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57 重ねて♡スウィート!

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「その……つ、月村君がしたいって言ってたから……」


 伊十峯はとんでもない事を言っている。


 ……え? 俺が言った⁉ 伊十峯と……生で……⁉

 どんだけ正直者なんだよ俺えええ!


 いやいや、何かがおかしい。おかしいぞ。俺はそんな事、言ってない。

 何回か妄想の果てにそんな夢を見ていたかもしれないが、決して現実でそれを馬鹿正直に打ち明けたりなんてしてないはずだ。


 いくら俺が変態だからって、そこまで暴走した覚えはない! これは冤罪だ!


「俺が……な、生でしたいって? 俺、言った⁉」

「う、うん。……生で……ASMR……」

「……」


 あ~っ! なるほどね⁉ そういう事か!

 ASMRを「生で」するって事ね!

 はいはい、わかった!

 とんだ勘違いだった! ……けど勘違いするのも無理ないよな⁉

 この状況と伊十峯の言葉足らずなセリフのせいで、一瞬本当に伊十峯と一つになっちゃうのかと思った。

 一つになっちゃう……とか言わない方がいいな。うん。


「ふぅ…………そっちか」

「え? そっちって?」

「!」


 ポロッと失言してしまった俺は、急いで手で口を塞いだ。

 思わず心の声が出てしまったのである。


「そっち」とか言っちゃダメだろ俺えええ!

 そりゃあ「そっちって何の事?」ってなるだろ!

 毛穴という毛穴から汗が噴き出そうだった。たぶんもう出てる。


「ほ、ほら……俺達って思春期だろ? ……それで、な、生とか言うとさ……」

「っ‼」


 伊十峯は息を呑んだようだった。

 たぶん、俺が言った事でようやく気が付いたらしい。

 そのミスリードなセリフに。

 明らかに夜の営みを匂わせてしまっていた、そのセリフに。


「ち、ちち違うのよ⁉ 本当に違うの! 月村君と、そ、そそ、その……エッ……エッ……ん゛ん゛っ! 本当にその、私は純粋にASMRをする? っていう意味で聞いてたの! ごめんなさいっ! 変な意味じゃないの……」


 伊十峯はベッドで横になりながらも、慌てて顔を横に振った。

 卑猥な言葉を言い掛けて、なんとか呑み込んだらしい。


 そんな伊十峯と同じように、俺も精一杯のはずだった。

 けれど、一周回って、なぜか伊十峯の慌てる反応がおかしく思えてしまっていた。


「ぷふっ……そんな慌てるなよ伊十峯。あはははっ! わかったよ。俺の誤解だもんな」

「そ、そう……。でも、ごめんなさい、月村君……」


「だからもう大丈夫。……それにしても、生でASMRだよな? それはそれで、俺はかなり……その、ドキドキするけどね……」


「あ、うん! それは私もそう思う……。私から言っておいて変だよね? あははっ」

「ふふっ、確かに! あっはっはっ!」


 俺達の空気は一転して、和やかになった。

 この和やかさが、俺達の空気の良さだと思った。

 何かとエッチなハプニングが起きたりして、いつも思いがけない事や行き違いが生まれるけど、こういう穏やかな空気も俺は十分好きだ。


「じゃあ、する? ASMR……」

「あ、ああ。じゃあお願いする……」


 俺は身体の向きを変え、仰向けになった。

 視線の先に見えている天井は、本来白いはずなのに照明の加減で暗く沈んで見える。

 そんな俺のすぐ横にいた伊十峯は、俺の耳元で囁くべく身を寄せてきていた。


「じゃ、じゃあ……いくよ?」

「うん。あ、待って? そういえば伊十峯って、今コンタクト外してる?」

「え? うん。そうだよ」


「俺の顔、見えてる?」

「ぼんやりだけどね。私、近視なんだけど、それでもちょっとぼんやりしてるよ」

「そっか!」

「うん。……そ、それじゃあ、いくね?」


 右耳の方から、伊十峯の言葉が聴こえてくる。

 仰向けの俺から見て、彼女は右隣に居る。

 伊十峯小声の可愛らしい声。

 やっぱりこの声は、唯一無二の声だと思った。


「んんっ……それじゃあ、今日は、生ASMRでー……ど~んど~ん、……きもちよぉーくなっちゃおうねぇ~♡」

「っ~!」


 くはぁ~……!

 やばいいぃっ!

 伊十峯の声がっ! 直接俺の耳を刺激してきてやばい……。


 伊十峯は、完全にASMR配信の時の役モードに入っていると思われた。


 ノリノリだ。ちゃんと部屋が暗くて、その上裸眼だから俺の顔もそこまで見えているわけじゃないんだろう。


「っふぅ~~……っはぁ、ふぅ~……きもちいいかなぁ? どう♡?」


「き、気持ちいい……です」


「ふふっ♡ 月村君、気持ちよくなってくれそうでよかったぁ……」


 伊十峯の声が俺の耳に吹きかかる。

 ああ、心配かけて悪かったな伊十峯……。申し訳なかった。


「ずっと生でしてみたいって言ってたから……叶えてあげたかったの……」


 ああ、もう……なんでそんないじらしいんだよ、伊十峯……。


 それにしても超至近距離。もう唇が耳に触れそうなくらいだ。

 接近した伊十峯の声は、いつもイヤホンで視聴していた時なんかよりもずっとリアルだ。

 当たり前だけど、臨場感も没入感も、過去最高レベルになるんじゃないかと思った。


 伊十峯の声の甘さは、例えるならフレークを入れ忘れたチョコレートパフェみたいなものだ。


 生クリームとソフトクリームにチョコソースが掛かっていて、序盤から隙が無く甘い。さらにその下へ進めば、チョコアイスとバニラアイスがお出迎え。こちらでも隙は一切見せてくれない。


 それらの甘さを味わってさらに下へ進むと、セオリー通りならフレークのはずだ。

 フレークが多少甘さをリフレッシュしてくれるのだが、伊十峯のパフェはそんな余裕を与えてくれない。


 待ち受けるのは、全てがどろどろに溶け合ってできた、甘味の集大成。甘さの海。

 決して抜かりなく、胸焼けなんて言葉じゃ生温い甘さ。

 あえて名付けるなら「胸焦げのしそうな」とでも形容したい、一段と危険な甘さだ。

 そう、伊十峯の声は、危険な甘さである。


「つーきむーらく~ん……っふぅー……っふぅー♡」


「あ……ああっ‼」

 ほらきた! これだ、これこれ!


「私の声で……感じてるんだね……。ふふっ、直接っていいね♡……ふぅ~……」


「か、感じてなん……かっ……あひやっ! い、いいとみ……ねぇえっ!」


 ダメダメ!

 感じてなんかないぞ俺は。


 理性を保て! ゾクゾクなんてしない!

 生だという先入観がいけないんだ‼ そう、全部錯覚! 錯覚だと思えばなんて事ないはずだ!


「私の言葉でぇー……な・ま……って聴いてぇ……「なに」を想像しちゃったの~? ……ふふっ♡ つきむらくんて、やっぱりぃー……変態さんだよねぇ~……」


 ああ~‼

 やばいいぃ! 糖度高すぎるよこの声ぇ!

 伊十峯の甘々ボイスに身をよじりそうになる。

 よじってよじってねじ切れるってええええ! もうぅぅ!


「っふぅう~……っはぁ、ふぅー、ふはぁ~♡」

「がぁはっ!」


 わわあああ! あ~やばいぃっ! 脳がぁん……。

 脳みそが甘さの海に溺れるってぇ! 海難救助を要請します! 海上保安庁! かいほぉっ! 救助! 救助来てくれ! 溺れてるんですけどおおお! 一人溺れてますよぅ!

 モールス信号でもなんでもいいっす、助けてぇへぇんっ!


「ふぅ~♡ ふっふ~っ」


 ああぁ‼ ダメだよ伊十峯ええええ!

 チョコパフェが……伊十峯の甘い甘いパフェが……とろけた甘さの海がぁ……はぁはぁん。


「そろそろ~……さわっちゃうよぉ~」


 触る⁉

 触るの⁉ え、どこ触っちゃうの⁉


「っふぅ~♡」


 触っ、るぁぁんっ! んっ!


 ていうか、待ってくれよ! 伊十峯、今日激しくないか⁉

 いつものASMR配信て、生でするとこんな感じになっちゃうのか⁉

 もう後悔しそうだ! これ、あとどのくらい続くんですか⁉

 俺、明日無事に帰れますか⁉


「はぁ~い♡ さわるよぉ~?」


 伊十峯は、その声と同時に俺の左耳を右手で触った。

 仰向けになっていた俺の上に、右腕を回す形だ。


「あっ……ちょ、ちょっと……あ、ダメだってぇ……そんな直接耳触っちゃっ……ひゃあっ!」


「ふふっ……これからだよ、月村君♡ っふぅ~……今日は、シャンプーが使えないから、工夫するね? 工夫、楽しんでほしいの……くふぅ~~♡」


 ああああ!

 やめって……力が入ったり、抜けたりするんだけど……。

 工夫の言葉を活用して、「くふぅ~~」とか言わないで!


 右耳は伊十峯の猫なで甘々ボイス。

 左耳は柔らかい手でこにょこにょされてるし。

 ああっ、ダメだって。ダメだよ伊十峯さぁ……。


 も、もうさすがにやばいよ……。気持ち良いよ……。

 ずっと我慢してきたけど、もう限界だ。

 理性が崩壊してしまう。それかもしくは……。 


 いよいよ本格的に、俺のナニまで「峯」を作ってしまいそうだった。


 もう! もうもう! これは、もうだよ! 俺のボキャブラリーと知能が低下して、全部思考が「もう!」で埋め尽くされるってこんなの!


「――も、もももうダメだあああ!」


「きゃっ!」


 そう叫び、俺は体勢を変えようとした。

 左耳に触れていた伊十峯の手を振り払うつもりで、身体を動かす。


 無我夢中だったせいだ。俺は、何も考えずに右の方を向いてしまった。


 目をつむって向いてしまったその先で、俺は()()を起こしてしまった。


「んっ……!」


「……!」


 俺も、伊十峯も、こんな事故は想定していなかったはずだ。


 こんな事故は。


 ――その時、俺は勢いのまま、伊十峯と唇を重ねてしまったのだった。


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