仕掛けでもあるのかと思ったんだが…なんか、俺たちの知らない特別な金貨…とか。」

「時間が経ったら…もう一枚、鑑定してみましょう…。」

 アナはそう言って、近くの木を背もたれにして座り込んだ。解呪は結構、魔力を消耗するようだ。

 しばらくして、アナは同じ手順で金貨をもう一枚解呪して…鑑定した。

「…純度99.99%の金。…やっぱり金貨ですね…。」

 ベンジャミンは予想が外れてガックリと肩を落とした。

「…ん?…おかしいわ。…どういうことかしら…?」

 アナが鑑定した金貨を不思議そうに両手でこねくり回していた。それを見ていたヒラリーが近寄ってきた。

「アナ、どうした?」

「おかしいのよ…。重さが2gって出てるの…。」

「…2g?そんな、バカな。」

 すると、ベンジャミンが「あっ!」と大声を出して、アナが持ってる金貨を引ったくった。

「な…何っ⁉︎」

 ベンジャミンは腰から自分の補助武器のナイフを引き抜くと、ナイフの峰でゴシゴシとその金貨を擦り始めた。

「ああっ、やはり普通の金貨じゃなかったっ!」

 ベンジャミンの言葉にみんなが集まってきてその金貨を覗き込んだ。金貨の表面が一部剥がれて…その下に別の金属が見えていた。

「メッキだ…金メッキだったんだっ!…しかし…何だ、これは?」

「も…もう一回、鑑定してみます!」

 ベンジャミンは狂ったように金貨の表面をナイフで削り、それをアナに渡した。アナは再び鑑定した。

「…純度99.99%の…ミス…リル…。ミスリル?…ミスリルって…」

「プラチナかと思ったけど…ミスリル?初めて聞く金属だな…。高価な金属なのか?」

 ヒラリーはベンジャミンの顔を見た。ベンジャミンも頭を横に振っていた。

 グンターが魔族軍の目を盗んで持ち込んだ軍資金…わざわざ金をメッキして隠して運んだとすれば、それは絶対に金以上に価値がある物のはずである。ヒラリーがプラチナだと思ったのは、金より価値がある金属をプラチナ以外に知らなかったからだ。もちろん、ヒラリーはプラチナをまだ見たことがない。

 アナが何かを思い出した様子で、ヒラリーに言った。

「ヒラリーさん、アレ…救済のアミュレット…まだ、持ってます?」

「…ん?」

 ヒラリーは自分のたもとから救済のアミュレットを引っ張り出した。これはヒラリーたちがシビルを倒した時の戦利品だ。装備すると魔法耐性が上がるというレアアイテムだったので処分の方法に迷い、ずっと自分で使っていたのだ。

 アナはそのアミュレットを鑑定した。

「ミスリルって文字列をどこかで見たなと思ってたけど…やっぱりこれだったんだわ。前にこのアミュレットを鑑定して頭に残ってたのね。このアミュレット、ミスリルと銀の合金なのよ。」

「ミスリルにも銀と同じく、アンデッドを殺す性質…『銀特効』を持っているんだな…あの財宝の中に金メッキが剥がれたミスリルコインが混じっていた…ということか?」

「すると…デスウォーリアーが持っている戦斧もミスリル、もしくはミスリル合金なのかな?」

「…かもしれない。」

 アナがミスリルコインを指で撫でながら、うっとりしてつぶやいた。

「それにしても…綺麗なコインね。プラチナは鏡のような豪奢な光沢だけど、ミスリルはほのかに青白い光沢で…気品を感じるわ。見てよ、ベンジャミンがあれだけ乱暴に擦ったのに…引っ掻き傷ひとつ付いてないわ…。」

「本当だ…ダイヤモンド並みのもの凄い硬度だな…。」

「…確かに、美しいな…。」

 オリヴィアがアナの手からコインを摘み上げて、ジロジロと品定めした。

「…で、これって売ったらおいくらになるのかしら⁉︎」

 オリヴィアのこのひと言は、耽美の世界に浸っていたみんなを現実の世界に引き戻した。

 ヒラリーがオリヴィアの問いに答えた。

「私は今まで、何度かダンジョンの財宝を探し当てたことがあるけど、こんな貴金属は見たことがない。市場に出回らない物は値段がつかないんだ。買う人がいて初めて値段がつくんだよ。ミスリルを買う人、思いつくのはイェルマ渓谷の森のエルフ…救済のアミュレットを作ったユグリウシア…ぐらいかな?」

「しかし…考えようによってはとんでもない価値かもしれないぞ。地下三階にあった財宝、どう見ても『シングルハート』…金貨100万枚には足りないだろう。だが、あそこにあった金貨の半分がミスリルコインだったとしたら…それで金貨100万枚の価値を持っているとしたら…ミスリルは金の百倍以上の価値があることになる…。」

 ベンジャミンの言葉にオリヴィアはミスリルコインをひしと握りしめて奇声を上げて小躍りし始めた。

「きひゃあぁ〜〜っ!きんか、ひゃっくまいっ!きんか、ひゃっくまいっ!…たった二枚で…こぉじょぉ〜建つわっ‼︎」

 踊り狂っているオリヴィアを放置して…ヒラリーが言った。

「デスウォーリアーがカーズドスライムに食われない原因は判ったとして…で、デスウォーリアー…どうする…?」

「うぅ〜〜ん…どうしようもないな…。」

 ヒラリーとベンジャミンは黙り込んだ。静寂に包まれたみんなの周りをオリヴィアだけが楽しげに飛び跳ねていた。


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