百四十七章 新装開店!
百四十七章 新装開店!
その日、グレイスの新築の三階建家屋では三基の釜戸には大鍋が掛かっていて、早朝から大量の湯気を噴き上げていた。二基の石釜オーブンの中では、真ん中を十字に切った大量のジャガイモが香ばしく焼き上げられていた。
大きなテーブルの上にはいくつもの大きな陶器製のティーポットが複雑に調合されたハーブを入れて、お湯が注がれるのを待っていた。
開店時間の八時になり、グレイスは大鍋から柄杓でお湯を掬い、ティーポットに入れた。キャシィは家屋の外の空き地に組み立て式のテーブルを出し、椅子代わりの数個の樽を並べた。それから、敷石で舗装された道とコッペリ村の大通りとの交差点に自分の名前の入った大きな看板を立てかけた。
朝八時でも、村の大通りは人通りは少なくなかった。畑仕事に行く農民たち、商売で荷馬車を走らせる商人など…。
鍬と網籠を持って野良仕事に出かけようとしているおじさんを見つけてキャシィは声を掛けた。
「おじさん、おじさん、ちょっとちょっと…そこのおじさん!」
「ん…儂のことか?」
「そそっ、めっちゃ美味しいお茶飲んで行かない⁉︎新装開店、キャシィズカフェよ!今日は初店記念で、銅貨七枚の『エルフのハーブティーセット』が今日だけなんと、たったの銅貨四枚でご奉仕!」
「ん〜〜…儂、お金持って来てない。」
「…ガクッ!」
お店ではベイクドポテトを頬張っている子供たちをグレイスが急かしていた。
「ほら、それ食べたらみんな働きな。あっ、こらこら、ジャガイモはいいけど、お茶はダメだよっ!…お茶は高いんだから、商品だからっ!水飲め、水!」
十二歳の少年二人が宣伝文句が書かれた大きな板を首からぶら下げて、コッペリ村の大通りを練り歩いた。いわゆる「サンドウィッチマン」だ。そして、フライパンとお玉…鳴り物を持った五歳のジョフリーがカンカン音を鳴らして、その後を着いて回った。
「キャシィズカフェ、本日開店〜〜!」
「美味しいハーブティーセットが今日だけ銅貨四枚ぃ〜〜!」
コッペリ村の粉商人が近くの農家から小麦粉を仕入れるため、荷馬車を出して大通りに差し掛かった時、その子供たちを見た。粉商人が「何事だろう?」と思いながら馬車を走らせていると、キャシィに呼び止められた。
「おじさぁ〜〜ん、こっちこっち!お茶飲んでってよ、銅貨四枚だよっ!」
「でもなぁ…荷馬車がなぁ…。」
「大丈夫、大丈夫!」
キャシィは馬車馬の鼻を曳いてお店の方に連れて行った。
「おっ!道を舗装してるのか…いいな。」
コッペリ村の大通りでさえ剥き出しの地面だ。たまに村長が人を雇って轍の跡や窪みに盛り土をするがその程度で、馬車が走るとガタガタと揺れる。敷石で舗装された道を馬車で走るとやはり快適だ。
お店の前まで荷馬車を曳いてくるとキャシィは大声で叫んだ。
「お客様第一号でぇ〜〜す!『エルフのハーブティーセット』お願いしまぁ〜〜す!」
「あいよぉ〜〜っ!」
グレイスはティーポットから陶器のコップにハーブティーを注いだ。そして、赤い目印がついた細長い棒を持った十二歳のサシャが、その棒を目印のところまで蜂蜜の壺に慎重に突っ込み、その棒を引き抜いてそれでハーブティーをかき混ぜた。それを十一歳のリンが受け取って小さなお皿でコップに蓋をして、その上に塩を振ったベイクドポテトをひとつ載せた。
「エルフのハーブティーセット、上がったよぉ〜〜っ!」
グレイスの声にキャシィはティーセットを受け取ってテーブルの上に置いた。
「おじさん、こっちこっち!」
粉商人は荷馬車から降りるとテーブルに着いて、ベイクドポテトが乗ったお皿を取り上げた。
「なるほど…お皿の土台部分がコップと同じ大きさで、きっちりはまって蓋になるんだね…。」
秋が深まって肌寒い朝…コップに手を添えると、暖かくて心地良かった。ベイクドポテトを手で掴みハフハフ言いながらひと口食べた。石釜オーブンで焼き上げたジャガイモを塩味で食べるという単純な料理だった。ジャガイモが少し喉に引っかかるので、ハーブティーをひと口飲んだ。
「…おっ!」
粉商人は思わず…そのハーブティーを一気飲みしてしまった。
非常に良い香りが鼻を抜けて、苦味と酸味のバランスが良く、そのくせほのかに甘い。その甘さもくどくなく、さらっとして喉をすんなり通っていく…。そして、飲んだ後は…なぜか、元気が出たような気がした。
「お嬢ちゃん、このハーブティー、もう一杯くれないか。ジャガイモはいらない。」
「すみません、セット売りだけなんですよぉ…単品売りはしてないんですぅ〜〜。」
「そっか、いいよ。銅貨もう四枚払うから…。」
「ありゃぁ〜〜っす!」
粉商人はもう一杯も一気飲みし、満足して馬車に乗り込んだ。
銅貨八枚を受け取るとキャシィは言った。
「舗装道路を道なりにぐるっと回ったら、大通りに出れますよぉ〜〜。」
「そうか、便利がいいな。」
そう言って、粉商人は馬車を走らせてお店をぐるりと回り、大通りに出ていった。
サンドウィッチマンの子供達は、キャシィに言われた通りに大通りをひたすらまっすぐ歩いてイェルマ橋の近くまでやって来た。
ジョフリーのフライパンの音に、何かが来る…と気づいたイェルメイドの衛兵は子供たちのところに駆け寄った。
「おい、坊主。一体、何の騒ぎだ⁉︎」
「キャシィズカフェ、開店だよぉ〜〜。」
「何だ、ソレッ?」
「ハーブティーがねぇ…銅貨七枚が今日だけ四枚だよぉ〜〜。」
「お茶が銅貨四枚?…高いな。」
「ジャガイモがついてるよぉ〜〜。」
「…ジャガイモ?」
子供たちはイェルマ橋の前で折り返し、大通りを戻っていった。イェルメイドの衛兵ふたりはその背中を見送りながら、ヒソヒソと話をした。
お店ではお年寄りの夫婦がテーブルでベイクドポテトを食べながらハーブティーをすすっていた。
「このお茶は美味しいねぇ。ポテトは…まあまあだけど…。」
キャシィは言った。
「これはエルフのお茶だから、体に良い薬草も入ってるんだよ。だから、おじいちゃんおばあちゃんにうってつけだよ!今日はねぇ…安いジャガイモがいっぱい手に入ったからコレだけど、明日からは焼き菓子にするつもりだよ!」
「それはそれは楽しみだねぇ。明日も来てみようかねぇ。」
「今日は銅貨四枚だけど…明日は七枚になっちゃうけどね。」
「まぁ、銅貨七枚でも…儂らは一日じゅう暇だからな。商いを息子夫婦に任せたからな。」
「へぇ〜〜、そうなんだ。」
午前十一時を回った。キャシィは大通りに出て、辺りの様子を窺った。すると、イェルマの方向から数人の集団がやってくるのが見えた。
(来たあぁ〜〜っ、宣伝の効果が出たわぁ〜〜っ!)
お昼休憩のイェルメイドたちの第一陣が、子供たちの宣伝で物見遊山でやって来たのだ。
「こっちこっちこっちぃ…こっちだよぉ〜〜っ!」
「お、キャシィ。何やってるんだよ、誰かの護衛じゃなかったの?」
「護衛は暇だから、お手伝いだよ。…それよりも!『エルフのハーブティーセット』飲んでってよ、今日だけ銅貨四枚っ!」
(うふふふ…イェルマ橋駐屯地にはイェルメイドが十五人ぐらい駐屯してるから、十五杯は固いな…。)
キャシィはイェルメイドたちを引っ張って、お店の前のテーブルに着かせた。
「ティーセット、五つお願いしまぁ〜〜すっ!」
「あいよぉ〜〜っ!」
グレイス、サシャ、リンがテキパキとティーセットを作り、それを六歳と八歳の女の子、パティとカリンがお盆に乗せて、おそるおそる…おっかなびっくり運んできた。
イェルメイドのひとりがハーブティーをひとすすりした。
「おぉ、美味しい…あったまるうぅ〜〜。」
「塩味のおじゃがの後に飲むと、甘味が引き立って…美味しいね。」
すかさずキャシィが…
「ねっ、ねっ、美味しいでしょっ⁉︎他の連中も連れて来てよ。あとね、イェルマ橋ならデリバリーもしちゃうよっ!」
「おっ…配達してくれたら嬉しいな。私ら、昼休憩の時しかここに来れないからね…それに、夜番の時は配達はありがたいね。」
そう言って、イェルメイドたちはベイクドポテトを三口で食べ、ハーブティーを飲み干し、「キャシィおかわり!」と言った。
三十分ほどして第一陣が帰って行き、入れ替わるようにして第二陣がやって来た。イェルメイドたちは大通りのキャシィズカフェ入り口付近で口々に味の感想を仲間に話していたので、ちょっとした人だかりができた。
それを見て、荷馬車が「何だろう?」と速度を落とす。キャシィが目ざとくそれを見つけて荷馬車をお店まで引っ張り込む。子供たちもキャシィに倣って大通りを歩く人を手当たり次第にお店に招く…。
午後二時ぐらいまではこんな感じだった。
客足が途切れ、グレイスはひと息ついて銅貨を数え始めた。
「ふぅ…百杯ぐらいは売ったかねぇ。…本当にこんな調子で儲けが出るのかねぇ…。」
キャシィが元気いっぱいに答えた。
「今日は宣伝だけですっ!村の人にエルフのハーブティーの美味しさを知ってもらうため…赤字覚悟の大放出ですっ!…ターゲットはイェルメイド…まぁ、見ててください、このキャシィさんのお手並みを…!」




