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61 夕闇融けてクインテット

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 萌絵の家から食材とバーベキュー道具一式を持ち出して、河川敷へと赴く。


 歩いて五分もしないうちに、川沿いの堤防が現れ、そこを乗り越えると河川敷が見えてくる。緑化の進んだ河川敷に、時折S字を描く遊歩道。


 橋の高架下はアスファルトが広く敷かれていて、ベンチも設置されている。いかにもここで、川辺のイベントをお楽しみ下さいと言わんばかりのしつらえだった。


 橋を支えるコンクリートの太い柱のそばには、錆びついたゴミ箱なども用意されている。

 近隣の子ども会や育成会の行事で、こういう場所使ったなぁ。と、俺はなんとなくノスタルジックな気持ちになった。



 ――ガシャコンッ!


「よいしょっと~」

「ねぇ萌絵、椅子この辺でいい?」


 ――カシャカシャ。


「んー? いいんじゃない? あ、ていうか飲み物持ってきたっけ?」


 降旗が四本足のバーベキューコンロを適当な場所に置いたので、その周囲に音森と萌絵が次々アウトドアチェアを設置していく。


「あ、さっき月村に飲み物の袋渡したけど?」


「あるよ、ほれ。あと虫よけ系のグッズも持たされた」


 俺は右手に提げていたビニール袋を持ち上げてみせた。


「オッケー! じゃあ蚊取り線香だけ設置して、お肉焼いちゃお♪」


 萌絵の声と共に、早速皆で肉を焼く支度を始めた。

 お肉は持ってきたビニール袋一杯に入っていたが、この人数では足りるのか怪しいくらいだ。


 降旗が火を用意している間、萌絵と音森が肉を袋から取り出し、俺と伊十峯が皿や箸を並べる。

 人数が多い分、支度の完了も早くて、俺達はすぐに肉や野菜を焼き始めた。


「ふふっ。河原で焼肉とか。まさかこんな事になるとは……伊十峯?」


「え? うん……」


 伊十峯はどこかぎこちなさそうだった。

 俺や音森とは話せるが、ダブル降旗にはまだ少し抵抗があるのかもしれない。


 遊ぶメンバーの中に話した事のない人がいると、途端に口数が減るタイプ。

 人見知りの具体例といえばまさしくこれだ。

 伊十峯はその典型で、わかりやすくも態度に全て出ているようだった。


 性格が原因なんだろう。世の中には、それでも構わず平気で話せるタイプが居て、ちょうどそのタイプが降旗や萌絵だ。


 たぶんこうした性格的な部分は、例え伊十峯がいくら美少女になっても、ガラリと変えられるものじゃない。


「伊十峯さん……お腹空いてない?」


 伊十峯の顔色をこっそりうかがっていたのか、音森が藪から棒に尋ねてくる。


「ううん。そんな事ないよ、音森さん!」


「そう? ならいいんだけど」


「よし、この辺肉焼けたな。まずは空きっ腹にこいつを――」


「あっ! 月村! そのエリアはあたしが育ててたのにぃ! 横取りしないでよ! この焼肉泥棒!」


「いやいや⁉ 萌絵の方の肉も十分食べ頃だろ。つーか降旗もそっちで食べろよ! 無言でしれっと箸を伸ばしてくる、なっ!」


「おいおい、月村ぁ~。固い事言うなよ~。カルビが集中してんのそっちだろ? ずるいぞ一人だけ!」


「そもそも肉を置いたのはお前らだろ⁉ 配置の責任は俺じゃないからな⁉」


「ありゃ、そうだっけ? でも偶然集中してるじゃん! 尚許せない!」


「どういう事だよ……。偶然でも俺は許されないのか……」


 俺が焼き網の上でダブル降旗と格闘していると、野菜を網に並べていた伊十峯が話し掛けてくる。


「月村君……野菜もちゃんと食べないとダメだよ? お肉ばかりだと大腸がんになるってテレビでやってたから……。野菜取ってあげるね? はいっ!」


 伊十峯は、網に乗っていたピーマンを箸でつまみ上げた。


「ああ。でも待て伊十峯。そのピーマン、場所が端っこ過ぎてほとんど生だぞ。いくらなんでも後数分は寝かせてから……」


「あっ! ご、ごめん! じゃあこっち?」


「ああ、その椎茸なら……。ていうか伊十峯もお肉ばっか取ってない? その椎茸は自分で食べなよ」


「そんな事ないよ? それに私、椎茸はちょっと……」


「苦手?」


「う、うん。……この、笠の裏のビラビラしてる所とかが……」


「! ビラビラ⁉ 急に何言ってんだ伊十峯」


「え⁉ こ、これ私だけ⁉ キノコのビラビラって嫌じゃない? 舌触りとか!」


「キッ……キノコの……ビ……」


「!」


 っ~!

 なんて事を言い始めてるんだよ伊十峯!

 キノコだの……、ビラビラだの……。


 いや、これは俺が変態で、妄想力青天井だからつい口にしてしまった事だ。語感からすぐ卑猥な事を連想してしまうのは、俺の悪癖レパートリーのうちの一つ。


 ただそのせいで(※キノコとビラビラのせいで)脳内がピンク色になってしまったのは、伊十峯も同じらしい。


 顔がどんどん赤くなっている。コンロの火に焼けたのかと心配になるくらい。


「お二人さん?」


「「えっ?」」


 そんな俺達のやり取りに、降旗と音森は怪しげな眼差しを向けていた。


「なんかさ~、二人、ちょっと距離近くなった気がするの俺だけ……?」

「うんうん。私もそう思う」と音森。

「え? どゆこと? この二人って、もぐ、んぐっ……そうなの?」

 困惑しつつ、萌絵は萌絵で、彼女なりに何かに勘付いているようだった。

 肉を頬張りつつ、はてなマークをその頭に浮かべている。


「もしかして……二人付き合ってんの?」


「……」


 俺と伊十峯は、示し合わせたかのように閉口していた。

 やはり降旗の洞察力は長けている。


 音森は、前回わざと俺と伊十峯が出掛けるよう仕向けた張本人だし、ある程度悟られても不自然じゃないけど。


「はぁ~ん? いつの間にだよ、月村……!」


 頬を染めて固まった俺と伊十峯の姿に、降旗は言葉に出してまで確認する事じゃないと察したらしい。


「否定しない所を見ると……なるほどね。おめでと、二人とも!」


「えー、いいなぁ。あたしも彼氏ほしいなぁ~」


「伊十峯は可愛くなりすぎだし、月村は結局面食いだったってことかよ~」


「面食いとか言うの、やめなよー」


 囃し立てられるのってこんなのに恥ずかしい物だったのか。


 俺にとって、現実の恋愛は常に俺の関係無い所で行なわれる代物だった。

 それが、辻崎や伊十峯の存在によって、大きな渦の中に引きずり込まれたわけで。


 これまで未経験だった感情が俺の中に生まれていた。


「恥ずかしいから! からかうなよ……」

「……」


「あははは! ごめんごめん! まぁ、このお肉がお祝いのお肉って事で! たくさん食べてくれよ~二人とも」


「あ、カルビは残しておいてよ⁉ あたしだって食べたいんだからね⁉」


「伊十峯さんもよかったね!」


「あ、ありがとう。音森さん……」


 それから俺達は、河川敷で和気藹々とバーベキューを楽しんだ。

 事前に伊十峯と話していた通り、あまりに予定調和なカミングアウトだった。


 降旗と音森は鋭いし、萌絵は従順にも察知アンド納得。

 計画的な匂いさえ感じる。

 もしかして鯨なみのホテルにこいつらも居たんじゃ? と思えてしまうくらい疑心暗鬼になった。



「さーてっと、そこそこ日も落ちて暗くなってきたねぇ~」

「だなぁ。じゃあ、もうそろそろやる?」


 萌絵は、降旗にニヤケ面で何か遠回しな誘い文句を投げ掛けていたようだった。

 どうやら、まだ俺達には話していない事があるらしい。


「一体何なん? ダブル降旗」


「誰がダブル降旗じゃ! 今日ねぇ、花火やろうと思ってたんだよね!」とツッコミを入れながら萌絵が笑う。


「そうそう~」


「え、でも萌絵さ、私達花火なんて持ってきてないよ?」


 音森の言葉に、萌絵がはっとした。


「あれ? 買ってなかったっけ?」


「あ~、そういえば確か、荷物が多くなるから、やるなら後で買うって言ってたなぁ」と降旗が言うと、


「じゃあ……よし! じゃーんけーん、ぽんっ!」

「うわっ」


 萌絵の声に合わせ、五人で強制的にじゃんけんをした。

 結果、俺と音森が二人ともグーで負けたのだった。


「は~い♪ お二人とも、近場で調達、よろしくねっ!」


 そんなわけで、俺と音森の二人で花火を買いに行く事になった。


 そういえば、今年初めての――というか近年では初めての?――花火だなと、しみじみ思ってしまう俺だった。

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