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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百十五章 南部戦線

百十五章 南部戦線


 ヴィオレッタは村の巡回を取りやめ、念のためスクルにリーン兵の招集と編成を指示した。

「リーン兵の編成が終わったら、兵隊連れてすぐに追っかけてきてっ!あと、ドルイン自治区にも声を掛けてっ!」

「セレスティシア様はどうされるのですか⁉︎」

「この伝令さんと一緒に、ベルデン自治区に行ってきますっ!」

 ヴィオレッタは「水渡り」状態で、ベルデンの伝令の馬の後ろに乗った。馬に乗れないグラントは今回もお留守番だ。

 ベルデン族長区といえば、ジャクリーヌがいる族長区だ。族長の妹と言っていたのを思い出し、ヴィオレッタは気になっていた。

 四時間ほど馬を走らせて、昼前にヴィオレッタはベルデンの本営に到着した。ベルデン族長区はリーン族長区の隣なので、マットガイスト族長区よりは比較的近い。

「…お邪魔します。」

「んん…あんた誰だ?」

 応対したのはベルデンの族長シェーンだった。ヴィオレッタはぺこっと頭を下げて挨拶した。

「リーンのセレスティシアと申します…。」

「え…あんたが⁉︎…言われてみれば、確かにジャクリーヌが言ってた通りだ…しかし…本当に女の子なんだな…。とりあえず…ログレシアス様は残念だった。…それと、族長おめでとう…。悪いな、俺は礼儀とか社交辞令とか分からないんだ…。」

「いえいえ、今はそんな場合じゃありません、置いときましょう…それで、ジャクリーヌさんは?」

「大隊を率いて前線に出てる…。」

「…状況は?」

「圧倒的に不利だ…。東部戦線で四千人殺された弔い合戦のつもりなのだろう…戦車を持ち出してきやがった…。俺たちは騎馬民族で、騎馬が主体だ。今まではあいつらは歩兵が主体だったから少ない兵力でも均衡が取れてたんだが…。」

「常識的に考えたら、あれだけの大敗をしてまだ一週間しか経っていないのに…こんな大攻勢を仕掛けてくるとは尋常じゃない…。ラクスマンの兵隊や食糧は無尽蔵なのかしら…⁉︎」

「いや…決して数は多くはないんだ…。」

「…?」

「向こうは少数精鋭というか…十数台の戦車を先頭にしてこっちの防衛戦を喰い荒らし…その後からファランクスが突入してくる…。」

「ファランクスかぁ…!」

 ファランクスとは密集重装甲歩兵団のことである。タワーシールドと槍を持ったフルプレートアーマーの兵士が密集して進軍してくる。隙間なく並んだ重装甲歩兵が歩調を合わせて進む…敵集団とぶつかると全体で押してくる。硬い鎧で少々の物理攻撃はものともせず、とにかく前進して敵の陣形を分断し防衛線を突破する。ロングボウで射てもタワーシールドを頭にかざして屋根を作る。ファランクスの数人が倒れても、その隙間を詰め仲間の死体を踏み越えて行軍をやめない。馬でも人間でも、生身の体ではその圧力を止めることはできない。

「何で今になってこんな戦法を…今まではやってこなかったの?」

「…魔道士だ。こっちには魔道士がいないんだ。強力な範囲魔法があれば一撃なんだが…昔もファランクスはあったんだ…その時はログレシアス様が前線に現れて、ファランクスに雷を落としてくれた…。」

「ああっ…!」

 敵はログレシアスが死んだことを知っているのだ。強力な魔道士がいなくなって…それで今、ファランクスなのか!…こちらの情報が漏れている⁉︎

 その時、本営の幕屋に、麦藁をたくさんくっつけた木製の仮面を被った兵士が飛び込んできた。その兵士は全身傷だらけだった。

 ベルデンの兵士は敵と戦う時、怪物のような恐ろしい仮面をつけるという独特の風習を持っていた。この仮面で相手を威嚇しながら戦うのである。

 兵士は叫んだ。

「兄者、ダメだっ!防衛線はズタズタだっ…私の大隊もほぼ壊滅したっ!じきに戦車がここまでやってくるぞっ‼︎…ん?」

 兵士はヴィオレッタを見とめると、仮面を脱いだ。…ジャクリーヌだった。

「ジャクリーヌさんっ!」

「ヴィオレッタッ!…来てくれたんだっ⁉︎」

 二人は手を取り合って再会を喜んだ。ヴィオレッタはすぐに腰のリール女史を抜いて、ジャクリーヌを「ヒール」した。

「ジャクリーヌ…ここを頼む。小隊を率いて戦車を止めてくるっ!」

「兄者…無理だっ!」

「シェーンさん、しばらくしたらリーンとドルインの軍隊がやってきます。一度撤退して軍を再編成しましょう…」

 シェーンはヴィオレッタの言葉を聞かずに、幕屋を飛び出していった。

「だめだ…リーンの軍隊は間に合わない…でも、兄者が…!」

 ジャクリーヌは仲間の傷の手当てを振り払っていきりたっていた。しかし、目は潤んで涙を溜めていた…。

 何と無慈悲な仕打ちだろう。ログレシアスの死からまだ一週間…この連中は死者を悼む時間さえ与えてくれず、あまつさえさらなる生贄を要求してくる…ヴィオレッタは内から込み上げてくる悲しみと怒りを抑えることができなかった。

「あいつらはお爺様が亡くなったことで調子に乗ってるみたい…痛い目を見ないと分からないみたいね。…よぉ〜〜し…いいでしょう、とことんやりましょう…」

「ヴィオレッタ、何する気?…アンタは逃げないとヤバいって!」

「…欺瞞作戦をやりましょう…。」

「…ぎ…ぎ…何っ…?」

「…こっちにはとんでもない怪物がいるって思わせるんですよ。ジャクリーヌさん、私用の仮面を作ってくれませんか…?」

「え…え…今⁉︎」

「…今ですっ‼︎」

 ジャクリーヌは理解不能なヴィオレッタの決意に煽られ、自分の被っていた仮面をヴィオレッタに手渡した。ヴィオレッタは受け取った仮面を見て…

「これ…全然怖くないですね…どこかに白と黒と赤の絵の具はないですかね…。」

 センスの違いだった。


 ベルデンの騎馬隊は敗走していた。それを執拗に十数台のラクスマン王国軍の戦車が追いかけていた。二頭曳きの戦車は表面を鉄板に覆われ、両輪の軸には長い鋼の突起物がついていて高速で回転している…これで敵を引っ掛けてズタズタに引き裂くのだ。

 戦車の後から百人からなるファランクスがゆっくりと進軍し、手負の者、動けなくなった者にとどめをさしていた。

 戦場に女の声が響き渡った。

「邪なる者…心して聞け…。我はこの地に、リーンに舞い戻った…」

 敗走するベルデンの騎馬と入れ違いに、一頭の騎馬がゆっくり進んできてラクスマンの戦車隊に立ちはだかった。

 騎馬には女がひとり…そして、その女の1m上空を人ならざる者がゆらり、ゆらりと左右に揺れながら…浮いていた。

「あ…あれは何だ…?」

 戦車の騎手は異様な物体の出現に、思わず戦車の速度を緩めた。

 それは丈の長い白いワンピースを着ていて手も足も見えず、袖と裾だけががふわふわと風に舞っていた。銀色の長い髪は上下左右に舞い狂い、その中央で白黒に塗り分けられた無表情な仮面がこちらを見ているように思えた。

「…ログレシアスの嫡流にしてリーンの守護者…精霊を統べる者にして神の裁き人…我が名はセレスティシア…。人の身で我の寝所を侵す者は誰ぞ、我の同胞に牙を向ける者は誰ぞ…さぁ、命を惜しまぬ者は名乗りをあげよ…神罰を与え、死者の列に加えようぞ…。」

 戦車隊が近づくにつれて、無表情だと思われていた仮面は不気味な様相を呈していることに皆が気がついた。右半分は黒で吊り目に穴が穿たれ、その中から青い瞳がこちらを窺っていた。もう左半分の白い部分には目が赤色で塗られていて血の涙を流していた。そして…首に巻かれた黒くて長いストールは風で横になびき、迫り来る敵に凶兆を投げかけていた。

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