百三章 グレイスとオーレリィ
百三章 グレイスとオーレリィ
グレイスはオリヴィアの金髪に気づくと、子供たちを引き連れて宿屋の方に近づいてきた。
「オリヴィア〜〜、久しぶりぃ〜〜!元気だった?」
「お義母様もご健勝で何よりですわぁ〜〜っ!あ、ジョフリー、元気してたぁ〜〜?」
ひと月以上のご無沙汰で、ジョフリーはオリヴィアのことをすっかり忘れていて、グレイスの後ろに隠れた。
「ひっどぉ〜〜い!…まぁ、いいわ。蚕の飼育の実働部隊がやって来るって聞いてましたけど、まさかお義母様も来るなんて…で、セディは?」
オリヴィアは辺りを見回したが、セドリックの姿はどこにもなかった。
グレイスは説明した。
「うん…セディは来てないわよ。まだまだあちらでの仕事が残っててねぇ…。それに、伯爵からの資金調達が難航してるみたい…。」
「ふえぇぇ〜〜…」
オリヴィアは涙目になった。グレイスはオリヴィアの肩を抱いて慰めた。
グレイスはとりあえず宿屋に部屋をとった。そして、子供たちを部屋に残して一階ホールでオリヴィアと話をした。
「オリヴィア、セディから手紙を預かってるわ…もしコッペリ村にオリヴィアが先に到着していたら渡してって…。」
「えええっ…!」
グレイスは二つ折りにした羊皮紙の紙片をスカートのポケットから出してオリヴィアに手渡した。オリヴィアは嬉々として受け取って目を通したが…苦笑いをしながらすぐに手紙をグレイスに戻した。
「…お母様、なんか難しい単語が多くて…今日は調子が悪いようで…。」
「そう、…調子が悪いのね。」
グレイスは笑いを堪えていた。
(調子が悪いのは…頭なのね。…調子が悪いのは今日だけじゃないと思うけど…。)
仕方がないので、オリヴィアの代わりにグレイスが代読した。
「…拝啓、オリヴィアさん、お元気でしょうか…?」
「はいぃっ!元気にしてますぅっ!セディは元気ですかっ?」
「…僕は一日も早くオリヴィアさんに会いたいのだけれど…」
「わたしも早く会いたいですぅっ!」
「オリヴィアッ!…ちょっと黙って聞きなさい。」
「…。」
「…工場の引き継ぎに忙殺されて、なかなか思うようにいきません。僕の代わりに母を送りました。仲良くしてあげてください、そして、僕たちの未来…僕たちのシルク工場のために母の手助けをしてあげてください。よろしく頼みます。すぐに飛んでいきたいセドリックより…最愛の妻、オリヴィアへ。」
「ふえぇぇ〜〜…」
オリヴィアは涙ぐんでいたが、グレイスは笑いを抑えるのに必死だった。
「…ところで、あれからひと月以上経つけど…オリヴィアはコッペリ村にずっと滞在していたの?」
「いえ、ステメント村でオークをぶっ殺して…じゃない、討伐して仲間と一緒にこの宿屋に泊まってます。…三日目ですかねぇ。」
「そうかぁ…じゃぁ、コッペリ村のことはまだ分からないわねぇ…。工場が建つまで、コッペリ村でどこか一軒家を借りられないかと思ったんだけど…。セディから当座の資金は預かってきたけれど、できるだけ倹約したいのよねぇ…。」
「そんなことはありませんっ、お義母様!コッペリ村はわたしの庭みたいなものですっ!どんと任せてくださいっ‼︎」
「え…なんで…庭?」
オリヴィアは宿屋を飛び出すと、すぐにオーレリィの雑貨屋を目指した。雑貨屋に飛び込むと、そこにはオーレリィの夫で雑貨屋の店主のダンがいた。
「やぁ、オリヴィア…」
「オーレリィはぁ?」
「二階だよ。今、ジェイムズとオリバーを昼寝させ…」
オリヴィアは二階にどかどかと駆け上がり、扉を開けた。その瞬間、ジェイムズは物音にびっくりして寝台から飛び起き、オーレリィの腕の中で寝入っていたオリバーは激しく泣き出した。
「これ、オリヴィアッ!この子はもぉぉ〜〜…静かにできないのかねぇ…。」
オリバーをあやすオーレリィに、オリヴィアは構わずに言った。
「ねぇねぇ、オーレリィ。どこかに空き家はないかしら⁉︎女子供十人ぐらいが住める空き家…コッペリ村にない?」
「この子はいきなり何を言い出すのやら…二十一にもなって、もうちょっと落ち着きってものを持ったらどうだい。まずは事情を話しなさいっ!」
オリヴィアはとりあえず…ぼつぼつと事情を話した。
「…義理のお母さん⁉︎…あんた、いつの間に結婚したんだいっ⁉︎」
「…ひと月前。」
「相手は?歳はいくつ?職業は?」
「セドリック…織物工場の人…」
「ああ、前に言ってたセディって男の子だね…歳は?」
「……。」
「歳はぁ〜〜っ⁉︎」
「……………十五。」
「…また未成年かいっ‼︎困った子だねぇ…。イェルマのことは話したのかい?」
「……。」
「はぁ…結婚しちゃったんだったら仕方ない…とりあえず…向こう様のご両親に挨拶しないといけないねぇ。…連れてきなさい。」
オリヴィアはグレイスを雑貨屋に連れてきた。二階の居間でオーレリィ、ダン、オリヴィアそしてグレイスがテーブルを囲んだ。
「初めまして、あなたがオーレリィさん?オリヴィアの育ての親だとか…会えて嬉しいです。でも、意外でした…まさかコッペリ村にオーレリィさんがいらっしゃるなんて…オリヴィアの故郷はコッペリ村だったんですねぇ…。」
「まぁ、故郷…みたいなものです。オリヴィアがお世話になったようで感謝しております。ふつつかな娘ですがよろしくお願いします。…で、オリヴィアの話だと、コッペリ村に住むための家をお探しだとか?お子さんが九人もいたら家探しもさぞかし大変でしょうねぇ…。」
「実子はセドリックだけです…他の子供たちはティアーク城下町の浮浪児で、お腹を空かせているところを私が保護したのです。セドリックがオリヴィアと結婚したのを機にコッペリ村に拠点を移すことにしました。城下町は住みにくい所でしたから、ちょうど良かったと思っています。それで…コッペリ村はどこの国の領地になるのでしょう?セドリックの指示に従ってここまで来たはいいものの、右も左も分からなくて…。」
「この村はどこの国の領地でもありませんよ。ここは貿易商人の自由都市のようなものでしょうか…ああ、強いて言えば、城塞都市イェルマの『縄張り』ですかねぇ。」
オーレリィとオリヴィアはちょっと笑った。
「…城塞都市イェルマ⁉︎…女の駆け込み寺の?…ほんとに?都市伝説じゃなかったの?この近く?」
「お義母様、すぐそばにイェルマがあるんですよ…最強のイェルメイドが護ってるから、コッペリ村は世界一安全な場所ですよぉ〜〜っ!」
オリヴィアは笑顔でコッペリ村の安全性を力説した。
「…イェルメイドって?」
「お義母様っ!遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にもの見よ…このわたくしこそが最強のイェルメイド…オリヴィアその人なのですっ‼︎」
オリヴィアは立ち上がってあまり意味のない「名乗り」を上げた。
「ごめんなさいね、グレイス…こんな娘に育てるつもりじゃなかったんだけどねぇ…。」
「いえいえ、オリヴィアといると退屈しないで済みます。こんな元気な娘さんに育てていただいて感謝ですわ。セディはまだまだ子供なので、三つ年上の姉さん女房でちょうどよかったです。」
「…⁉︎」
オリヴィアは何やら雲行きの怪しい会話の流れを察して…退席しようとした。
「わたし…お茶を淹れ直してきますねぇ〜〜…」
オーレリィに腕を強く掴まれて…椅子に戻されてしまった。
「…三つ年上?」
「…オリヴィアは十八歳でしょう?」
グレイスとオーレリィはオリヴィアをじ〜っと見つめた。オリヴィアは空っぽのお茶を飲むふりをして…二人の視線をすっと外した。
「…もしかして、オリバーのことも…話してない?」
「…オリバー?」
二人はもう一度オリヴィアをじ〜っと睨みつけた。オリヴィアは…消え入るような声で言った。
「あの…ちょっと、おしっこしてきていいですか…?」
「いい訳ないでしょう…。」
オリヴィアはオーレリィからその場でさんざんに叱られた。それを見ていて、グレイスは笑い転げていた。
「何て言ったらいいか…グレイス、年齢詐称して…その上子供のことまで隠して息子さんと結婚するなんて…申し訳ありません…。」
「あはははは…いいですよ。オリヴィアは私たちのものさしじゃ測れない大物なのかもしれません…五つ、六つの年の差なんて、オリヴィアにとっては誤差の内なんでしょう。それに、うちのセディは年齢でオリヴィアを選んだんじゃありません。母である私に勝るとも劣らない…オリヴィアの巨乳を選んだんですよっ!」
(…マザコンかっ!)
オーレリィはそう思ったが、口には出さなかった。ショタコンとマザコン…似合いの夫婦かもしれない…とも思った。
無口なダンが初めて口を開いた。
「どうだろう、オーレリィ…。罪滅しも兼ねて…良ければ、うちの納屋を使ってもらったら…?子供部屋にと思って二階に部屋を二つ空けてはいるんだが、十人が使うには狭すぎる…納屋の荷物を二階に移動させて、ちょっと手を入れたら住めるんじゃないかな?釜戸と厠はうちのを使ってもらってさ…」
「ダンが良いと言うのなら、私に文句はないわ。親戚になったんだし…できることはしてあげたいと思ってた…。」
オーレリィはダンの申し出をすぐに快諾した。オーレリィはダンの何でも受け入れてくれる、そんな優しさに惹かれたのだ。
「それは助かります…お言葉に甘えちゃおうかしらぁっ!」
「うんうんっ!お義母様、良かったですねっ!…双方、なんとか丸く収まって…めでたしめでたしねっ‼︎」
「お前は黙っとれぃっ‼︎」
「…あい。」
オーレリィにだけは頭が上がらないオリヴィアだった。
グレイスと子供たちは、その日はコッペリ村の宿屋で一晩を過ごした。




