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68 恋をしている【最終章完結】

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 音森は、正式に弓山家のピアノ教室のアルバイトとして採用された。


 また、弓山の家庭の事情と音森の家庭の事情。双方を考慮した結果、学校側にもアルバイトの申請が通ったとの事で、音森のピアノ問題は無事に解消されたようだった。



 さて、八月下旬の現在。


 俺の部屋のカレンダーが残す八月の日数も、だんだんと頼りない物になってきていた。


 ああ、もう夏休みが終わる……。

 残念ながら、揺るがぬ事実である。


 音森に、「今を生きろ」とどこぞのバイタリティ溢れる起業家のような事を言ってしまったわけだけど、それは思い切りブーメランというものだ。


 俺は俺で、残りの夏をちゃんと過ごす必要がある。……あるよな。


 そこで俺はふと思い立ち、伊十峯にキャットークでメッセージを送る事にした。


『炭酸水受け取りに行っていい?』という、一見するとあまりに唐突な内容だ。


 だがしかし、以前伊十峯から催促されて以来、俺はまだ一度も彼女に声を掛けていなかった。

 それが、最近はやや気掛かりで。


『いつでもいいよ。今日来る?』


 すぐに伊十峯から返信が送られてきた。


『ああ。じゃあこれから家出る』


『わかった!』


 その『わかった!』の返事の後、『カモンぬ』という文字とブサ可愛い鳥のイラストが描かれたスタンプが送られてきた。


 伊十峯のこういうちょっと茶目っ気ある所は、相変わらずだった。

 もはや俺は、その点でどこか安心感とも言えるような気持ちさえ抱くようになっていた。


 身支度を整えて、家を出る。


 先日登校した日とは異なり、その日はとても強い日差しが街に降り注いでいた。

 自転車を漕ぐたびに汗をかく。


 こういう真夏日にこそ、冷気をオーラのように放つ冷たい炭酸水が飲みたい。

 勢い余って口からこぼれようと、なりふり構わず喉に注ぎ込みたい。


 しばらく進んでいくと、「純喫茶ろぱん」という黒い看板が見えてきた。

 年月を感じさせるくらい、古い看板だ。


 その斜め向かいにある白い外壁の住宅。

 表札には「伊十峯」と書かれてある。

 ご存知、伊十峯が家族と住んでいる家。

 俺は、その家の外壁に添えるように自転車を停めた。


 よく考えてみれば、俺が伊十峯の彼氏としてこの家を訪問するのは、これが初めての事だ。

 伊十峯が話していれば、小春さん辺りはもうすっかり俺達の関係を知っている事だろう。


 ――ピーンポーンッ。


 どこの家でも耳にしそうなインターホンが鳴ると、すぐにその家の玄関のドアが開けられる。

 ドアを開けたのは、連絡を取り合った張本人、伊十峯小声だった。


 特徴的な長い黒髪に、今日もコンタクトレンズをしているらしく、眼鏡は掛けていなかった。


 伊十峯らしいパステルピンクの半袖ネックシャツに、落ち着きのある藍色のシックなスカート姿。胸部の膨らみはやっぱり目に余る。うん。いつもの伊十峯だ。


 夢系女子のテイストがごく自然に取り込まれているコーディネートは、もはや宗教上の理由かと思しき徹底ぶりだ。


「こんにちは、月村君!」

「ああ、こんにちは」

「今日、すごく暑いね……」

「だな。汗がすごいよもう……」


 伊十峯は「ふふっ」と笑みをこぼしながら、


「はい、炭酸水っ。じゃあ……」


 俺に、冷えた炭酸水をスッと手渡してきた。

 もうすでに用意していたらしい。


「ああ、じゃあなー……って今日これで終わり?」


「ふふっ、冗談だよ」


「伊十峯さん、この猛暑の中やってき俺にずいぶんきつい冗談を……」


「ふふっ。……あ、音森さんの件、うまくいったの?」


「ああ。伊十峯にお墨付きをもらった通りな」


「よかったね!」


 伊十峯は穏やかな笑みを浮かべる。


「まぁ、それも結局は――」


「?」


 結局は、伊十峯に後押ししてもらえたからだと思った。


 俺一人じゃ、音森と二人で会おうとする事も、強引に殻を破る事もできはしなかった。


 でも、それでいいのかもしれない。


 一人で上手く出来そうになければ、頼れる人に頼る。それでいいんだ。


 それに、俺が気持ちを叫ぶようにして伝えた事も、決して無駄じゃなかったのかもしれない。あのくだりがあったからこそ、あの場ですぐに音森は弓山と話す事ができた。


「月村君、「結局は」……どうしたの?」


「え? いや。今回も伊十峯に助けられたなぁって思っただけだよ」


「そ、そんな事ないと思うけど……?」


 すぐに恥じらいを見せる伊十峯は、いつも通り可愛かった。

 本人は恥じらっているが、どこに出しても恥ずかしくないとはこの事で。


「……じゃあ、その話詳しく聞きたい?」


「……うん!」


「それなら中でゆっくり話すよ。炭酸水飲みながら」


「そうだね。――あ、よかったらネクタイで目隠ししながら飲む?」


 伊十峯は、ネクタイを頭部に巻くジェスチャーをしていた。


「それは違くないか⁉」


「あ、違うね……ふふっ。じゃあ私の部屋にいこ?」


「ああ、じゃあお邪魔するー」


 伊十峯さん、本当に砕けた様子を見せるようになりました事……。


 俺達は炎天下の外から逃れるようにして、伊十峯の家に入っていった。

 太陽がもう何度か回るだけで、俺達の夏休みは終わり、二学期が始まる。

 その頃には、この暑さも落ち着いてほしいものだ。



 ――俺は最近、気付いた事がある。


 どういう星の(もと)に生まれたらこうなるのか、俺の周りにはやたらと俺をゾクゾクさせようとする変態達が集まっているという事だ。


 そしてその集まってきた者達は、忖度なしに言えばほとんどがマゾだと思う。


 各々悩みを抱えているくせに、俺や他人の悩みに手を貸そうとするほどのマゾっぷりだ。


 けれど伊十峯を始め、そんな個性的な連中と絡む日々が、俺は案外好きなのかもしれない。


 口論になっても、喧嘩になっても、構わずにはいられない。


 つまり、俺は支え合う関係に恋をしている。


 どうやら、なんだかんだそこへ帰結するようだ。


(了)

-あとがき-


 お読みいただき、ありがとうございました。

 以上で、こちらの小説は投稿終了となります。

 正直な所、10万字以上の小説を書いた事がないひよっこでしたので、書いてる途中よそ見をしそうになってしまいました。

 ですが、評価やブクマ、いいねや感想をいただけた事が大変励みになりました。

 本当にありがとうございました!

 また次作でも、可愛い女の子やキュンキュンするキャラクターを、読者の皆さんと共有したいです。

 なるべくキャラをちゃんとした個人として描きたいなとも思うのですが、難しいなぁと所々痛感しつつ執筆していました。

 無事執筆し終えた事は良かったのですが、見直したい点が多いなとも感じています。

 拙いながら、本作はお楽しみいただけましたか?

 作者は、皆さんの心をキュンキュンさせたりドキドキさせたがっている変態ですので、今後とも何卒温かい目で見守っていただければと思います。(あー、ちょっと通報はしないでいただいて……)

 では以上で、後書きとさせていただきます。

 ご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。

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