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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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百四章 策士ヴィオレッタ

百四章 策士ヴィオレッタ


 セコイアの大樹の下で、グラントが叫んでいた。

「セレスティシア様ぁ〜〜、お食事ですよぉ〜〜!降りてきてくださぁ〜〜い‼︎」

 グラントの呼ぶ声を聞いて、ヴィオレッタは本を閉じた。

 そこはセコイアの大樹の左側のはるか高いところにある小さな円筒家屋だった。出入り口以外は360度本棚で、ひとりが座るだけの小さな椅子とテーブルがあるだけの簡素な部屋だ。それでも、ヴィオレッタにとっては憩いの場所で…この二、三日はずっとこの部屋に籠って本を読んでいた。ヴィオレッタがログレシアスからの褒美に「本が欲しい」と言ったので、ログレシアスが自分の書斎をそっくりヴィオレッタに譲ってくれたのだ。

 数は多くはないが、書斎の本はエルフ語と人語の本がほぼ半分づつあった。オリヴィアはとりあえず人語で書かれた本を読み漁っていた。そして、エルフ語の本を読むためにエルフ語習得の必要性も感じていた。

「メグミちゃん、お願い。」

 ヴィオレッタがそう言うと、TPOで覚えているのか…メグミちゃんはその状況に応じてちゃんと動いてくれる。メグミちゃんの蜘蛛糸クレーンで、ヴィオレッタはスルスルと地上に降りていった。

「グラントさん、今日の晩ご飯は何ですか?」

「ニワトリが卵を産んだので、オムレツと生野菜、それとコーンスープ…だそうです。」

 最近、どこからかニワトリを手に入れてきて近くの村で飼育している。エヴェレットたちは、ヴィオレッタが卵料理が好きだと聞いて気を使ってくれていた…とてもありがたいことだ。

 食堂専用の大きめの円筒家屋に入ると、ログレシアスをはじめとしたリーンの一族がすでにテーブルに着いていた。グラントは外で夕食が終わるのを待っていた。

「…遅れてごめんなさい。」

「セレスティシア、今は何の本を読んでいるのかね?」

 ログレシアスの質問にヴィオレッタは答えた。

「人間の歴史の本…それと、エルフ語の本もちょっと…。」

「お前はエルフ語は分からないのだろう?」

「はい…なので、図形や挿絵を興味深く眺めていました。」

「そうか、もし…エルフ語に興味があるのなら、エヴェレットが堪能だ。教えてもらうといい。」

「エヴェレットさん、構いませんか?」

「はい、喜んで。」

 みんなは粛々と食事をした。間を置いて…甥っ子で721歳のスクルが話し始めた。スクルは普段は「セコイアの懐」にいないのだが、今日は何やら用事があるようだ。

「…東部戦線の圧力が強まっているようです。今日、マットガイストとバーグの使者が報告を上げてきました。ラクスマン王国が前線を押し上げてきているのが原因のようです。どうしますか?…兵を送りますか?」

 ログレシアスは険しい顔をしてスプーンの手を止めた…。

 夕食が終わって、スクルが持ってきた周辺地図によって食卓はそのまま軍事戦略テーブルとなった。地図では、マットガイスト族長区の国境は魔族領と、一部ラクスマン王国領に接している。そして、バーグ族長区の国境もラクスマン王国と接している…これが東部戦線だ。ヴィオレッタはみんなと一緒に東部戦線をじっと見つめた。

 スクルは地図の上のドルイン族長区を示しながら言った。

「ログレシアス様、ドルイン自治区に派兵させましょうか…?」

「ドルインは以前にも派兵している…消耗がまだ回復していない。今回はベルデンに頼めないものだろうか…。」

「ベルデン自治区もラクスマンとの国境…南部戦線を維持するので精一杯ですよ。」

「…リーンから出すしかないのか…?また一族の誰かが死んでしまうのか…。」

 ログレシアスは突然目眩を起こし、「うっ…」と唸ってその場に倒れ込んだ。スクルとエヴェレットはすぐにログレシアスに駆け寄り「ヒール」を試みたが、意識は戻らなかった。ヴィオレッタはその場に、ただ立ちすくむだけだった。


 深夜になって、別室に移されたログレシアスは一度意識を取り戻したが、すぐに寝入ってしまった。何度も起こそうとしたが起きようとせず、ヴィオレッタが訪れる前と同様の長の眠りに就いて…再び目覚めることがないのではないかと、みんなは最悪の事態を危惧して悲嘆に暮れていた。

「近頃はだいぶお元気になって…快癒の兆しがあったのに…。」

「…やはり、心労が深刻だったのだろう。それと…もう寿命かも…。」

 みんな落胆していた。その中で、ヴィオレッタだけは食堂の食卓の上の戦略地図を眺めていた。

(…この形…「クロウ将軍の二正面殲滅作戦」に似てるなぁ…。)

 エヴェレットは食卓から動かないヴィオレッタを見て、声を掛けた。

「セレスティシア様…どうかされましたか?」

 ヴィオレッタはポツリと言った。

「私って、軍隊の指揮権とか…あるのかな…?」

「現状では、ありません…。何か良い方法が?」

「…何とかなるかもしれない。緻密な軍隊運用ができたらの話だけど…。」

「セレスティシア様は現在、次期族長…盟主候補というだけで何の権限もありません。権限があるとすれば、現盟主であるログレシアス様を除けば、軍務担当のスクルですね。スクル、タイレル、ベクメル、ルド、エドナの五兄弟はリーンの軍事部門を任されています…権限といっても我々は自治区の集合体ですから、他の自治区に対しては『要請』とか『進言』という形になりますけど…。」

「エヴェレットさんは…?」

「私は法規担当です。…平たく言うと、セコイア教の取りまとめ役ですね。私を筆頭にグラウス、テスレア、ティルム、ダーナの兄弟姉妹が法規部門を任されています。」

「…じゃ、無理か…。」

「いえ…スクルを呼んで参りますので、是非その方法をお聞かせください…。」


 スクルの馬は夜通し荒野を駆け、次の日の昼頃、マットガイスト族長区とバーグ族長区の国境近くに設置された東部戦線大本営に辿り着いた。大本営は形勢不利の情報が錯綜し慌しかった。

「私はリーン自治区のスクルだ。指揮官のザクレンはいるか?」

「おお、ここにいるぜ。リーンが援軍を出してくれるんだな?助かるぜ、いつ到着するんだ?」

「盟主ログレシアス様の命を受けてやって来た。一時的に、私に全軍の指揮権を譲渡してもらいたい。」

 もちろん、眠りに陥っているログレシアスはそんな命令は出してはいない。

「何だとっ⁉︎冗談も大概にしろっ!おい、ハーフエルフ!お前、今まで指揮はおろか前線にも出たことないだろっ‼︎素人は引っ込んでろっ‼︎」

「これはログレシアス様の命令だ!一刻を争う…従って欲しい。」

「仲間六千人の命が懸ってんだ、従えねぇなっ!」

「…ならばこそだ!ザクレン、お前にはこの状況を打開する手立てがあるのか⁉︎」

「お前にはあるってのかいっ?」

「…あるっ!」

「…言ったなぁ?…もし、負け戦になったら責任取れるんだろうな…?」

「ログレシアス…そしてスクルの名において、リーンが全責任を取ると約束しよう!」

「そこまで言うなら…分かった。お手並みを拝見しようじゃないか…。」

 ザクレンは内心、肩の荷を下ろした気持ちだった。この不利な戦況はザクレンには荷が重かったのだ。ザクレンはスクルに軍の指揮権の象徴「兵符」を渡した。すると…

ゲエェェッ…

 幕屋の外で嘔吐する音がした。そして、ふらふらしながら…ヴィオレッタが大本営の幕屋に入ってきた。

「セレスティシア様、大丈夫ですか?」

「うぐっ…早駆けの馬に八時間も乗ってたものだから…『水渡り』してても揺れが…ちょっと…ぐへぇ…。」

 ザクレンが驚いた顔をして叫んだ。

「お…お前、セレスティシア?なんで…?」

 ヴィオレッタはザクレンを無視して、スクルが持ってきた腰掛けに座ると、口を手拭いで拭いながら…指示を始めた。

「全軍…できるだけ消耗を避けつつ、少しずつ東部前線から後退してください…うぷっ。その状態で、日没まで持ちこたえてください…。」

「…なぜ小娘が指揮するんだっ⁉︎」

 スクルが兵符を示しながら、マットガイストとバーグの連絡係にヴィオレッタの指示を全くそのまま伝えた。

「あ…俺を騙しやがったのかっ‼︎」

 ヴィオレッタは水を飲んで少し冷静さを取り戻し、激高するザクレンに言った。

「今から…クロウ将軍の二正面殲滅作戦の再現をします。まぁ、見ててください…。」

「…クロウ将軍だと…?」

 ザクレンはクロウ将軍という名前を、はるか昔にどこかで聞いたような気がした。

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