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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百六章 アンネリの機転

百六章 アンネリの機転


 とりあえず宿屋の一階ホールに移動して、ひと息着くためみんなしてお茶を飲んだ。

 グレイスは言った。

「ねぇ、オリヴィア…。気持ちは嬉しいんだけど、あんまり問題を起こすと、コッペリ村に居づらくなるんだけどねぇ…。」

「…あい。」

 オリヴィアは申し訳なさそうに、金髪の頭を指でコシコシと掻いた。

 アンネリが言った。

「オリヴィアさんはもう、イェルマに行かない方がいいんじゃない?またタマラとペトラがやって来て…今度こそイェルマに連れ戻されて、懲罰房行きだよ⁉︎」

「懲罰房かぁ…今度はどのくらいだろう…?」

「…一か月ぐらい?」

「…一か月はわたし絶対死ぬ…。」

 オリヴィアは懲罰房の常連だったので、一週間…せいぜい二週間なら我慢できるが…一か月は無理だなと思った。狭い独房でひとりにされるのが嫌だった。…懲罰房とはそもそもそういうものなのだが…。

「でも…もっとユカリンに養蚕のやり方を教えてもらわないといけないしぃ…まだ卵ももらってないしぃ…」

「…ユカリンって誰?」

 アンネリの疑問にキャシィが答えた。

「ユグリウシアさんです。森のエルフの長老さんですよ。」

 その名前を聞いてヒラリーが思い出した。

「ユグリウシア…って、『救済のアミュレット』の製作者だろ?ここのエルフだったのかぁ…。」

「ああっ…!」

 アンネリとダフネが同時に叫んだ。…通りで聞き覚えがあったはずだ。

「ユグリウシアさんが…なんでユカリン??」

 …という、サリーの疑問は横に置いとかれて、アンネリが話を進めた。

「オリヴィアさん。ヨウサン?…その方法を羊皮紙かなんかにメモとかしてないの?」

 なぜかキャシィが答えた。

「ケントさんが持っていっちゃいましたねぇ。」

 アンネリが続けた。

「その…ヨウサンって…すぐにやらなきゃいけないものなの?…みんなが落ち着くまで待てないの?方法を知ってるのはユグリウシアさんだけ?」

 オリヴィアは頭が混乱したのか、責任放棄をした。

「んんん〜〜〜…分かりませんっ!わたしに訊かないでっ!」

 代わりにキャシィが答えた。

「初回は卵を採るのが目的だから…孵化して繭をつくって蛹になるまで約ひと月、蛹から親蛾になるまで約二週間…。もう10月でこれからどんどん寒くなっていくし、飼育小屋もできてないから…本格始動は春ですかねぇ。」

 アンネリは「おや?」と思った。

「キャシィ…お前、なんでそんなに詳しいんだ?」

「…ん?羊皮紙に書き起こしたの…全部私だから。」

「…オリヴィアさんじゃなくて、キャシィが?」

「はい。」

 考えてみれば…自然な流れだ。そして、アンネリは何かをひらめいた。

「悪いけど…とりあえず、みんなイェルマに戻ってくれないかな。これ以上、状況を悪くしたくないから…。家はコッペリ村の大工を雇うことにした方がいいね。」

 アンネリの言葉にグレイスは頷いて、しょんぼりしているオリヴィアの肩を優しく撫でた。

「ちぇっ…なんか面白いことになるかと思ってたのによぉ…。」

 リューズは愚痴をこぼしながら、みんなを引き連れて宿屋を出ていった。

「キャシィ!…あんたはちょっと残って。」

「…はいぃ?」

 アンネリはキャシィだけを引き止めた。はかりごとは密なるを以て良しとする…。


 次の日の朝、キャシィは格闘家房の房主ジルに呼ばれて房主堂に行った。もちろん、房主堂にはタマラとペトラもいた。

「ああ、キャシィ、来たかい。」

「房主様、何の御用でしょうか?」

「お前…コッペリ村のグレイスさんって人…知ってるかい?」

「はい。昨日、ちょっとだけ会いました。」

「その人がお前を名指しして、護衛に雇いたいそうだ…それも長期だそうだ。」

「分かりました、行ってきます!」

 ペトラが口を挟んだ。

「房主、多分これはオリヴィアの策略ですよ!オリヴィアが何か企んでますっ!」

 ジルはひとつため息をついて言った。

「…だとしてもだ。正式に護衛の依頼があったのだから、何か断る理由があるのかい?イェルマは、場所がトリゴン大砂漠だろうがコッペリ村だろうが、客がちゃんとお金さえ払ってくれればどこででも護衛をする…そうだろう?」

「だけど…。」

 養蚕とその経緯について何も知らないタマラとペトラが、オリヴィア(…ではないけれど)の策略が判ろうはずはなかった。

 房主から魚璽申請書をもらうと、キャシィは嬉々として集団寮に戻り、コッペリ村に遠征?する準備を始めた。そして、麻のバックパックを背負うと練兵部総務局に行って「魚璽」を発行してもらった。「魚璽」は魚の形をした小さな木製の札で、これがあると自由にイェルマ城門の通行ができるようになる。

 キャシィは厩舎で「魚璽」を見せ、馬を借りるとそれでコッペリ村まで走った。「魚璽」を持っていると、様々な融通も利かせてもらえるのだ。ぶっちゃけて言うと…イェルマ発行の天下御免の「お墨付き」だ。

(…なんて良い気分なのかしらっ!この馬もしばらくは私だけの馬…「魚璽」サイコーッ‼︎)

 キャシィはコッペリ村の宿屋の前まで来ると、馬を繋いだ。そのそばには全身とげだらけで頭にヘルメットを被った大きな犬がお座りをしていて、キャシィをじっと眺めていた。キャシィはつぶやいた…。

「何だこいつ…ジェ○○○ンの獣か…!」

 キャシィが宿屋に入ると、ヒラリーたちが待っていた。その中にアンネリを見つけるとキャシィは元気よく叫んだ。

「格闘家房のキャシィ、グレイス一家警護のため、本日付けをもって着任しましたぁっ!」

「ご苦労さん。うまくいったみたいだね。」

 キャシィは得意げに「魚璽」を出して見せた。アンネリはとりあえず労いの言葉をかけ、キャシィにこれからする事を説明した。

「いいかい、キャシィ。あんたはこれからグレイスさんの補佐をするんだ。グレイスさんが養蚕工場を建てて、それが軌道に乗るまで力を貸してあげて。」

「了解ですっ!」

「…まずはグレイスさんの家を建てる手助け…コッペリ村の大工を探して木材の手配なんかもお願い。それから、春までにグレイスさんに養蚕の手順をみっちり教えてあげて。分からないことがあったら、イェルマを往復してユグリウシアさんと綿密に連携をとってね。」

「分かりましたっ!」

「キャシィちゃん…私は何も分からないから、よろしく頼むわね。頼りにしてるわ。」

 キャシィはグレイスに向かって、ペコペコと何度も角度90度のお辞儀をした。

 キャシィは十七歳。姉のベラは三つ年上の二十歳で、ドーラと同い年だ。二十一歳のオリヴィアとリューズが格闘家房の同期で、そのひとつ下がベラとドーラということになる。

 この四人は何をやるにしてもいつも一緒だった。灰汁の強い姉ベラと、さらに灰汁の強いオリヴィアやリューズの影に埋もれて、なかなか地が出せなかったキャシィは今回の一件を人生の転換点だと感じていた。オリヴィアや姉のベラを嫌っている訳ではないが…人生で初めて「自由意志」で行動できる機会を得て、自分の未知の可能性に大いに期待を膨らませていた。

 グレイスの横で呆けているオリヴィアにアンネリが言った。

「…で、オリヴィアさん、これからどうする?オリヴィアさんの仕事、無くなっちゃったね…。」

「どぉしよう…セディもしばらく来れないみたいだしぃ…。」

「オリヴィア、あまり私やセディに気を遣わなくてもいいのよ…。」

 グレイスがオリヴィアに優しい言葉を掛けた。

 アナが知恵を絞って誘ってみた。

「オリヴィアさん、私たちとユニテ村に行きましょうよ!まだ金貨100枚貯まってないんでしょ?」

「うぅ〜〜ん…モンスターをちまちま倒しても、金貨100枚も貯まらないような気がするぅ〜〜…。」

 やっと気づいたか…みんなはそう思った。

 ヒラリーが「カネ」で釣るしかないと確信し…

「ユニテ村のクエストはオーク討伐クエストとは性質が違う…「討伐」じゃなくて「調査」なんだ…」

「…調査?」

「約二十年前にユニテ村全体がダンジョン化して、アンデッドの巣窟になった訳なんだけど…そのダンジョンマップを作るというのが主な仕事だ。ダンジョンといえば…?」

「…ダンジョンといえば?」

「お宝だよっ!」

 ヒラリーは半分嘘をついているが、半分は真実を語っている。

「何ぃ〜〜っ⁉︎」

 オリヴィアの目が輝いた。

「依頼内容は『調査』…だけで、ダンジョン内の『拾得物』に関しては何の言及もないんだ…どういう事か分かるかい?」

「分かる分かる…絶対分かるっ!」

 オリヴィアは損得勘定については理解が早かった。

「…運が良ければもう…金貨100枚とか、そんなレベルじゃないよ…⁉︎」

「オリヴィアッ、行っといでっ!それでシルク工場の建設資金…がばっと稼いでおいでっ‼︎ドーンと稼いできたら、セディも喜ぶわよっ‼︎」

 ヒラリーはオリヴィアを巧みに煽っていたつもりだが…意外にも、食いついたのはグレイスだった!

「はいっ、稼いできますっ!お義母様っ‼︎」

 オリヴィアのユニテ村行きが決定した。

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