十三章 オリヴィアの優雅な生活
十三章 オリヴィアの優雅な生活
オリヴィアを乗せた馬車は大きな屋敷の門をくぐった。大きな庭は英国式庭園のような趣きで植樹された木々が全て四角に剪定されていた。オリヴィアはこの景色をイモリのように馬車の窓硝子に貼り付いて珍しそうに見ていた。
馬車が屋敷に直付けされ、マホガニー製の凝った造りの大きな扉が開くと四人のメイドと執事がオリヴィアとロットマイヤーを出迎えた。
「お帰りなさいませ、伯爵様。」
一階の中央には一本の赤い絨毯が敷かれ、それは中央の幅の広い階段の上まで続いていた。至る所にオブジェが飾られており、壁という壁に風景画や抽象画が架けられていた。
オリヴィアはオブジェの一つ一つに駆け寄っては物珍しそうに眺めベタベタと触りまくった。そんな風なので、階段に辿り着くまでに時間がかかった。
「オリヴィアさん、晩餐までにはまだ間があります。湯浴みでもしてはいかがですか?」
「いいんですかぁ〜〜?嬉しいですぅ〜〜!」
二人のメイドはオリヴィアを一階の屋敷の浴室に連れて行った。
オリヴィアが消えたのを確認すると、ロットマイヤーは執事を呼んだ。
「至急、ガルディン公爵様にこちらへいらっしゃるように遣いを出せ。オリヴィアにはバレんようにな。」
「承知いたしました。」
オリヴィアが浴室に入るとすでに湯気が立ち込めていた。不思議な匂いがした。
「この匂いは…」
「ミルクですよ。」
メイドはオリヴィアの服を脱がせながら言った。舟型の陶器の浴槽にはたっぷりとした乳白色のお湯が張ってあった。
「貴族のご婦人の間では、お湯にミルクを混ぜるのが流行っているんです。お肌に良いらしいですよ。」
「まあぁ〜〜〜〜!」
オリヴィアが浴槽に浸かると、メイド達がお湯に薔薇の花弁を散らした。
「まあまあまあぁ〜〜〜〜〜っ‼︎」
メイドは手拭いでオリヴィアの体を優しく洗った。もう一人のメイドはオリヴィアの髪をミルク入りのお湯で丹念に手揉み洗いした。
「ふわあぁぁ〜〜〜、気持ちいいぃぃ〜〜〜っ!」
浴槽から出たオリヴィアの体や髪をメイドは大きな手拭いで拭き上げ、髪に香油を塗り込み、首筋や脇、下半身のポイントにパヒュームを垂らした。そして、オリヴィアにキャミソールとフレアパンツを着けさせた。良い肌触りだった。
「これは?」
「カシミアの肌着です。伯爵様からの贈り物でございますよ。」
さらにフリルのついた膨らみ袖の薄い青色のワンピースを着せ、大きなリボンのついた腰帯を巻いた。
「これもロットマイヤーさんのプレゼント?」
「そうでございます。」
「うひょひょひょぉぉ〜〜〜!」
オリヴィアが有頂天になっている様子を、ロットマイヤーは隠し部屋の覗き穴から見ていた。
(やはりそっくりじゃないか!公爵様にオリヴィアを献上すれば、きっと覚えめでたく、時期文部尚書の座は私の手に…‼︎)
執事が隠し部屋に入ってきた。
「どうだった、何か持っていたか?」
「はい、銅貨3枚と…それからこれを…。」
執事はロットマイヤーに一枚のカードを手渡した。冒険者ギルドのメンバー票だ。
「むむ、あの女、てっきり頭の悪い娼婦だと思っていたが、冒険者だったのか。厄介だな…。」
「旦那様、よくご覧ください。これは五級のメンバー票で登録日は四日前でございます。」
「どういうことだ?」
「まだ新人ということでございます。縦横のつながりもまだできていないと推察いたします。新参者の一人や二人行方不明になっても冒険者ギルドは大して騒ぎますまい。それに何より今はオーク討伐でギルドも手一杯で行方不明者の捜索はできませんでしょうなぁ…。」
「そうか!」
ロットマイヤーと執事は隠し部屋を出て、食堂へと向かった。
一階のダイニングテーブルには純白のレースのクロスとバラの花束が飾られていた。ロットマイヤーとオリヴィアが席に着くと、執事が食事をキャスターに乗せて運んできた。食器は全て銀製で、ワインを入れる容器は硝子製だった。
「牛のフィレステーキでございます。」
「ほほー、牛ですか。山羊とか水牛とかイノシシとかは食べたことあるけど、牛は初めてです!」
オリヴィアはステーキに銀のフォークを突き刺すとそのままかぶりつき、そして150gの半分を一気にかじり取った。
「うわっ、赤身なのに柔らかぁ〜い。おいしいぃ〜!」
「ははは、フィレ肉のさらに真ん中の希少部位です。」
ロットマイヤーは得意げに説明した。
「む…このピリッとした刺激は…?」
「分かりますか⁉︎最近、東世界から持ち込まれた胡椒という調味料です。肉のケモノ臭さを消してくれるのですよ。」
「ほぉほぉ〜〜っ!」
そう言って、オリヴィアは残った半分の肉を口に放り込んだ。そして、ためらうことなく…
「ステーキおかわりっ!」
と言った。
執事はロットマイヤーの方をチラッと見た。ロットマイヤーは仕方ないという風で指で合図を送った。
オリヴィアはおかわりが来るまでに、用意されていた赤ワインをぐいっと飲み干した。
「このワインも美味しい。まろやかな味わいと適度な雑味、そしてこの芳醇な香りがたまらないわぁっ!今までこんなワイン、飲んだことないわ‼︎」
「ほほう、通ですな。それは50年以上寝かせたビンテージワインですよ。」
執事がオリヴィアの空いたコップにワインを注ごうとすると、オリヴィアは執事からボトルを引ったくって手酌酒を始めた。ワイングラスになみなみと注いで二杯、三杯と一気飲みをした。四杯目のところでステーキのおかわりが来た。そのステーキもふた口でなくなった。
「ステーキおかわりっ!」
そしてワインのボトルも空にした。
「ワインもおかわりっ!」
「わはははっ、素晴らしい食べっぷり、飲みっぷりですな。見ていて気持ちが良いです。もう一本持ってきなさい。」
「かしこまりました…。」
ロットマイヤーはメイドにビンテージワインをもう一本持ってこさせた。が、はらわたは煮えくり返っていた。
(この田舎女…牛一頭から600gしか取れない希少肉を…金貨一枚をバクバクと喰いやがって…目の前にパンも果物もあるだろうが!肉ばっかり食ってんじゃねぇ!それに俺の秘蔵のワイン…ガバガバと飲むようなワインじゃないんだぞ、こら…!)
オリヴィアは最高級牛フィレ肉600gと超高級ビンテージワインのボトル二本を平らげて夕食を終わらせた。
「オリヴィアさん、どうでしょう。ワインもたくさん召し上がったようですし、今日は私の屋敷にお泊まりになってはいかがですか?」
「ありがとうございます。でも、仲間に何も言わずに来てるから、心配させちゃうとまずいなぁ…」
「伝言をいたしましょうか?場所とお仲間のお名前を教えていただければ召使いにやらせますよ。」
「ホントですかぁ〜〜?じゃ、お泊まりしよっかなぁ〜〜。」
オリヴィアはメイドに案内されて軽い足取りで二階の客室に移動した。ロットマイヤーは伝言など、毛頭するつもりはなかった。
ロットマイヤーは食堂でオリヴィアが飲んだワインのボトルのわずかな飲み残しをひとりで愛おしそうに飲んでいた。そこに執事がやってきた。
「旦那様、ガルディン公爵家に遣わした召使いが戻ってまいりました。」
「おおっ、それで⁉︎」
「公爵様は多忙につき、五日待ってほしいそうです。」
「五日⁉︎五日もあのクソ女を留め置けってか!むぐぐぐ…」
「いっその事、公爵様に事情をお話ししては?」
「いや、サプライズならばこそ効果は絶大なのだ。仕方がない、何としても五日間あの女をこの屋敷に留め置くのだ!」
「かしこまりました。」
二階の客室には高級そうな装飾が施されたドレッサー、クローゼット、ひとり用の椅子とテーブルなど、贅を尽くした家具が置かれていた。特にベッドはオリヴィアを驚かせた。
「うわ…おっきいベッド!このレースのカーテンは天井から吊ってあるのね。」
オリヴィアはベッドにフライングボディアタックした。オリヴィアの体はこれでもかというぐらい沈み込んだ。
「おおおお〜〜〜っ!」
「敷き布団は羊毛を詰めております。掛け布団は羽毛でございます。」
「軽くて、暖かいわぁ〜〜っ!」
メイドはドレッサーからリネンの寝巻きを取り出した。
「あ、わたし寝巻きいらなーい。」
そう言うと、オリヴィアはサテンのワンピースを脱いでキャミソールとフレアパンツだけになった。そして再びベッドにフライングボディアタックを…
「お待ちくださいっ!すぐにシーツをご用意いたしますっ‼︎」
 




