百二十五章 デスナイト三度!
百二十五章 デスナイト三度!
次の日、ヒラリーたちは傭兵パーティーとジョット邸正門前で落ち合った。ヒラリーたちは九人、傭兵たちは十一人…総勢二十人のパーティーとなった。
「おう、ヒラリー、おはよう。今日はよろしく頼むぜ。」
スコットの上辺だけの挨拶に、ヒラリーは我慢して挨拶を返した。
「…おはよ。分かってるとは思うけど、そっちはそっちで仕切ってよ。共闘は文字通り、ユニテ村の中だけであって食糧の共有とか武器のメンテとか…そういうのはしないからね。怪我をしても、それはそれぞれのパーティーの自己責任ということでいいかな?」
「そりゃないぜ!…せめて、こちらのメンバーが重傷を負った時はそこのクレリックに治療をして欲しい!」
「いやいや…」
スコットの言葉を否定しようとしたヒラリーを抑えて、アナが言った。
「もちろんですよ。私はクレリックです…相手が冒険者だろうと傭兵だろうと怪我をした人がいれば私は全回復に向けて努力をいたします。そこは安心してください。」
「おおう…それは良かった。」
ヒラリーは苦虫を噛み潰した様な顔をしてアナを睨んだ。アナは「当然です」というような顔をしていた。まぁ…純真無垢で潔癖症のアナの性格を考えたら、こうなるのは必然か…まぁ、いいか。説得しても…折れないだろうし…。
あと、気がかりなのはオリヴィアだ。傭兵がお宝を横取りすると思っているから、折り合うわけがない。現に…オリヴィアはさっきから傭兵の顔を睨みつけて、小声でぶつぶつと呪いの言葉をつぶやいているし…。
ヒラリーたちはジョット邸の正門をくぐり、枯れ果てた庭園を横切った。スケルトンやゾンビが湧いたが、傭兵たちは自前の銀武器を使って適切に処理していた。彼らもしっかりアンデッド対策はしているようだ。
傭兵の剣士がジェニに着いて回るワンコを見て、ジェニに声を掛けた。
「その犬はあんたのペットかい?」
「…はい、それが何か?」
「こんなところまでペットを連れて来るとは、いいご身分だねぇ。…あやかりたいもんだ。」
「…あなたには関係ないでしょ⁉︎」
「…あ、そうか。いざという時の非常食か、なるほど、それならアリだな。」
ジェニはムッとして、この剣士の憎たらしい顔をしっかり見ようとして「イーグルアイ」を発動させた。その瞬間…スキル発動を感じてびっくりした傭兵たちもヒラリーたちもパッと散って、それぞれの武器に手を掛けて睨み合った。
「みんな、落ち着け!」
「おおい…やめろやめろ!」
ヒラリーとスコットが声を掛けてみんなをなだめた。ギスギスした一触即発の緊張感の中で起こったちょっとしたハプニングだった。お互いにまだ相手を信じ切ってはいないのだ。
「…お嬢ちゃん、気をつけてくれよ。」
「す…すみません…。」
スコットにたしなめられてジェニはしゅんとした。ずっと横にいたサリーがそんなジェニの肩をポンポンと軽く叩いた。ジェニは決して悪くない…サリーの眼には傭兵に対する殺気がこもっていた。
一行はジョット邸の正面玄関から中に入ると三階を目指した。アンネリを先頭にして階段を登っていると、スコットが…
「三階にもデスナイトがいるぜ…。」
と言ったので、アンネリがぎょっとして足を止めた。
「おいおい、そういう情報は事前に教えろよ!」
ヒラリーは凄い剣幕でスコットに詰め寄った。
「…おかしいだろ。食糧も武器も共有しないなら、情報も共有はなしだろう。だがしかし…唯一の斥候に何かあったら、俺たちも困るからな…ちょいとしたサービスだ。」
「…じゃ、お前たちが前を歩け。」
「…やだね。」
二階の踊り場で、ヒラリーたちと傭兵たちの間にしばらくの沈黙の時間が流れた。そんな中…「全殺し全殺し…」というオリヴィアの微かなつぶやきが聞こえたような気もした。
「ヒラリーさん…!」
サリーがヒラリーに近寄ってボソボソと耳打ちをした。それを聞いて、ヒラリーは自分に神聖魔法「神の不可侵なる鎧」を掛けるようにアナに頼んだ。そして、覚えたてのスキル「研刃」を発動させてヒラリー自身がパーティーの先頭を歩いて階段を登った。
(ううう…この作戦は、私しかできないのかぁ…。)
三階の廊下は動くものはなく静かだった。ヒラリーは警戒しながら先頭を歩いた。その後を十九人と一匹がぞろぞろと続いた。
サリーの話だと、デスナイトの動きには明らかにパターンがあると言う。まず敵を発見した時点で「遠当て」を撃ってくる。そしてすぐに「疾風」で間合いを詰めてくる。その後はダメージをもらった相手に次々とタゲ移りしていく…。剣士の動きの定石と言えば定石だ。ヒラリーもサリーに言われるまで気づかなかった。
そして…この作戦、サリーは自信ありげだったが本当に難敵のデスナイトを葬ることができるのだろうか…?失敗したら私かサリーのどっちかは即死だろう…と気が気でなかった。
一番奥の部屋の扉が静かに開いた。ラージシールドとロングソードを持ったフルプレートの剣士が姿を現した。そして、ヒラリーを敵と認識して…フェイスガードを下ろした。…二階のデスナイトとほぼ同じだ。
デスナイトはヒラリー目掛けて「遠当て:兜割り」を撃ってきた。アナの魔法「神の不可侵なる鎧」が掛かっているとはいえ、ヒラリーは恐怖感に襲われながら、歯を食いしばって…敢えてその攻撃を受けた。…アナの神聖魔法の効果は覿面でヒラリーは無傷だった。
デスナイトはすぐに「疾風」を発動させた。ヒラリーとサリーはこの「疾風」を待っていた。ヒラリーは高速で迫り来るデスナイトをレイピアの「遠当て:牙突」で迎え撃った。廊下は一本道…必ず当たる!
ガンッ!
デスナイトの「疾風」に「研刃」で強化されたヒラリーの「遠当て:牙突」がカウンターで決まった。プレートアーマーを貫通してデスナイトの腹に穴が穿たれた。「遠当て」が当たった衝撃でデスナイトの高速移動は酷く鈍り…ヒラリーの3m手前でデスナイトは止まった。それを見逃さず、横に控えていたサリーがヒラリーの前に出て、真正面の至近距離からデスナイトを狙撃した。
サリーの銀矢はデスナイトの腹に開いたレイピアの細くて小さな穴を違えることなく、ピンホールショットを成功させた。3mの距離…サリーなら絶対だ!
銀矢を撃ち込まれたデスナイトは、盾と剣を放り投げ体をぶるぶると震わせ始めた。すぐにダフネとデイブが前に飛び出してきて戦斧と戦鎚でデスナイトをタコ殴りにした。デスナイトの首が飛び、肩当てと共に両腕が落ちた。…デスナイトは斃れた。
一番後ろにいた傭兵たちは、それを唖然として眺めていた。
(う…嘘だろ…。デスナイトが秒殺かぁ〜〜っ…⁉︎)
そう思って焦っているスコットをサリーは嘲るように笑って見ていた。オリヴィアは大喜びしてサリーを後ろからハグしつつ叫んだ。
「あぁ〜〜、これはもう…サリーがいたら傭兵さん要りませんねぇ〜〜。必要ないですねぇ〜〜。帰ってもらっていいですねぇ〜〜…ってか、帰れ…!」
「…。」
傭兵たちは無言だった。
「ほら、さっさと三階のマップを作るよ。動いて、動いてっ!」
ヒラリーも近い将来、こいつらとは殺し合いになるだろうとは思っていたが…しかし、今ではないとも思った。
みんなはそれぞれ、三階の部屋の探索を始めた。ヒラリーは手癖の悪いオリヴィアに同行した。
「ヒラリー、何で着いて来るのぉ…?」
「…。」
オリヴィアが入った部屋には大きな姿見の鏡が置いてあった。女性の部屋だろうか。オリヴィアは凝った造りのクローゼットを漁り始めた。
「おわっ…!」
クローゼットには引き出しいっぱいにアクセサリー…宝石類が入っていた。
「この指輪…ダイヤモンドじゃないっ⁉︎こっちはルビーかしらぁっ…!」
オリヴィアはきゃぁきゃぁ叫びながら両の指いっぱいに高価そうな指輪をつけてヒラリーに見せびらかした。そして、金銀の首飾り、宝石のペンダントをジャラジャラ音を鳴らしながら自分の首に飾った。
「ヒラリー…どお、どお?似合ってる?」
「…似合ってるよ。」
(…没収するけどね…。)
次にワードローブを開くと、高価そうなドレスがぎっしり吊るされていた。
「きゃあぁ〜〜っ、ヒラリー、見て見てっ!シルクよ、これっ‼︎」
すぐにヒラリーは数点のシルクのドレスをチョイスして姿見の前で自分に合わせてみた。
「ああ〜〜ん…どれも素敵ぃ〜〜!…決められなぁ〜〜い。」
「…急いで決めなくてもいいんじゃない?」
(…没収するからね…。)
この部屋は多分、ジョット辺境伯の奥方の寝室だったのだろう。
三階の部屋はジョット辺境伯の家族が使用していたようで、他の部屋からも続々と高価そうなお宝が発見された。デスナイト三体を掻い潜ってこの階に辿り着いた冒険者は皆無だったのだろう…。
「このロングソード見てくれぇ、グリップは金無垢で…装飾が宝石だらけじゃぁっ!」
「この金縁のラージシールド…もらっていいかなぁ。デスナイトに割られたラウンドシールドの代わりにしたいんだけど…?」
「見て見て…これ、象牙でしょ⁉︎…ほら、2m近くあるわっ!」
「…こ、この鷲のオブジェ…純金じゃない?…お、重い…!」
みんなお宝を持って部屋から出てきた。オリヴィアも何をやっていたのか…やっと部屋から現れた。
「わたし、これに決めたわぁ〜〜っ!」
「オ…オリヴィア…。」
オリヴィアは身につけたアクセサリーはそのままに、レザーアーマーと数点のシルクのドレスを両脇に抱えて、自分は煌びやかなシルクのピンクのドレスに着替えて出てきた。
「…帰り道でアンデッドに遭遇したらどうするんだよ…。」
「大丈夫よぉ〜〜…サリーちゃんがいるじゃない。」
サリーはそっぽを向いていた。
「おい、ヒラリー。こっちにもちゃんと分け前はあるんだろうな…⁉︎」
「私も鬼じゃない…そっちがお宝に見合った働きをしてくれれば、前向きに考えるよ…。」
スコットは舌打ちした。すると隣の魔道士が小声で話し掛けてきて、何やら二人でボソボソと話し合っていた。そして…スコットはみんなを引き連れて、無言でジョット邸を出て行った。
ヒラリーは「ふんっ」と鼻を鳴らして、羊皮紙に三階の間取りを書き込んでマップの作成を続けた。
「…おかしいな。」
「どうした?」
ヒラリーの腑に落ちないという顔を見て、綺麗な装飾のついたロングソードを肩に担いだデイブが尋ねた。
「一階から三階まで隈なく捜索したんだけど、呪いの元凶…根源らしき物がどこにも見当たらないんだ…。アナ、呪いの感触ってどうなってる?」
「うぅ〜〜ん…近いんだけど…一階も三階も大して変わらないかなぁ…村ひとつを汚染してしまうような呪いなら、その中心はもっと強烈な気もするんだけど…」
そう言いながら…アナははたと頭の中にある考えが浮かんだ。
「ジェニ、あなたのお屋敷って地下墓所って…ある?」
「うちの屋敷にはないなぁ…。」
「…地下墓所?」
「うん…歴史が古くて由緒正しい貴族だと、一族のお墓を地下に造ってることがままあるのよ…。それで先祖代々、遺体を石棺なんかに納めてずっと保管していたりするわけ。王族とかそうじゃない?大体、敷地のどこかに入り口があるはずなんだけど…。」
「それだっ!呪いの元凶は地下にあって…位置的に屋敷の真下にあるのかもしれない!…よし、今日はお宝を無事にベースキャンプに運ぶまでにして、明日は地下墓所を探そう!」
アンネリは「シャドウハイド」で早々に姿を消し、傭兵とアンデッドに警戒しながらヒラリーたちを先導した。サリーとジェニは弓を構えて先行し…その後ろを金鷲のオブジェを括り付けられてゼェゼェ言いながらワンコが続き、象牙を担いだヒラリー、ダフネ、サム、アナ、デイブ、そして最後にピンクのドレスの裾を捲り上げて両脇に荷物を抱えたオリヴィアがトコトコと歩いて続いた。
途中、数体のアンデッドと遭遇したがサリーとジェニが処理し、結局、ベースキャンプに帰り着くまで傭兵たちの襲撃はなかった。




