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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百四十六章 ドルイン教会堂

百四十六章 ドルイン教会堂


 ヴィオレッタたちの乗った馬車は一時間程走って、ドルイン教会堂に到着した。ハックと八人の僧侶たち、そして近隣の人々が手厚く出迎えてくれた。

 馬車から降りた仮面のセレスティシアにハックが駆け寄り、声を掛けた。

「セレスティシア様、ようこそお越しくださいました。」

 ヴィオレッタが二番目の馬車から降りてきて、仮面のセレスティシアの長いドレスの裾を持ち上げると、ハックが目配せをしてきた。

 簡単ではあるが、ここでも歓迎セレモニーが催された。

 長々とした影武者セレスティシアのスピーチをよそに、ヴィオレッタとティモシーは大勢の観客をまじまじと眺めていた。

「どお…スパイはいた?」

「…いましたよ。中央から向かって少し左の顎鬚の若い人…首にボロボロの手拭いを巻いてます…首都ハレエドルでも見ました…。」

「私も見つけたよ。向かって右の端っこ…皮のチョッキを着た小太りのオッサン…。勝負はおあいこだね。」

「…実は、もうひとり…。」

「…なぬっ⁉︎」

「いえいえ…スパイじゃありません。…レイモンド叔父さんです。」

「ああ、隠密行動中でバーグに来てなかったティモシーの一族の人ね?何でここにいるんだろう?…ティモシー、こっそり繋ぎをとってみてくれる?」

「…わかりました。」

 ティモシーは数歩後ろに下がると、音もなく姿を消した。ヴィオレッタもちょこっとスクルに合図をして、セレモニーからこっそり外れた。

 ドルイン教会堂から少し離れた林の中で、三人は密会した。

「お初にお目に掛かります、レイモンドです。…ティモシーから聞きました。何なりとお申し付けください。」

「レイモンドさんは丸耳なのね…ってことは人間?」

「はい、今年で三十歳になります。ダスティンの実弟です。」

(…と言われても、まだ一族の相関関係なんかさっぱり分かんない…。)

「…隠密行動中って聞きましたけど…?」

「はい…俺はマットガイストのスパイにくっついていました…。そいつが旅支度をしていたのでずっと様子を窺っていたら、そしたら、ドルインくんだりまで来やがって…それでここにいるという次第です。」

「ふむふむ…スパイがマットガイストから出張してきたってことね?すると、ドルインにはスパイは少ないってことかしら…なるほど、わかりました。そのスパイはどんな風貌ですか?」

「顎に髭をたくわえた若い男です…。」

「ティモシーが見つけたスパイね…そいつは多分マットガイストを拠点にしてそうだから、とりあえず放置していて良いです。それよりもレイモンドさん、皮のチョッキを着た太った男をマークしてくれます?」

「…分かりました。」

 ヴィオレッタとティモシーはレイモンドと別れて歓迎式典に再び加わった。

 式典が終わって、ヴィオレッタはティモシーとクロエを従えてハックのところへ行き、あどけない子供を装って言った。

「ハック様ぁ〜〜、アタシたちに祝福をくださぁ〜〜い。」

 ハックはヴィオレッタのわざとらしい物言いに笑いを堪えていた。

「くふっ…分かりました。こちらにいらっしゃい、祝福をあげましょう。」

 ハックは三人を教会堂の別室に連れて行った。別室に入って四人だけになると、ヴィオレッタはハックに深々とお辞儀をした。

「ハックさん、私の提案を受け入れていただきありがとうございます。これから窮屈な思いをさせますけど…どうか、これからも私を支えてください。」

「いえいえ、ヴィオレッタ…いえ、セレスティシア様の卓越した先見性には脱帽です。私も是非、お力添えをしたい。」

 ドルイン族長区は地理的にリーン族長区連邦のほぼ中央にある。ドルイン教会堂は「念話」情報網のハブであり、戦争状態になった場合には育成したクレリックを戦場に派遣して野戦病院を設営する。そうすれば、味方の戦死者が減る…ジャクリーヌの兄、シェーンも死なずに済んだはずだ。そういう意味で、ヴィオレッタはドルイン教会堂に対して非常に重要な位置付けをしていた。

(リーンの族長がドルインの一僧侶に頭を下げている…⁉︎)

 ティモシーはハックに頭を垂れるヴィオレッタを見て…何かしら感慨深いものを感じていた。

 ドルイン教会堂の視察も終わって、ヴィオレッタたちは今度はドルイン港に移動した。後学のために海を見てみたいと言って、ハックも視察団に合流した。

 お昼過ぎに出発し、日が沈みかけた頃ドルイン港に到着した。ドルイン族長区は縦に長い自治区でドルイン港は最北端に位置しているので、馬車で五時間もかかった。

 一行はドルイン港の宿屋に宿をとった。港の視察は明日の朝から行う予定である。

 元々、ティモシーはこの視察に参加する予定がなかったので、宿屋にティモシーの部屋は確保していなかった。そこで、ヴィオレッタは自分と相部屋にすることにした。すると、クロエがどうしても一緒の部屋が良いと駄々を捏ねたので、三人で寝ることにした。

 ヴィオレッタの部屋の扉を叩く音がした。

「セレスティシア様…よろしいでしょうか?」

 ダーナだった。…ついに来たか…ヴィオレッタは応対したくなかったが、そうも行かないだろう…。

「エヴェレット様がダークエルフの件でお話がしたいそうです…。」

「わかりました、すぐ行きます。」

 ヴィオレッタはティモシーとクロエに「ちょっと遊んでてね」と言って、ダーナの先導でエヴェレットの部屋に移動した。エヴェレットの部屋には、エヴェレットを筆頭に、グラウス、テスレアがいた。これにダーナを加えると、まさにセコイア教の「中枢」だ。

 ヴィオレッタを含めた五人はそれぞれ寝台や背もたれのない椅子に座って…しばらくは誰も口を開かず、しーんとして気まずい雰囲気が流れた。

 意を決したかのように、エヴェレットが重たい口を開いた。

「セレスティシア様、ティモシーの件ですが…あの…クォーターをどうするおつもりですか?」

(…「あの子」と言わずに「クォーター」か、相当に重症だな…。)

「とりあえずこの視察の間は、ティモシーには私の身辺警護をしてもらいます。ダークエルフの闇魔法自体はリーンや同盟国では非常に稀有なものです。視察終了後は…情報活動でその稀有な才能を存分に発揮してもらいます。」

「すると…視察が終わったら、ティモシーはセレスティシア様から離れるのですね⁉︎」

「んんと…とりあえずは、そうなります。」

「…とりあえず?」

「実は…ティモシーの家族を召し抱えることにしました。ティモシーの家族はみんな斥候で、お仕事をしてもらう代わりに家族の安寧を約束しました。そのうち…リーンに移ってきます…。」

「まっ…!どうしてそんな重要な事を相談していただけないのですかっ⁉︎ダークエルフの一族がセコイア教の中心…我が故郷リーンに移住してくるなんて…!」

「…みんながみんな、ダークエルフって訳じゃないけど…。」

「ダークエルフは何人ですか?」

「ええと…ハーフとクォーターで…八人かな?…人間いれて十一人…。」

「じゅ、じゅ、じゅ…十一人っ‼︎」

「…リーンの国民がたった十一人増えるだけですよ。…そんなに目くじら立てなくても…。斥候は重要な職種なんです、私の戦略構想にはなくてはならない…」

「もしかして…!金貨六枚というのは、その人たちの…?」

(ううっ…エヴェレットさんが私の話を最後まで聞かないって、相当に激オコなんだな…。)

「…まあ…です。」

「セレスティシア様、よくお聞きください。お金や人数は、この際…良いでしょう。問題は…闇魔法、闇の精霊なのです。闇の精霊はエルフの健全な精神を汚染してしまうのですよ!」

(…んん?)

「リーンで最後の純血のエルフ…セコイア教の象徴たるエルフのセレスティシア様が闇の精霊に汚染されたら…取り返しのつかない事になってしまいますよ!」

(む…!…そこか、問題はそこだったのかっ⁉︎エヴェレットは「私」を心配していたんだ⁉︎)

 オリヴィアにはこの問題の打開策がほのかに見えた。エヴェレットの中での…ひいてはセコイア教の中でのエルフとダークエルフの対立軸というものは、どんなに説得しても頑として動かないだろう。だが、私自身とティモシー家族という対立軸をなんとかすれば…ソフトランディングにもっていける!

「…エヴェレットさんの言う事はもっともです。分かりました、ティモシーの家族には『セコイアの懐』からう〜〜んと離れた場所に住んでもらいましょう。ティモシーともなるべく接触しないように心掛けます。指示をする時は誰かに伝言を頼むとかして…。」

「ああ…そうしていただければ、私も安心できます…。くれぐれも御身を大切にして、ダークエルフには細心の注意を心掛けてくださいませ。…私もセレスティシア様にあれこれと小言を言いたくはないのですよ…。」

「ありがとうございます…エヴェレットさんの心遣いにはいつも感謝しています。」

 エヴェレットはこの会合で初めてにこりと笑った。…なんとかソフトランディングに成功したようだ…。

 と言うことで…ヴィオレッタとティモシーが同室になることをエヴェレットが凄く嫌がったので、ヴィオレッタの部屋にはティモシーとクロエで寝てもらい、代わりにヴィオレッタは「畏れ多い!」と頑なに拒んでいたエヴェレットの寝台に無理やり潜り込んで一緒に寝た。…ちょっとした意地悪だ。


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