百三十九章 闇魔法
百三十九章 闇魔法
視察団の行列は、夕方前にはドルイン族長区の外れの村に到着し、ここで一泊することにした。そうすれば、ドルイン族長区の首都ハレエドルにはお昼前には到着することができる。急ぐ旅ではない…むしろ、ゆっくり進んで各族長区に潜んでいるスパイにこの遠征を印象づける…それが目的だ。
村には事前に連絡しておいたので歓迎のセレモニーがあった。ヴィオレッタとクロエはセレスティシアのお側付きとして、セレスティシアの影武者のスカートの端を持ってセレモニーの序盤は参加したが、その後の晩餐会はエヴェレットたちに任せてスルーした。
ヴィオレッタ、グラント、ティモシー、クロエは村外れにやってきた。
ヴィオレッタはティモシーに言った。
「ティモシー、闇の精霊を使って何かやって見せてよ。」
「…じゃあ、まず『闇纏い』を見せます。」
グラントは勿論だが、ヴィオレッタやクロエには闇の精霊は見えない。なので…突然、ティモシーの体が黒いもやに包まれたように見えて驚いた。
「おおぉ〜〜、これが『闇纏い』なんだね。」
クロエは何が何やら分からなかったが、不思議なものを見てキャッキャと叫んで飛び跳ねていた。
「はい。これで敵は僕に攻撃を当てにくくなるし、僕の所作が判らないから僕の攻撃を敵は予想しにくくなります。」
「なるほどぉ…そっちからは見えてるの?」
「見えてますよ。ちゃんと精霊を制御してるので、視線の周りだけは精霊が光を吸収しないようにしてます。それにこの状態だと、自然系四精霊を弾くので魔法抵抗も生まれます。でも…相手の精霊の方が威力が強かったら、逆に黒いもやは弾き飛ばされる…そうです。」
「ふむふむ…他には?」
「グラントさんをお借りします…。」
ティモシーがグラントに向けて右手を突き出すと、黒いもやが移動してグラントを包み込んだ。
「うわぁ〜〜、何も見えん〜〜!」
ティモシーはすぐにグラントのもやを吸い取った。グラントは辺りをキョロキョロとしていた。
「これで敵を戦闘不能にします…。『ダークフォッグ』と言います。」
「いいねぇ…他には?」
「闇の精霊は固めることができます。それで一時的に…こんなふうに…」
そう言って、ティモシーは左手のもやを小さな円形の盾にした。そして、右手のもやを小さなナイフの形にして、近くの木の幹に投げつけた。黒いナイフは幹に深々とめり込んで…そして消えた。
「…『ダークシールド』と『ダークエッジ』です。他にも…闇の精霊で敵を精神汚染することもできます…。」
「そうか、ダークエルフの闇魔法は攻撃に特化してるんだね。」
「僕は使えないけど…上級になると、呪い…『チャーム』や『ネクロマンシー』みたいな魔法も存在します。」
「…おおぅ…『ネクロマンシー』は知ってる。アンデッド生み出すヤツだよね、怖いよね…覚えないでね。」
「…はい。」
「それで、斥候のスキルは?」
「深度2をカンストしてます。上位職種の『隠密』です。」
「…おお、アンネリより上かぁ〜〜。…ん、待って…。スキルってのは闇の精霊と干渉しないのかぁ…。面白い…凄く面白い!」
ヴィオレッタは剣士や戦士が使うスキルも、自然系四精霊の働きだと思っていたけれど…そう結論づけるにはまだまだ情報が足りていないのだと悟った。
朝、ヴィオレッタたちは村を出発して、三時間後には首都ハレエドルに到着した。例によって、ドルイン族長区のそうそうたるメンバーが出迎えをしてくれた。
そして、例によって例の如く、ヴィオレッタと…今度はティモシーが影武者セレスティシアのスカートの裾を持ってパレードした。影武者セレスティシアはひとりひとりに会釈をしながら進んだ。
セレスティシア一行を歓迎して、大々的に式典が催され、ドルインの族長がスピーチをし、それに影武者セレスティシアがスピーチで応えた。会場は「黒のセレスティシア」をひと目見ようとドルインの民が大勢集まっていた。
会場の隅っこでヴィオレッタは横のティモシーに小さな声で話しかけた。
「どお、スパイそうな怪しげな人はいる?」
「レンド伯父さんはドルインにはひとりもいないって言ってましたよ?」
「それを信じてない訳じゃないんだけど…簡単な足し算の問題なんだよねぇ。ちょっと前に捕虜交換があったんだけど、100人が帰ってきてるのよ。私はその中の5〜10人がスパイだと思ってる。それ以前からスパイは確実にいたから、あなたの伯父さんが言った5人という数字に合わないのよ。きっと、何人か漏れてるでしょうねぇ…。」
「そうなんですね…。」
「ティモシーは記憶力は良い方?」
「…多分。」
「じゃぁ…ここに来ている観衆の顔を覚えて。」
「えええっ…⁉︎」
「私たちはこの後、ハックさんの教会、そしてドルイン港に移動する予定よ。その中に同じ観客がいたら…十中八九、スパイでしょうね。遠路はるばる私たちにくっついて回る人なんかいやしない。相手は素人だから、上着ぐらいは変えるかもだけど、変装とかはしないと思う。…ティモシー、私とゲームをしましょう。どちらが多く、そして早く…スパイを見つけるか…!」
「ど…努力します。」
他の族長区のスパイは放置しておいても良いが、情報網のハブであるドルイン族長区のスパイは早急に処理しなければとヴィオレッタは思っていた。例えば、情報が漏れてハックやその教会に何かあったら…その損失は計り知れないからだ。
一時間程して式典が終わった。ヴィオレッタたちは再び馬車に乗り込み、ハックの教会堂に移動することになった。
馬車の中で、クロエがしきりにティモシーに話し掛けていた。
「あのねぇ、うちのニワトリがねぇ、卵産んでねぇ、ちっちゃいひよこが三匹いるのよぉ〜〜…」
「へぇぇ、そうなんだ。」
「でね、でね…そのひよこがねぇ…」
ヴィオレッタからすると、仲の良いお兄ちゃんと妹が他愛のない会話をしているように見えるのだが、妹の方が年齢は上なのだ。…エルフの社会は摩訶不思議!
クロエがティモシーの手を握った。一瞬、ヴィオレッタはビクッとした。しかし、何も起こらなかった。
(そうか…クロエは風の精霊シルフィを常駐させていないから、ティモシーの闇の精霊と反発を起こさないのか…なるほど、なるほど。)
ヴィオレッタの胸の上のメグミちゃんが動き始めた。メグミちゃんはヴィオレッタの肩に移動すると、隣のクロエの方に片足を伸ばして乗り移ろうとしていた。
「あ、メグミちゃんが起っきしたよぉ〜〜。」
それに気づいたティモシーは大声を出した。
「毒蜘蛛だ…クロエ、危ないっ!」
ティモシーは右手に「ダークエッジ」を出現させて、メグミちゃんを…
「ストップ、ストップ…ティモシー、ストォ〜〜ップ‼︎」
ヴィオレッタの制止であわやという惨事は免れた。メグミちゃんは命拾いをした。
「これ…グリーンストライプドオオツチグモ、別名アースタイガーですよ…猛毒の蜘蛛ですよ⁉︎」
「いえ、この子は蜘蛛だけど私のお友達のメグミちゃん…人畜無害の良い蜘蛛だから、絶対に傷つけちゃダメよ⁉︎」
「そーよ、そーよ、メグミちゃんは良い子よぉ。」
「…でも…この大きさなら、もう致死量の毒を持っていますよ。…確か、魔族領にしかいないはずなんだけど…。」
(へぇ〜〜…メグミちゃんは魔族領出身なんだ、と言うことはシーグアさんも…。)
ヴィオレッタはメグミちゃんに話しかけた。
「メグミちゃん、この男の子は新しいお友達でティモシーって言うのよ。ご挨拶にお得意のシルフィサーフィンを見せてあげて。」
すると、メグミちゃんはヴィオレッタ常駐のシルフィに飛び乗って、空中遊泳をして見せた。シルフィが見えないクロエとティモシーには蜘蛛が空中を飛んでいるようにしか見えなかった。
「えええ!…蜘蛛が空を飛んでいる、初めて見たっ!…メイジスパイダー?」
「あはははは、メグミちゃん、凄い凄いっ!」
クロエには大受けして、凄く喜んでくれた。
「メグミちゃん、今度はそのまま『ライト』ね。」
ヴィオレッタの指示に従って、メグミちゃんは光った。それはまるでファイヤーフライ(ほたる)の様で、これが夜ならさぞかし綺麗だろう…。
「…凄いや、この蜘蛛はセレスティシア様の命令に従うんですね‼︎」
メグミちゃんが馬車の中をゆっくりと空中遊泳して、搭乗者の間をぐるぐると回っていた時、「ガタンッ」という音と共に馬車が少し跳ね、その衝撃でメグミちゃんとティモシーが接触してしまった。
パチィッ…
メグミちゃんは墜落して、腹を上に向けてぴくぴくと痙攣していた。
「うわわわぁ〜〜っ!ダーナさん、『処方箋』っ‼︎」
「は…はいっ!」
ヴィオレッタは手の上でメグミちゃんに「ヒール」をしながら、お腹をさすってあげた。すると、メグミちゃんはクルンと向き直り、その場で何度も回転して辺りを見回し警戒ていた…敵を探しているのだろうか…メグミちゃんから「念話」が来た…
(敵…敵どこ、敵どこ、どこどこどこ⁉︎)
「…メグミちゃん、敵なんかどこにもいないよ。今のは…偶然、事故よ、事故!」
メグミちゃんはキョトンとして、しばらくヴィオレッタの手の上から動かなかった。
「ティモシー…メグミちゃんから敵対認定されなくて良かったわねぇ。」
「…へ?」
ヴィオレッタはくすくすと笑った。




