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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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十五章 オリヴィアとアンネリの愉快な生活

十五章 オリヴィアとアンネリの愉快な生活


 午後八時頃、オリヴィアは豪華なベッドに体を半分沈めて部屋に持ち込んだ果物を食べていた。すると、バルコニーの硝子窓を叩く音がした。

コンコン…

 しかし、オリヴィアは反応しなかった。

コンコン…

 オリヴィアは果物を食べ続けた。すると、観音開きの窓が開いて、アンネリが現れた。

「なんで応答しないんだよ!」

「あら、アンネリだったのね。小鳥かと思ったわ。」

「こんな夜に鳥なわけないだろぉ〜〜、もうっ!」

 オリヴィアは起き上がろうとして、ベッドの上でしばらくジタバタした。ベッドが柔らかすぎて、いつも通りに腹筋だけで上体を起こすことができなかったのだ。で…

「何しに来たの?」

「何しに…って、心配だから来てやったんじゃないか。何やってんだよ、こんなところで⁉︎」

「あれれ、言伝てを頼んだんだけどなぁ、届いてない?」

「知らないよ、届いてないよ!」

「おっかしいわねぇ…フルーツ食べる?」

 アンネリはオリヴィアから果物の籠を引ったくると、中のいちじくを貪り食べた。夕食がまだだったのだ。

 オリヴィアは事の経緯をアンネリに話した。

「絶対なんか裏があるよ。知らない女にに貴族がご馳走なんかしてくれるわけないだろー。」

「そうかしら。ロットマイヤーさん、優しい人よ。金貨180枚のシルクのドレスをプレゼントしてくれるって。わたしが魅力的だからかなぁ?」

「なんか魂胆があるんだって!妾にされちゃうんじゃない?」

「妾かぁ〜〜〜、こんな贅沢ができるんなら…悪くないわね。」

「おいおい…」

「…でも、イェルマの方がいいわ。まぁ、シルクのドレスをプレゼントしてもらうまで、わたし頑張るわ!」

「何を頑張るんだよ〜〜。」

 蝋燭の明かりのもと、二人は夜遅くまでああでもないこうでもないと議論を交わした。


 早朝、オリヴィアは手拭い一本を持って肩関節柔軟運動をしながらキャミソールとフレアパンツのまま部屋を出て、どんどん歩いて下階に降り屋敷の外に出た。それを見つけたメイドが慌てて駆け寄ってきた。

「オリヴィア様、お召し物を…。」

「ここの庭でウンコしていい?」

「絶対におやめください!」

「そう?」

 オリヴィアは屋敷内でトイレを済ませると、お付きのメイドの制止も聞かずに適当な芝生を見つけ騎馬立ちになって腹式呼吸を始めた。

 メイドからの報告が執事を通じてまだ寝ていたロットマイヤーの耳元に届いた。

「バカ女め、放っておけ!」

 ロットマイヤーは二度寝を決め込んだ。

「メイドさん、朝ご飯は部屋で食べたいから運んでおいて。」

 そう言うと、オリヴィアは正拳突きの練習を始めた。

 一台の馬車が別宅の門をくぐった。簡素だが小綺麗なひとり用の馬車だった。馬車は庭園の中央の舗道を通って屋敷の正面玄関に向かっていた。その時、飛んだり跳ねたりしているオリヴィアに気づいた御者は途中で馬車を停めた。

(誰だろう、新しい愛人かな?こんな朝から何をしてるんだ、踊りの練習?)

 御者は少年だった。少年は馬車から降りると、庭園を横切ってオリヴィアに近づいていった。オリヴィア付き(監視)のメイドが少年に会釈をしたのでオリヴィアも少年に気づいた。

「おはようございます、セドリック様。」

「この人、何してるの…おっと!」

 近くまで来て、オリヴィアが下着姿であることに少年はようやく気がついて足を止めた。が、オリヴィアがさっと駆け寄って少年の手を両手で捕まえたので、逃げられなくなった。

 オリヴィアは少年の顔を食い入るように見つめた。髪は金髪に近い茶色、鼻筋は通っていて目は明るいグレーでくりっとしている…悪くないわぁ…むしろ好みかも…十五歳くらいかしら?

「何をしてるか、知りたい?」

「あ…いえ…」

「あのね、フーイェンの型を練習してたのよ。知ってる?フーイェン。」

「すみません、勉強不足で…知りません。」

「ふふふふ、キミ、素直で謙虚ね。良い子のセドリックにご褒美をあげましょう。門外不出の型を見せてあげようかしら。ミゾンの型よ。」

「いえ、お…お構いなく!」

「遠慮しなくてもいいのよぉ〜〜!」

 オリヴィアはセドリックの手をガッチリ抱えて離さなかった。

 アンネリはメイドが先程運び込んできたスクランブルエッグと厚めのベーコンを頬張りながら、ベランダの陰からその様子を見ていた。

(また病気が出たな…。)

 セドリックは十五歳だった。ロットマイヤーと愛人との間にできた子供で、いわゆる妾腹だ。美形の母親によく似ており、その上幼い頃から聡明だったのでロットマイヤーが気に入りそばに置いていた。現在はロットマイヤー所有の紡績織物工場で経営の勉強をしていた。ロットマイヤー家の名前は名乗れないが、ゆくゆくは工場長が約束されていた。セドリックは帳簿を持って時折父ロットマイヤーを訪ねるのを常としていたのである。

 セドリックは仕方なくオリヴィアが熱演するミゾンの型をボーッと見ていた。


 汗をかいたオリヴィアは浴室で水浴びをし、自分の部屋に戻るとロットマイヤーから贈られたワンピースを着た。メイドがテーブルを見ると運んだ朝食はきれいに無くなっていた。いつの間に…?

「それじゃぁ、お腹も空いたことだし食堂に行こうかな。」

「え…まだお召し上がりになるんですか?」

「うん、あれだけじゃ足りないから、また食べるの。」

 食堂に行くとセドリックが朝食を食べていた。ロットマイヤーはまだ寝ているようだ。

「あらぁ〜〜、セドリック。」

「あ、どうも…。」

 オリヴィアはセドリックの横に座った。すると、少し遅れてガウンを着たロットマイヤーもやって来た。

「おはようございます、ロットマイヤーさん。」

「おはようございます、伯爵様。」

 セドリックは実の父親であるロットマイヤーを「伯爵様」と呼ぶ。このあたりの賢さを伯爵に買われたのだ。

「おはよう、オリヴィアさん。セドリックも来ていたんだね。帳簿は朝食の後見せてもらうよ。ゆっくりして行きなさい。」

 スクランブルエッグと厚切りのベーコンが出てきた。

「あらまぁ、わたしは昨日と同じ牛の赤身肉でもよかったのにぃ〜〜。」

「いやいや、朝は軽いものが良いでしょう。」

「お気遣いなく。わたしは朝晩お肉でもいいですよぉ〜〜。」

「いやいやいやぁ〜〜…!」

「いえいえいえいえぇ〜〜!」

 二人のやりとりを聞いて、オリヴィアは父親の愛人ではないな…とセドリックは思った。客人にしても、一体どんなお客なのだろう?

 オリヴィアは文句を言いながらもきっちりひとり分の朝食を食べた。

「ところでロットマイヤーさん、あのシルクのドレスはどうなってます?いつプレゼントしていただけるんでしょうかぁ??」

「値段が値段なので、もうしばらく考えさせてくださいよ。その間、オリヴィアさんにはこちらに滞在されて構いませんよ。」

「そーですかぁ?じゃぁ、お言葉に甘えまーす。」

 そう言って席を立つと、オリヴィアはセドリックに声をかけた。

「ねえねえ、暇だったらあたしのお部屋にいらっしゃいよ。お話しましょうよ。」

 ロットマイヤーが少し慌てた風に言った。

「いや、今からセドリックとは仕事の話があるんだ。申し訳ないね。」

「あぁ〜〜ん、つまんない…」

 オリヴィアは後ろ髪を引かれながら、食堂を後にした。

 セドリックは食堂で父親であるロットマイヤーに工場の帳簿を見せていた。

「まあまあだな。あと、もう少し原料は買い叩けるんじゃないか?」

「分かりました。仕入れ先と交渉してみます。…あの、先程のご婦人はどんなお客さんですか…?」

「なんだ、あの女に興味があるのか?」

「いえ…」

「アレには関わるな。いいな⁉︎」

 どうも、歓迎されている客ではないようだ。


 オリヴィアが部屋に戻り、メイドが退室したのを確認すると、アンネリがベッドの下から這い出てきた。

「アンネリ、何かわかった?」

 アンネリはオリヴィアが朝食を摂っている間に屋敷を探索していた。

「メイドたちの様子や立ち話を聞いた限りじゃあ…ロットマイヤーは嫌われてるね。この屋敷も愛人を囲うための別宅みたいだよ。」

「それじゃなくてぇ!セドリックの情報が欲しいのよっ‼︎」

「あのガキか…セドリックはロットマイヤーの息子だよ。ただ、正嫡ではないみたいだね。別宅に通ってるってことはお妾さんの子供じゃないかな。」

「ふうん…不遇な少年なのね。」

「そうとも限らないよ。メイドが様付けで名前を呼んでるってことは実子として認知されてるってことだし、貴族にはなれないけどそれなりの待遇はされてるんじゃない?」

「なるほどぉぉ〜〜、わかったぁぁ。それじゃぁアンネリ、引き続きよろしく。」

「引き続きって…!」

「セドリックの年齢、身長、体重とか、どこに住んでるかとか、好きなもの、好きな女性なタイプ、とか!」

「…はいはい。努力はする。」

 そう言うと、アンネリは再びベッドの下に滑り込んでいった。

「あ、胸の大きな女性は好きかどうか…もね!」

 オリヴィアがベッドの下を覗き込むと、すでにアンネリはいなかった。

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