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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百三十六章 ドルイン族長区視察

百三十六章 ドルイン族長区視察


 この日、ヴィオレッタは「セコイアの懐」の執行部を含めた二十人を引き連れて、ドルイン族長区視察の旅へと出かけた。リーン族長区連邦のほぼ中央にあって連絡網のハブ、そして唯一海岸線を持ち「魚」なる食糧資源を保有する族長区である。それをヴィオレッタ自身の目で確認しようというのだ。

 だが、それは表向きの理由であって、真の目的は別にあった。

 三日前に斥候のホイットニーから手紙が届いた。せっかく構築した「念話」の連絡網を使わないあたり、用心深さが窺われる。内容は、スパイはセレスティシアの情報を欲しがっているので、ヴィオレッタ本人が何かしらの動きを見せて欲しい、そうすればスパイが見つけやすくなる…というものだった。

 そこで、リーンの新族長セレスティシアがドルイン族長区を視察するという、今までにない異例の行事を大々的に宣伝して、動かないスパイたちを動かそうというのだ。

 ヴィオレッタたちは山の麓まで歩くと、そこから大型馬車に乗り換えた。五騎の護衛で前後を挟んで三台の馬車でわざと目立つように大行列を作って進んだ。

 予定としてはおよそ一週間…まずはベルデン族長区に行ってジャクリーヌの族長就任の祝賀会に出席し、それからバーグ族長区に立ち寄って斥候のホイットニーと会う。その後にドルイン族長区を視察する。

 五時間ほど草原を進んでベルデン領に入った。すると、五騎の騎馬隊が馬車を待ち受けていた。

「おぉ〜〜い、ヴィオレッタァ〜〜。待ってたぞぉ〜〜!」

 ジャクリーヌだった。ジャクリーヌは馬を仲間に任せてヴィオレッタの馬車に乗り込んできた。

「ジャクリーヌさん、なんでここに?お出迎えにはかなり早いような…」

「いやぁ〜〜、じっと待ってるのは苦手でさ…来ちゃったぁ〜〜。」

「あははは、とにかく…族長就任、おめでとうございます。」

「ありがとう!」

 すると、ヴィオレッタの胸に飾ってあった緑色のブローチがもそもそと動き出し、肩の上まで移動した。そして、後足二本で直立して残り六本の足を放射状に広げた。メグミちゃんだった。

「お…メグミちゃんも元気そうだな!ちょっと大きくなったんじゃないか?…ははは、いまだに私の敵対認定は解けてないんだな!」

 カナブンぐらいの大きさに成長したメグミちゃんが背中の上で動き回ると、さすがにくすぐったくて色々と支障が出るので、ブローチに擬態してもらうことにした。遠目で見ると綺麗なエメラルドグリーンのカメオのブローチ、近くで見ると「蜘蛛型のブローチ?」みたいな感じだ。

 メグミちゃんも背中や髪の中に隠れていると外の景色が見えづらいのか、案外、この位置が気に入っているようだ。ヴィオレッタが「念話」で話しかけない限りはじっとしていてくれる。但し、ジャクリーヌのような敵?に対しては反応するようだ。

「…それにしても、ヴィオレッタ。教会建設や情報網整備で忙しそうにしてるのに、なんでまたこの時期にドルイン視察なんだい?」

「まあ、上に立つと色々と見えてくるものがあるんですよ…。優先順位ってものがあって、これは急いでやっとかないとね。こればっかしはジャクリーヌさんにもまだ言えない。」

「ただの視察じゃないんだね?…そっか、その手の話は私には判らん、言わなくていい!私の祝賀会はそれのついでという事だな⁉︎」

「いやいや、そんなことはないですよ…おかしな勘繰りしないでよぉ〜〜…。」

「ははは、ちょっといじめてみた。まぁ…斥候のホイットニーを探してたみたいだから、楽しい話じゃないだろうね。…ホイットニーは兄貴が私につけてくれた護衛だったんだ。同盟国領の情報収集も兼ねて旅をしてた訳だけど…これでも一応、族長継承権第一位だったからねぇ。隠密行動なら、あの一族はリーン連邦随一だからねぇ。」

「…一族?」

「うん、ホイットニーの血縁はみんな斥候なんだ。」

「へぇ…。」

「あっ、そうだ。ヴィオレッタ、見て見て…!」

「…?」

 ジャクリーヌは目を閉じて何かを念じた。すると…風の精霊が集まってきてジャクリーヌを取り囲んだ。

「…ほらほら!」

「あ…ジャクリーヌさん、凄い!」

 ジャクリーヌがヴィオレッタの小さな膝に片手を乗せて踏ん張ると、ジャクリーヌの両足は馬車の床から少し浮いた。ジャクリーヌは「水渡り」の初期段階を習得したようだ。

「これをやるとね、馬が矢のように走るんだ。でも…10分やると、もうヘトヘトで…」

「あはは、まだまだですねぇ。頑張ってください!」

「おうっ!」

 ヴィオレッタはジャクリーヌに限らず、エルフ、ハーフエルフの中にある可能性を感じていた。人間では兵士と魔導士は明確に区別されるが、エルフ、ハーフエルフの場合はある程度の魔法を使いつつ物理攻撃もこなすという「魔法戦士」が可能ではないか?…と思っていた。中級の攻撃魔法は望むべくもないが、「水渡り」を使いこなすだけでも、騎馬は矢のように走り、馬上での回避能力も格段に上がる。その上に、驚くべき跳躍力で敵の槍衾やりぶすまを越えて前線を撹乱することもできる。作戦の立案に幅ができるというものだ。

 ジャクリーヌに関して言えば、ランサーとしてのスキルをしっかり持った上にエルフ固有の「水渡り」のスキルも習得しつつある。もっともっと修練を積めば、初級の精霊魔法も習得できるに違いない。

 横に座っていたエヴェレットがそわそわし始めた。到着が近いようだ。

「セレスティシア様、そろそろ到着のようです…。」

「それじゃ、悪いけど…エヴェレットさん、打ち合わせ通りにお願いしますね。」

「…うぅ〜〜ん、分かりました。」

 馬車の行列はベルデンの首都…ベルダに到着した。首都といっても煉瓦を積んで漆喰で塗り固めた建物が密集した集落で、華やかさはなかった。遊牧民の都市だからこんなものだろうか。

 馬車が停まると、将軍職や大臣職、ベルデン族長区の主だった顔が出迎えをしてくれた。馬車から降りたジャクリーヌはヴィオレッタことセレスティシアをエスコートしてみんなの前でお披露目をした。

「みんな、この方がリーン最後の純血のエルフ、セレスティシアさんだ。丁重にもてなしておくれっ!」

「おお…これが一週間前に南部戦線で我らを救っていただいた『黒のセレスティシア』か、その名の通りの風格をお持ちですな!」

 セレスティシアは白黒半々の仮面をつけており、頭から黒いベールを被りその長い端をスカーフのように巻いてゆったりと体に流していた。セレスティシアが歩くと白いシルクのワンピースの長すぎる裾が地面を擦るので、別の馬車から降りてきた二人のハーフエルフの童女がその裾を持って歩いた。

 そうして、セレスティシア一行は祝賀会が催されるベルダの大会堂に入っていった。


 ジャクリーヌの祝賀会は何の問題もなく続いていた。招待されたのはリーン一族だけではなく、マットガイスト、バーグ、ドルインからも賓客が来ていて、大会堂はごった返していた。

 その隅っこでセレスティシアそば付きの二人の童女が祝賀会のご馳走を食べていた。同行していたグラントがやって来て二人の童女に話しかけた。

「次は何を持って来ましょうか?」

「卵料理はないのかしら?」

「ローストチキンならありましたよ。」

「じゃ、それ持ってきて。」

「かしこまりました。」

「ん、グラントさん…飲んでる?」

「あはははは…ちょっと…」

「…いいんだけど、ヘマはしないでよ?」

「わかってますよぉ〜〜…」

 そこにベロベロに酔っ払ったジャクリーヌがやって来た。

「おおぉ〜〜、グラント。久しぶりだねぇ〜〜っ!ヴィオレッタのパシリやってるんだってぇ〜〜?」

「…パシリとか…雑魚感がハンパないからやめてくださいよ。せめて、お側付きとか…」

「ジャクリーヌさん、もっと小声で喋ってくださいよ。ばれちゃうじゃないですかぁ…。」

「ばれないってぇ〜〜!あんたの素顔を知ってるのはベルデンじゃ、ほんの一部だよ。この場には私と私の腹心だけだよぉ〜〜…大丈夫、大丈夫っ!」

 実は二人の童女の中のひとりがヴィオレッタ本人だった。もうひとりは「セコイアの懐」の村でスカウトしたハーフエルフの女の子だ。ベルデン族長区にも潜んでいるであろうスパイに、セレスティシアは恐ろしい扮装をした成人女性であると思わせるためにエヴェレットに替え玉になってもらっているのだ。…まぁ、こういった仰々しい場が嫌いだっていうのもあるけれど…。

「主賓がうろうろしてて、いいんですかぁ?」

「いいの、いいのっ!もうみんな酔っ払ってぐだぐだなんだからぁ…わははははっ!」


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