百十六章 黒のセレスティシア
百十六章 黒のセレスティシア
戦車隊の隊長は大声で部下たちを鼓舞した。
「怯むなぁ〜〜っ、リーンにログレシアスに匹敵する魔導士はもういないっ!これはハッタリだ、突っ込めぇ〜〜っ‼︎」
戦車隊は空中でゆらゆら揺らめいている怪物に殺到していった。
「吹き替えありがとう、ジャクリーヌさん。あとは私に任せてっ!」
「頑張れよ、ヴィオレッタ…!」
ジャクリーヌはヴィオレッタと繋がっていた木綿糸を切って、空中にヴィオレッタを残したまま全速力で後方に下がっていった。
風は微かに追い風…ヴィオレッタは戦車隊に向かって、宙をゆっくりと進んだ。そして、右手に握ったリール女史に力を込めた。すると、ヴィオレッタを中心に風が渦を巻き始めた。
「うおおおぉっ…!」
突然、戦車隊の目の前に巨大な竜巻が現れた。戦車隊の兵士は竜巻に向かって槍を投擲したが、風の壁に巻き取られ、ことごとく上空高くに消えていった。竜巻の目の中でヴィオレッタはゆっくりと回転して…死神の舞を踊っていた。
竜巻はどんどん勢力を増し、騎馬隊全てをその勢力圏に捉えた。馬を横倒しにし、馬車をひっくり返して騎乗していた兵士は空に高々と巻き上げられていって…そのまま墜落死した。
それを見ていたファランクスは前列が停止しようとしたが、後続の圧力で止まるに止まれなかった。
前進してくるファランクスをヴィオレッタは「敵意あり」と見做し、「ウィンドカッター」の呪文を唱えてリール女史を握った右手をファランクスに向けて振り下ろした。無数のつむじ風が発生し、ファランクスに激突した。
キンッ…ガガガガンッ…カカンッ…
鋭い音を立てて、タワーシールドやプレートアーマーに亀裂が走った。だが、ファランクスはよろめきはしたものの…健在だった。
肩の上で一生懸命自分の縦糸を撚り糸にしているメグミちゃんにヴィオレッタは「念話」で囁いた。
(「ウィンドカッター」は効果薄みたいよ…?)
メグミちゃんは撚り糸を作るのをやめて、その糸を食べ始めた。
今日は快晴、「サンダーボルト」は使えない…そうなるとアレしかない。
ヴィオレッタが呪文を唱えると、右手に大きな暗雲を宿し…白い閃光がファランクス目掛けて発射された。強烈な雷電がファランクスの中を伝播していって…一人残らず、その胸部を貫いていった。
辺りに焦げ臭い匂いが立ち込めた。前列の者はほぼ即死、後列の者も瀕死となった。「チェインライトニング」だ。
戦車隊とファランクスは壊滅した。ヴィオレッタは「水渡り」を止め、地上に降りて辺りを見回し、今更ながらリール女史のとんでもない威力を再確認した。すると、ファランクスの最後尾に位置していたであろう金属鎧の兵士のひとりがよろよろと立ち上がった。
ヴィオレッタはその敵兵士に近寄り…両手を広げて高く掲げた。一陣の風が吹き、ヴィオレッタの黒いストールが風に舞った。それを見た兵士は腰を抜かしてしゃがみ込んだ。そして…つぶやいた。
「…魔女だ。…黒い…喪章の…魔女だ…!」
ヴィオレッタは言葉を発することなく無言を通した。…喋っちゃうと女の子であることがバレちゃうから…。
兵士は取り乱して、地面を這うようにして逃げ出した。ヴィオレッタは敢えてその兵士にとどめを刺さなかった。…願わくば、自陣に帰って自分の身に起きた不幸な出来事を仲間に吹聴してちょうだい…できるだけ大袈裟にね。
リーンとドルインの軍隊が到着して、残存していたラクスマン軍の歩兵を掃討していった。
掃討軍に混じってジャクリーヌは兄シェーンを探した。そして、地面に横たわる瀕死のシェーンを見つけ出した。シェーンは満身創痍で…特に、脇腹に深々と刺さった槍が致命傷だった。
「兄者…兄者っ!しっかりしろ、ベルデンは勝ったぞっ‼︎」
「…勝ったか、へへへ…ざまぁみろだな…。」
ヴィオレッタが駆けつけ、すぐに「ヒール」を施した…だが、ヴィオレッタは思った。出血が酷い…これは手遅れかも…。
「ヴィオレッタ、頼むっ!兄者を救ってくれ…!」
「…今、やってる…。誰か…どっかにお坊さんはいないっ⁉︎探してっ‼︎」
出血を止めるには、セコイア教の僧侶の「神の回復の息吹き」が必要だった。しかし、この戦場に僧侶はいなかった…。
「ジャクリーヌ…次の族長はお前だ…」
「そんな…弱気な事を言うなよっ、絶対助かるっ…!」
「…多くの仲間が死んだ…下っ端だろうが族長だろうが…死ぬ時は死ぬのさ…へへ。まぁ…戦場で死ねて良かったぜ…」
「兄者…兄者あぁ〜〜っ…!」
ジャクリーヌの兄を救うことはできなかった。
ヴィオレッタは痛感した…ここに僧侶が、神聖魔法を使える者がいたら助かる命は多かったはずだ…もっともっと戦時体制の環境整備が必要だ。
命からがら帰還したラクスマン王国の兵士たちは口々に証言した。
「ば…化け物が出たっ!アレは人間じゃない…エルフでもない…アレは魔女だ…。」
「俺も見た…アイツは空を飛んでいたっ!…それで、アイツは空から『トルネード』を…超弩級の『トルネード』を撃ってきやがった…誰だ、魔導士はいないって言った奴はっ⁉︎」
「…俺は知ってるぜ、アレは魔族だ…。リーンは魔族の魔女を連れてきやがったんだ…一週間前の戦争も魔族が噛んでた。あいつら魔族と結託したんだっ!」
「アレは死神だ…黒い喪章のストールをつけてた。ログレシアスの野郎が冥府から連れてきやがったんだっ…!」
「いや…ログレシアスだ。ログレシアスはサマナーだったんだっ!死に際にとんでもないモンスターを召喚したんだっ!」
ラクスマン王国の軍上層部は困惑した。事前情報と現場の情報が大幅に食い違っていたからだ。
「ログレシアスの孫といえば…スタイレシアス、ティルメシアス、ヘレネシア…こいつらはもう死んでいる。今になって…セレスティシアなる者はどこから現れた?本当にログレシアスの孫なのか?密偵の情報は確かなのか…?」
「うむ…密偵の情報では、セレスティシアは年端も行かぬ少女だということだったが、目撃情報では少女どころか、身の丈3mの怪物だったと言う…一体どういうことなのだろう…。」
「戦車隊とファランクスが全滅したことは紛れもない事実…セレスティシアがログレシアスに匹敵する魔道士であることは疑う余地はなかろう…。ログレシアスめ、我々の目を欺いて自分の後継者をどこかで育てていたのかもしれん…。」
「密偵の最新の情報では、セレスティシアはリーンの新しい族長になったそうだ…その見方が正しいだろう。セレスティシアはログレシアスと違って冷淡かつ冷酷のようだ。はてさて…リーン攻略は難しくなってきたな…。」
「黒いストール…黒のセレスティシアか。何百年も待って、やっと目の上のこぶのログレシアスが死んだというのに…。なんとかせねばなるまい、情報がもっと必要だ…。密偵の数をもっと増やせ!」




