百章 斥候VSアーチャー
百章 斥候VSアーチャー
ジェニはようやく百本の矢を射ち終わった。汗だくになって息もぜぇぜぇと荒げていた。
普段のひとりの射撃訓練なら、一本一本を的をじっくり狙って丁寧に射つので、せいぜい五十本が限界だった。それを…百本を一気に射ったのは初めてだった。
「ジェニさん、少し休みましょうか。新しい弓はどんな感じですか?」
「はぁっ…はぁっ…いいんじゃないかな…。百本連続で射てたってことに私自身驚いてる…はぁっ。半分ぐらい的に当たってるし…軽くて、私に合ってると思う…。」
地面に座り込んでいるジェニにアナがコップに入った氷水を持ってきた。それを飲むジェニに回復魔法「神の癒し」を掛けた。
「アナ…ありがとおぉ…。生き返ったぁぁ…」
「汗が引くまで、しばらく訓練場を見学して回りましょうか。」
サリーの言葉にジェニは「助かった」と思った。百本射った後でもケロッとしているサリーのスタミナが羨ましかった。
15m四方を縄で囲った訓練場にやって来た。何の訓練をする場所だろう?矢を射つには狭すぎるし、第一…標的が設置されていない。
「サリー、ここはどんな訓練をするの?」
「…見てればわかります。」
正方形の訓練場の対角の位置に弓矢を持った二人の若いアーチャーが立った。「はじめ!」の合図で二人は別々の方向に走り出した。ひとりが相手に向かって矢を射った。相手はその矢を地面の上を前転して避け、前転から片膝をついた状態で打ち返した。
最初に気づいたのはアンネリだった。
「これは…接近戦の訓練だね?」
ジェニはアーチャーで接近戦ってアリなのか⁉︎と半信半疑だった。しかし、サリーは言った。
「その通りです。お互い、模擬戦用の矢を十本だけ持っての戦闘です…残りの矢が四、五本になったら、面白くなりますよ…」
二人は数回矢を射ち合い、それをアクロバティックな動きで回避していた。持っている矢の数が少なくなったのか、突然ひとりが相手に向かって突進していった。相手の迎撃射撃を前転でかわし懐に入ると、矢の真ん中を右手で持ち相手の心臓あたりを突いた。それを予想していたのか、相手は体を斜にしてその矢を回避し、右脚で胸を蹴って転ばせるとすかさず近距離で弓から矢を放った。勝負ありだ。
ジェニは固唾を呑んでアーチャーの接近戦を見ていた。近接戦闘になると役立たずのアーチャーでも、ここまでできるんだ…!
「矢を近接武器にして…弓で射つんじゃなくて、手に持って刺すんですねっ!発想の転換ですねっ!」
ジェニは感心していた。そしてアンネリもまた感心していた。
「…それだけじゃないね。あの蹴り…武闘家の技も加味してるね。…あ、そうか…」
「なになに⁉︎」
最近何かと追及したがるアナだった。アンネリは少し声のトーンを落として言った。
「…アルテミスさんも…オリヴィアさんに負けてるんだよね…。それで徒手格闘戦に備えて武闘家の技を研究、吸収しているんじゃないかな…。」
「えええ…オリヴィアさんって、ベレッタさんとかアルテミスさんとか…どんだけ負かしちゃってるんだっ!」
二年前、先代のイェルマ王の退位に伴い王位決定大会が催され、トーナメント戦で優勝したボタンが新王となった。その時の準優勝者がオリヴィアで、ベレッタ、アルテミスなどの名だたる強豪、師範を撃破している。
「あれ、おかしいよね…?ボタンさん、推薦で王様になったって言ってたよね?」
「昔はガチの武闘大会だったんだよ。だけど、怪我人続出で…終いには死人も出たんだ…。それで『王位決定大会』は表向きで…いつの間にか『お祭り』になっちゃったんだよ。大会が始まる前には、もう王様は決まってて八百長試合をやるんだけど…オリヴィアさんって、空気読まない人だから…師範クラスは参加しないっていう暗黙のルールを破って参加しちゃったんだよ。それで、オリヴィアさんの優勝阻止のために、ベレッタさんやアルテミスさん…タマラさん、ペトラさんが参戦して…負けちゃったの。あたし見てたけど、凄かったよ…。」
「あははははっ、お…オリヴィアさん、面白ぉ〜〜いっ!」
アナは大爆笑した。まぁ…仕方がない、アナはイェルメイドではないから他人事だ。…その横でサリーが、なぜか顔を歪ませて百面相をしていた。
「誰が…誰に、負けたって…?」
「…げげっ!」
アルテミスがアンネリの後ろに立っていた。…聞かれたみたいだ。
「…やはりアーチャー同士の接近戦はパターン化してしまうな…。偶然にも近接戦が得意な斥候がここにいるじゃないか…。どうだろう、アンネリ…若いアーチャーに胸を貸してやってくれないか…?」
(うわぁ〜〜…あたしも地雷踏んじゃったよぉ〜〜っ!)
アルテミスが模擬戦用のナイフを二本持ってきた…斥候をよく分かってらっしゃる…。
凄いことになった…ジェニはそう思った。あのMPKのシビルに致命傷を与えた凄腕のアンネリとアーチャーがやり合うのだ。ジェニは「イーグルアイ」を発動させて身を乗り出した。
アンネリは観念してアルテミスから模擬戦ナイフを受け取り、地面で幾つかの小石を拾い訓練場の隅っこに立った。
「サリー、行け。」
「…は、はい。」
驚くジェニの脇をサリーは平然と訓練場に歩いていった。
(え…サリーが相手?すぐ負けちゃうんじゃ?)
実はサリーは射手房では「アルテミスの秘蔵っ子」と呼ばれている実力者だ。アルテミスは十五歳のサリーに色んな経験を積ませたいと思っていた…十年後には師範、三十年後には房主にするために…。彼女は天才肌なのだ。
二人は訓練場の対角線上で対峙した。アンネリは両手にナイフを持ちつつ、掌には石つぶてを握り込んでいた。サリーは左手に弓、そして右手の指に矢を三本挟み込み、さらに口に一本咥えていた。
アルテミスが「はじめ!」の合図を出した。
アンネリはロープに沿って右に走った。アンネリはすぐに終わらせるつもりでいた。サリーも逆に走った。
アンネリはすぐに「デコイ」を発動させた。アンネリのひとりはそのまままっすぐ走って、もうひとりは折り返した。二人のアンネリは訓練場の角で向きを変えると、サリーに向かって突進した。
サリーは慌てず…「クィックショット」で二人のアンネリを三連射で交互に射った。通常でも速射ができるサリー…その「クィックショット」はまさに一瞬だった。
「うわっ…!」
アンネリは何とか矢をナイフで打ち落とした。折り返した方が本物だった。体勢を崩したアンネリにサリーが飛び蹴りを浴びせてきた。これを横に避けると、サリーの着地の瞬間に矢の近距離射撃を食らうな…。そう思ったアンネリはサリーの飛び蹴りを両腕でがっちり受け止めて抱え込み、そのまま体重の軽いサリーを地面に叩きつけた。
「うっ…⁉︎」
アンネリの右腕に痛みが走った。なんと、地面に叩きつけられる直前にサリーは口に咥えていた矢をアンネリに投げつけたのだ。
(わっ…弓を使わずに手で矢を投げるとか…考えもつかなかった…!)
ジェニはサリーの…イェルマの射手のテクニックに釘付けになっていた。一瞬も見逃すまいと「イーグルアイ」を再度発動させた。
当たりが浅いと見たのか、アルテミスは「止め」の合図を出さなかった。
アンネリは間合いを詰めて決めてしまおうと思ったが、サリーはすでに起き上がって射撃体勢をとっていた。「クィックショット」が来ると直感したアンネリは思いっきり後ろに飛んだ。至近距離からの「クィックショット」は不可避だ。果たして…「クィックショット」が飛んできた。アンネリは「セカンドラッシュ」を発動させ、三本の矢を二本のナイフで捌いた。
「おおっ、なかなかいい勝負をしてるな…。」
アルテミスの言葉にアンネリは少し焦りを覚えた。
(サリーは三つも年下だぞっ!負けるわけにはいかないぃ〜〜!)
アンネリは石つぶてを次々に投げた。サリーがそれをかわし、弓で弾いている間に接近を試みるが、サリーは巧みに逃げて間合いを詰めさせない。
サリーは走りながらアンネリと一定距離を取っていたが、残りの矢はあと三本しかない…すぐに仕掛けてくるだろう…アンネリはそう思っていた。
サリーとアンネリの距離がこの訓練場で最も長い約21mになった時、サリーが矢を射ってきた。アンネリはこれを予想していた。
アンネリはサリーのスキル発動を感じると同時に、飛んで来る矢めがけて突っ込んだ。矢はアンネリの直前でわずかに軌道を変え左に曲がった。「アジャスト」だ。二分の一の確率で、もし、アンネリが右に避けていれば矢は命中していたのだが…。
読まれたと思ったサリーはすぐに二の矢をつがえたが、再度「セカンドラッシュ」を発動して加速移動してきたアンネリに弓を掴まれ、心臓にナイフを突き付けられた。
「よし、それまで。」
アルテミスがアンネリに軍配をあげた。アンネリはふぅーっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「矢が十本でなかったら…もっと広く障害物がある場所だったら…勝負はわからなかったな。」
アルテミスはこう言って最後を締めた。
ジェニは細い目を丸くして二人に拍手をした。アナはくすくすと笑って、そして…ちょっとアンネリをいじめた。
「…危なかったわねぇ。もっと楽して勝てると思ってたんでしょ?」
「クレリックって…心が読めるのかっ⁉︎」




