百九章 ログレシアスの死
百九章 ログレシアスの死
セコイアの大樹…御神木がある「セコイアの懐」の村。
朝、ご飯を食べ終えたハーフエルフの子供たちが、村の空き地でいつものように蹴鞠をして遊んでいた。
小径からひとりの少女がゆっくりと歩いてきた。その少女は向こうが透けて見えそうな薄いシルクのワンピースを着ていて、ゆったりとした金髪の長い髪は腰の辺りから巻いていた。
少女は村の子供たちに近づくと声を掛けた。
「みんなぁ〜〜、何してるの?」
「何って…見たら分かるじゃん、蹴鞠だよ。」
「ふぅ〜〜ん、蹴鞠かぁ…初めて見たわ。」
「あれ、お姉ちゃん、この辺の人じゃないね。まる耳だね。どっから来たの?」
「あっちから…。」
少女は東の空を指差した。
「私も蹴鞠に混ぜてよぉ…。」
「ええ〜〜…まぁ、いいけど。」
少女は自分の足元に転がってきた鞠を足の甲の上に乗せると、器用に二度、三度とリフティングして、手を使わずに膝、肩と移動させ、最後は頭に鞠を乗せてバランスを取った。
「凄えぇ〜〜っ!初めてって、嘘じゃんよっ!もっかい見せてよ、やり方教えてぇ〜〜っ!」
少女はすぐに子供たちの人気者となり、子供たちの蹴鞠に混ざって遊んだ。
子供たちの中のひとりが蹴鞠をしながら、少女に言った。
「お姉ちゃんの周り…なんかキラキラ光ってるねぇ!」
「おやぁ、キミは見える側かぁ…将来有望だね!」
昼過ぎ、スクルとヴィオレッタを乗せた馬がリーン族長区に戻ってきた。山の麓に到着すると、二人は馬を降り徒歩で「セコイアの懐」を目指した。
二人は狭い坂道を登って、「セコイアの懐」の村にたどり着いた。
「待ち人来る…。みんな、ありがとうね。私、行くわ。」
少女は子供たちの輪からはずれると、ヴィオレッタの方向に歩いていった。
ヴィオレッタはこちらに向かってくる少女に気づいた。そして…腰が抜けんばかりに驚いた。
「うわぁ…‼︎」
少女は眩いばかりの七色の光に包まれていた…ヴィオレッタの目にはその光が眩し過ぎて少女の体がよく見えなかった。オリヴィアは何度も自分の目を擦った。多分あれは四精霊だ…仲の悪いウンディーネとサラマンダーも一緒くただ!赤、青、白、黄の精霊たちが混ざり合って虹色に見えるのだ!…ようやく目が慣れた。
「こんにちわぁ、ヴィオレッタ。…セレスティシアの方が良かったかしら?」
少女はヴィオレッタに気さくに声を掛けてきた。
「セレスティシア様…お知り合いですか?」
「…し、知り合いじゃありません…。」
「あら、酷い。あ…ヴィオレッタは当時は産まれたばっかりか…じゃ、仕方ないわね。…とりあえず、行きましょうか…。」
「…行くって?」
「ログレシアスのところよ…彼、いま危篤状態なの。」
「…えっ⁉︎」
二人は不思議な少女を置き去りにして、「セコイアの懐」へと急いだ。
二人が到着した時、「セコイアの懐」は大騒ぎだった。
「ああ、間に合った!セレスティシア様、スクルさん、早くこちらへ…!」
エヴェレットは取り乱して泣きじゃくっていた。二人はすぐにログレシアスの寝所に向かった。
寝所にはすでにリーン一族が集まっており、「ヒール」「神の回帰の息吹」「神の処方箋」ができる僧侶のグラウス、テスレア、ティルム、ダーナがログレシアスに魔法を施していた。しかし…その効果はなく、ログレシアスの心拍数と呼吸数は次第に落ちていった。
「ログレシアス様…セレスティシア様とスクルさんが到着しましたよっ…!」
ヴィオレッタとスクルはログレシアスの寝台に近づき声を掛けた。
「ログレシアス様…ログレシアス様ぁ〜〜っ!」
ヴィオレッタが声を掛けても、ログレシアスは反応を示さなかった。
しかし、しばらくすると…ログレシアスは突然目をかっと見開いて、寝台から起き上がった。
「ログレシアス様っ…⁉︎」
ログレシアスは寝台を降りると、みんなを無視してふらふらと寝所の外に出ていった。
「…呼んでいる。私を呼んでいる…行かなくては…。」
ログレシアスはシルフィを纏い…セコイアの御神木を駆け上がっていった。
みんなはセコイアの大樹の遥か上を眺めて、ただ途方に暮れていた。
「セレスティシア様、お願いします!大爺様を…ログレシアス様を…」
「…わかってる!」
唯一「水渡り」ができるヴィオレッタはリール女史を抜くと、飛ぶようにして一気にセコイアを駆け上がり、ログレシアスを追った。
ログレシアスは以前自分が使っていた小さな円筒家屋の寝所に入っていった。ヴィオレッタは追いつき、自分もその寝所に入ろうとした…。
「…待っていましたよ。」
そこには、あの不思議な少女がいた。
ログレシアスは少女をまじまじと見て…つぶやいた。
「…ベネトネリス様…。」
「ログレシアス…お疲れ様でした。さぁ、横におなりなさい…」
ログレシアスは言われるままに寝台に横になった。すると、少女はログレシアスの手を取って続けて言った。
「何も怖れる事はありません…あなたは天寿を全うしたのです。これから、エルフの祖先たちと同じところに行くのですよ…。」
「…ベネトネリス様…私は良い子…でしたか…?」
「…はい。あなたの四千年を見ていました…昔も今も、良い子でしたよ…。」
「…ああ…良かった…。」
その様子を寝所の戸口で見ていたヴィオレッタは、今目の前で起こっている出来事を理解することができずにいた。
「セレスティシア、こちらに来てお爺様を見送って差し上げて。」
少女の言葉に、ヴィオレッタは訳も分からずログレシアスのそばに近づいた。少女は握っていたログレシアスの手をヴィオレッタに渡した。
「…おお…セレスティシアか…ありがとう…ありがとう…ありが…」
ログレシアスは静かに目を閉じ、それと同時に四千百十三年の人生の幕も閉じた…。ヴィオレッタは無言だった。しかし…なぜか…両目に涙が溜まってきて…右の頬の上を一筋流れ落ちた。




