百三十一章 商談
百三十一章 商談
次の日の朝、ケントはロットマイヤー伯爵の紡績工場に向かって馬車を走らせていた。そして、その後ろからもう一台の馬車が着いてきていた。
ケントは紡績工場に着くと、すぐに事務室を訪ねた。セドリックがいた。
「やあ、ケントさん。帰ってきたんですね、ご苦労様でした。」
「昨日の夜、城下町に着いたんですがね…ちょっと疲れてまして…。」
「そうですか。それなら今日一日でもゆっくり休んでいれば良かったのに…。」
「いえ…オリヴィアさんから手紙を預かってきてたもので、早くお渡ししようと思いまして。」
「オリヴィアさん、コッペリ村にいたんですね⁉︎」
ケントから手紙を受け取ると、セドリックはすぐに読み始めたが…すごく読みにくい字だった。
「セディ…好き好き…愛してる…早く来て…これだけ?」
手紙の二枚目を見て、セドリックは非常に驚いた。
「これは…養蚕の手順が詳しく書いてあるぞ!ケントさん、これは?」
「方法は判りませんが、オリヴィアさんが調べてきてくれたんですよ。それと…オリヴィアさんが蚕の卵も手に入れてくれるそうです。」
「それは凄いな…やったね、オリヴィアさん!」
「それと…」
「ん?」
「…お客さんです。」
ケントがユーレンベルグ男爵を事務室に連れてきた。
「初めまして、ユーレンベルグと申します。」
「ユーレンベルグ男爵様ですか…噂はかねがね…。ここは単なる紡績工場です。持ち主はロットマイヤー伯爵様…伯爵様に会いたいのでしたら、どうぞご自宅の方に…。」
「いや、私は君に会いに来たんですよ。」
「え…?僕はただの経理主任ですよ…?」
「…コッペリ村にシルク工場を建設する計画をお持ちだとか…。」
「まさかぁ〜〜…一介の経理がそんなこと…」
「ケントさんからお聞きしましたよ…工場の土地を確保するために彼をわざわざコッペリ村まで派遣したのでしょう?」
セドリックはケントをジロッと睨みつけた。ケントは申し訳なさそうにうつむいていた。
「警戒しないでください。私はセドリックさんのお力になれると思ってやってきたのですよ。」
「…と言うと?」
「建設資金が必要なのでしょう?あなたが資金獲得のため、秘密裏にいろんな資産家に声を掛けていることは知っています。父親のロットマイヤー伯爵に相談すれば手っ取り早いのに…資金援助を断られた?…それとも、伯爵に内緒でやっている…?」
「…。」
「まぁ、私にしてみればどっちでも構いませんよ。…どうでしょう、私が資金援助をいたしましょうか?」
「ありがたい話ですね…でも、美味しい話には裏があるとも言いますし、男爵様にはどんなメリットがあるんですか?」
「私はコッペリ村にちょっとした拠点が欲しいのですよ。工場が完成したら、一部を間借りしてワインを置かせていただきたい。倉庫代わりといったところでしょうか…コッペリ村は東西貿易の要衝と聞きました。東世界にもワインを広めたいですから、同業さんが来ないうちに押さえておきたい。それと、私がいつでも視察で常駐できるように、そのための部屋を用意してもらいたい。住み込み従業員の女工の部屋でも構いませんよ。」
「なるほど、分かりました。ええと…これは投資話ですか?融資話ですか?」
「投資です。」
「初期投資で、いかほど出してもらえますか?」
「上限金貨300枚。追加投資があれば要相談ということで。」
「男爵様の取り分は?」
「シルク工場の売上の…五割。」
「金貨100枚はこちらで用意できそうなので…三割でどうでしょう…?」
「それで結構です。これからは、共同経営者ですね。」
セドリックは思った。住居に関しての要求は具体的だったのに、最も重要であるはずの取り分については大雑把だ。「ワインの魔王」と呼ばれる辣腕貴族がこちらの条件を二つ返事で呑むとは…この人は何を考えている?裏があるのか?
実はユーレンベルグ男爵に大した裏はなかった。一にも二にも、手紙に書いてあった通り、コッペリ村で活動する娘のジェニファーを思ってのことだ。コッペリ村に自分の拠点があれば、そこに長期逗留して娘を見守ってあげられる。そして、あわよくば…ワインの販路を東世界にも延ばしたい。さらに言うと…シルク工場が巨大な利益を出せば、紡績産業を牛耳っているロットマイヤー伯爵にダメージを与えることができる…ガルディン公爵に与するロットマイヤー伯爵を経済面で弱体化させたい…。
ユーレンベルグ男爵は続けた。
「セドリックさん、後で内輪揉めになると困るので私の立場を明確にしておきましょう。私は奴隷解放派…王妃派に属していてあなたの父親の伯爵とは対立関係にあります。ご存知でしたか?」
「はい、知っています。情勢把握は商売の基本ですからね。」
「ははは、頼もしい!それを知っていて私と手を組むとは、もしかして…あなたは父親から独立したい…?」
「…純粋に利益を追求して、僕は幸せになる…それだけですよ。結果的に伯爵様が困ったことになったとしても…ね。」
「ははは、結構結構!気に入りましたよ、セドリックさん!」
そこに、ひとりの女工が事務室に入ってきた。
「セドリックさん、お客さんです。」
「ん…朝から来客の多い日ですね、どちらさん?」
「…フリードランド夫妻と、冒険者ギルドのホーキンズさんだそうです。」
男爵が笑った。
「あははは、どういう偶然だろう、みんな私の友人だ!」
「…?」
セドリックは訳がわからないという顔をしていた。その横でケントは苦笑いをしていた。




