十一章 オーク討伐
十一章 オーク討伐
ダフネは冒険者ギルドの扉をくぐった。ギルドホールはたくさんの冒険者でごった返していた。その中で、すでにヒラリーがテーブルに座っており、ダフネを手招きした。
「ダフネ、おはよう。」
ダフネは四人掛けのテーブルの空いている席に座った。そして毅然とした態度で答えた。
「おはよう…ございます。朝っぱらから一体何の用ですか⁉︎」
「まあまあ、とりあえずお茶飲もう。バーテンダー、ハーブティーふたつね。」
二人はハーブティーをすすった。ダフネにとっては針の筵に座っているような時間だった。
ヒラリーが手巾を取り出し、それを開いてダフネに見せた。手巾に包まれていたものはひと房の髪の毛だった。
「ダフネ、この髪の毛に見覚えはあるかな?」
「ああ…多分、アンネリの髪じゃないですかね。アンネリは東の国の血が濃くて、真っ黒で真っ直ぐな髪の毛なんですよ。」
西の国にも黒髪の人はいるが、純然たる黒髪ではなく黒に近いブルーネットである。からすの濡れ羽色と言われるが如く、東の国の黒髪は光沢があって独特だ。
「ヒラリーさん、これをどこで?」
「うーん、昨日の夜、私の常宿でね…これと一緒に…」
ヒラリーはもうひとつの手巾を取り出し開いて見せた。4本のクナイが入っていた。ダフネは愕然とした。もしかしてアンネリが…⁉︎
「昨日の夜、この投げクナイで殺されかけたのよ。なんとか賊に手傷を負わせて撃退したんだけど、その時にこの髪の毛も落としていったわ。」
ダフネは言葉がなかった。ああ、それでアンネリは具合が悪そうにしてたのか!アンネリめ…余計なことを…。
「さて、何か言うことは?」
「……。」
「何もないか、まあいいや。それでさ…話は変わるんだけど、ちょっと頼めないかな?」
「え…何を?」
「今からギルド全員でオーク討伐に行くの。人手が足りなくてね、ダフネも来てよ。」
今朝早く、レイチェルからオーク討伐クエストが発表された。オーク討伐クエストは定期的に発生しており、割の良いクエストで人気があった。それでこのごった返しである。
「え!あたし?今から…ですか?」
「そうよ、今からよ。早く準備してきて。急いで急いで!」
「で…でも…」
「ほらほら!ぐずぐずしない‼︎」
ヒラリーに負かされたこと、アンネリの暗殺のこと、そんな負い目があってヒラリーの頼みを断ることができなかった。ダフネは急いで極楽亭に戻り準備をした。みんなはまだ寝ていた。
「おや、ダフネ。早かったな。」
「いや、今からオーク討伐に行く。今日は帰れないかもしれない。ヘクターさん、みんなに言っといて!」
ダフネは装備をガチャガチャいわせながら、極楽亭を飛び出して行った。
冒険者ギルドの前に四頭曳きの大型馬車が一台停まっていて、冒険者たちが次々と乗り込んでいた。
「ダフネ、早く乗り込め!」
ダフネは訳も分からず、急かされるままに馬車に乗った。すでに十人以上の冒険者が乗っていた。
「どこに行くんですか?」
「南の国境まで行くよ。そこでこれから三日間、オークを殺しまくるよ!」
「えっ!三日間⁉︎」
馬車は出発した。
ヒラリーの話だと、今から行くのは国境近くの牛の放牧地らしい。六人編成の冒険者パーティー五つを放牧地に広く展開させ、オーク達を半包囲して殲滅していく。三日で次の部隊と交代し、前の部隊は三日休む。オークがいなくなるまでこれを繰り返すのだと言う。
馬車は五時間近く走って、なだらかな起伏のある丘陵地帯にさしかかった。膝まで伸びた緑の牧草が辺り一面を覆っていた。馬車は時折停車すると冒険者を下ろし、また出発した。
「ダフネ、ここで降りるぞ。」
馬車はダフネとヒラリーを降ろすと、さらに牧草地を走っていった。
「あの馬車、どこ行くんです?」
「第1、第2パーティーのところに行ったのさ。さっき停まったのは第4、第5パーティーの連中を降ろしたんだ。私達は第3パーティーね。」
二人が馬車を降りて丘陵地を少し下ると、四人の人影が見えてきた。
「ダフネェ〜〜!」
ダフネを大声で呼んだのは女クレリックのアナだった。
「やあ、アナ…。」
「ヒラリーさんから聞いたわ。あなたがうちのパーティーでオーク狩りをしたいって、それで合流してくるって聞いて楽しみにしてたのよ。ヒラリーさんとは仲直りしたのよね?よかったぁ!」
「……?」
ダフネはヒラリーを見た。するとヒラリーは笑って目をぱちぱちさせた。ヒラリーはアンネリの暗殺の件を仲間には伏せているようだ。
「よう、ダフネ。俺はデイブだ、あんたと同じ戦士だ。見たぜ、ヒラリーとの模擬戦。その若さでもうスキル持ちかい、それも二つ…強いな。」
声をかけてきたのは大柄でがっしりした顎鬚を生やしたおじさんだった。金属製のヘルメットとブレストアーマー、下に皮のチョッキを着て、ラージシールドとバトルハンマーを装備していた。
「いえ、強くないですよ。ヒラリー…さん…にはこてんぱんにやられましたから。」
「はははは、ヒラリー相手にいいとこまで行ったじゃないか。十分強い強い!」
「私とデイブは十年来の仲間だ。一級だから信頼していいよ。」
ヒラリーとデイブは拳をぶつけ合った。
灰色のローブを着た背の高い男が近づいてきた。
「初めまして、サミュエルです。サムと呼んでください。二級魔道士です、よろしく。」
最後に自己紹介をしたのは、ツーハンドソードを持ったフルプレートメイルの若者だった。
「ネイサン、二級剣士です。僕もあの模擬戦見てましたよ。僕もヒラリーさんのパーティーは今日が初めてです、よろしく。」
「ネイサンは元騎士様だから、二級だけど強いよぉ〜〜!」
「やめてくださいよ、ヒラリーさん…。」
ネイサンは少しはにかんでいた。
「それじゃあ、みんなが集まったところで今回の作戦の説明するよ。」
第1から第5までのパーティーが丘陵地帯の放牧地に散開してオークを狩る。真ん中の第3パーティー、つまりヒラリーパーティーが旗艦となって全体の指揮を執る。各パーティーに配置した魔道士が念話を使って旗艦パーティーの指示を伝えたり、パーティー間での情報共有を行う。
「早速、オーク狩り始めるよ。前衛は私とデイブ、ダフネとネイサンのツーマンセル、アナとサムは後衛ね。適時、魔法とヒールよろしく。前衛諸君、ヒールが欲しい時は武器を高く掲げてくるくる回すこと。」
盾持ちのダフネがネイサンの前を歩いた。するとすぐに、後ろから支援魔法「アディショナルストレングス」と「アディショナルデキシタリティ」が飛んできた。優秀な後衛だ。
ダフネはオークと戦ったことがなかった。イェルマ渓谷にも時々出没するが、先輩達がすぐに退治してしまう。先輩達の話によると、オークの大きさは人間と同じぐらいで、大きいものは2mぐらいにまでなる。頭から背中にかけて茶色の剛毛で覆われていて肌は浅黒い。力は熊並みである。
偵察で出ていた第2パーティーの斥候から、魔道士を経由して連絡が入った。
「前方200m、オーク多数!二十ぐらいいるぞ!」
ダフネの鼓動が早まった。二十って、六人で倒せるの⁉︎
すると、左右の林の陰から第2、第4パーティーが現れ、オーク数匹と接敵した。なるほど!
「真ん中は私達でいただくよぉ〜〜!突撃ぃ〜〜‼︎」
ヒラリーの掛け声で第3パーティーはオーク七匹めがけて猛然と突っ込んでいった。
「サム、お願い!」
ヒラリーの声に呼応して、サムが後方から前に出てきた。
「法と秩序の神ウラネリスの名において命ずる。風と水の精霊よ。シルフは集いて舞い踊れ、互いに手とれウンディーネ。剣の上で踊り狂え。而して我が敵に仇をなせ…貫け!チェインライトニング‼︎」
サムの手が風を纏い、手の中の霞がどんどん膨らんでいった。そして…
バリバリバリッ
サムの手から放たれた雷撃はオークの腹を直撃し、貫通してその後ろのオークの胸に至った。さらにそれは飛び火して、そのまた後ろのオークの腹に命中した。前二匹のオークはすす煙を上げながら倒れた。即死だ。そして後ろのオークは悶絶しながらうずくまった。
デイブが「パワードマッスル」を発動させ、別のオーク二匹に向かって行った。
デイブはオークの棍棒の一撃をシールドでいなしながら横に移動し、オークの後頭部をバトルハンマーで強打した。オークはよろけて倒れ込みそうになっているが、デイブはそれを無視して次のオークに備えてシールドを構えた。オークの棍棒をシールドで防ぐと今度はオークの体に貼り付いた。先のオークにとどめを刺して駆けつけてきたヒラリーがオークの向こう脛を踵で蹴った。片膝をついたオークの頭をデイブが殴りつけ、後ろをとったヒラリーが背中から心臓を突いた。そして、サムのチェインライトニングで生き残ったオークに駆け寄っていった。
「あちらの連携は素晴らしいな。こっちも頑張ろう!」
ネイサンの言葉でダフネに気合いが入った。ダフネも「パワードマッスル」を発動させた。こちらも二匹、どう対処する?
後ろでスキル発動の気配を感じた。それと同時に前方のオークの肩口が裂け大量の血を吹いた。ネイサンが「遠当て:兜割り」を使ったのだ。
「とどめを頼む!」
そう言って、ネイサンはもう一匹のオークと対峙した。ダフネはオークの頭を叩き割ると、すぐにネイサンの後を追った。
ネイサンはオークの棍棒の連続攻撃をツーハンドソードでかろうじて凌いでいた。ダフネは隙を見てオークの脛を蹴った。よろけたオークの首をネイサンが一撃で切り飛ばした。
(ヒラリーさんのをまねしてみたけど、脛蹴りは結構有効なんだ。そういえばたまにオリヴィアさんも使ってるな。)
「ナイス、ダフネ!」
褒められてダフネはちょっと嬉しかった。
「おおー、そっちも片付いたね。今の脛蹴りよかったよ。」
「あははは…」
ヒラリーはいきなりダフネの向こう脛に蹴りを入れた。
「ん⁉︎」
「おっ、脛当てを使ってないからどうかと思ってたけど、ちゃんと鍛えてあるんだね。良い師匠についてるね、重要だよ。混戦になると相手の脛がガンガン当たってくるし、狙ってくる奴もいる。最近の若い冒険者は自己流が多くてさ、剣は振れるけど脛を蹴ったらイチコロなんだよ。」
ヒラリーは笑ってダフネの肩をポンっと叩いた。
その時、サムが慌てた様子でヒラリーに報告を入れた。
「第4パーティーが苦戦してるみたいです。救援を求めてます!」
「ネイサン、ダフネ!アナを連れて救援に行って‼︎」
三人は200mほど離れた第4パーティーへ走っていった。ヒラリーは指揮官でサムは連絡係だ。定位置を離れるわけにはいかなかった。
三人が駆けつけてみると、四匹のオークと交戦中だった。すでに混戦状態に突入しており、前衛ひとりで一匹のオークと戦うという有り様だった。魔道士はヒールで忙殺されており、アーチャーはなす術なく短剣を持って立ち尽くしていた。明らかに戦術ミスと火力不足だ。
「ダフネ、アナ、頼む!」
ネイサンの要求はすぐに分かった。アナは呪文詠唱に入った。
「法と秩序の神ウラネリスよ、我らは汝の子にして汝に忠実なる者…」
ダフネは「ウォークライ」を発動させ、一瞬オーク達の動きを止めた。ウォークライは範囲スキルである。味方も巻き添えになるが仕方がない。
ネイサンは「疾風」で冒険者の頭を砕かんとするオークの右手を断ち斬り、さらに続けて「遠当て:兜割り」でもう一匹のオークの頭部に致命傷を与えた。
「…願わくば、我らに大いなる慈悲と癒しを与えたまえ…降臨せよ!大いなる神の癒し‼︎」
アナの全体回復魔法が発動した。持ち直した第4パーティーはダフネやネイサンと共に残存オークを一掃した。
多数の矢が刺さったオークの死体があった。多分、アーチャーが一匹に固執して矢を浴びせたのだろう。そしてその間に他のオークの接近を許したのだろう。
アナが裂傷を負った戦士や腕を骨折した剣士を治癒魔法で治療していた。
「骨はくっつきましたけど、しばらくは動かさないでくださいね。」
回復魔法の「ヒール」は体力は戻るが裂傷や骨折を治すことはできない。それはクレリックの治癒魔法のみがなせる業である。ダフネはクレリックの治癒魔法を目の当たりにして、クレリックが欲しいと言った房主の気持ちが分かった。
(全治にひと月はかかる骨折が一瞬か…)
太陽がだいぶ西に傾いた。冒険者たちは三回の戦闘をこなし、野営の準備を始めた。分散していた各パーティーは一ヶ所に集まった。
アナはヒラリーの監視のもと負傷した冒険者の手当てをしていた。
「おいこら、擦り傷ぐらいで来てるんじゃないよ。ひとりしかいないクレリックを潰す気か?薬草塗っとけ。はい、次!」
「ヒラリーさんったらぁ…。」
ダフネと他のメンバーは早めの夕食を摂っていた。デイブがダフネに喋りかけた。
「ダフネ、なかなか良い調子だったじゃないか。オーク狩り、初めてとは思えんぞい。」
「ゴブリンは狩ったことあるけど、本当にオークは初めてですよ。」
「ダフネは戦い慣れしてますね。勘もいいし、オークに全然、もの怖じしてなかったですよ。」
ネイサンもダフネを褒めた。ダフネははにかみながら言った。
「みんなの連携も凄かったですよ。息が合っていたっていうか…」
「経験だよ、経験!」
トウモロコシのお粥の椀を持ったヒラリーがダフネの横に座った。それを追って治療を終えたアナもやって来た。
「実戦経験を積めば、この場面では自分は何をすべきか仲間は何を求めているかが分かってくる。それが連携になるんだよ。一回目の戦闘で、サムが最初に大技のチェインライトニングを使ったのは、七匹のオークを前衛が全部受け止めるのはきついと思ったからだね。良い判断だ。」
「なるほど…」
「今日、ネイサンと組んでどうだった?」
「ネイサンは判断が早かった…」
「だね。初めて組んだネイサンとも連携が取れるのは、ネイサンが場数を踏んでて仲間に的確な指示を与えることができるからだよ。私とダフネの模擬戦を見てて、ダフネがウォークライを使えることを知ってたしね。」
「うひょひょ、俺が行ってたら第4パーティーは全滅してたかもな。俺、パワードマッスルしか知らんし。」
「あはははは、デイブ、卑屈になるな。あんたにはあんたの活躍の場所があるからさ。」
ヒラリーとデイブの会話にネイサンが割り込んだ。
「ヒラリーさん、第4パーティーはどうします?今日は何とかなりましたが、やばいですよ?」
「デイブ、とりあえず明日から二日間、第4パーティーで指揮をとって。パーティーって気の合った者同士でやってるから、こっちで勝手に入れ替えたりできないからね。」
「なんと!」
「一級冒険者の経験ってヤツを、二日間みっちりあいつらに教えてやってくれ。」
「あんまりこき使わんでくれぇ〜〜、もうすぐ四十だぞ、俺!」
デイブの弱気発言にみんなが大笑いした。
野営地にはたくさんのたいまつが設置され、オークの夜の襲撃に備えていた。




