百二十六章 金貨1心臓
百二十六章 金貨1心臓
次の日、傭兵たちがジョット邸の正門で待っていた。
「昨日はすまなかったな。ちょいと短慮を起こしちまった、許してくれ…。」
スコットはしれっと謝辞を述べた。スコットの魂胆は薄々わかっていたが、ヒラリーは何食わぬ顔でそれを受け入れた。
「そっか…じゃ、行こうか。」
ヒラリーパーティーと傭兵パーティーは再び合流し、ジョット辺境伯の敷地に入っていった。
「ヒラリー、俺たちは何をしたらいいんだ?あんたの指示に従うぜ。」
「近づいてくるアンデッドを狩ってくれ。」
「あんたたちは?」
「…探し物があるんだ。」
「そうか…やっぱりな。」
「…ん?」
「はぐらかさなくてもいいじゃないか…あんたらも狙ってるんだろ⁉︎」
「…何を?」
「…グンターの軍資金だよ。」
「それは…噂だろう?」
「ちっ…あれだけのお宝を見つけてなお、こんな物騒な場所を出ていかないってことは、他にもっとでかいお宝があるのを知ってるからだろう?…探し物って、それじゃないのか!」
「いや、私たちはユニテ村の調査に来たんだ。お宝はついでの駄賃で…今からやるのは呪いの発生源を特定する作業だよ。…できることなら、アナに呪いの元凶を浄化してもらいたいけどね…。」
「まぁ、そういうことにしといてやるよ…。俺たちもしっかり働くからよぉ…グンターの軍資金については山分けってことで折り合わねぇか?昨日のお宝はそっちの取り分ってことでいいからよぉ…。」
「…そんな物が…出てきたらね。」
「よし、約束だぞ…ちゃんと約束したぞっ!」
「…。」
スコットは昨日までとは打って変わって友好的になっていた。傭兵パーティーの中に頭の切れる奴がいるに違いない…昨日スコットに小声で話し掛けていた魔道士か…?
ヒラリーは色々と考えていた。昨日三階で発見したお宝を、ヒラリーたちがジョット邸を探索している間にベースキャンプを探し出して傭兵たちが横取りして逃げるという可能性…それをさせないために、お宝はベースキャンプから離れた場所に埋めてきた。
しかし、それをせずにこうして共同歩調を取ってきたということは…昨日のデスナイトの秒殺を見て、完全に下手に回っておこぼれ頂戴を決め込んだか…いやいや、スコットは人の風下に立つような玉じゃない…ましてや女の風下に…。
やはり、グンターの軍資金について有力な情報を掴んでいて、何がなんでも私たちにそこまで案内させるつもりか?…ということは、グンターの軍資金は本当に存在するのか⁉︎それも…昨日のお宝なんか比べ物にならないほどの巨大なお宝が…。
「ヒラリー、こっちきてくれぇ〜〜っ!」
ヒラリーを呼ぶデイブの声がした。ヒラリーがデイブの声がした方向に歩いて行くと、ジョット邸の敷地…屋敷の北側に石造りの大きなモニュメントがあった。その中央には鉄製の扉があって、鍵はかかっていなかった。
モニュメントから少し離れた場所で、アナが濡らした手巾を頭の上に乗せて、アンネリに抱きかかえられていた。
「アナはどうしたんだ⁉︎」
「…強い呪いに当てられたみたいだ…。モニュメントに触った瞬間、めまいを起こして倒れた…。」
アナが小さい声で話した。
「私は大丈夫よ…こんな強い呪いは生まれて初めてだったから、ちょっとくらくらっとしただけ…慣れてしまえば問題ないわ。…間違いなくここが呪いの中心だと思うわ。」
傭兵たちも駆けつけてきた。そして、スコットが言った。
「…ここかっ!ここにグンターの軍資金があるのか…⁉︎」
スコットの言葉に喰いついたのはオリヴィアだった。
「なになになになにぃ〜〜…軍資金って、何ぃ〜〜っ⁉︎」
オリヴィアはズカズカとスコットの真正面までやってきてメンチを切った。
城塞都市イェルマはずっと「人魔大戦」には関与せず、外界とは無関係の歴史を歩んできた。そのため、イェルメイドはグンターだの、軍資金だのという情報…言葉自体を全く知らなかった。
「お前、そんなことも知らないでユニテ村のクエストに参加してたのか?魔族軍の幹部のグンターは自軍から莫大な金を持ち逃げしたんだよ…。死んだ後も、その金は発見されてないんだ。」
「ば、莫大な金⁉︎…で…それは一体…どのくらいの額…でしょうか…?」
突然、丁寧な言葉遣いになってしまうオリヴィアだった。
「噂では…金貨1心臓と言われている…。」
「…シングルハート?」
「心臓ってのは、ドラゴンの心臓のことだ。不老不死の妙薬と言われているドラゴンの心臓に、仮に値段をつけたらいくらになるだろうかってことで…シングルハートってのは、金貨100万枚って意味だ。国を売ってでも王様が欲しがりそうだからな…。」
「ひゃ、ひゃっ…ひゃく、ひゃく、ひゃくまん〜〜っ…!」
オリヴィアは小躍りしながらヒラリーに尋ねた…。
「…シングルハートを…二十人で割ったら…おいくら…?」
「…ひとり金貨5万枚だな…一生遊んで暮らしても、かなりお釣りがくるな…。」
「…最低でも…ごま、ごま…ごまんっ!…ひょほほほほぉ〜〜っ‼︎」
オリヴィアは狂喜して、モニュメントの周りをぐるぐると走り始めた。
「オリヴィア…気を確かにっ…戻ってこい…‼︎」
みんなはモニュメントを取り囲んだ。ヒラリーが鉄の扉の取手に手を掛け、ひねった。
「いいか…開けるぞ。」
ヒラリーが鉄の扉を開けると…地下に続く階段があって、下から冷たくて湿った空気が漂ってきた。
「アンデッドが大挙して襲ってくるかと思ったぜ…。」
「おい、スコット。今度は前を歩いてくれるか?」
「…おうよ。」
魔道士から剣の切先に「ライト」をもらって、スコットは傭兵パーティーを引き連れて地下に続く階段をゆっくり降りていった。そして、その後ろをヒラリーパーティーが続いた。
日が当たらない地下道と階段は自然石を重ねて造られており、下に降りるに従って湿気が酷くなっていき、独特のきつい臭いがしてきた。地下水が近くを通っているのかもしれない…あちこちに苔が蒸していて足を滑らせそうだった。スコットはニタっと笑って言った…。
「…いるな…。」
スコットが「ライト」を宿したロングソードを地下の天井にかざしてみると、青緑色の物体が光を嫌ってスーッと逃げていった。
「ぎゃあああぁ〜〜〜〜っ‼︎…す、す、す…」
その叫び声にみんなは驚いて、辺りをキョロキョロと見回して敵を探した。
叫んだのはアナだった。アナはアンネリの首に両腕を、胴に両脚をガッチリ巻きつけて抱きついていた。
「…ぐぇ。…どうした…アナ…。」
「…み、見えたの…す、す、す、スライムが…!」
「…まさか、スライムが怖いの…?」
「私…ヌルゥ〜〜っとしたのと…カサカサァ〜〜って走るのがダメなのぉ〜〜っ!」
「…ゴキブリも…なんだね。だ…大丈夫だよ、どっちもあたしが必ず退治するから…。だから、ひとりで歩こ…?」
「やだっ…やだやだやだやだあぁ〜〜っ‼︎」
アナは両腕で力一杯アンネリの首を絞めた。
「…ぐはっ…落ちる落ちる…せめて、抱っこじゃなくて…おんぶにして…。じゃないと…両手が使えない…。」
アナはアンネリの背中に移動しても、両腕両脚をアンネリの体にしっかり巻きつけていた。
アナの意外な弱点が発覚した。傭兵たちがくすくすと笑っていたのでサリーはとても不愉快だった。オリヴィアが「赤ちゃんみたい」と言ってアナの横腹を指で突っつくと、「やだぁ〜〜」と叫んでアンネリの背中に顔を突っ伏した。本当に「赤ちゃん返り」したみたいだった。
ヒラリーは優秀な斥候とクレリックが機能不全になってしまうことを危惧していた。このままだと…この二人は戦闘の時に役に立たないかもしれない…。
スコットたちが先に進むと、地下階段は少し紫がかった青緑のスライムでいっぱいだった。
「ふふふ、こいつらだ…こいつらがグンターの軍資金を運んだんだ…。」
グンターの独り言にヒラリーが反応した。
「スコット…どういうことだ?」




