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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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十章 それぞれの一大事

十章 それぞれの一大事


 朝。最初に目覚めたのはダフネだった。

 悪夢のような昨日から、ダフネは何もせず、極楽亭でうじうじと過ごしていた。アンネリはダフネの横でまだ寝ていた。ヴィオレッタも隣の寝台でまだ寝ている。

「アンネリ、朝だぞ。」

 寝起きはいいはずのアンネリがなかなか起きない。

「どうした?」

「うぅ〜ん、風邪をひいたのかな…ちょっと頭が痛い…今日はずっと寝とく。」

「そうか…。」

 体調管理に一番うるさいアンネリが夏風邪をひきこむとは珍しいな、とダフネは思った。

 ダフネは手拭いを手に取ると、肩幅ぐらいの間隔を開けて両手で掴み、それを頭まで持っていった。そして、そこからさらに背中まで回した。肩関節でコリッという音がして、そのままお尻まで下げた。これを往復させて何回も繰り返した。肩の柔軟運動はイェルメイドの朝の日課だった。肩関節の可動範囲を最大限に拡げることで、戦闘能力を向上させるのである。

 扉を叩く音がした。ダフネは柔軟運動をしながら返事をした。

「開いてるよ、どうぞ。」

 ヘクターだった。彼が扉を開けるとダフネの形の良い乳房が視界に飛び込んできた。ヘクターはすぐに扉を閉めた。

「し、失礼…て言うか、お、俺は悪くねぇじゃねーか!」

「何?朝食にはまだ早いだろ。」

「お前さん宛に手紙を預かった。一階に降りてきてくれ…ちゃんと服着て来いよ!」

 ダフネは一階に降りると、ヘクターからメモ書きを渡された。ヒラリーからの伝言だった。今更あたしに何の用だろう?少し迷った。

「ヘクターさん、あたしはちょっと出掛けてくるから、みんなにそう言っておいて。」


 オリヴィアは目玉焼きを頬張りながら、ヴィオレッタに言った。

「ヴィオレッタ、今日はどーする?」

「私は筆写士の事務所に行って、進捗状況を確かめてきます。」

「そーなんだぁ、よくわかんないけど。着いて行こうかなー。」

「……。」

「アンネリも起きてこないし、ジョルジュいないし、することないのよねー。」

「…いいですよ。」

「やったぁ。」

 二人は極楽亭から出ると、城下町の中心に向かって大通りを歩いた。大通りにはたくさんの行商人が屋台を出していた。オリヴィアは時折屋台に立ち寄ると、何かしらの食べ物を手に持って帰って来た。そしてヴィオレッタにしきりに片目を閉じて合図をするので、その度にヴィオレッタは仕方なく屋台に代金を支払うのだった。

 筆写士事務所に着くと、主人のダントンが出迎えてくれた。

「ちょうど良い時にいらっしゃいました。見つかりましたよ!」

「え、本当に?」

 二人は事務所の倉庫に案内された。大きな倉庫の中は羊皮紙を何十枚も重ねて置いてある棚や、丸めた羊皮紙を突っ込んである樽がたくさん置いてあった。とにかく埃が酷かった。

「これです、これ。一応、蜘蛛の巣と埃は払っておきましたが、劣化が酷くて状態は悪いですねぇ。」

 ダントンは倉庫の真ん中に置いてある樽を指差した。倉庫のどこか隅っこにあったものをここまで運んできてくれたのだろう。中はぼろぼろの羊皮紙でいっぱいだった。

 ヴィオレッタはすぐに中の一枚をおそるおそる取り出して見てみた。

「…女の子は神の種類は五人いて、自分はその中のベネトネリスだと言った…おいらにも名前をつけると言った…何だこれ⁉︎もの凄い事をさらっと書いてあるけれど、なんか、文章が稚拙になったというか…あ、こっちの方が執筆が早いのね。」

 「神の祝福」から「イェルマ滞在記」に至る約七十年の間に文章が洗練されたという事だろう。

 ヴィオレッタは羊皮紙を樽の中から慎重に取り出し、次から次へと読み漁った。

 その横で、オリヴィアはさっきの屋台で買った(買ってもらった)木の皮で作ったボウル一杯の焼き菓子を次から次へと口の中に放り込み、ぽりぽり音をさせていた。オリヴィアは羊皮紙などに何の関心もなかった。暇だった。

「ねえ、ヴィオレッタ。もっと時間かかるぅ〜〜?」

「いや、もう、私は今日はここに一日中いますよ!」

「ふぅ〜〜ん…わたしはどうしよっかぁ〜〜?」

「好きにしていいですよ。」

「わかったぁ〜〜、じゃあ、お小遣いちょうだい。」

 オリヴィアはヴィオレッタから銀貨一枚を受け取ると、筆写士事務所を後にした。

 ヴィオレッタにとっては、オリヴィアにかまっていられないほどの大事件なのである。

「ううう、かすれて読めない文字が多いなぁ。どうしよう…」

 するとダントンがまた頭を叩きながら言った。

「修復士というのがおりますよ。古い文献とか魔道書とかを復元する職人ですなぁ…」

「頼めますか⁉︎」

「いや、あなた、そういうのは国がやる仕事ですよ!個人がどうこうっていうレベルの話じゃない。専門の職人が何年もかけてやる仕事なんですよ!修復士をひとり雇ったら、どれだけお金がかかると思ってるんですか⁉︎」

 ヴィオレッタは皮袋を取り出すと、床の上に中身をぶちまけた。金貨が6枚、銀貨が21枚、銅貨が8枚あった。

「これで足りますか?」

「全然足りません。」

「これは手付けにして…宿に帰ったらこの倍ぐらいあります。どうですか⁉︎」

「わかりました!知り合いの修復士に交渉してみましょう‼︎」

 ヴィオレッタとダントンは固い握手を交わした。


 オリヴィアはあてどもなく城下町の大通りを彷徨っていた。持っていた焼き菓子を食べ尽くすと、ヴィオレッタからもらったお小遣いで屋台で揚げピーナッツを買った。それを食べ尽くすと、別の屋台で焼きトウモロコシを買って食べた。

 そうしているうちに、オリヴィアは自分がどこにいるのかわからなくなった。

(まぁ、いいでしょう。冒険者ギルドの場所ならみんな知ってるでしょう。いざとなったら、誰かに聞けばいいわ。)

 オリヴィアは知らず知らずのうちに、どんどん町の中心部へと近づいていった。

 しばらく歩いていると、大きな噴水がある円形の大広場に出た。御影石で舗装された道を綺麗な装飾を施した漆塗りの馬車がたくさん往来していた。

 オリヴィアは目をみはり駆け寄った。広場沿いに貴族御用達の高級店が軒を連ねていた。

「すごいわぁ!どの店も贅沢ねぇ。窓に硝子が使ってあるわぁ〜〜‼︎」

 硝子は貴重かつ高級品である。イェルマでもランタンに風防として使われているくらいだ。

「わ、何、この店!こんな大きな一枚硝子を窓に使うなんて、信じられないわぁ‼︎あ、あれは何かしら?」

 オリヴィアは店の奥に飾ってあるドレスが気になった。そのドレスはオリヴィアが今まで見たどの服よりも光沢を放っており、女店員が手で触る度にその輝きの表情を変えた。オリヴィアは両手と顔を硝子窓にべったりくっ付けて食い入るように眺めていた。

 女店員がオリヴィアに気付いた。

「な…何かしら、アレ!」

「きっと娼婦よ。どこから迷い込んだのかしら…気持ち悪い。誰か追っ払いなさいよ!」

 女店員達の小言を聞いて、男の店員が腕まくりをして店の外に出て行った。窓越しに、男の店員とオリヴィアが口論をしている様子が見てとれた。が、なぜか男の店員は突然倒れ込んで、視界から消えてしまった。そしてオリヴィアだけが引き続きイモリのように張り付いて、こちらを凝視していた。

 店の中にいたひとりの恰幅の良い紳士がその様子に気がついた。

「お前達、どうしたのかね?」

「伯爵様、あ…あれを見てくださいまし!」

 紳士は店を出て、オリヴィアに近づいた。オリヴィアの側には先ほどの男の店員が腹を押さえて倒れていたが、紳士はそれは気にもとめず、オリヴィアに向かって言い放った。

「おい、女!ここは貴族だけが許される…」

 紳士は、振り返ってこちらを見たオリヴィアの顔を見て、息を呑んだ。この女の目元や鼻の形、髪の色や肌の色も「あの人」によく似ている!強いて違いを言えば、髪全体に天然のカールが掛かっているのと、若干ぽっちゃりして体格が大きいぐらいか⁉︎

「し…失礼した。私はロットマイヤーと申す者です。このお店にはどんな御用向きで?」

「あのドレスが見たいの。」

 オリヴィアはそう言って、硝子窓にしきりに人差し指を突き立てた。

「そうですか、わかりました。ここは私の店です。もっと近くでお見せしましょう。さ、こちらへ。」

 ロットマイヤーはオリヴィアを店の中に案内した。女店員達はきゃっという声を上げたが、ロットマイヤーが鬼の形相でそれを抑えた。

 オリヴィアはまっしぐらにお目当てのドレスの前まで走り寄った。

「なんて綺麗なおべべ…生地は何かしら?」

 ロットマイヤーはオリヴィアの後ろで、ひとりの女店員を指差し指名した。指名された女店員は仕方なく応対した。

「これはですねぇ…シルクと申します。」

「へえええ…。」

 オリヴィアはシルクのドレスに触ろうと手を伸ばした。

「あわわわわわぁ〜〜〜!」

 女店員の突然の悲鳴にびっくりして、オリヴィアは手を引っ込めた。

「こちらは大変高価なものでございまして…どうか、直にお触れになるのはご遠慮を…。」

「そんなに高価なの?この服よりも?この服はプレゼントしてもらったんだけど、結構値が張るものだって聞いたわ。」

 そう言って、オリヴィアは自分の服の胸辺りをつまんだ。巨乳がこぼれ落ちそうだった。

「そ、そ、そ、それはモスリンでございますね…シルクはモスリンよりも、もっともっと高価でございますよ!」

「へえ、そうなのね。でも、触り心地を試してみたいわぁ…」

「こ、こ、これをどうぞ!」

 女店員はオリヴィアにシルクの手巾を手渡した。

 オリヴィアは手巾を手に取ると、指で何度も触り心地を確かめ、それから頬に何度も何度も押しつけた。そしてうっとりとした顔で言った。

「あああああん!これ最高…シルク最高‼︎これはおいくら?」

「銀貨百枚でございます。」

「がぁ〜〜〜〜ん‼︎」

 オリヴィアは腰帯に指を入れて、あるはずもない銀貨を探した。銀貨のかわりに銅貨三枚が出てきた。

 ロットマイヤーがシルクの手巾を手にとって言った。

「ええと…ご婦人、お名前は…」

「オリヴィアよ。」

「オリヴィアさんにお会いした記念に、この手巾は私がプレゼントいたしましょう。」

「え、いいの?ありがとう!でも、わたしが欲しいのはこっちのドレスなんだけど…」

「オリヴィア様、そのドレスは金貨十八枚でございますよ。」

「がががぁ〜〜〜〜ん‼︎」

 オリヴィアは上目遣いの物欲しそうな顔でロットマイヤーを見た。

「あははは…さすがにちょっと、それは…考えさせてください。オリヴィアさん、どうでしょう、今から私の屋敷にいらっしゃいませんか。晩餐をご一緒したいのですが、よろしいですか?」

「よろしいです!」

 店の外に出ると、ロットマイヤーの馬車が店の前で待機していた。二人が乗り込むと馬車は大広場をぐるっと回って、西側の大通りに入って行った。


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