表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/69

64 スペシャリスト

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 降旗達と合流した時点で、それほど花火はもう残っていなかった。


「月村が遅いのが悪いんだぞ?」

「ああ、わかってるよ」


 別にいいんですけどね……。いやでもちょっとくらい俺もドラゴンとか観たかった。

 手持ち花火じゃないけどあれは華がある、華が。


「月村君、線香花火やろ?」

「そうだな」


 後ろから伊十峯に声を掛けられ、束になっていた線香花火を数本もらう。


「よーっし、あたしも終わったし、線香お供えする~!」

「お供えとか言うなよ、不謹慎な」と、いつになく鋭いツッコミを萌絵にする降旗。

「音森さんもやるでしょ?」

「うん」


 それから、特に誰かがそうしようと言ったわけでもないけれど、俺達五人は輪になって線香花火を楽しむ事にした。


「なんか、線香花火って最後のほうにやる流れ多いよな」


「あ、わかる」


 パシャパシャ控えめに弾ける線香花火のオレンジ色の光。

 五人の顔が、それぞれその光によってほのかに照らし出されていた。


「ちょっと落ち着くけど、寂しいよね。線香花火って。月村もそう思うでしょ?」


 音森に尋ねられた俺は、


「風情ですよ風情」


 そう答えて「ぷは、何それ」と軽い笑いを取っていた。

 正直、音森と会話すると、ドラッグストアで見掛けた弓山という男子の事がチラついて、あまり会話に集中できない。


 それは言わずもがなピアノの件だ。

 五人が居るこの場ではさすがに話を聞くわけにもいかない。


 そう思っていたから、結局その花火が終わる最後の時まで、特にそれ以上ピアノについて話す事は出来なかった。



 皆で片付ける頃には、川瀬達の方ももうとっくに撤収していて、その河川敷で遊んでいたのは俺達が最後だった。


 萌絵の家まで道具を持ち運び、俺達は解散する事になった。


 俺と伊十峯は、行きと同じように帰りも電車だ。

 三條駅から電車に乗り込むも、車内はガラガラでほとんど貸し切りに近い状態だった。


「ふぅー。こんな遅い時間に乗ったの初めてかもしれないわ」


「ほんと? あ、でも私も初めてかも。ちょっとドキドキするよね」


「え?」


 二人で窓際に伸びる長椅子に腰を掛け、俺達はだらだらと会話を始めた。


「ドキドキするって?」


「あっ、そ、その……非日常感? みたいなものがあるでしょ?」


「あ~、なんかわかるかも! 人が少ない所とかな!」


「そうそう! ふふっ」


 笑みをこぼす伊十峯が、なんともまぁ可愛い!

 五人で遊ぶのも悪くないが、今度は二人で来たいな……いや、なんか急に惚気始めたりして、俺は一体どうしたんだ? ああ、もう!


 付き合うようになるって、こういう思考が増えるって事なんだろうか。

 これじゃあ、ただでさえ変態だった俺の妄想力が、さらにとんでもない事に……。


 自分の未知数だった妄想力のバージョンアップに困惑しつつ、俺は気を紛らわせるため他の話題を切り出した。


「そういえばさ」

「うん?」

「音森がピアノやってたって知ってる?」

「え? そうだったの⁉」


 どうやら伊十峯はまったく知らないようだった。


「ああ。昔やってたんだってさ」


「音森さんがピアノ……似合いそうだね。綺麗なドレスとか着て、ホールで弾いたらすごく画になりそう!」


「だよな~。でも、今はやってないみたいなんだよね」


「そうなの?」


「ああ。ちょっと家庭の事情があるらしくて……」


 さすがに、その事情が家の火事や本人のスランプである事まで、俺が話す事は出来なかった。音森本人がもう気にしてないと言っていても、それは本人だから話す事を許された事情だと思ったし、部外者の俺が噂話の延長で無遠慮に話すべきではないと感じた。


「そうなんだね。音森さんも色々大変そう……」


「ああ。それでさ、今日俺と音森の二人で花火の買い出しに行っただろ?」


「うん。ドラッグストアで買ってきたんでしょ?」


「そうそう。でもそこでさ、音森がピアノコンクールでよく見掛けたっていう人とばったり会っちゃって……」


「そうなの?」


「ああ。で、その人とちょっと揉めてたみたいなんだよなぁ……」


 電車に揺られながら、俺はあの時の二人を思い出していた。

 音森のコンクール復帰を願う弓山という男子。その願いを拒む音森。

 内情を知らない俺は、ただ傍から見ているしかなかった。


「揉め事っていうと、やっぱりピアノの事?」

「そうらしい。ピアノのコンクールに戻ってきてほしいって言ってたらしくてさ……」

「そっか……」


 俺は、なんで伊十峯にこんな事を話しているのか、自分でもよくわからなかった。


 ただなんとなく、胸の中につかえていた不安感のような物を、彼女に打ち明けてみたかったのかもしれない。


 伊十峯は、俺の不安感を取り除くスペシャリストだ。

 いや、それだけ聞くと、都合の良い女のようだが、そうじゃない。

 伊十峯も、音森とはすっかり仲良くなれているし、友達としてこの事を知っておくのは間違いじゃない。


「音森さんは、どんな様子だったの?」


「え? 様子かー……そうだな、俺が事情を後から聞いた時は、脱力して笑ってたというか……。まぁ本人は吹っ切れたって、言葉では言ってたんだけどさ」


「そう……」


 伊十峯は何事かを思案した後、「もしかして」と言い始めた。

「音森さんは、まだピアノ弾きたいんじゃない? 家庭の事情がどんな物なのかわからないけど、コンクールで競ってた人と揉めたって事は、それだけ音森さんも当時は一生懸命やってたって事よね? なら本当は絶対諦めたくなかったと思うの」


「伊十峯……。そうだよな。俺もそんな気がしてるよ」


「うん」


「でも、あいつはそれを認めずに……なんていうか、もう弾けないんだから仕方ないって、投げやり気味な気持ちになってるんだよな」


「……きっとそうだよね。仕方ないけど、煮え切らない気持ちになってるんだと思う」


「ああ」


 そこから少し沈黙が挟まったかと思うと、


「――じゃあ、月村君はどうするの?」


「え?」


 伊十峯は、俺の目をじっと見ながらそう言った。


「ふふっ。月村君なら、こういう風に誰かが困ってる時、どうするのかなって思ったの」


「……」


 質問していながら、その時の伊十峯の顔は、もう俺の答えを知ってるといった様子だった。案外、彼女は意地悪な所がある。


「ごめんなさい。あはは! もう答え出てたね。月村君がこんな時どうするかなんて、私が一番よく知ってそうだもん」


「わざと聞いてたと……」


「ふふっ♪」

 伊十峯は軽やかに微笑んでみせた。


 ああ、今わかったかもしれない。

 なぜ俺が、無関係な伊十峯にこんな話をしてしまったのか。


 本当は、音森の力なく笑う様子から、彼女がピアノを続けたがっている事を俺は悟っていたんだ。

 でも、本人が表面にそれを出さないから、背中を押してあげるべきなのか否か、それがずっとわからなくて……。


 だから伊十峯に、背中を押すための背中を押してほしかったんだ。

 なんともややこしい話だ。


「それでいいんだよ、月村君。音森さんは、きっと月村君なら助けてくれるかもしれないって、そう思ったんだよ」


「……」


 自分の感情が、伊十峯の言葉で強く突き動かされたような気がした。

 別にそれがお節介だと思われてもいい。やらない後悔より、やった後悔だ。


 音森のような外側を取り繕うタイプを助けるのは、なかなか一筋縄じゃいかないとも思う。

 でも、勝負はやってみなければわからないのと同様、お節介は焼いてみなければわからない物である。


「明日、音森に連絡してみるよ」


「うん!」


 俺はスマホを強く握りしめて、車窓の外に暗然と広がる田舎町の景色を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ