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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百二十七章 スライムのドロップ

百二十七章 スライムのドロップ


 スコットはヒラリーに話して聞かせた。

 事の起こりは四ヶ月前。エステリック王国の傭兵ギルドにある依頼が持ち込まれた。それは、小さな村で疫病が蔓延し、村人の半分近くが床に伏せてしまったと言うのだ。薬では治らず、しばらくすると快癒するのだが、また罹患する。その調査と原因の排除を依頼してきたのだ。

 本来、傭兵ギルドは荒事専門でそのような依頼は受けない。どうも…僻地の村では冒険者ギルドと傭兵ギルドの違いを理解しておらず、藁にもすがる思いで依頼を持ち込んだようだ。

 しかし、仕事にあぶれて明日の食事もままならない五人の傭兵がその依頼を受けたのだ。その中に、スコットの傭兵パーティーの魔道士…ベンジャミンがいた。

 ベンジャミンは傭兵にしては珍しく、頭が回り物事を論理的に考える男だった。

 村に到着して、ベンジャミンたちが病気について調べると、発疹や黄疸といった体の異変は特になく、罹患者は強烈な頭痛や吐き気が何日も続き重症の者は幻覚を見ると言う。

 ベンジャミンはすぐに、疫病に罹患した村人とそうでない村人の共通点を調べた。その結果、罹患した村人のほとんどは働き盛りの男たちだったので、ベンジャミンは男たちの労働環境を疑った。

 傭兵たちは村人に案内してもらって、村の外れにある畑を訪れた。そこは…見渡す限りの泥沼地で、その沼いっぱいに大きな緑色の葉っぱと薄い桃色の花が浮いていた。蓮の花だ。この村では特産品として、珍しい蓮根の栽培をしていたのだ。

 ベンジャミンは仲間と共にこの広大な湿地帯を捜索してみた。すると、木陰や草むらの至る所に緑色のスライムを発見し、ここがスライムの巨大な棲息地であることが判った。

 スライムは基本的には人を襲うようなモンスターではない。傭兵たちが剣でスライムを突き刺しても何の手応えもなく、切断しても数が増えるだけで、スライムは逃げていくだけだった。湿地帯の地表に生えている苔や雑草、生物の死体などを体内に取り込んで消化する、いわゆる「掃除屋」だ。

 ベンジャミンたちは丹念に周辺を調べたが、スライム以外にこれといって、病気の元凶となるような怪しいモンスターは発見できなかった。

 ベンジャミンたちは当てが外れて、日暮れに村への帰路を急いでいると…あぜ道で仲間のひとりが悲鳴を上げた。

「うぎゃぁっ…何かが足を…!」

 ベンジャミンが「ライト」で照らしてみると、なんと紫色のスライムが仲間の右足首に絡まっていた。その仲間がスライムを手で引き剥がそうとすると、なんと…皮のグローブを腐食させ、手の皮がめくれ上がってスライムの中に消化されていった。仲間はもがき苦しんで、なおもわめき散らした。

「熱い…熱いぃ〜〜っ!」

 ベンジャミンは咄嗟に「イグニション」でそのスライムに火をつけた。すると、ジュッ…という音と共にスライムはあぜ道の草むらの中に逃げていった。

 仲間の足首と手のひらは皮膚が半分ほどスライムに消化されてただれていた。すぐに仲間を村に運び込み応急手当てをした。しかし、傷の状態は思わしくなく、仲間は夜半から高熱を出し酷く苦しみ出した。ベンジャミンが再々「ヒール」を掛けても焼石に水で…夜明け前に息絶えてしまった。

 ベンジャミンは思った。

(何でこんな何もない場所に、あんなスライムの特殊個体がいるのだろう…。とにかく、命あってのものだね…この依頼はキャンセルしよう。)

 次の日の朝、仲間の死体を村の墓地に埋葬しようとした時…事件が起こった。棺を傭兵仲間で墓穴に運んでいた最中、棺がガタガタと音を立てて動いたのだ。驚いた傭兵たちはそのまま棺を地面に放り投げた。すると…棺の中から死んだはずの仲間が低い唸り声を上げて這い出てきて、そばで腰を抜かして動けなくなっている別の仲間の首筋に噛みついた。悲鳴と共に頸動脈からおびただしい量の血が飛沫をあげた。

 その光景を見たベンジャミンは、これは「アンデッド化」だと直感し、すぐに周りの村人や傭兵仲間を退避させ、「ファイヤーボール」で二人を火葬にした。

 この事件で、疫病の原因があの紫色のスライムだと確信したベンジャミンはある仮説を立てた。この村に蔓延している疫病は「病気」ではなく、「呪い」なのだ。そしてその「呪い」の元凶はあの特殊個体のスライムだ。強いて命名すれば「カーズドスライム」…運良く遭遇しなかった村人は襲われはしなかったが、近くで「呪い」の影響を受け続け、精神的ストレスで病気になったのではないだろうか?ひと噛みで仲間をゾンビにしてしまう強力な「呪い」…一体どこで獲得したのだろう?

 生物が特殊なスキルを獲得したり、特殊な進化を遂げる場合、その生物が生まれ育った環境の影響が大きい。しかし、こののどかな村には「呪い」を溜め込むような場所はないように思えた。村人から話を聞いても、共同墓地でゾンビやワイト、ゴーストなどが発生したという記録はなかったし、ネクロマンサーのような怪しげな人間が近くに住み着いていたと言う証言も得られなかった。

 ベンジャミンは嫌がる仲間を説得して「カーズドスライム捕獲作戦」を考え、実行することにした。

(あのカーズドスライムを捕獲できれば、何かがわかるかも…。)

 村で陶器製の大きくて首が狭い壺を購入し、中を紙やすりで磨き上げた。その中に生きた鶏を放り込み、目の細かい金網で蓋をした。スライム用の捕獲トラップだ。スライムはどんな小さな隙間でもすり抜けることができる。鶏を狙って壺の中に侵入したスライムは鶏を捕食した後、壺の内側をつたって外に出ようとする。しかし、ツルツルに磨いた内側は出口の首の辺りで反り返しになっているので、重力で下に落ちてしまう。

 夕方、これを泥沼地の三箇所に設置した。そして次の朝、ベンジャミンたちが捕獲トラップ設置場所に行って壺を見てみると…きな臭い匂いがして蓋の金網は半分溶けていた。何という溶解能力だ!通常のスライムは体内が弱酸性だが、鉄製の金網を溶かし尽くすほどのこんな強酸性の個体は見たことがなかった。

 近づくだけでも危険だと判断したベンジャミンは、スライムを取り出すことは諦め…壺を割ることを仲間に指示した。

 傭兵二人が斧を持って壺の側で準備し、ベンジャミンは「ファイヤーアロー」の呪文を唱え始めた。呪文が完成する直前、二人は斧で壺を粉砕し、すぐに壺から退避した。が…壺が割れた瞬間、カーズドスライムは球の形になって…そこから細長く変形し2mほど跳ね、退避した傭兵ひとりに襲いかかった。

 頭からカーズドスライムを被った傭兵は、もがきながら地面を転げ回った。ベンジャミンは「…これは助からないな」と思い、呪文を完成させ「ファイヤーアロー」を撃ち込み、仲間もろともカーズドスライムを焼き尽くした。脂の焦げる匂いと、それに混ざって硫黄の匂いもした。

 しばらくして、ベンジャミンが焼け跡を調べてみると…死んだ仲間のそばで一枚のコインを発見した。カーズドスライムがコインをドロップしたのだ。用心深いベンジャミンはそのコインを自分では拾わずに、仲間に拾わせた。

(…多分、このコインが呪いの元だ…。)

 コインは金貨だった。少し溶かされたのだろう…金貨は丸い縁の角が丸くなっていた。その金貨にはレリーフや刻印、細工などはないように見えて、明らかにエステリック王国やその同盟国の金貨ではなかった。ただ、よくよく見るとうっすらと何かのマークと「純金20g」という刻印が読み取れた。

 二人はすぐに村を出て、エステリック王国の城下町へ取って返した。辻馬車の中で、二人は会話をした。

「…無駄骨を折らせて申し訳なかったな…。その金貨はお前にやるよ。」

「え…本当に⁉︎それはありがてぇっ!」

「その代わり、仲間が三人死んだことや…スライムのことは誰にも言うなよ…。」

「…どうしてだ?」

「いや、スライム相手に三人もやられたって…傭兵仲間が聞いたらどう思う?俺たちの技量が疑われちまうだろ?」

「なるほど…分かった!」

 男は金貨を直に指で撫でたり、歯で噛んで金の感触を確かめて喜んでいた。

 二人はエステリック王国の城下町に入り宿をとった。夜になって…案の定、金貨を持っていた仲間は体調を崩し、苦しみだして明け方には死んでしまった。ベンジャミンはアンデッド化しないようにすぐに男の体に銀の針を刺し、しばらく死体を寝台に寝かせたままにした。

 次の日、ベンジャミンは城下町の高級服飾店で銀糸の手拭いを作ってもらい、それを受け取ると宿に戻った。それからベンジャミンは男の金貨を銀糸の手拭いで覆って死体から奪い取ると、仲間が病死したと役所に届け出て火葬にした。

 その後ベンジャミンはその金貨を両替商に持ち込んだ。

「この金貨、どこの金貨か判るかい?」

「ほほぅ…珍しいですねぇ。これは魔族領で流通している金貨ですよ。」

「…魔族領?」

「そうです。このマークは魔族領のマークですよ。これは丸い形をしていますが、実際には『貨幣』ではありません…単純に『20gの金塊』ということです。」

「…どう言うことだ?分かるように説明してくれ。」

「魔族領では金や銀、銅の地金がそのまま貨幣がわりになっているんですよ。金の塊や砂金をお店に持っていって品物を買ったら、重いしかさばるし、いちいち計量しないといけません。…お釣りを出すにしたって不便でしょう?だから便宜上、コインみたいに小さくして流通させているのですよ。…だから、魔族領の金貨には一切混ぜ物がない。つまり、純度100%の金です。なので、同盟国で流通している金貨の約二倍の価値を持っています。」

「そ…そうなのか⁉︎」

 主権国家が貨幣を発行する場合、「どこの国が何年に発行してこの貨幣にはこれだけの価値があります」という刻印を必ず施す。それによって、その国の領土内で流通する場合に、その貨幣の価値についてその国が「保証」をするのである。その代わり、その貨幣を鋳潰して地金にしても絶対に利益が出ないように、混ぜ物をしてその貨幣の地金の実際の価値よりも低くなるように設定している。例えば、同盟国の金貨は金の含有率は60%程度で、黄銅との合金だ。

 ベンジャミンは確信した。この金貨はグンターの軍資金の一部なのだ。あの村はエステリック王国の東にあってユニテ村が近い。スライムは何かの拍子に呪われた金貨を腹に収め、カーズドスライムとなって偶然あの村に流れ着いたに違いない…それしか考えられない。

 次にベンジャミンはその金貨をエステリック王国の大神殿に持ち込んで司祭に鑑定してもらった。予想通り、「アンデッドの呪い」が掛かっていた。

「司祭様、この呪いは解呪できますか?」

「強い呪いですねぇ…しかし、この金貨一枚程度なら何とかできるでしょう。その代わり、銀貨五十枚のお布施を頂きますよ。」

 同盟国の金貨一枚は銀貨に換算すると百枚だ。だが、両替商の話だと、魔族領の金貨は少なくとも二倍の価値があると言う。大聖堂で解呪してもらっても銀貨百五十枚の黒字だ!

 ベンジャミンはグンターの軍資金を見つけるべく、傭兵ギルドで強面のスコットに話を持ちかけた。彼ならたくさんの仲間を集めてくれるだろう…。

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