百四十四章 アナのために
百四十四章 アナのために
サリーとジェニはすぐに馬車でデュリテ村に出発した。今はお昼前の十一時頃、片道四時間で到着する。アンネリから銀の撒菱のメンテナンスも頼まれたので、デュリテ村で一泊する予定だ。強行すれば、夜の八時頃にはユニテ村に帰って来ることもできるが、ユニテ村付近は夜は通らないほうが良いだろうというヒラリーの判断だ。
三時頃、馬車はデュリテ村に到着した。するとワンコはさっと草薮の中に飛び込んで、ウシガエルを探し始めた。サリーは馬車から降りるとすぐに、村長の家に飛び込んだ。
「村長さぁ〜〜ん、また来たよぉ〜〜!」
「おおお〜〜、サリーさん…。」
「あのね、あのね…雑魚のアンデッドはほぼやっつけたよ!」
「それはそれは…本当にありがとうございましたぁ…。」
「うんうん…それでねぇ、アンデッドの大ボスが出てきてねぇ…苦戦してるんだ。仲間が三人も死んじゃったよ…。」
「おお…なんと、おいたわしい…。」
「そいつをやっつけるために、必要な物があるんだけど…。」
前回もそうだが、ジェニはサリーの話術に感服していた。自分やアナに対してはあれだけ慇懃丁寧なのに…状況によって人が変わったように語り口を変えてその場を自分に有利な展開に導こうとしている。良く言えば柔軟、悪く言えば狡猾…それでも、サリーのこの適応力がジェニは羨ましかった。
「ジェニさん、地酒を発酵させてた壺を二十個空けてくれるそうですよ。次、鍛冶屋に行きましょう、アンネリさんの用事を済ませちゃいましょう!」
「う、うん…サリーって凄いよね…。」
「ん…?どうしたんですか?」
「場面場面で、人が変わるって言うか…いくつも人格を持ってるって言うか…。」
「ふふふふ…私は私です。世渡り上手なだけですよ…できれば、この要領の良さをジェニさんにも覚えて欲しいですねぇ。」
「…ええぇ…?私には無理っぽいな…。」
「そんなことないですよ。…まずは、逃げ腰にならずに積極的に色んな人と話をすることですね。もし、相手が横柄な奴だったら即射殺すぐらいの気持ちでっ!」
「そそそ…そんなっ!」
「ふふふふ…。」
その頃、ヒラリーはカーズドスライムの具体的な捕獲方法をベンジャミンと話し合っていた。
「餌はウシガエルの燻製肉として、カーズドスライムが中に入ったら蓋をするんだね?でも、蓋をするだけだと…持ち上げて、逃げるんじゃないか?それに壺と蓋にちょっとでも隙間があったてもダメだろう。」
「ニカワを使いましょう。あらかじめ蓋に塗っておくんですよ。」
「良いアイディアだね、それにしよう。」
何となく…ヒラリーとベンジャミンは気が合うようだ。人間の命についての価値観を除けばだが…。
その頃、アンネリとオリヴィアはユニテ村周辺の林の中にいた。アナが、「カエルじゃないお肉が欲しい!」とわがままを言ったので、普段あまり使わない弓を持ち出して狩りに出たのだ。何とかウサギかヤマバトあたりを捕えることができればな…と思っていた。オリヴィアはというと…暇だからついてきただけだ。
スケルトンが一体現れた。オリヴィアの端脚(横蹴り)で粉々になり瞬殺された。
「いやぁねぇ…この辺にも出るのねぇ。こんな所に狩りの獲物なんかいるのぉ?」
「…いないよ…。アンデッドを怖がって、いる訳がない。」
「じゃ、何で狩りなんかに?食糧はそこそこあるじゃない。」
「…。」
アンネリは木の枝の上に何かを見つけ矢を射た。落ちてきたのは…リスだった。
「おお、アンネリ、やったねっ!」
「それ…あげる。」
「え、いいのぉ〜〜?もっらいぃ〜〜!」
多分、リスじゃダメなのだ。リスの死体をアナが見たら、「ネズミの親戚じゃない!」とか「どうして可愛い小動物を殺すの?」とか言うに違いない。これぞ獲物!これぞ肉!…という鉄板的なヤツでなければアナは納得しないだろう…。
オリヴィアが突然ダッシュして地面に突っ伏した。
「いたわよぉ〜〜っ、捕まえたっ!かなりデカいわっ‼︎」
「何ぃっ⁉︎」
オリヴィアが捕まえたのは、巨大な…ウシガエルだった。
「こいつは肉付きが良さそう…美味しそうね、ふふふふ。」
(だからぁ〜〜…そいつじゃダメなんだって…!)
と、アンネリは思ったが、口には出さなかった。
アンネリとオリヴィアはもっとユニテ村から離れてみることにした。林が少し切れ、水のせせらぐ音が聞こえてきた。
「こんな所に川があったのかぁ…。」
「ラッキーね!きっと、水を飲みに動物がやって来るわよっ!」
アンネリたちは風下に移動し、適当な藪を見つけて潜んだ。
しばらくの間、二人は身じろぎもせずにじっと獲物が来るのを待っていた。しかし、小鳥が水辺で水をついばむだけで、大きな獲物は現れなかった。
じっとしているのが苦手なオリヴィアが言った。
「うぅ〜〜ん…来ないわねぇ。場所が悪いんじゃない?」
「ちょっと黙ってて、あたしに任せて…。」
すると、何と…シカが現れた。立派な角を持った大きなオスのシカだ。これならアナも文句は言わないだろう…アンネリはほくそ笑んだ。
「ひ、ひ…ひゃあぁ〜〜っくしょいっ!」
オリヴィアが大きなくしゃみをした。シカは驚いて、脱兎の如く逃げていってしまった。
アンネリは「ああ…」と嘆息の声を漏らして…横のオリヴィアを睨みつけて言った。
「オリヴィアさん…本気で狩りするつもりがないなら帰ってよぉ…。」
「…じっとしていると冷えちゃって…もう秋ね。」
アンネリはティアーク城下町でオリヴィアと一緒に逃げ回った時のことを思い出して…うんざりした。
その時、オリヴァがアンネリの肩を指で突いた。アンネリが川の方向を見ると、中ぐらいの大きさのイノシシが辺りをキョロキョロしながらこちらにやって来るのが見えた。
(…しめしめ…今度こそ…)
アンネリがそう思って弓に矢をつがえた瞬間…隣で「発動」を感じた。
「ええええええっ…。」
オリヴィアが薮から飛び出し「飛毛脚」で猛烈な勢いで猪に突進していった。イノシシはすぐに逆方向に向きを変えて走り出した。
「こなくそっ!」
ドォ〜〜ンッ!
オリヴィアの「迎門三不顧」一発目が炸裂した。水辺の砂利が飛び跳ね、川の水面に波紋が走った。イノシシもピョンと少し宙に浮いて、追いついたオリヴィアが両手でイノシシの腰のあたりを掴もうとしたが、するりと抜けていった。
ジグザクに走るイノシシをオリヴィアが「飛毛脚」で追尾する様は、まるで獲物を追いかけるチーターのようで…アンネリはそれを唖然として見ていた。
…ドォ〜〜ン
「迎門三不顧」二発目も空振りしたようだ。ひとりと一匹は向こうの林の中に走っていって…見えなくなってしまった。
………ド〜ン…。
アンネリは遠くで聞こえる「震脚」の音を聞きながら、「獲物を獲って帰らないとアナにいじめられるなぁ…」と思っていた。
林の中を秋の冷ややかな風が吹き渡り、サラサラという音を立てて黄色味を帯びた樹々の葉を掻き上げていった。
戻って来ないオリヴィアが心配になって、アンネリは川辺を越えてオリヴィアを追った。しばし歩くと、対面の林の中でオリヴィアとイノシシが取っ組み合いをして地面を転げ回っているのを見つけた。
「…やっと来たぁ〜〜っ!アンネリ、何してたの、早く早くぅ〜〜っ…!」
オリヴィアはイノシシの背中をとって腹に両足を絡め、イノシシにチョークスリーパーを掛けていたが…なかなか落とせないでいたのだ。
(…何であんたにそんな事言われなきゃならないんだっ⁉︎)
アンネリは理不尽さを感じつつも、仕方なくナイフでイノシシの首筋にとどめを刺した。
オリヴィアが起き上がると、地面を転げ回ったせいで体も服も泥だらけになっていた。
「…あぁ〜〜ん、汚れちゃった。よし、アンネリ、川行こ、川。水浴びしよっ!」
「えええ〜〜、今の時期…川の水は冷たいよぉ〜〜…。」
「わたしは行くっ!」
オリヴィアはずんずんと川に向かって歩いていったので、アンネリはイノシシを引き摺って後に続いた。
オリヴィアは全裸になると、川面めがけてフライングボディアタックをかました。
「くうううぅ〜〜っ…ちべたいっっっ‼︎」
(そりゃぁ、冷たいだろ…。)
オリヴィアはバシャバシャと川の水で体を洗い、服も一緒に洗った。アンネリはイノシシの首を裂いて血抜きをした。
ひとしきり水浴びをして満足したオリヴィアは皮鎧と衣服を肩に抱え、パンツ一枚で帰路を歩き始めた。
「アンネリ、イノシシお願いね。ううぅ〜〜…さみぃ…。」
(そりゃぁ、寒いだろ…。)
アンネリはイノシシを担いでオリヴィアの後に続いて歩いた。まぁ、いいか、オリヴィアが仕留めてくれたイノシシだし…これならアナも満足するだろう。
向こうから一体のスケルトンが走ってきて、半裸のオリヴィアに襲いかかった。オリヴィアは飛び蹴りで、文字通りそのスケルトンを一蹴した。




