百二十一章 ジャックの災難
百二十一章 ジャックの災難
ジョット邸の近くの林の中で、傭兵のパーティーがアンデッドと戦っていた。
パーティーリーダーの剣士のスコットは右手のロングソードと左手の銀ナイフを交互に使って、スケルトンやゾンビを手際よく屠っていた。他の二人の剣士も同じスタイルで戦っていた。
「うわっ…フレッドがゾンビに噛まれたぁ〜〜っ!」
スコットが駆け寄ると、斬り落とされたゾンビの頭がフレッドと呼ばれたアーチャーのふくらはぎに食らいついていた。スコットはすかさず銀ナイフでゾンビの頭にとどめを刺した。
スコットがフレッドのズボンを銀ナイフで裂くと、ゾンビが噛んだ傷からは出血があり、ふくらはぎは紫色に腫れ上がっていた。
「…あれだけ用心しろって言ったのに…。…ダメだな、こりゃ。破傷風だ…手遅れだな。」
「た…頼む…助けてくれぇ…。ぼ…冒険者のパーティーにクレリックが…」
スコットはフレッドの左胸を銀ナイフで突き刺した。
「ふんっ…どこまでも足手纏いのアーチャーだったな…。」
横にいた剣士の男が言った。
「…いいのか?三人はデスナイトにやられて…これで仲間は十一人になっちまった…。あの冒険者パーティーに勝てるのかい?」
「やってみないことには判らんだろうが…。」
「…まぁ、そりゃそうだが…」
その時、スコットのそばに偵察から帰ってきた斥候のジャックが現れた。
「スコット、あの冒険者…やりやがった!デスナイトを始末したぞっ!」
「なんと…!そうか…ひと月も粘った甲斐があったな。あいつらなら…俺たちをグンターの軍資金まで連れて行ってくれるかもしれんな…ふふふっ!」
傭兵たちはユニテ村周辺にひと月以上駐留していた。最初の冒険者パーティーは八人で、ジョット邸にたどり着いて一階の装飾品をいくつか持ち出すことに成功したが、この傭兵たちが冒険者たちを殺して横取りした。その時に傭兵たちは独力でジョット邸を探索したが、デスナイトと遭遇し三人の仲間を失ってしまった。ほうほうの体でベースキャンプに逃げ帰った彼らは、それ以降、冒険者パーティーがやって来てデスナイトを倒し、その先に案内してくれるのを期待して待っていた。だが、その後やって来た冒険者の十人パーティー、十二人パーティーはみんなデスナイトを倒すことはできなかった。
「おい、ジャック。ヒラリーパーティーをしっかり見張っとけよ。」
「あいつら、今日はもう、店仕舞いしてキャンプに帰って行ったぜ。」
「なんで、尾行しないんだよ!」
「…嫌だよ!アンデッドがうじゃうじゃいるのに…俺ひとりで尾行なんかできるかいっ!」
「…ちっ。どいつもこいつも…根性なしが…。」
そんな傭兵たちの様子を、アンネリは草むらに潜伏して見ていた。
ベースキャンプに戻ったヒラリーたちは夕食の準備をしていた。ダフネが鍋に洗った米を入れて火に掛けていると、アナがやって来て不思議そうに見ていた。
「えーと…それがパンの代わりになるの?…本当に?」
「なるよ。こうやって炊くと、柔らかくなって…水を吸って膨らむんだよ。ご飯はパンよりも腹持ちがいいんだよ。」
「ふぅ〜〜ん…。」
「アナもイェルマに住むなら、今のうちに慣れた方がいいよ。」
ダフネの話を聞いていたジェニは、「自分も慣れておかないとな…」と思った。
そこにアンネリが帰ってきた。アナが喜んで迎えた。
「アンネリ、アンデッドは大丈夫だった?」
「平気、平気。」
「もぉ〜〜…心配してたんだから…。」
アナはみんなの目を盗んで、アンネリの頬に軽くキスをした。だが、ジェニだけはしっかり見ていた…。
アンネリははにかみながら、報告のためにヒラリーのところに歩いていった。
「ヒラリー、傭兵たちはベースキャンプを移したよ。」
「そっか…まぁ、想定内だ。あっちの構成は分かったかい?」
「剣士三人、戦士二人、ランサー二人、魔導士三人、それと使えない斥候がひとり…かな。」
「魔導士三人かぁ…ちょっと厄介だな…。」
「…あいつら外道だよ。足手纏いになった仲間のアーチャーを殺してた…。」
足手纏いのアーチャー…その言葉を聞いたサリーとジェニは少し憤慨して、鋭い目でアンネリを凝視した。
「デスナイトを倒したんだって?傭兵たち…その話で盛り上がってたよ…」
「ああ…手強かった…。サリーの機転でなんとかなった。」
「あたしも混ぜてよぉ〜〜…偵察はもう飽きたよぉ〜〜…。」
本音は…アナと離れて行動するのが嫌だった。
「そっか…じゃあ…アンネリに秘策を授けよう…。」
ヒラリーはアンネリに耳打ちして、秘策を授けた。アンネリは含み笑いをして、ダフネがよそってくれた飯の器を受け取った。すぐにアナが横に来た。
「何々?…秘策ってなぁに?」
「う…うぅ〜〜ん。…秘策なんだから、内緒に決まってるじゃん。」
「…ええぇ〜〜!」
正義感溢れるアナにはちょっと言えない秘策だった。いわゆる…汚れ仕事ってやつだ。
みんなは焚き火を囲んでご飯と味噌汁を食べた。ヒラリー、デイブ、サム、アナはお米の不思議な食感について物議を醸した。
ジェニとサリーは飯に味噌汁をぶっかけ、その上に干し肉を一枚載せた「猫まんま」をワンコが食べるかどうか心配していた。ワンコは意外にあっさりと受け入れて、ガブガブと一瞬で食べてしまった。
オリヴィアは不気味な笑みを浮かべながら、地面から突き出た岩で柳葉刀をゴシゴシと研いでいた。
次の日、傭兵側の斥候のジャックはヒラリーパーティーがジョット邸に入っていくのを高い木の上から監視していた。ベースキャンプは判らなかったが、この辺りに隠れていれば必ずヒラリーパーティーを発見できるだろうと高を括っていた。
地上から8mぐらいの高さの木に登っていれば、アンデッドに嗅ぎつけられない…ジャックはそう思っていた。
ジャックがジョット邸を監視していると、下の方で物音がした。ジャックが下を覗き込むと、黒髪の少女が木の枝に麻縄を掛けて登ってきた。
「お…お前、誰だっ!」
「あたしはアンネリって名前だ…あんたと同じ斥候だよ。」
「…何っ⁉︎ヒラリーのパーティーかっ!」
「ふふふ…あたしは九人目のメンバーだ。」
すると、木の下では十数匹のスケルトンやゾンビがアンネリを追って麻縄に群がり始めた。
「…お前が引いて来たのか…何てことしやがるっ!」
アンデッドが最初の木の枝に登ってくると、アンネリはひとつ上の枝に飛び移った。こいつ…アンデッドを俺のところまで連れてくるつもりだ…そう思ったジャックはアンネリに向かってナイフを投げた。アンネリはジャックの投げナイフを自分のナイフで軽く弾き落とし、またひとつ枝を登った。
焦ったジャックはさらに高い枝に移ろうとした。ジャックが上の枝に右手を掛けた瞬間、その枝がボキリと折れた。ジャックはバランスを崩し、すかさず左手で近くの小さな小枝を握った。
「うぎゃあっ…!」
ジャックは悲鳴を上げて木から転落していった。そこには、登りきれていなかった十匹のアンデッドが待っていて、ジャックはあっという間にアンデッドにたかられて…絶命した。
アンネリは枝の上でにんまりしながら、ジャックが落ちる瞬間に握った小枝から血のついた銀の撒菱数個を回収した。そして、枝から飛び降りると「セカンドラッシュ」で加速してアンデッドたちを引き離し、ヒラリーたちが待つジョット邸に駆け込んでいった。
「アンネリ、来たね。首尾はどうだった?」
「うん…うまくいった。」
アンネリはすぐにアナの隣に移動した。
「アンネリ…首尾って何?何をしてきたの?」
「えっとね…お掃除してきたの。」
スコットは傭兵たちを引き連れてジャックと合流すべく、ジョット邸の方向に移動していた。そして、アンデッドの一団と遭遇した。
「ううっ…ジャック…。」
アンデッドの中を…変わり果てた姿のジャックがゾンビと歩調を合わせて歩いてきた。




