百一章 アルテミスの思い、サリーの思い
百一章 アルテミスの思い、サリーの思い
アンネリとサリーの近接戦闘訓練の後、ジェニはサリーを質問攻めにした…矢を投げつけるのにコツがあるのかとか、蹴りの練習方法とか…サリーはそれに真摯に答えていた。
アルテミスがサリーを呼んだ。サリーはすぐにアルテミスの元に駆けつけた。
「…どうする?アナ殿の警護、一日交代ということで他の者に代えてもいいが…?」
「いえ…このままで良いです。彼女達の警護を続けたいです。」
「彼女…たち?」
「…。」
「…ジェニはモノになると思うか?」
「まだ判りません…まだ判りませんけど、弓に対する情熱は本物だと思います。もし…よければ…私がもう少し傍にいて、手助けができるんじゃないかと…」
「…傲慢だな、十五の小娘の癖に。」
「…私をジェニさんに付けたのはアルテミス師範でしょう?」
「それは違う、アナ殿に付けたのだ。」
「分ってますよ…ジェニさんを不憫に思ってるのでしょう?師範のいつものやり口ですよ。口では厳しい事を言っておきながら、心の底ではジェニさんが心配なのでしょう?立場上、自分はジェニさんを指導できないから、私がそうするように仕向けたんですよね?背格好が似ている私をジェニさんの側に置いて、ジェニさんが私から学ぶように…って。」
「…まぁ、それは置くとして…あまり、入れ込まないようにしなさい。見込みがないと思ったら、きっぱりと見切りをつけるように…。」
「分かりました。…素直じゃないですねぇ、師範は。」
「お前…射殺すぞ…。」
キャッと叫んで、サリーは笑いながらアルテミスから離れた。
新しい短弓に頬擦りをしているジェニにサリーは言った。
「早く薬煉を引かないとですね。それと、もっとヤスリをかけてツルツルにした方がいいですよ。」
「…だね!」
ジェニは、年下だけれどアンネリと互角に渡り合うサリーを尊敬していた。サリーもまた、今にも壊れそうな体躯に鞭打って…アーチャーにこだわるジェニに親近感を覚えていた。二人は楽しそうに、これからこの弓をどうしていくかを話し合っていた。
二人を見ていて、アルテミスは思った。
(アーチャーには三つのタイプしかない。私やサリーのようなオールラウンドタイプ…遠、中、近距離を満遍なくこなすタイプだ。だが、このタイプで大成するには過酷な修業と、それにもまして天賦の才が必要だ。あとは遠距離狙撃タイプと中、近距離支配タイプだ。遠距離狙撃タイプはジェニのように小さくて筋肉がつかない体型には無理だろう。…ジェニには中、近距離支配タイプか…。)
アルテミスは、弾幕アーチャーをアーチャーとして認めていなかった。自分にも他人にも厳しいアルテミスだった。
サリーが自分の弓をジェニに見せながら言った。
「ジェニさん、私の弓を見てください。」
「…ん?これ…色がちょっと違うけど、何か塗ってる?」
「私の弓には表側にニカワを塗って固めて…コンポジットボウにしてます。ジェニさんの今の弓の状態は素材は木だけ…そういう弓は丸木弓とか単弓と呼びます。それに対して、私の弓のように他の素材を使って強化している弓を、複合弓…コンポジットボウと呼びます。漆やニカワを塗るだけでも、全体に弾力が出て矢の飛距離が伸びるんですよ。」
「えぇ〜〜、そうなんだぁ〜〜!私も是非やりたい!」
「他にも獣皮やカバの樹皮を貼り付けて強くする方法もあるけど、強くしすぎると弦が引けなくなっちゃいますから…ちょっとずつやっていきましょう。」
「うんうん!」
サリーはジェニと愉快に会話をしながら、心の中では思っていた。
(ジェニさんがアーチャーとして生きる道は…中、近距離支配タイプかなぁ…。)
奇しくも、アルテミスとサリーの思いは同じだった。
オリヴィアとキャシィは森を彷徨っていた。おもむろにキャシィが息を切らしながら言った。
「オリヴィアさん…私たち迷子になってません…?」
「な…なってませんっ…!」
「もう…小一時間ぐらい森の中を歩いてますけど…?」
「こっちで大丈夫よぉ〜〜、わたしを信じてっ!」
すると、木の上からオリヴィアを呼ぶ声がした。オリヴィアが見上げると、昨日の男エルフ、ペーテルギュントが樹々の枝を伝いながらこちらに向かって来ていた。
「遅いから迎えに来たんだけど、一体どうしたんだい?」
「え…何がぁ〜〜?」
「どんどん里から離れて行くからさぁ…急用でもできた?」
「ぐへっ…!」
キャシィがオリヴィアを睨んでいた。オリヴィアはすっと視線を逸らして…
「じゃ…ギュント、行きましょうかっ!」
「…名前を端折るなよ。」
三人はペーテルギュントの案内で森のエルフの里に到着した。里に入るとすぐにユグレウシアが待っていた。
「おや、今日はお友達を連れていらっしゃったのですか?」
「はいっ、わたしの秘書を連れてきましたっ!」
「…秘書ですか。」
ユグレウシアはころころと笑った。
オリヴィアは自慢げにユグリウシアをキャシィに紹介した。
「キャシィ、この人がわたしの蚕の先生、ユカリンですっ!」
「…はぁ…もう、何でもいいですよ…。」
名前を覚えないオリヴィアに、とうとうユグレウシアは根負けした。
「あ…もしかして、ユグリウシア…さんですか?エルフの里の長老さんですよね?座学で学びました…エンチャントアクセサリーの名人だとか!」
「ふふふ…その通りです、よろしくね。」
ユグリウシアは改めてキャシィを見て、まともな人がやって来たな…と思った。
「昨日は蚕の飼育の大まかな流れを説明しました。今日は実物を見て勉強しましょうか…」
「ユカリン先生っ、昨日の話をもう一度お願いしまぁ〜〜すっ!」
「…そうですか、ではちょっと復習をしましょうか…。」
オリヴィアはキャシィの腕を肘で突ついた。キャシィは慌てて切り株テーブルの上の羽根ペンを手に取ってインクに浸し、用意されていた羊皮紙にユグリウシアの講義の要点を必死に書き連ねた。
三十分ほど復習をした後、三人は場所を移動した。里からしばらく歩いて、少しひらけた日当たりの良い空き地に来た。
そこにはエルフの里では珍しい四角い小屋があり、ユグリウシアは扉を開けて二人に入るように促した。オリヴィアとキャシィが入ってみると、屋根と壁の間に採光と換気のための隙間が設けられていて蝋燭は必要なかった。
真ん中のテーブルの上には大きくて底が浅目の木箱が置いてあり、その中には溢れんばかりの桑の葉っぱと…その上をたくさんの小さくて黒い毛虫が這い回っていた。
「これが蚕かぁ〜〜っ!このちっこいのがシルクを作るのねぇ〜〜っ‼︎」
オリヴィアはキャシィの脇腹を肘でしきりに突ついた。
「何ぃ〜〜…一体、どうしろと…?」
「この小屋や、蚕の箱を図面に書き起こすのよぉ〜〜っ!」
「えええ…。」
キャシィは小屋の広さや飼育箱の大きさなどのおおよその数字を一生懸命書き込んだ。
「蚕が五令になると繭を作るので、このような格子状の枠を用意してやります…。この子たちはまだ二令なので、あと二週間ぐらいで五令になります…」
ユグリウシアが木で作った格子の枠を手に取って見せた。オリヴィアは肘でキャシィを突つき回した。キャシィをこき使うオリヴィアだった。
授業が一段落して、ユグリウシアは二人にお茶をふるまった。沸かしたお茶のポットを氷水で冷やし陶器のコップに注いだ冷製のハーブティーだ。
オリヴィアは出されたハーブティーを一気に飲み干した。
「ぷはぁ〜〜っ、うみゃいっ!」
キャシィはエルフに出されたお茶なので、恐る恐る口に含んだ。その瞬間…キャシィは堕ちていった…。
「はぁ〜〜…何だろう、この風味…。すごく気持ちが落ち着くぅ…。わずかに甘みがあってすっきりした味わい…ほのかだけど香りも私好みだわ。体が癒されるような気がするぅ…。」
キャシィは今までの苦労が報われたような気がした。
「あぁ〜ね…このお茶、回復ポーションの薬草がちょっぴり入ってるからじゃない?」
「あら、オリヴィアさん。一気に飲んだ割にはしっかり味わっていただけたのね、嬉しいわ。」
舌は確かなオリヴィアだった。キャシィが目の色を変えて叫んだ。
「ユグレウシアさん、このお茶のレシピ教えてくださいっ!」
夕方、先に宿屋に帰ってきたのはオリヴィアだった。オリヴィアはすぐにケントの部屋を訪ねた。扉を叩くと、ケントが出てきて挨拶をした。
「ケントさぁ〜〜ん、完璧なヤツを持ってきましたよぉ〜〜っ!」
「おお…これなら読めるっ!ありがたいっ‼︎」
ちらっとケントの部屋の中が見えて…大きなトランクに衣服を詰めている様子にオリヴィアは「おやっ?」と思った。
「ケントさん…何で荷造りしてるのぉ…?」
「実は、明日ここを立ってティアーク城下町に帰ります…。」
「えええ…ケントさん、ずっとコッペリ村にいて蚕の飼育場作るんじゃないのぉ〜〜?」
「私の仕事は飼育場の土地を確保するまでです。今日、土地の賃貸に関して村長さんとの話がまとまりました。明日、明後日には…蚕飼育の実働部隊が来る手筈になってますよ。」
「もしかしてっ…セディが来るのっ⁉︎」
「…誰が来るかは私も知りませんが…多分…」
「きゃぁ〜〜〜〜っ!セディが来るのねぇ〜〜〜〜‼︎」
オリヴィアはケントの話を最後まで聞かずに、小躍りして一階に駆け降りていった。そこで、ちょうど帰ってきたアナたち四人とばったり出会った。
「あら、オリヴィアさん嬉しそう…どうしたんですか?」
オリヴィアは声を掛けてきたアナを抱きかかえると、ぐるぐるとぶん回した。
「セディが…セディがコッペリ村に来るのよぉ〜〜っ!」
「ああ〜〜、おめでとぉぉ〜〜っ!」
次にジェニを見つけたので、ジェニも抱きかかえてぶん回した。
「きゃぁぁ〜〜っ!」
それを見ていたアンネリは即座に二階に避難した。アンネリに逃げられたので、オリヴィアは代わりにサリーを捕まえてぶん回した。イェルマで悪名高いオリヴィアに捕まったのでサリーは焦った。
「わわわわっ…!」
「んん…あんた誰?」
オリヴィアが少し落ち着いたので、アナが事の詳細を尋ねてみた。オリヴィアはケントの事、蚕の飼育場の事などを得意げにペラペラと喋った。
「え…ケントさんて人が…明日、ティアーク城下町に帰るの?」
「うん、それでね…代わりにセディがやって来るのよ…」
「あっ、ティアーク行くのなら…パパに手紙を頼めないかな…⁉︎」
そう言ったのはジェニだった。そろそろ自分の所在を連絡しなければいけないと思ったからだ。
「私も頼もうかな…ティアークの両親にコッペリ村に移住して来るように書こうかしら…。」
アナの両親はティアーク城下町にいる。アナがイェルマに移住するとなると、コッペリ村に呼んだ方が何かと都合が良いと思ったのだ。
「オリヴィアさん、ケントさんを紹介してくれる?」
「いいともぉ〜〜っ!」
オリヴィアは快諾した。
その様子を見て、サリーは「オリヴィア武勇伝」で語られるオリヴィアと、今目の前にいて恋人との再会で頭のネジがぶっ飛んでいるオリヴィアが同一人物とは思えなかった。小さい頃から肥溜めに飛び込んだり、集団寮を抜け出したり、同期の仲間を数人「震脚」で失神させたり、現在の王様ボタンの上下の前歯を全部折ったり、気に入らない仲間をわざと渓谷に突き落としたりして、懲罰房の常連という武勇伝は…大袈裟に伝えられたものなのか?
(…オリヴィアって、意外と善人なのかしら…?)




