百二十九章 カーズドスライム その2
百二十九章 カーズドスライム その2
ベンジャミンが叫んだ。
「俺が通路の中に『ファイヤーアロー』をぶち込む…それでも生き残って出てきたヤツらを頼むっ!」
ベンジャミンは呪文を唱え始めた。続いてサリーが叫んだ。
「皆さん、銀ナイフはやばいです…代わりにこれを使ってくださいっ!」
サリーは自分の銀矢数本を地面に落とした。なるほど、長い矢軸の銀矢なら銀ナイフよりも安全だ。それを見たジェニは自分の銀矢も地面に落とした。
みんなは銀ナイフを鞘にしまい、銀矢を拾って身構えた。
ベンジャミンの呪文が完成し、「ファイヤーアロー」が狭い階段通路に放たれた。範囲魔法ではないが、狭い通路で使用すればスライムを一網打尽にできるだろう…。
「ファイヤーアロー」が着弾すると、階段通路の奥がパッと明るくなり、物凄い硫黄臭が漂ってきた…そして、それでもなお…カーズドスライムの群れが通路から溢れんばかりに湧いて出た。
床を這ってきたカーズドスライムは、アンネリの撒菱トラップを踏んでことごとく水に還っていった。しかし、左右の壁と天井から落ちてきたスライムは仲間のスライムを踏み台にして撒菱トラップを乗り越え二十人に迫った。
サリーとジェニは銀矢の「クィックショット」を連発した。みんなも銀矢の羽根部分を掴んでカーズドスライムを突きまくり迎撃した。だが、スライムの数が多すぎて…処理が間に合わなかった。
一匹のカーズドスライムが跳ねて、傭兵の剣士の膝頭を捉えた。もう一匹が傭兵の戦士の盾に絡みつき、そこから伸びて顔面を覆い尽くした。
「ぎゃあああっ…!」
悲鳴が上がった。
カーズドスライムが迫ってきて至近距離となったため、サリーは弓による狙撃をやめ銀矢を手に持って振り回し、飛んでくるスライムを払い落としていた。ジェニもそれに倣った。
ヒラリー、オリヴィア、アンネリは飛んでくるスライムをひらりひらりと躱しながら銀矢で応戦していた。ダフネはサムを庇いながら天井から落ちてくるスライムをラージシールドで防いでいて、デイブも同様の有様だった。
カーズドスライムは階段通路から壁や天井を伝って地下一階に広がり、徐々に二十人を包囲しようとしていた。
早急に撤退命令を出すべきだった。それ以前に、この地下一階の広さは二十人が展開するのには狭すぎで、ここを狩場にするべきではなかった。ヒラリーは自分の判断の甘さを悔やんだ…このままでは全滅する。
その時、石棺と石棺の隙間から一本の短めの杖がにゅっと顔を覗かせて強烈に光った。それは光のフィールドを形成し、地下一階を丸ごと包み込んだ。アナの神聖魔法「神の威光」だ。
地下一階でみんなを襲っていたカーズドスライムはアンデッドの呪いを浄化され、ただのスライムの死体…有機物の液体になっていった。天井のスライムは粘性を失い、水となってバシャバシャとみんなの頭上に降ってきた。
ヒラリーが叫んだ。
「全員、地下一階を放棄して地上に撤退っ!サリーとジェニは先行してアンデッドがいたら排除してっ!殿は戦士…盾で防御、それ以外は負傷者の搬出っ‼︎」
アンネリはいち早く石棺の隙間からアナを引っ張り出すとひょいとお姫様抱っこをしてサリーとジェニの後を追い、その後をワンコがくっついて走って階段を登った。みんなも負傷者を抱きかかえて足早に地下一階を後にした。
地下墓所から脱出すると、すぐにアンネリが負傷者の手当てを始め、サムと傭兵側の魔道士はパーティーを「ヒール」して回った。
「アナ、助かったよ…できたら、もっと早く発動して欲しかったなぁ…。」
「うう…ごめんなさい…。」
「クレリック…アナだったかな。どうだ、仲間の容体は…?」
スコットが傭兵仲間の容体を気遣っていた。アナは残念そうにつぶやいた。
「…命には別状はありません。…けど…ひとりは膝のお皿が完全に溶かされてて…ひとりは右の眼球が…丸ごと無くなってしまうと再生できないんです…治療できなくてすみません…。」
「…そうか。」
ヒラリーはモニュメントの前で矢筒の中の矢を確認しているサリーに声を掛けた。
「どお、サリー…?」
「銀矢がほぼ無くなりました…補充しないと、次は無理ですね。」
これまでの活躍で、ヒラリーはサリーを非常に高く買っていた。そのサリーが「次は無理」だと言ったので、ヒラリーは決断した。
「今日はここまでにしよう。続きは補給をして万全の態勢になってからだ。…ベンジャミン、近くに小さな村があるそうだな。十分な補給はできそう?」
「…鍛冶屋はあったな。矢尻を造れるかどうかは分からんが…。」
「そうか…じゃぁ、サリーとジェニ、隣村まで行ってきてくれないか?ついでに食糧も調達してくれ。…二、三日インターバルを置いて、対策を練り直そう。」




