64 スペシャリスト
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
降旗達と合流した時点で、それほど花火はもう残っていなかった。
「月村が遅いのが悪いんだぞ?」
「ああ、わかってるよ」
別にいいんですけどね……。いやでもちょっとくらい俺もドラゴンとか観たかった。
手持ち花火じゃないけどあれは華がある、華が。
「月村君、線香花火やろ?」
「そうだな」
後ろから伊十峯に声を掛けられ、束になっていた線香花火を数本もらう。
「よーっし、あたしも終わったし、線香お供えする~!」
「お供えとか言うなよ、不謹慎な」と、いつになく鋭いツッコミを萌絵にする降旗。
「音森さんもやるでしょ?」
「うん」
それから、特に誰かがそうしようと言ったわけでもないけれど、俺達五人は輪になって線香花火を楽しむ事にした。
「なんか、線香花火って最後のほうにやる流れ多いよな」
「あ、わかる」
パシャパシャ控えめに弾ける線香花火のオレンジ色の光。
五人の顔が、それぞれその光によってほのかに照らし出されていた。
「ちょっと落ち着くけど、寂しいよね。線香花火って。月村もそう思うでしょ?」
音森に尋ねられた俺は、
「風情ですよ風情」
そう答えて「ぷは、何それ」と軽い笑いを取っていた。
正直、音森と会話すると、ドラッグストアで見掛けた弓山という男子の事がチラついて、あまり会話に集中できない。
それは言わずもがなピアノの件だ。
五人が居るこの場ではさすがに話を聞くわけにもいかない。
そう思っていたから、結局その花火が終わる最後の時まで、特にそれ以上ピアノについて話す事は出来なかった。
皆で片付ける頃には、川瀬達の方ももうとっくに撤収していて、その河川敷で遊んでいたのは俺達が最後だった。
萌絵の家まで道具を持ち運び、俺達は解散する事になった。
俺と伊十峯は、行きと同じように帰りも電車だ。
三條駅から電車に乗り込むも、車内はガラガラでほとんど貸し切りに近い状態だった。
「ふぅー。こんな遅い時間に乗ったの初めてかもしれないわ」
「ほんと? あ、でも私も初めてかも。ちょっとドキドキするよね」
「え?」
二人で窓際に伸びる長椅子に腰を掛け、俺達はだらだらと会話を始めた。
「ドキドキするって?」
「あっ、そ、その……非日常感? みたいなものがあるでしょ?」
「あ~、なんかわかるかも! 人が少ない所とかな!」
「そうそう! ふふっ」
笑みをこぼす伊十峯が、なんともまぁ可愛い!
五人で遊ぶのも悪くないが、今度は二人で来たいな……いや、なんか急に惚気始めたりして、俺は一体どうしたんだ? ああ、もう!
付き合うようになるって、こういう思考が増えるって事なんだろうか。
これじゃあ、ただでさえ変態だった俺の妄想力が、さらにとんでもない事に……。
自分の未知数だった妄想力のバージョンアップに困惑しつつ、俺は気を紛らわせるため他の話題を切り出した。
「そういえばさ」
「うん?」
「音森がピアノやってたって知ってる?」
「え? そうだったの⁉」
どうやら伊十峯はまったく知らないようだった。
「ああ。昔やってたんだってさ」
「音森さんがピアノ……似合いそうだね。綺麗なドレスとか着て、ホールで弾いたらすごく画になりそう!」
「だよな~。でも、今はやってないみたいなんだよね」
「そうなの?」
「ああ。ちょっと家庭の事情があるらしくて……」
さすがに、その事情が家の火事や本人のスランプである事まで、俺が話す事は出来なかった。音森本人がもう気にしてないと言っていても、それは本人だから話す事を許された事情だと思ったし、部外者の俺が噂話の延長で無遠慮に話すべきではないと感じた。
「そうなんだね。音森さんも色々大変そう……」
「ああ。それでさ、今日俺と音森の二人で花火の買い出しに行っただろ?」
「うん。ドラッグストアで買ってきたんでしょ?」
「そうそう。でもそこでさ、音森がピアノコンクールでよく見掛けたっていう人とばったり会っちゃって……」
「そうなの?」
「ああ。で、その人とちょっと揉めてたみたいなんだよなぁ……」
電車に揺られながら、俺はあの時の二人を思い出していた。
音森のコンクール復帰を願う弓山という男子。その願いを拒む音森。
内情を知らない俺は、ただ傍から見ているしかなかった。
「揉め事っていうと、やっぱりピアノの事?」
「そうらしい。ピアノのコンクールに戻ってきてほしいって言ってたらしくてさ……」
「そっか……」
俺は、なんで伊十峯にこんな事を話しているのか、自分でもよくわからなかった。
ただなんとなく、胸の中につかえていた不安感のような物を、彼女に打ち明けてみたかったのかもしれない。
伊十峯は、俺の不安感を取り除くスペシャリストだ。
いや、それだけ聞くと、都合の良い女のようだが、そうじゃない。
伊十峯も、音森とはすっかり仲良くなれているし、友達としてこの事を知っておくのは間違いじゃない。
「音森さんは、どんな様子だったの?」
「え? 様子かー……そうだな、俺が事情を後から聞いた時は、脱力して笑ってたというか……。まぁ本人は吹っ切れたって、言葉では言ってたんだけどさ」
「そう……」
伊十峯は何事かを思案した後、「もしかして」と言い始めた。
「音森さんは、まだピアノ弾きたいんじゃない? 家庭の事情がどんな物なのかわからないけど、コンクールで競ってた人と揉めたって事は、それだけ音森さんも当時は一生懸命やってたって事よね? なら本当は絶対諦めたくなかったと思うの」
「伊十峯……。そうだよな。俺もそんな気がしてるよ」
「うん」
「でも、あいつはそれを認めずに……なんていうか、もう弾けないんだから仕方ないって、投げやり気味な気持ちになってるんだよな」
「……きっとそうだよね。仕方ないけど、煮え切らない気持ちになってるんだと思う」
「ああ」
そこから少し沈黙が挟まったかと思うと、
「――じゃあ、月村君はどうするの?」
「え?」
伊十峯は、俺の目をじっと見ながらそう言った。
「ふふっ。月村君なら、こういう風に誰かが困ってる時、どうするのかなって思ったの」
「……」
質問していながら、その時の伊十峯の顔は、もう俺の答えを知ってるといった様子だった。案外、彼女は意地悪な所がある。
「ごめんなさい。あはは! もう答え出てたね。月村君がこんな時どうするかなんて、私が一番よく知ってそうだもん」
「わざと聞いてたと……」
「ふふっ♪」
伊十峯は軽やかに微笑んでみせた。
ああ、今わかったかもしれない。
なぜ俺が、無関係な伊十峯にこんな話をしてしまったのか。
本当は、音森の力なく笑う様子から、彼女がピアノを続けたがっている事を俺は悟っていたんだ。
でも、本人が表面にそれを出さないから、背中を押してあげるべきなのか否か、それがずっとわからなくて……。
だから伊十峯に、背中を押すための背中を押してほしかったんだ。
なんともややこしい話だ。
「それでいいんだよ、月村君。音森さんは、きっと月村君なら助けてくれるかもしれないって、そう思ったんだよ」
「……」
自分の感情が、伊十峯の言葉で強く突き動かされたような気がした。
別にそれがお節介だと思われてもいい。やらない後悔より、やった後悔だ。
音森のような外側を取り繕うタイプを助けるのは、なかなか一筋縄じゃいかないとも思う。
でも、勝負はやってみなければわからないのと同様、お節介は焼いてみなければわからない物である。
「明日、音森に連絡してみるよ」
「うん!」
俺はスマホを強く握りしめて、車窓の外に暗然と広がる田舎町の景色を眺めていた。




