表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
1/463

一章 出発

『イェルマの国民を呼称する時、文法的にはイェルマンまたはイェルメスと呼ぶべきである。しかし、イェルマンというのは女性しかいないイェルマ国民に対し少し失礼な気がするし、イェルメスは生物学的だ。そこで教養ある一部の文人たちは敬意を込めて彼女たちをイェルメイドと呼ぶのである。』

       シーグア=アール=ク=ネイル著 『イェルマ滞在記』より抜粋


一章 出発


 広大な大陸の中央を天を突くような山脈が分断している。その山脈は三重に連なり、険しさゆえに人類の西と東の往来を拒絶していた。

 そんな山脈にも一か所だけほんの小さな途切れ目があって岩盤をえぐるように深い峡谷をつくっていた。

 八百年前、東の国からやってきた女戦士イェルマが苦難の逃避行の末ここにたどりつき女性だけの国を建国した。それが城塞都市イェルマである。東は仇敵の追っ手を防ぐために、西は大国エステリック王国の侵攻を阻止するために、峡谷の両端を塞ぐように堅牢な城門を築き上げた。それが城塞都市と呼ばれる所以である。


 朝十時。城塞都市イェルマは慌ただしくなる。開門時間だ。城門前には多くの人々が集まっていた。交易のため荷馬車に商品を積んでイェルマを通過する者、イェルマに物品を納品する者、そして悪辣な主人から命からがら逃げてきた不遇の女性たち…などだ。

「よーし、開いていいぞ!」

 高い城壁の上の物見の指示で大きな木製の分厚い城門が徐々に上がっていき半分の高さで止まった。そして重なるようにして閉まっていた黒い鉄格子も四分の一の高さまで上がった。これで人や馬車はじゅうぶんに通過できる。

「納品は右側に寄ってくれ。通関はこっちだ。駆け込みの女はいないか⁉」

 城門の内側から出てきたイェルメイドたちがてきぱきと人々を整理していく。

 イェルメイドたちは一様に皮鎧の装備をしていた。頭には鋼のカチューシャ、そしてラウンドシールドを背負いショートソードあるいはトマホークを携帯していた。彼女たちにとってはユニフォームであり、軽装備、通常装備であった。

「じいさん、品物は何だ?どこまで行く?」

「コジョーの町に塩を納めに行きますです、はい。」

「どうだ、うちで護衛を雇わないか?そしたら通行税はタダにしてやるよ。」

 城塞都市イェルマは基本的には自給自足だ。城塞内に米、小麦、野菜などの畑そして山羊と水牛の放牧場を有している。

 しかし、不足がちな塩や砂糖などのの生活必需品を購入するため通行人やその物品に関税を課したり、商人の護衛を請け負うことで貨幣を稼いでいた。

 一台の一頭牽きの馬車が城門の内側からやって来た。馬車には三人のイェルメイドが乗っていた。

「おまえたち、今日だったのか。」

「ああ、今から出発するよ。」

 馬を牽く長身の赤毛のダフネがブルーネットのケイトに会釈をした。ケイトとダフネは同じ「戦士房」の仲間で先輩後輩の間柄だ。

 戦士房というのは戦士を職種とするイェルメイドで構成されるグループだ。イェルメイドには他にも剣士房、射手房、斥候房、槍手房などがある。  

 イェルマの女児は七歳で就学し、三年間読み書きを学んだ後適性に応じて「練兵部」に行くか「生産部」に行くかが決まる。「練兵部」に行った者は今度はそれぞれの「房」に進むことになる。

「ダフネとアンネリはイェルマを出るのは初めてだったな。頑張ってこいよ。」

 黒髪で小柄なアンネリは御者台の上で少しはにかんでいた。

「頑張ってくるからねぇ~~~!」

 陽気な声で応えたのは金髪ふわふわのオリヴィアだった。

「お…オリヴィアさんはほどほどに…ね。」

 一瞬ではあるがケイト、ダフネ、アンネリ三人の困惑の視線がオリヴィアに注がれた。

 西の城門を出ると馬車は巧みに「騎馬返し」の柵を縫い城門前広場を通過していった。広場で人員整理にあたる仲間が暖かい声援を送ってくれた。

「頑張れぇ~~~。」

「いい男拾ってこいよー。」

 が、中には近い将来起こるであろう難儀を予見してか、不安の言葉をこぼす者もいた。

「あ、オリヴィアさんだ。」

「……オリヴィアさんがいる。」

「ん~~~~?」

 オリヴィアは首をかしげた。その時、誰かの囁き声が聞こえた。

「……黄金のオリヴィア…。」

 オリヴィアは御者台から飛び降りると、声の聞こえた方向にもの凄い勢いで走っていった。イェルメイド達は悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

「誰かな、今言ったの?ねぇ、誰、誰⁉」

 みんな素知らぬふりをしていた。

「オリヴィアさん、行くよー!」

 ダフネに催促されて、オリヴィアはぶつぶつ言いながら再び御者台に乗った。

 馬車はイェルマ回廊に入った。幅は荷馬車がやっとすれ違うことができる程度で左右は高くそびえる断崖絶壁だ。見上げると空は川のように細く長く、そのせいで昼間でも薄暗い。

 壁のところどころに溝が穿かれておりイェルメイドの伏兵が潜んでいる。敵襲に備えているのである。事実、この回廊のおかげで西の大国エステリック王国の二度の侵攻を防いでいる。そんな回廊が1.5kmにわたって続く。

 回廊を抜けるとすぐに大きな渓谷が待ち構えていた。

 馬車は右に折れて渓谷にかかる唯一の橋、イェルマ橋へと向かった。

 橋の傍にはイェルマ橋駐屯地と呼ばれる溜まり場があって、十数名のイェルメイドが常駐して橋を守っていた。いざという時は「橋を落とす」のが彼女たちの大事な仕事だ。

 橋を渡ると、すぐにコッペリ村がある。宿屋や雑貨屋、鍛冶屋などが軒を連ね、城塞都市イェルマを訪ねる者がここで用を足す。

 その昔、コッペリという商人がいた。彼はいち早く東西貿易に目をつけ、イェルマの重要性に気付いた。

 コッペリはイェルマに多額の投資をして、当時のイェルメイドと共に大砂漠を安全に横断することができる「砂漠交易路」を確立させた。その後巨大な倉庫を作り、交易品をここに集積して巨万の富を築いたという。そのコッペリにあやかろうとして人が集まりできたのがこの村である。

 馬車はコッペリ村の雑貨屋の前で止まった。看板には「ダンの雑貨屋」と書いてあった。

 ダフネ、アンネリ、オリヴィアの三人は馬車から降りると雑貨屋の中に入っていった。

 店の中には椅子に座った体格の良い茶髪の女とその膝にまとわりつく五歳くらいの男の子がいた。

「やぁ~~~~、オリヴィア久しぶりだねぇ。」

「オーレリィ、おひさ~~!」

 オリヴィアはオーレリィにひしと抱き着いて涙ぐんだ。

 ダフネとアンネリははっとした。

「トマホークのオーレリィさんか!二度目の王国侵攻の時、二丁のトマホークで敵の兵士百人を一人で葬ったという、房主候補にまでなった戦士ですよね。男と所帯を持つためにイェルマを抜けたのは知ってたけど、コッペリ村にいたんだ。」

「あんたはダフネ、そっちはアンネリだね?二人ともいい女になったねぇ。あんなに小さかったのに、もう年頃なんだねぇ。」

 そこに金髪の小さな男の子を抱えた浅黒の大男が二階から階段を降りてきた。店主のダンである。

「いらっしゃい。」

「ああああ~~~、オリバー!元気だったぁ?オリヴィアママだよぉ~~!」

 オリヴィアはダンから男の子をひったくると自分の豊満な胸に抱きくるめた。オリバーはオリヴィアの実子だ。

 オリヴィアは十九歳の時にオリバーを産んだ。イェルマでは赤子でも男は受け入れない。なのでイェルメイドが男子を産むとどこかの孤児院に預けるか知り合いの家庭に養子に出すしかない。

 オリヴィアは母とも姉とも慕うオーレリィのところに自分の子を養子に出したのだった。

 オーレリィもまた五年前に男子を産んだ。どうしても我が子と夫のダンと別れることができず、自分の意志でイェルマから離脱しコッペリ村に店を構えたのである。

「オリバー、美少年に成長してちょうだいね。ママのお願いよ。……あ…ああああん!もうお乳は出ないのにぃ~~~!」

 オリバーはオリヴィアの薄いドレスから片方の乳を引っ張り出して乳首に吸い付いていた。オリバーはまだ二歳である。

「ダフネとアンネリには十八歳の記念にこれをあげようかねぇ。そのうち必要になるからね。」

 オーレリィはきれいな模様で装飾された手に乗るぐらいの木製の手文庫を二人に手渡した。

「なにこれ……?」

 その木箱を開けると、口紅やおしろいそして櫛などの化粧品一式が入っていた。ダフネは目を丸くして頬を少し赤らめた。

「オーレリィさん、ありがとう。」

 アンネリの反応は薄かった。こんなもの、使う機会が自分にあるだろうかと思っていた。

「オリバー、お土産買ってきてあげるからいい子にしてるのよ~~~!」

 オーレリィの乳房をまさぐるオリバーにオリヴィアたちは手を振って店を出た。挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ